【六】義元行軍
午前十時
気温も上がり、早朝には穏やかであった風は強さを増している。
上空で風に押し流される雲々は、徐々に厚く暗くなっていた。
善照寺砦に到着した信長は、今川勢の動向報告を待つ。
義元の動きを把握し続けなくては、奇襲は成立しない。
額に汗をにじませ、膝を揺らし落ち着かない様子であった信長の元に、斥候に出した簗田政綱から義元行軍の知らせを受けた。
「現在義元は沓掛城から大高城に向かっております」
信長は聞いた。
「そうか。義元本隊の状況はいかようか」
「義元は丸根・鷲津砦落城を喜び、その行軍速度は極めてゆっくりといたしております。道中村民などの献上物にも足を止め上機嫌で受けている様子でござります」
「分かった。状況を逐一報告せよ」
信長は身震いを必死に堪えた。
沓掛城から大高城への移動は、見通しの悪い窪地が続く桶狭間を通過する事になる。
一矢報いるには道中を急襲するしか無い。
(義元もわしの出陣は既に感づいているだろう。何とか間者の目を盗み義元本陣に近づかなくては)
信長は家老の佐久間信盛に命じた。
「これより本軍はさらに前線へと移動する。お主はここで本陣の旗を立て、俺がいると思わせる様工作せよ」
信盛は応じた。
「畏まってございます。我らが囮となり、敵が参らば大軍の足止めを致しましょう。お任せくだされ」
信長は信盛に五〇〇の兵を預け善照寺の守備を命じる。
砦内には旗指物を多く立てさせ本陣在留と偽装させた。
「我らは急ぎ中島砦へ参るぞ!」
信長は周囲に点在する敵の目を盗み、最前線に位置する中島砦へと急いだ。




