【 十五 】 比叡山焼き討ち
元亀二年九月十二日
比叡山の麓は、数え切れぬ兵士と軍馬の群れに覆われていた。
「売僧共の増長は、もはや許しては置けぬ。 天に代わって儂が罰を下してやろう」
霊山と言われる比叡山を睨みつけた信長は、吐き捨てる様に呟いた。
長島一向一揆の殲滅に失敗した信長であったが、八月十八日には浅井長政の居城・小谷城へ牽制攻撃を行い、九月一日に柴田勝家・佐久間信盛に命じ、六角義賢と近江の一向一揆衆の拠点となっていた志村城、小川城、金ケ森城を攻略した。
そして九月十一日、信長は坂本、三井寺周辺に自ら進軍し、三井寺山内の山岡景猶の屋敷に本陣を置くと、いよいよ延暦寺への攻撃姿勢を顕したのであった。
「よもやこの霊山を攻めては参るまい……! 恫喝であろうが、まずは信長の出方を見て参れ!」
延暦寺の坊官達は、野を埋める大軍の襲来に恐怖し、即座に使者を向かわせた。
目通りを許された僧侶たちは、織田軍の物々しい殺気に気圧され、震える足取りで信長の前に現れる。
そして一人の僧侶が深々と頭を下げ、何やら手土産を差し出しこう言った。
「最澄上人より開かれし八〇〇年の歳月、王城を鎮守致してきた霊山にございます。何卒、ご慈悲を賜りたく存じ申します……」
僧侶の手元には、煌びやかな黄金が光り輝いていた。
それを見た信長は、冷たい表情で一笑すると、大音声で答えた。
「今更何を申すか! 過日の戦では憎き朝倉・浅井の味方をし、儂をあざ笑うかのように無視をした者共の言い草とは、とても思えぬな!」
信長は笑い飛ばす様に言い放つが、その表情は怒色に染まり、瞳の中は冷徹な暗い影を宿している。
「そもそもその黄金は何じゃ! お主共の勤めは民衆を飢えや病から守り、救いを与える事ではないのか! 民衆を騙し、意地汚く金銀を溜め込む痴れ者どもが!」
信長の口調は徐々に荒々しくなり、顔を赤らめ興奮するように立ち上がった。
僧侶たちは驚愕し、背を仰け反らせる。
延暦寺は、交渉の為に五〇〇もの黄金の判金を用意した。
しかし、これが信長をより激昂させた。
俗欲に溺れた延暦寺の腐敗は世に聞こえており、本来の勤めを忘れた傲慢な僧侶たちへの憎悪は殊の外激しい。
「詫びを入れるのであれば、朝倉の連中が立て籠もりし時に行うのであったな! 儂はその時申したはずじゃ! 朝倉に味方すれば、寺領山門悉くすべてくを焼き払うとな! 帰って皆に伝えるとよい!」
信長による悪魔の恫喝を受けた僧侶たちは、水が弾ける様に四散し、山へと帰って行った。
その様子を見守っていた宿老・佐久間信盛は心配そうに言う。
「殿、まさか本当に比叡を焼くおつもりで……」
信長は声色を変えず言い返す。
「当然じゃ! あやつ等には助かる道もあった。しかし自ら招いた災いではないか」
冷淡に語る信長を前に、信盛は言葉が続かなかった。
「明日軍議を開く故、皆に集まる様申しておけ」
思案する信盛を他所に、信長は屋敷の奥へと消えていった。
翌日、織田軍の諸将が集められ、評定が開催される。
佐久間信盛、柴田勝家、木下秀吉、稲葉良通、丹羽長秀、中川重政ら家老衆が軒並み集められ、幕臣の明智光秀も参加する。
「忌々しき比叡の連中を根絶やしにするは、今を置いて他に無し。明朝には全軍揃って総攻撃に取り掛かると致す」
信長は軍師を一切用いない。諸将の助言などは参考にする事はあれど、配下に決定権などは与えられていない。
比叡山焼き討ちという所業は、神をも恐れぬ暴挙と、内心不安に思っている者も多いが、彼に意見できる者などほとんどいなかった。
年を追うごとに、表情に暗い影を落とす信長は、専制君主としての凄みを増している。
皆が俯く中、宿老佐久間信盛が唐突に言葉を発した。
