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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第五章 『上洛』
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【 四 】 観音寺城

永禄十一年(一五六八年)九月十一日



「六角は我らへの協力を拒絶。裏では三好の手引きがあったかと」


軍議の席、長政は信長に言上した。


ついに上洛を開始した信長は、浅井家、徳川家に協力を要請し、六〇,〇〇〇の大軍を編成して近江を西上、南近江への進軍に際し、軍議を開いた。

諸将は、信長を中心に険しい表情で絵図を見つめる。


「観音寺城は天下の名城。易々とは落とせませぬ。支城を一つずつ落としていくのが良いでしょう」


横手の徳川家康は静かに意見した。


「……致し方なしか。一刻も早く京を目指したいが、頭の固き奴だ……」


信長は嘆息しながら応えた。


「よかろう! 時勢の読めぬ六角の愚か者共に目にもの見せてやろうではないか!」


家康、長政は呼応するように頷いた。




足利義昭を奉じ上洛する信長は、その道程に盤踞する六角家にも協力要請を行った。

しかし、南近江の守護である六角義賢と子・義治は、京の実権を握る三好三人衆と結びこれを拒否し、織田家と敵対する姿勢を取った。


「上洛に協力しろだと! 織田如きに天下政治の口出しをさせて堪るものか!」


六角氏は近江から隣国甲賀・伊賀にも支配権を有する宇多源氏佐々木氏の流れを汲む守護であり、浅井や織田などと比べはるかに由緒正しい名家である。

義昭上洛に際し、仇敵浅井家と同盟者の織田家に協力する事は面子が立たない。そこに着目した三好三人衆の工作により義賢は信長の上洛従軍要請を拒絶したのである。

信長はこれまで、通過地点である近江守護との決定的対立を避けようと、再三協力を要請していた。


「観音寺城とそれを支える支城は難攻不落。一刻も早く上洛を果たすためには序盤で兵を消耗する訳にはいかぬ」


しかし名家出身の義賢は、尾張守護斯波家の陪臣であった織田家など見下しており、病と称して信長からの使者をすべて突き返した。


信長は粘り強く交渉を続けたが、義賢は折れる様子も無い為、遂に攻撃を決断する。


「時勢の読めぬ愚か者め! 叩き潰してやろうぞ!」


織田連合軍の侵攻に対し、六角側は当主義治・父義賢本陣を観音寺城に置き、和田山城・箕作城等の支城で連携し迎撃する。


「いかなる大軍であろうと、天下の名城は落とせぬぞ!」


この三城は、前線に和田山城、後方に本城の観音寺城があり、その東側に箕作城が位置する三角の形で相互連携していた。幹線はこの三城の中心を通っている。

義賢は、織田の攻撃は前線に位置する和田山城の攻略から始まると予想しており、箕作城と観音寺城とで挟撃する形で作戦を練っていた。


「……しかし、これ程までの大軍で攻め寄せてくるとは……」


観音寺城で戦況報告を受けた義治は、不安そうに父義賢に呟く。


「古来より、ここ観音寺城まで攻め寄せられた者はおらぬ。織田の田舎侍など物の数ではないわ!」


気後れする息子に対し、義賢は織田軍の勢力を聞いても終始強気であった。


大軍を催す織田連合軍は、愛知川北岸に陣取り、攻撃経路について戦評定を開く。信長を中心に徳川家康、浅井長政他、織田家諸将が列座する中、木下藤吉郎は提案する。


「観音寺城は難攻不落。加え和田山・箕作との連携が加われば、思わぬ痛手を被るかと。ここは支城から各個撃破し、裸城にした上で観音寺城へと攻め込みましょう」


美濃攻略においての戦功以来、破格の出世を遂げた藤吉郎は、今では侍大将として織田家重臣たちと肩を並べ戦評定に参加している。

横並ぶ猛将柴田勝家は苛立った表情を見せ反論する。


「何を弱気な事を! 殿、我らは敵の数倍の兵力で参っております。支城など気にせず一挙に本城へ攻め入り即座に落としてしまえば、周りの属城はすべて労無く降伏するでしょう!」


