疑惑の夜
「今日はここで野宿にしようか」
「思った以上に道程遠すぎやしないか……?」
まだ坂道の途中なんだが、唐突に足を止めたアルトはそんな事を言いだした。
坂道、といっても下から見上げた時に感じた断崖絶壁そのまま登るのこれ……? といいたくなるような急斜面っぽさは実際道を歩き始めてみればそんな事もなく。
これ下る時に自転車とかに乗って移動してたらスピード出過ぎて怖くなりそうだなとは思うが登っていく分にはそういったあれこれを感じない。
人が通るでもなければ魔物が出るわけでもない。
道のど真ん中でテント張っても誰かから文句が来る事もないだろうし、流石に夜通しぶっ続けで進み続けるには結構キツイ。
アルトの提案はそういった意味ではまっとうではあった。
背負っていたディエリヴァをおろし、収納具からテントを取り出す。
ディエリヴァもそれを見て同じように自分の収納具からテントを取り出した。
舗装されている道とはいえ、なんだかんだ斜面になってる事に変わりはない。
テントの中に入って収納具から更にクッションやら毛布やらを取り出して、テントの中に敷き詰めていく。
そうして大体平らにしておいた。
そのままにしておくと朝起きたらテントの端ギリギリに転がって寝てた、なんて事にもなりそうだからな。
前に買ったベッドとかで寝たかったけど、流石にここだとなぁ……と思ったので仕方なく布団と枕だけは出しておく。斜面とはいえそこまででもないから大丈夫だろうと思ってベッド出してそこで寝て、うっかり寝てる間に重力に導かれて落下とかしたら流石にどうかと思うし……
俺がテントの中を整えて出ると、ディエリヴァもやや遅れてテントから出てきた。
こんな感じで大丈夫でしょうか……? と聞かれたので中を覗いてみる。
「大丈夫なんじゃないか。あとは寝る時にもうちょっと下に敷いておいた方がいいかもしれないな。このままだと寝床とするには固すぎる気がする」
「じゃああとでもうちょっと調整しておきます」
それだけ言って、俺は少し離れた場所にテントを設置しているアルトを見た。
収納具らしき物を持っているようには見えなかったが、まぁ見えない所に装飾品とか見えないオシャレとかあるくらいだし、目に見えてわかりやすい所に付けてないだけだろう。
ぽんと出てきたテントの中に入ってものの五分もしないうちに出てきた。
普段の野宿なら火を熾すが、このつづら折りになってる坂道、結構風がきつい。しかもちょくちょく風向きが変わる。
今はいいが、寝る時になって風向きが変わるとテント側に火の粉が飛んでこないとも限らないので焚火はやめておいた方がいいだろう。とはいえ、まだ空は完全に暗くなっていないが太陽は島の向こう側に隠れてしまっている。明かりは用意しないとそろそろ手元も見えにくくなる。
しかし魔法で明かりを灯して一晩中、というのもな……
なんて思っていたらアルトが長い棒にくっついたランタンを地面に固定し始めた。ランタンの中を見れば火ではなく石が入っている。その石に魔力を注いだのだろう。柔らかな光が灯った。
「光石か……」
「あぁ、無いよりはマシだろう」
魔力を注ぐとその分だけ光る石。割と昔は多用されていたらしいが、今はあまり使われる事のなくなってしまった物だ。
理由としては単純に野宿の場合は焚火を熾した方がいいし、精霊に頼んで魔法で明かりを作った方が持続時間も明るさも違うからだ。
光石に注ぐ魔力はあくまでも自分だけの魔力だし、持続時間もそう長いものじゃない。定期的に注がなければならないが、だったら素直に精霊に頼んで明るくする魔法を使った方が効率からしても圧倒的に良い。
生活に関する魔法に関しては大分広まった事もあって、今はもう廃れた物の一つとも言える。
火を熾したならそこで料理もできただろうけれど、流石に今回は仕方がない。
収納具の中から出来合いの物を取り出してそれで済ませる事になりそうだ。
「ディエリヴァ、何か食べたい物はあるか?」
ディエリヴァの収納具の中にも一応食料は入っているが、それでも俺の収納具に入っている食料の量と比べると僅かなものだ。
……いや、僅かっていってもディエリヴァ一人だけなら半年くらいは問題なく食べていける量入ってるんだけどさ……俺の方更に入ってるからある程度消費しておきたい。
生活用品もあるけど今の俺の収納具の中身大半が食料だからな……収納具っていうかもうすっかり食糧庫。
俺の問いにディエリヴァは少しだけ考えて、もしかしたら無理かもしれないんですけど……と控えめに前置いた。
「お父さんが前に作ってくれた餃子が食べたいです」
「……餃子? うーん……前に具材包んだ状態で保存してあるからあと焼くだけだし……まぁできなくもないが。本当にそれでいいのか?」
「いいんですか!?」
他にももっと色んな物があるんだけど、ホントにそれでいいのか? と聞けばディエリヴァはぱぁっと表情を輝かせる。
いやそんな喜ぶものか? 本人がそれでいいならいいんだけども……
