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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第六章 『信長包囲網』
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【 十四 】 長島制圧作戦

信長による敵対勢力の各個撃破作戦が始まった。


五月十二日

「憎き一揆勢は根絶やしにせねばなるまい!」

弟信興を殺された信長は、手始めに伊勢長島の一向衆征伐に乗り出す。


長島(三重県桑名市)は尾張国と伊勢国の国境にある木曽川、揖斐川、長良川の河口付近の輪中地帯を指し、幾筋にも枝分かれした木曽川の流れによって、陸地から隔絶された天然の要害である。

一五〇一年(文亀元年)、杉江の地に願証寺が創建され、本願寺蓮如の六男・蓮淳が住職となった。以後、本願寺門徒は地元の国人領主層を取り込み、地域を完全に支配し、長島の周りに防衛のため中江砦・大鳥居砦などを徐々に増設し、武装化していったのである。

長島には、願証寺をはじめ数十の寺院・道場が存在し、本願寺門徒が大きな勢力を持っていた。その勢力は、一〇万石という規模であり、伊勢尾張美濃の農民漁民一〇万人の信徒が勢力下であった。

信長は、一五六九年(永禄十二年)、北畠家が守る大河内城などを攻撃し、伊勢をほぼ支配下に置いていたものの、願正寺を中心とした長島の寺領は、事実上、政治不介入の自治権となっていたのである。

信長ほどの軍力を以てしても、民衆に多数の信者を抱える本願寺衆に対し、易々と手を出す事は出来なかった。


しかし、本願寺が敵対した今、彼らの息の掛かる勢力を各個撃破せねば、信長の支配圏は確率出来ない。信長は、膝元である尾張の国境に盤踞する彼らを一掃しようと決断したのであった。


「所詮は農民共の寄せ集め。一ひねりに潰してくれるわ!」

信長は自ら津島に入り、ここを長島攻略の本営とすると、佐久間信盛、柴田勝家、氏家直元らに命じ、三方より攻め入った。

中筋口からは佐久間信盛・浅井新八・山田三左衛門らの部隊が、川西の多芸山から大田口へは柴田勝家・市橋長利・氏家直元・稲葉一鉄・不破光治らが進軍する。

総勢五〇,〇〇〇人の大兵団である。


太田口から侵入した柴田勝家らは、長島の村々に放火して回り、威嚇行動を取るが、敵は砦などに籠ったまま動かず、頑強な抵抗を示した。


「こそこそと、忌々しき奴らめ! 潔く討って出てこぬか!」


 諸将はいら立ちを隠さないが、農民で構成された一揆勢は、あくまで織田軍の挑発に乗らず、戦況は停滞した。そして十六日になっても状況は変わらず膠着し続けた為、信長は止む無く撤退を考える。


「あまりもたもたしておれば、上方で思わぬ変事が起き兼ねよう……」


 元々、大軍による示威行動という意味合いもあった。

 根強い信仰心で結束された一向衆を殲滅する事は容易ではない。無理な強攻戦を行えば、一〇万ともいわれる信者達全員を敵に回す事となり、泥沼化した長期戦に持ち込まれる懸念が大きかった。信長は雲霞の軍団を見せつける事で、敵の戦意を奪おうとの策略もあったのである。


 『無理な強攻はせず、包囲し敵の士気を削ぐべし』

 焼き討ちによる示威行動を行っていた別動隊の柴田勝家の元に伝令が入ると、彼らは一時対岸へ撤退する事とした。


「一筋縄ではいかぬと思いしか。上様は長島を長期に攻囲するお考えの様じゃ」


 柴田を中心とした別動隊は隊伍を整えると、進入路である太田口から、河を渡り撤退を開始した。

 稲葉良通を先陣に、安藤定治隊、不破光治隊、市橋長利隊、飯沼長継隊、丸毛長照、塚本小大膳隊、氏家直元隊と続き、殿しんがりは柴田勝家が受け持った。

 「敵は砦に籠ってばかりの臆病者ばかりじゃ。速やかに陣を退け!」

 戦に慣れた織田軍は整然と隊伍を揃え撤退していき、先鋒衆が川を渡り桑名方面へと進軍したのを見届けると、殿の勝家も移動を開始した。

 「何じゃ手応えのない連中じゃ……」

 敵の逆襲も覚悟していた勝家であったが、抵抗無く渡河に成功し、桑名の山中へと退いていく。

 伊勢は土地柄、険しい山間部が多く、長年小規模な国人衆が割拠していた事もあり、街道の整備も行き届いておらず、狭隘な山中の小道が多かった。

 柴田軍は細長い隊列となって山間部を進軍していくが、ここで思いもよらぬ事が起きる。


 突如大勢の喚声が山中に鳴り響き、弓鉄砲の雨が頭上から降り注いできたのである。

 

「敵じゃー!」

 

