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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第三章 『桶狭間』
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【九】決断

午後一時


「後れを取るな! 各々全力で前進せよ!」


信長の合図と共に、織田軍およそ二,〇〇〇人が一斉に中島砦を飛び出した。


同時に、分厚い雨雲は待ちわびたかの様に一斉に激しい豪雨とひょうを大地に吐き出す。

全力で走る織田軍に、小石程の雹がバチバチと大きな音を立てながらぶつかり、視界を遮る。

周囲一帯に響き渡るけたたましい雷と雹の轟音は、まるでこの世の終わりが訪れた様である。


織田勢全軍は、数里前方の丘に構える今川軍目掛け、息を切らせ全力で向かっていた。



直前まで軍議は紛糾していた。


信長は義元本陣の特定が出来ぬまま、敵陣の深くまで入り込んでしまっている。このまま各個殲滅されていけば退路を断たれ、二,〇〇〇程度の軍勢ではたちまち殲滅されてしまう。


「向かいの丘に陣取る、今川先鋒衆へ奇襲を仕掛けるぞ!」


敗報が続く中、信長は戦機挽回の為前方の小山に陣取る今川勢先鋒衆に突撃を掛ける決断を下した。


諸将は反対する。


「敵中孤立する危険を犯し、高所の相手に正面からぶつかるのはあまりに無謀ですぞ!」


信長は反発し怒声を上げた。


「敵は丸根・鷲津の戦に疲れ果てておる! 新手の我らが一気に攻め立てれば敵は慌てふためき容易く打ち敗れるわ!」


信長は追い詰められていた。


この期に及び清州に退却する訳にも行かない。

義元の居場所が分らない以上、今川方に何とか一当てし戦況を変える賭けに出るしか無いのである。


この奇襲が失敗すれば織田軍に訪れるのは「死」のみである。


信長の動揺は士卒にも伝わっている。

退路を失い、正に背水の陣となったこの状況を絶望視する自軍は、戦前に秩序が崩壊し兼ねない危機にあった。


信長はここが潮時と判断し、今川軍への反撃を命じたのである。

そして諸将の反対を押し切って中島砦を飛び出した。

不安に駆られる諸将であったが、尾張統一までの鬼神の如き戦ぶりを目にしてきた士卒達は、信長の起こす奇跡にすがり、釣られるように飛び出した。


戸惑う諸将の中から、一人の叫び声が上がった。


「あれこれ考えてもしかたあるまい! 信長様を信じ、命を捧げるまでじゃ!」


諸将は考える事を止め、一丸となり夢中で丘に向かい全速力で走りだした。



そして織田軍の決死の覚悟に天は呼応した。


織田勢が中島砦を飛び出すと同時に降り出した突然の激しい豪雨は、敵の物見の目をくらまし、部隊の動静把握を鈍らせたのである。


一方、尾張の地形を熟知した信長に進軍の迷いは無く、一直線に敵部隊へと向かっている。

奇襲が成功し、今川の先鋒が混乱すれば義元本陣の動揺も誘えるであろう。


(戦況が変わればまた戦機も訪れよう! そうなればその時考えれば良い!)


信長は不安な気持ちを振り払い、豪雨の中ひたすらに馬を走らせた。


「我らの動きを察せられる前に、全力で進むのだ!」


意を決した士卒は、眼前に迫る「死」などには目もくれず、真っ直ぐに信長の背中を追った。


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