言うと勝家は藤吉郎を睨みつけた。

信長は考え事をしている様に黙って聞いている。

宿老佐久間信盛も続く。


「私も柴田殿に同意です。次期将軍様上洛の大儀を邪魔する逆賊は、大軍で一挙に攻め滅ぼすべきでしょう」


藤吉郎は二人に反論されると目を伏せた。


農民から成り上がった藤吉郎は織田家譜代衆から目の敵にされている。

信長はその様子にはわざと気付かぬ素振りで、右に控える森可成に話しかける。


「敵の動きは如何様か?」


可成は信長の家督相続以前から仕える腹心で、信頼も厚い。


「敵は前線の和田山に田中治部大輔ら主力部隊六,〇〇〇人程を集めてございます。ここで我らを食い止め、本城と箕作で支援するつもりでしょう」


信長は暫し間を置き言った。


「よかろう。我らの目的は義昭公を無事京へと上洛させる事だ。無理な損害は避け、支城から落とすべきであろう」


柴田、佐久間の両将は目を伏せる。信長は続けた。


「まずは箕作城を落とせば、前線の和田山は戦意を失う事必定である。和田山へは牽制軍による包囲をさせ、迎撃態勢を築いている内に要害である箕作城を強攻で落とす。さすれば和田山との連携も取れぬ観音寺時本城は孤立無援。たちまち離散するであろう」


信長は床几から立ち上がると告げた。


「和田山へは稲葉を使わす。観音寺城へは望み通り権六(柴田勝家)が行くがよい。しかし箕作が落ちるまでは我攻めはするな。俺は箕作城へと向かおう。三方向から同時に攻撃を受ければそれぞれ動けまい」


信長がそう告げると、諸将は皆頷き応じた。信長は付け加える。


「猿と五郎左(丹羽長秀)は俺と箕作攻略へついて参れ」


「……畏まってございます」


藤吉郎は控えめに応じた。


勝家ほか武闘派の諸将は藤吉郎を睨みつつ各自の持ち場へと散り、平原を埋め尽くすほどの大軍は、一斉に和田山城方面へと進軍を開始する。



黒い渦となり進軍する大軍の中から、先鋒の稲葉軍が和田山城へと進み、包囲の気勢を見せると、信長本軍は素通りするように前進する。数理程進むと更に柴田・森軍が観音寺城へ、信長本軍は箕作城へと別れ向かった。


「支城を無視してこちらへ一直線に向かってくるだと! 背面を取られても良いのか!」


注進を受けた六角義賢は、織田軍の予想外の動きに困惑する。

古来より観音寺城は支城で食い止め、本城との連携により敵を撃退する事で鉄壁を誇ってきた。各支城をすべて包囲される程の大軍で侵攻される事を想定しておらず、対抗する術を持たなかった。

観音寺城は和田山城や箕作城の他、一八の支城で構成される防御網であったが、兵を分散させ少数で守る他の各支城からは、六万もの大軍に一当てする者はおらず、織田軍は抵抗なく愛知川を渡り和田山城・箕作城を包囲した。


「長引けば支城との連携が取られ厄介となろう。急ぎ落とせ!」


箕作城を落とせば防衛網を分断できるため、我攻めにより一挙に落とす方針である。しかし標高三百メートル余の小山の上に構えるこの難城は、急斜面に大樹が生い茂る天然の要害であった。


「戦功を立てるには絶好の良い持ち場を任されたぞ! 皆、比類なき働きを見せよ!」


先鋒衆は北の口から木下軍二,三〇〇人が、東の口から丹羽隊三,〇〇〇人が攻撃を開始した。


「丹羽殿に後れを取るな! 恩賞は思うがまま! 心してかかれ!」


藤吉郎は勇んで突撃の命令を下す。


大軍で一挙に城際まで押し掛けたい木下軍であったが、大樹に阻まれた山道は道幅が極端に狭く、軍勢はその道に沿い縦列に直線的にしか進軍できない。

木々に身を隠した敵兵は弓鉄砲を撃ちかけ、ゲリラ的に木下軍を狙撃していく。急斜面を一列に登る攻撃側は格好の的であった。山道を上る兵士たちは続々と矢玉の餌食となり倒れていく。雨の様に降り注がれる矢玉に対し、兵士たちは必死に仲間の遺体にしがみ付き身を隠す。

戦闘開始から束の間、山の中腹で釘付けにされた兵卒は、進むことが出来きず猛射を必死でやり過ごすばかりとなった。


「これではキリがないわ! 盾で防ぎながら城まで取り付け!」


物頭の号令の元、板盾を担いだ新手が先頭となり進軍を開始。彼等は味方の死骸を踏み越え矢玉を防ぎながら尚山頂を目指す。盾に守られた木下軍は損害を出しながらも鈍い足取りで徐々に城へと近づいていった。