 叫んだ物見の頭に鉄砲玉が直撃し、弾け飛ぶ。それが合図かの様に、木々の合間から竹槍を持った農兵たちが、蟻が巣から湧き出る様に現れた。

 「怯むな! 皆固まって矢玉を防げ!」

 敵の奇襲に驚いた勝家だったが、直ぐに防戦の指示を送った。

 味方は勝家を守ろうと駆け寄るが、数人がやっと並んで通れるほどの小道であり、駆け寄ろうにも身動きがとれない。大混乱の中、味方は前後左右から次々に射殺されていく。

 身体中に弓矢が刺さりながらも応戦を続ける侍に対し、竹槍を持った一揆衆が群がっていき、四方からくし刺しにする。

 襲われた盟友を助けようと刀を振り上げれば、忽ち後方から狙撃される。

 山間の小道は瞬く間に柴田軍の屍で埋まっていった。


 「ここで戦っては敵の思う壺じゃ! この場を脱せよ!」


 勝家は大音声で叫び、味方をまとめると、前方を塞ぐ一揆衆へ突き入った。

 一団となった織田の兵士たちは、槍を振り回し、突き刺し、次々に敵をなぎ倒していく。織田軍随一の猛将・柴田勝家の突進を受けた一揆勢は瞬く間に四散した。


 「よし! このまま一気に突き抜けよ!」


 柴田軍は勝家を先頭に、必死にこの山中を突破する。

 勝家の腕からは鮮血が滴り落ち、額にも大きな切り傷を負っていた。具足も血に染まり、全身に弓矢を浴びている様子である。

 「殿! お怪我は!」

 近習が声を掛けると勝家は「問題ない!」と大声で応じた。

 命からがら山中を走破する一行は、山林を抜け、ようやく開けた平原に出た。

 すると勝家は反転し、味方を回収しつつ隊伍を整える。

 「来てみよ! 残らず討ち捨ててやろう!」

 勝家は一喝するが、追手の敵は木々の間から止めどなく湧き出る様に現れてくる。

 「殿! ここで迎え撃っては勝ち目がありませぬ! 速やかに退きましょう!」

 近習が止めるが、勝家は憤怒の表情で叫ぶ。

 「ここで背を向け、首を取られては不名誉極まりない! 儂はここで死ぬぞ!」

 山中からは鉄砲の轟音が鳴り響き、味方の断末魔が響き渡ってくる。

 一〇〇人ばかりを集め、防戦の体制を整える勝家だが、敵の数は何十倍といるようである。


 (ここまでか……!)

 勝家は続々と姿を現す敵勢に、捨て身の突進を試みようと腕を上げた時、後方から大きな喚声が響いた。


 「柴田殿! 助けに参った!」

 怒声と共に、前方に向けて多数の矢玉が放たれ、前方に群がる一揆勢が次々になぎ倒された。

 先陣に現れた武者が叫ぶ。

 「勝家どの! その傷では戦も難しかろう! ここは儂が受け持つ故、速やかにお退き下され!」

 現れたのは、氏家直元の部隊であった。

 一隊先行して撤退していた直元は、敵の逆襲を聞き、踵を返して来たのである。

 「誠ありがたい! ここは共に戦いますぞ!」

 勝家は残って戦おうとしたが、近習が腕を掴み必死に懇願した。

 「この出血では戦など出来ませぬ! ここは一度退き、手当てをしてから再び参りましょう!」

 「何を馬鹿なことを! 殿を受け持ったのは儂じゃ!」

 勝家は一蹴するが、直元は興奮する彼に声高に言う。

 「副将格の勝家殿が討たれては我らも面目が保てませぬ! ここは儂にお預け願いましょう!」

 そう言うと、馬首を揃え、敵の大軍に突っ込んでいった。

 「待たれよ!」

 勝家は叫んだが、瞬く間に乱戦が始まってしまい、家臣に腕を取られると、仕方なく撤退した。


 直元は止まる事のない敵の追撃を一隊で食い止め、無事勝家を撤退させる事に成功する。しかし、蟻のように押し寄せる敵を食い止めるにも限界があり、遂には退路を塞がれてしまう。

 「ここまでか! ここは武士らしく最後まで戦って散ろうぞ!」

覚悟を決めた直元に対し、敵将佐々木祐成が申し出た。

「これは高名な氏家殿とお見受け申す! お相手願おう!」

「願ってもない!」

直元は疲労困憊の中一騎討ちを引き受け、敵味方見守る中激戦を繰り広げるが、遂には首を取られた。

西美濃三人衆の一人として権勢を誇った直元は、猛将の名に恥じぬ壮絶な最期を遂げたのであった。



「小癪な一揆共が……!」

直元討ち死にの報を聞いた信長は、歯ぎしりをして悔やむが、長陣を嫌い、速やかに退却した。



一揆勢の反撃は、織田軍の予期せぬものであった。

従来、僧侶に先導された農民による反乱であり、戦略は無く、圧倒的物量で押し切るモノであった。しかし今回の攻撃は、撤退路での伏兵といった作戦行動を取るなど、統制の取れた計略戦である。

戦乱の最中、寺領を守る為戦力を増強させた本願寺の坊官達は、戦に慣れ、武人並み統制力を持っており、鉄砲傭兵集団である雑賀衆も、多くが浄土真宗の信者で構成されており、挙って信長に敵対したのである。


「死ねば極楽。逃げれば地獄」

一揆勢たちは、坊官達に先導され、凄まじい戦意を現して、矢玉を恐れず、命を顧みず突撃してくる。



「戦略を練り直さねばなるまい……」

信長は憤怒と共に、深いため息を吐いた。


長島には、桑名方面から海路を使って雑賀衆らの人員や兵糧・鉄砲などの物資が補給されていた。彼等を殲滅させるには、伊勢湾の制海権を得ることが欠かせない要素であると痛感したのであった。


逆襲を目論んだ信長の作戦は、緒戦から躓く形となったのである。


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『勇将の誤算:~浅井長政~』

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