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戦国立志伝・織田信長  作者: 意匠瑞
第三章 『桶狭間』
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【四】玉砕

午前四時


「火を消せ! 敵の挑発に乗るな!」

盛重は鬼の形相で兵を叱咤していた。

丸根砦は松平隊に包囲され、猛烈な攻撃を受けている。


砦には雨の様に火矢が降り注ぎ、砦や櫓の壁には、無数の矢玉が当たり、乾いた破裂音が各所でこだまする。城兵の応酬に怯むことなく、敵は塀に取り付き、破壊しようと四方から忍び寄る。


「怯むな! 大軍の敵は格好の的じゃ! しっかりと狙いを定め一人ずつ確実に仕留めるのだ!」


自ら矢を放ち応戦する盛重は、声も枯れよと士卒に怒号を飛ばす。

守兵たちも盛重に鼓舞され、死の恐怖を忘れ決死の防戦を続けていた。



「やはり抵抗激しいか。あまり損害を増やす訳にもいかぬ」

寄せ手の将、松平元康は呟いた。

「一端兵を退かせよ!」

元康は諸将に命じ攻撃を中断し、速やかに砦を囲う兵を集め始めた。


配下の諸将は不満を漏らす。

「小勢の敵相手に時間をかけてどうします! ここは一挙に攻め落としましょう!」


しかし元康は冷静に諭した。

「砦の兵は決死の覚悟で抵抗をみせておる。窮鼠の敵に真っ向から強行すれば、思わぬ痛手を被ろうぞ」


未だあどけなさ残る顔立ちだが、その眼光は殊の外鋭い。

反発する家臣を鎮める元康には、若年ながら武家の血を引く生まれ持った威光が備わっている。血気盛んな十九歳の若武者とは思えぬ慎重さに、武将達は内心物足りなさを感じつつも、それ以上言い返す者はいなかった。



松平家は現在、今川義元の庇護を受ける事で家を保っている状況であった。

過去には西三河一帯を治める大名家であったが、元康が幼少期の時に父広信が不慮の死を遂げた為、幼い元康では治世を行えず、近国の太守今川家を頼ったのである。

しかし庇護とは名ばかりで、戦場では常に危険な先方を任され、酷使される立場にある。元康に失策があれば瞬く間に松平家を取り潰すつもりであろう。

義元は、屈服した国人衆に使い道があるうちは活用するが、無用と思えば容易く併呑できる、恐るべき実力を持った大大名であった。


若干十九歳のこの青年は、この戦での活躍を義元に見せつけなくてはならないのである。




砦の盛重は、怪訝な面持ちで松平軍の動きを伺っていた。


「何を考えておる……」


敵は攻撃を止め、城門に殺到していた兵達を退かせると、方向転換をして鷲津砦方面へ向かい始めたのである。


「ここは手強いと感じ、鷲津から順に一つずつ落とす気か……」

数理先に見える鷲津砦は、朝比奈泰朝隊による猛攻を受けていた。


盛重は迷った。

追撃か、堅守か。


(鷲津落城を待てば更に時間を稼げる……)

(しかし、みすみす仲間を見捨てるのか)

(いや、信長様の奇襲を成功させる為ではないか!)

(このまま背後を突けば先鋒を追い崩せるやも知れぬぞ)

(馬鹿な。あやつらの罠に決まっておろう!)


盛重は脳裏に駆け巡る様々な思惑を振り払うように、左右に頭を振った。


(ええい! 何を考えておる! どの道死を決した戦ではないか! 華々しく散って見せよう!)


盛重は奥歯を噛みしめると、守兵達に向かい大声で命じた。


「敵は我らが恐ろしくなった様じゃ! この機に追撃をかけよ!」


砦内から喚声が上がった。


同時に重い砦の門が押し開かれ、盛重を先頭とした騎馬武者の一団が一斉に飛び出す。

彼らは黒い塊となって一直線に松平隊に向かい突撃した。


「掛かった!」


自ら殿を務め、佐久間隊の様子を伺っていた元康は叫んだ。


「城側へ応戦せよ!」


使い番を走らせ、速やかに全軍に転回を命じる。


(やはりおびき寄せる為であったか……)


敵の俊敏な動きを見た盛重は、計略であったと分かりつつも、大声で叫ぶ。


「怯まず、敵が隊伍を整える前に突き崩せ!」


馬上から刀を振り上げた。


速度を落とさず、みるみるうちに元康本隊に肉薄した盛重隊であったが、後方が突如色めき立った。茂みに隠れていた伏兵が盛重隊に横槍を入れたのである。


「おのれ! どこから湧いて出おった!」


不意を突かれた盛重隊は瞬時に混乱した。


「直ぐに円陣を組むのだ!」


元康は砦攻撃に際し、あらかじめ一部の部隊を伏兵として配置していた。

城兵の強い抵抗を予測し、端から敵をおびき寄せるつもりであったのである。


「小勢ながら、大兵の我が隊に立ち向かう気概はお褒め致そう! しかし武運もそこまでだ!」


元康は反転させた部隊を手足の様に操り、佐久間隊をみるみる包み込んでいく。


「ひるむな! 逃げる者はわしが叩き斬るぞ!」


盛重は手負いの獅子の様に暴れまわるが、混乱を収束できず次々に諸将を討ち取られていく。

刀を振り上げ、周囲を取り囲う敵兵を斬り払っていくが、吹き飛ぶように突然馬上から転げ落ちた。


「盛重さま!」


側近は驚き駆け寄るが、応答は無かった。

敵の大矢が眉間を貫いたのである。


敵兵は盛重を囲う側近衆を瞬時にくし刺しにすると、蟻のように盛重の遺体に群がり、瞬く間に首を掻き斬っていった。



(信長様、どうかご武運を……)



大将を討ち取られた城兵達は、最後の抵抗を見せ全滅した。




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