その時、山頂からすさまじい地響きが轟き、前方の兵士たちの悲鳴が上がった。


「皆、身を伏せるのじゃ!」


山頂から切り落とされた巨木が次々と転がり落ちてきたのである。

轟音を立て転がり落ちる丸太群は、木下軍を虫けらの様に押しつぶし、吹き飛ばし次々と落ちてくる。


「狼狽えるな! 木々の後ろへ身を隠せ!」


怒声が飛ぶが、盾に身を寄せ密集して進軍していた木下軍は俊敏に動けず、瞬く間に多くの兵が蹴散らされ、押しつぶされた。

落雷の様な地響きと轟音が過ぎ去ると、辺りは静寂に包まれる。

積み重なる死骸の中から、所々悲痛なうめき声が微かに上がっているが、あまりの出来事に木下軍は茫然とその様子を見つめるしかなかった。


その時、ふいに「おぉぉーー」という喚声が城内から沸き起こった。

そして同時に山頂に見える城門が開かれる。


「敵は茫然自失じゃ! 蹴散らしてしまえ!」


怯む木下軍に追い打ちをかける様に、騎馬隊が急斜面を駆け下り急襲してきた。

城主吉田重光は自ら槍を振るい叫ぶ。


「織田如きの兵にやられる我らではないぞ!」


敵兵は傷を負い逃げる事も出来ない木下軍に容赦なく槍を浴びせ、逃げ出す者の背中をくし刺しにして荒れまわった。


「これは溜まらぬ! 一度退き体勢を立て直せ!」


後方で備える藤吉郎は大汗を流し、慌てて全軍を山の麓へと退かせた。

敵騎馬隊は藤吉郎本陣に迫る勢いで暴れまわり、必死で逃げる木下軍を嘲る。


「深追いするな! 臆病者共は十分手痛い目を受けたようじゃ!」


吉田重光は頃合いを見て、揚々と城内へ引き返していった。

藤吉郎は泥だらけになりながら、引き返していく敵の背中を茫然と見る事しか出来なかった。




空は徐々に暗くなり、開戦から実に七時間もの時間が経っていた。

木下軍の損害は重大であった。山頂へ向かう道には味方のうめき声が聞こえてくるが、助けに行こうにも矢玉の的になる為出ていけない。


「これは中々に手強い相手じゃ……」


己の身にも危険を感じ、命からがら退避した藤吉郎は、額に汗を溜め呟いた。


「このままでは信長様から大目玉を受けようぞ。 小六よ、何か妙案はないか?」


苦渋の面持ちを浮かべる藤吉郎は蜂須賀小六に問う。


「このまま我攻めを続けても落とすことは出来ないでしょう。然らば今宵、夜襲を仕掛けてみては」


藤吉郎は戸惑う。


「終日の攻城戦に加え、先ほどの奇襲に兵は疲労困憊じゃ。これから夜襲というのはあまりに酷ではないか……」


小六は土埃に汚れた顔を拭い、冷静に答えた。


「敵もそう思っておる事でしょう……」


藤吉郎は小六の横顔を見つめ、無言で唾を飲み込んだ。




城に戻った守将・吉田重光は、意気揚々と兜を脱ぎ一息ついた。


「これで暫く敵も攻めては来れまい!」


城内は大敵に痛打を当て喜び、時折寄せ手に向けて喚声を上げる程士気も旺盛である。


「皆の者! 敵は直ぐには動けぬ程の損害を受けたはずじゃ! 今しばらく敵を防げば本城より支援が参るはず! そうなれば敵は前後を阻まれ手も足も出せぬであろう! 暫し休み、明日の決戦に備えよ!」