とはいえ焼かないといけないわけで、一先ずフライパンや油も取り出して準備をしていく。
調理台があればいいがそこまで出すのも面倒なのでフライパンの中に油を入れて、餃子を並べて、
「こんがり焼いてくれ」
そう精霊に頼めばあっという間に完成した。
羽付きのやつとかは流石に今回は難しい状況なので機会があれば次回。
魔法って便利だなー、と思いながらも皿を出して餃子を移動させる。
米を炊くのも今回は厳しいものがあったので、収納しておいたおにぎりを取り出した。
「今回はこれで我慢してくれ」
「我慢だなんて! 全然! 嬉しいです」
アルトが用意しておいたテーブルの上に置くも、若干傾いているので何となく大丈夫か……? という気になる。テーブルが転がる事はないだろうけど、下り側に立って何かあったらすぐに料理を回収できるようにディエリヴァは食べ始めた。
「美味しい。美味しいですお父さん!」
「それは良かった」
にっこにこで食べてるディエリヴァに、それ以上何が言えただろうか。
「……で、あんたも食べるのか?」
ぽかんと口を開けてこっちを見ていたアルトにそう問いかける。
「い、いいのか? では是非」
ストックしてあった餃子はまだあるし、この際だからとアリファーンに頼んでまたも餃子を焼いてもらう。
火加減とかそういうの絶妙なんだよな、アリファーン。本人的には全力の火力で燃やし尽くす方が楽しいらしいけど。
そうして食事を済ませた後は速やかに各々テントへと入って休む事にした。そもそもこの島、アルトが来た時点から魔物はいなかったそうなので、そこらの野宿と比べると警戒度合いが大分低い。
それでも一応念の為いつものように精霊に見張りを頼んで、テントの中で寝転がり、丁度いいポジションを探りつつ寝ようと思ったのだが。
「…………あれ?」
そこでふと気づいた。
俺がディエリヴァと共に行動を始めてから、そこまでの時間が経過したわけじゃない。帝国から廃墟群島までの距離を考えると、本来ならば年単位での時間が経過していてもおかしくはないが、海の上を移動するのに船ではなく魔法で移動していたために、恐ろしいまでに移動時間が短縮されている。
遠回りだの迂回だのしないで危険海域だろうとギリギリを攻めて目的地まで一直線最短距離、って感じで突っ切ってきたからな。
だからこそ、その疑問に気付いたわけだ。
もっと長い年月を共に行動していたら、前の事をうっかり忘れるという事もあったかもしれない。日々の出来事なんて大きめな事件やイベントと呼べるようなものがあるならともかく、取るに足らない小さな出来事は割と忘れるものだ。
帝国で、組織とフロリア共和国から来た調査隊が合流するまでの間、何度か手料理を振舞った。国民が誰もいなくなった帝国で自分たちの飢えを満たすなら、調理しなくても食べられる食材か、あとは自分たちで調理加工しなければならないわけで。
その後は何だかんだで調理済みの物で間に合わせていた。
だからこそある程度はまだ覚えている。それ故に気付くしかなかった。
……俺、ディエリヴァに餃子なんて作って食べさせた事ないぞ、と。
実際餃子のストックはあった。
けれどそれは以前どうしても餃子が食べたくて食べたくて震える状態になった俺が大量に作っておいたからであって。
あれ以来餃子を食べる事がなかったのは確かだ。
俺が餃子を作ってついでに暇な時にストックまで作っていたのは、まだ帝国に潜入しようなんて話が出る前の事。ロジー集落に居た時の話だ。
当然ディエリヴァとは出会う以前の話で。むしろその時点では彼女の存在すら知る事もない。
ディエリヴァと知り合ってから手作りした料理なんて数える程度だし、その時に作ったメニューはまだ忘れていない。間違いなく、餃子なんて作ってなかった。
だからディエリヴァには『前』なんて存在しているはずがない。前に作った時に食べたのは、ディエリヴァではなくルフトだ。
双子ってたまに離れていても相手の事がなんとなくわかるとかいう不思議パゥワーがあったりするっていうのは実際の話だったり創作だったりでよく聞くけれど、餃子の一件はディエリヴァにとってもしかしてそれだったのだろうか……
そう考えでもしないと、さっきのディエリヴァの発言は明らかにおかしい事になってしまう。
寝てる時にやたらリアルな夢を見て、そっちと混同した、とかいうオチだったらいいんだが、もしそうじゃなかったら。
……いや、でも有り得ない。ディエリヴァとルフトは確かに似ているが、微妙な違いがある。それは端的に言ってしまえば男女の差で、俺が種族を誤魔化すのに耳を人間のように見せかけるのと同じように誤魔化せるものじゃない。
有り得そうな事、有り得ない事をつらつらとあげて考えて。
結局答がでるわけもないままに、かなり長い時間それでも考え込んでいたのだろう。
気付けは東の空がうっすら明るくなりかけているのをテント越しに感じて、そこでとうとう限界が来たらしく今更のように寝落ちした。