「上様、我らも比叡に対し、憎き思いは同じにございます。しかしながら、かの霊山は、桓武天皇の時代より、八〇〇年に渡り王城を鎮護して参りました。この信仰の対象を焼き討ちするのは、やはり前代未聞の事と申すかと……」
信長は表情を崩さず、冷たい瞳で信盛を見つめ返答した。
「お主の言う事は筋違いではない。しかし内情は知っておろう。あやつらは人々の信仰心を利用し、好き勝手な振る舞いを行う痴れ者共じゃ。このまま放置しておれば、我らにとって脅威でしかない。それをお主はいかが思うのだ」
信盛は言い返せなかった。
諸将も内心では彼らの自業自得だと納得している。何よりも織田軍は彼らによって多くの犠牲を払ってきた。その憎悪は消え去る事はない。
しかし、やはり由緒ある仏閣を攻撃する事に抵抗はある。これを行った後の世論の反発など想像もできない。
信長の家督相続より共に歩んで来た古参の信盛だからこそ、その不安のを吐露出来たのである。信長も諸将の苦心は理解しており、長年追従してくれる老臣に遠慮する思いもあった。
信盛が口籠る中、一人の侍が徐に声を上げた。
「誠、上様のお考えはもっともでございましょう! このまま比叡を野放しにしておれば、過日の様に味方を集め、反乱を起こすに違いありませぬ! ここで果断なる行動を起こす事が、上様の更なるご繁栄に繋がるかと!」
声の主は、明智光秀であった。
織田の諸将は皆揃って怪訝な表情を浮かべる。
(また出しゃばりおった。お主は将軍のお供ではないのか……!)
昨今、光秀は幕臣の立場ながら、織田軍の戦に悉く参加し、功を挙げている。
険悪になりつつある義昭との取次役であり、内情を逐一報告させていた。諸事に抜け目なく取り入る光秀を、信長は信頼している。
反面、事あるごとにしゃしゃり出てくる彼を、古参の諸将達は煙たい思いで見ていた。
諸将の不満を他所に、信長は淡泊に言う。
「明朝、坂本の町への焼き討ちを合図に、総攻撃に移ると致す。各々準備を怠る事のないよう」
諸将にそれ以上の反論は無く、軍議は締められた。
秋の高い空には、覆いつくすようなうろこ型の雲が広がり、清々しい初秋の風が京の町に流れていた。
人々は、比叡を囲う物々しい織田軍に不安を感じながら、戦の行方を見守っていた。
陽が昇り、比叡山東方の坂本から火の手が上がる。
それを合図とする様に、大、大、大と方々から不気味な法螺貝の音が響き渡った。同時に、それまで静観していた軍兵たちが、一斉に動き出す。
「信長は本気で比叡へ攻め込む様じゃ!」
民衆たちは半信半疑であった霊山への攻撃が現実となった事に驚愕し、慌てて荷物を抱え避難する。
混乱する彼らを他所に、比叡の山は瞬く間に、方々から火の手が上がり、軍兵達の喚声が響き渡った。
四,〇〇〇人と言われる延暦寺の僧兵達は必死の抵抗をするが、大軍の襲来に戦意喪失しており、四方から攻め込まれ、諸所の建物に放火されると、為す術なく次々に討たれていった。
寺社・屋敷に逃げ込んだ数多の信者たちは悉く捕らえられ、命乞いするが容赦なく討ち捨てられる。
この時の様子が、『信長公記』に記されている。
「九月十二日、叡山を取詰め、根本中堂、山王二十一社を初め奉り、零仏、零社、僧坊、経巻一宇も残さず、一時に雲霞のごとく焼き払い、灰燼の地と為社哀れなれ、山下の男女老若、右往、左往に廃忘を致し、取物も取敢へず、悉くかちはだしにして八王子山に逃上り、社内ほ逃籠、諸卒四方より鬨声を上げて攻め上る、僧俗、児童、智者、上人一々に首をきり、信長公の御目に懸け、是は山頭において其隠れなき高僧、貴僧、有智の僧と申し、其他美女、小童其員を知れず召捕り」
京から比叡山の炎上の光景がよく見えたこともあり、山科言継など公家や商人の日記、イエズス会の報告などにこれらが記されており、この戦いでの死者は、『信長公記』には数千人、ルイス・フロイスの書簡には約一,五〇〇人、『言継卿記』には三,〇〇〇から四,〇〇〇名と記されている。一方で、近年の発掘調査では、焼け跡などから従来の定説よりも小規模であった事が確認されている。