近江守護六角氏に仕える重光は、織田軍など物の数ではないと見下している。


「実に骨の無き奴等だ。 大軍とはいえ烏合の衆ではないか!」


城内からは笑い声が上がった。




夜が深まり、辺りは静寂に包まれていた。

城兵は長時間の戦闘に疲労し、多くの者が横になり休息を取っている。

城兵の寝息と、夜虫の鳴き声が静かに鳴り響く中、突如物見が大声で叫び注進した。


「敵襲じゃ! 皆の者持ち場へ付け!」


寝静まっていた城兵は驚き色めき立つ。


「つい先ほどあれ痛手を被ったにも関わらず、すぐさま夜襲を仕掛けて来たのか!」


重光は飛び上がると慌てて天守へと登り、山下を見渡すと驚愕した。

城を構える小山は、すでに四方から炎に包まれていたのである。


「おのれ! 城に燃え移らせるな! 消火し敵襲に備えよ!」


しかし城は瞬く間に煙に包まれる。

同時に周囲から喚声が上がった。


「煙で敵が見えぬ! 早く消火せよ!」


必死に指示を送るが、城門からけたたましい音が鳴り響いた。

慌てた物見が注進する。


「敵は闇夜に乗じ、既に城を包囲しております! 今しがた城門が破られました!」


「なんだと!」


緒戦の勝利に気を良くした重光は、まさか激戦のすぐ後に夜襲を仕掛けてくるとは思わず、敵の動静把握が遅れた。

蜂須賀小六は、陽が落ちると同時に少数の分隊を複数闇夜に紛れ山中に潜伏させ、合図と同時に一斉に火を掛けたのである。山の中腹五十ケ所程から一斉に上がった炎は、瞬く間に山全体に広がり、煙は城を包み込んだ。


「敵は肝をつぶしておろう! 一挙に攻め落とせ!」


小六は得意のゲリラ作戦を屈指し、全軍を率い一挙に城内へと押し入った。

油断していた城兵は、奇襲を受けるとたちまち大混乱する。煙の中から続々と現れる敵兵に恐怖し、我先にと逃げ出し始めた。


「これでは城は持たぬ! 突撃して切り抜けよ!」


重光は兵を集め一矢報いようとするが、みるみると広がる火事と既に城内に侵入した木下軍に分断され、兵は一向に集まって来ない。方々から奇声と断末魔が響き渡り、火は城へと燃え移った。

重光は槍を手に取り、城を出ようと本丸を飛び出した。

しかし城門を出た瞬間、影に隠れていた木下軍の槍が伸び、脇腹をしたたかに貫かれる。


「こしゃくな!」


重光は腹に刺さった槍を掴み反撃しようと試みるが、後続の兵が集まり、瞬く間に首を取られた。

城兵は思いがけない火攻めに慌てふためき、抵抗の間もなく大将吉田重光他二〇〇名余りの首が取られ壊滅した。




「流石は小六じゃ! 思いがけぬ奇策を考えるものよ」


藤吉郎は喜んで小六の手を取ったが、寄せ手は木下軍・丹羽軍合わせ一,五〇〇人もの死者を出す大苦戦を強いられ、その顔は浮かなかった。


「中々手強き相手であったが、崩れる時は脆いものよ。直ぐに戦勝の報を敵味方へ伝えよ!」



信長は箕作城落城を見届けると、直ぐに和田山城へと兵を進軍させた。

和田山城を包囲していた稲葉良通は、箕作城落城を聞くと即座に城内の守兵に通達し威圧する。


「箕作城は一日も持たず早々と落城した! お主共も命が欲しくば早々に開城するがよい!」

城兵は驚愕する。


「それは誠か! 箕作は天然の要害。一夜で落とせる城ではないぞ……」


疑心暗鬼となった城兵達であったが、箕作落城の報は味方からも続々と入ってくる。


「とても人間業とは思えぬ……! このままでは皆殺しにされてしまうわ……」


城兵達は魔物に襲われたかの如く恐怖し、すべての兵がその日の内に逃亡してしまった。

敵中孤立した和田山城の守兵は、織田軍六〇,〇〇〇という今までに見た事の無い大軍を目の当たりにすると、既に気を飲まれ戦意を喪失していた。それに加え、まさか箕作城が一夜で落とされるとは、誰もが予想もしていなかったのである。




