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【二】先鋒進軍
永禄三年(一五六〇年)五月一九日 深夜
ジメジメした空気は夜間も変わらず、強く吹きつける風も湿気を帯び不快である。
旗指物がバサバサと音を立てはためく砦の櫓に仁王立ちする盛重は、傍に仕える武者に命じた。
「信長様に急使を送れ」
月明かりに照らされ、ぼんやりと黒く眼下に広がる平野から、火の玉の様な無数の篝火が徐々に近づいてくるのが分かった。
盛重の元に物見が走り寄り、息を切らしながら告げる。
「敵勢は先鋒の松平元康隊凡そ三,〇〇〇! 大高城から真っすぐにこちらに向かっております!」
盛重は周囲の士卒に分からない様に、ごくりと唾を飲み込んだ。
決して堅固とは言えない、この砦の守兵はわずか五〇〇ばかり。
敵はそれを知り、大群で一挙に殲滅するつもりである。
湿った風は強さを増し、木々をざわつかせ、士卒の恐怖を一層盛り立てる。
盛重は恐怖を吹き飛ばそうと拳を握り奮い立つ。
「死を恐れるは後世の恥ぞ! 信長様の為、少しでも長く敵を食い止めるのだ!」
目下に迫りくる大軍を前に、大音声で味方を鼓舞した。