ともあれ、凄惨な殺戮は実際に行われ、延暦寺や日吉大社は消滅し、寺領、社領は没収され明智光秀・佐久間信盛・中川重政・柴田勝家・丹羽長秀に配分された。
焼き討ちに際し、信長は「一人も残さず撫で切りにせよ」との通達を出していたが、それはあくまで建前である事を、配下衆は理解していた。
寺内には、延暦寺の坊官達により、盾として不本意に立て籠りに参加させられた者も数多い。
秀吉などは、敢えて逃走口を残す様に攻撃を行い、主要な僧侶を除いては、信長の意思に反しない程度に逃がしてやった。
「上様も鬼ではない。無害な農民をいくらか逃がした所で咎める事はないであろう……」
信長の目的は大量虐殺では無く、古来より政治の中枢に影響力を及ぼし続けている寺社勢力の政治的排除である。恨みはあれど、皆殺しにせずとも目的を達成できれば良いのである。
秀吉は軍師の竹中半兵衛らの助言もあり、その分別をわきまえていた。
佐久間信盛、丹羽長秀など諸将も、各々の裁量で慈悲を示しつつ、焼き討ちを行った。
しかし一方で、明智光秀部隊の対応は凄惨であった。
幕臣と織田家武将との狭間という立場の彼は、完璧な功を得ようと躍起になっており、信長の命令通り徹底的に殲滅作戦を実行し、文字通り皆殺しにした。
信長と同様、合理主義者の光秀は、仏僧の教えと現実との乖離を疑問視しており、政権安定の為には宗教勢力の排除は必要不可欠であると判断している。
これを証明する様に、光秀は焼き打ちの一〇日前、雄琴の土豪・和田秀純に宛て、比叡山に一番近い宇佐山城への入城を命じ「仰木の事は、是非ともなでぎりに仕るべく候」と非協力的な仰木の皆殺しを命じる書状が残る。
しかし、この粛々たる実行力を信長は評価した。
「誠、見事なる働きであった! お主には、坂本を配賦致す故、今後も当家の為に尽力して貰おう」
戦後信長は、戦功賞として光秀に近江滋賀郡五万石を与え、坂本城の築城を許した。
「まことにありがたき幸せにございます!」
光秀は望外な褒美を与えられ、深々と畳に頭を擦り付け、叩頭した。
坂本は琵琶湖の南湖西側にあり、比叡山の山脈と東側は琵琶湖に挟まれた、天然の要害である。さらに、山城国と近江国を結ぶ白鳥道と山中道の二つの幹線道路が通じており、比叡山の物資輸送のための港町として、交通の要所として繁栄していた。
幕僚である光秀に岐阜、近江、京を結ぶ重要拠点が与えられた事に、諸将は内心憤る。これは、古参の諸将を差し置いた大抜擢であった。
「誠、狐狸のごとき狡賢さよ。 猿とは違い、嫌味なやつじゃ。上様はなぜあの様な者共を重用するのであろうか……」
佐久間信盛や柴田勝家、丹羽長秀など、小身から信長の栄転を支えてきた武将たちは、抜け目なく信長に取り入り、凄まじい速さで出世していく光秀や秀吉を煙たく思っているが、自分を嫌う諸将たちへの配慮も怠らない生来の人たらしである秀吉に比べ、ひたすらに信長の意向に固執する光秀は、特に嫌われていた。
光秀は、そんな批判など気にする素振りも見せず、信長の命ずるがまま、戦果をあげていく。
(もはや無能な将軍の下にいても意味が無いわい。上様と共に天下を目指すべきであろう)
強かな光秀は、自らの栄転の為、早くも将軍を見限る姿勢を露わにしていくのであった。
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『叛逆の刻~ 明智光秀と本能寺の変~』
『勇将の誤算:~浅井長政~』
『武士の理: 戦国忠義列伝』(短編小説集)
『背信の忠義 ~吉川広家~』 など
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