「何だと! 箕作・和田山が一日で落ちただと!」


観音寺城の天守で支城の様子を見ていた六角義賢は、驚愕し大声を張り上げる。

しかし、怒声とは裏腹に力なく項垂れた。

長期戦を想定していた彼は、堅城である箕作城と和田山城が、わずか一日で落城するとは夢にも思っていなかった。

横に控える義治は目を泳がせながら言う。


「何と情けなき事態じゃ! 父上! このまま指を咥えて見ていても仕方がありませぬ! 一度打って出て信長めに一矢報いてやりましょう!」


威勢は良かったが、握りしめる拳は震えを抑える事が出来ない。

数万人の大軍は黒い渦となり、みるみる観音寺城へ向かってきている。

義賢は項垂れたまま言葉を発しない。


「父上! いかがなさるのです!」


父の肩を揺さぶり叫んだ。

茫然自失の義賢は俯きながら力なく答える。


「抵抗しても、もはや栓亡き事。古来の例にならい、甲賀へ一度退き、再起を図ろう……」


消沈した父をみた義治も、肩を落とし言葉を失った。

既に城内の兵士もほとんどが逃げうせ、周囲には近臣のみしかいなかった。


「致し方なし……」


観音寺城を中心に支城間で連携しながら対抗する作戦が全く機能しないまま崩壊し、もはや抵抗のすべが無い事を悟ると、親子は城を抜け出し甲賀へと落ち延びた。


「これで終わったと思うなよ。必ず痛き目にあわせてみせようぞ……!」


義治は歯ぎしりしながら馬を走らせ、闇夜に消えていった。




六〇,〇〇〇人にも及ぶ想定外の大軍団に対処する術を持ち合わせていなかった六角氏は、居城観音寺城をさほどの戦果も見せることなく無血開城するに至り、日野城を除く支城は悉く開城した。

最後まで抵抗を見せた蒲生賢秀守る日野城であったが、織田家内にいた親族・神戸具盛の説得により最終的に降伏する。



上洛開始からわずか十九日後の事であった。



「もう観音寺が落ちただと! どのような妖術を使ったのだ! 噂に違わぬ化け物が攻め込んでくるぞ!」



京都で待ち受ける三好党の衝撃は凄まじかった。

天下の堅城観音寺城が支城含め僅か数日で落城し、名門六角氏は甲賀へ放逐。

さほどの被害も出さぬまま六〇,〇〇〇余りの織田徳川浅井連合軍が京に向かうのである。


「兄上、畿内の敵勢力は恐れをなして逃げ出しております」


畿内乱入の先鋒を務めた浅井長政は、三好の居城を次々に攻略すると信長に言上する。


「流石は若殿よ! いささか物足りぬが、一挙に和泉まで制圧してしまおう!」


信長は上機嫌で義弟の活躍を喜んだ。


三好軍はこのまま連合軍と対峙しても勝ち目はないと悟り、京から撤退。大和国・山城国の各城に展開する三好旗下の諸将は、さほどの成果も見せぬまま悉く降伏した。


唯一抵抗を示したのは、京の南に位置する勝龍寺城の岩成友通と、摂津池田城の池田勝正であったが、柴田勝家らの活躍により瞬く間に殲滅され、友通は阿波へ放逐し、勝正は降伏後、配下に取り入れられた。


信長は摂津国の有力国人である勝正の力量を評価し、加増の上織田軍主力部隊として活用しようと考える。


「土豪割拠する摂津は支配に難儀するであろう。勝正の力は今後必要となる」


侵攻軍に為すすべなく退却した三好党に比べ、勝正は激しい抵抗を見せ、信長馬廻り衆である魚住隼人を負傷させるなど激戦を繰り広げた。

しかし多勢に無勢であり、数日の抵抗の末、遂に降伏する。


「煮るなり焼くなり、好きにするがよい!」


処刑を覚悟した投降であったが、信長は勝正を前に意外な対応を見せる。


「勝ち目の無い戦であるのに見事な働きであった。儂の下で励めば相応の褒美を与えよう」


大国三好家と肩を並べ、摂津の独立国人大名として戦乱を生き抜いてきた勝正であったが、信長の寛大な措置に感謝し、追従を約束した。


「心血を注ぎご奉仕いたします……」




「大義は叶った。こののち世は大きく変わるであろう」


京に上洛した織田軍は、気がかりであった三好党からの大きな抵抗を受ける事も無く、瞬く間に京を制圧し、世情の安定を図った。


「家康殿、長政殿の協力おかげで、いち早く本意を成し遂げた。誠感謝申し上げる」


本圀寺に拠点を構えた義昭の下、信長は集まった徳川家康、浅井長政にそれぞれ感謝の意を述べた。


「誠痛み入るお言葉。恐悦至極でございます……」


同盟者というある種同格の立場であるが、二人は深々と頭を下げ御礼を申し上げる。


穏やかな会合の間であったが、三者の間には取り払う事の出来ない大きな格差が生まれつつあった。



(天下の基盤を安定させるには、今後彼らへの処遇も考えねばならぬな……)



終始機嫌よく二人に取り計らう彼の瞳の奥には、僅かに黒い燻りを宿していた。




「皆の者、誠に大儀であった!」


彼等の心底の思惑など感じる訳も無く、義昭は上機嫌で三将に賛美を与える。


将軍義輝殺害を機に流浪する事三年、足利義昭は信長という強力な支援者の下、遂に第十五代征夷大将軍に任命されるに至ったのである。



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