心情的に不本意
考古学を学ぶアルト、と本人は名乗っていたが、まぁどう考えてもかつて俺の前からいきなり行方をくらました友人、ヴァルトである事は間違いない。
何というか本人が隠そうと思ってるのかどうなのか、初っ端から俺の名前を呼びかけるというボロを出してる時点で気付くなという方が無理だ。
これで気付けない奴ってマジで頭のねじ緩みすぎてる奴くらいだと思うんだよな……漫画とかだとどんなに不自然な状況でもその事実に疑問を抱かず全肯定マシーンと化した奴とかいたりするけど。何、常識改変でもされてんの? ってくらい不自然な状況で無理がありすぎる論法であっても貴方が言うならそうなんだね! みたいなノリで信じるやつとか。
漫画の中ならまぁ、そういうのが一人くらいいても話の進行上問題はない、というかそういうのがいた方が色々とやりとりの幅があるというか、許される部分はあるけど現実にいたらかなり問題だと思うんだ。
リアルで存在してたら思わず「本気で言ってる?」と真顔で問いかけるかもしれない。
今がリアルだという点で、俺としてもヴァルト……いや、アルトに正気か? と言いたいわけだが。頭大丈夫とかまでは言わないけど、正直正気を疑うのは無理もないと思う。
ディエリヴァも限りなく困惑している様子ではあったが、まぁ敵意もなければ見た目こそ怪しいが一応こちらに対して友好的っぽいので若干距離を取りつつも様子を見守っている。
正直これに積極的にぐいぐい行けとは流石に言えない。
俺だって正直関り合いになりたくないなと思うわけで。
ホントお前に何があったの? と問いたい。
「それで、僕たちはここにちょっとした調べ物に来たわけだが、あんたは? どうやってこの島に来て、何をしている?」
仮に本当に彼が考古学者で廃墟群島について調査に来たというのであったとしても、流石に一人でという事はないはずだ。調査するにしろ、場所が場所だ。誰でも足を運べるような危険度の少ない場所ならともかく、こんな所に一人で調査はあり得ない。
もしかして他にも仲間がいるのだろうか、想像つかないけど。そう思っての問いかけだったが、アルトは降参ポーズ状態だった手をおろして片手は腰へ、もう片方の手は顎へとやった。
「ふむ、調べ物、か。正直面白みのあるようなものはないと思うが……」
「それをあんたが言うのか」
むしろそっくりそのままお返しされてもおかしくない発言だぞ。
「一体何を調べに来たというのだ」
「とある人物についてだ」
「ほう? とある……一体どんな?」
「そこまで言う必要あるか?」
相手がヴァルトとしてこちらに接してきたのであればまぁ、今までの事を話す事もやぶさかではなかった。お前がいなくなってからこんな事があってな、とかそういう感じで。
けれどもヴァルトはアルトと名乗り、こちらとは初対面であるという事にしている。
初対面の人間にそこまで踏み入った事情を話すだろうか?
探している人物にもよるが、俺たちがここに来たのはクロムートに関する情報を得るためであって、クロムート本人を探しているわけではない。少なくとも今の時点では。
クロムートに関する情報が本当にここにあるかはわからないが、長老が言ったんだ。クロムート本人じゃなくても、彼に近い存在や帝国で起きた案件に似た話がもしかしたらここにあるのではないか、と俺は思っている。
勿論、完全な無駄足で終わる可能性も否めないが。
初っ端からボロしか出てないが、初対面のフリをしたのは向こうが関わりたくないというのもあるのかもしれない。いや、態度からしてそれはないみたいなんだけど、それでも初対面であるという事にしておいた方がいい何かがあるのかもしれない。
であればこちらも初対面の相手に対するような対応をするべきだろう。茶番だなとしか思わないが。
「いや、しかし私は学者でもある。この島についてならそこそこ詳しいと自負しているよ。駄目元で話してみるつもりはないかい?」
こちらがバッサリと切り捨てたというのに、何故か食い下がられた。いや、初対面装うならここでそれじゃお互い頑張りましょうねでお別れしても何もおかしな事ではないはずなんだが……こいつが何をしたいのかさっぱりわからない。そもそもこいつこんなキャラだった? いやそれは俺も前世の記憶思い出したから若干前とは変わったって言われる要素あるけど、それにしたってだ。
何、実はその骨兜のせいで人格変わったとか? それ壊せば解決するのかもしかして。
そんな風に考えていた俺の様子を、初対面だから信用されていないと考えたのかアルトはあれこれと言葉を重ねてくる。
自分はこの島の調査を始めてそれなりの時間が経過している。もともとの群島諸国に関しても多少は知っているから、もしかしたら何らかのヒントくらいにはなるかもしれない。などなど。
いや、何がしたいんだこいつ……
そう思ってしまったのも仕方ない事なのかもしれない。
そもそも初対面装うくらいだから、事情があってこっちと関わらない、関われない状況下にあると考えたとして、だったらこうしてわざわざ食い下がる理由がない。
素直にヴァルトであると言った方が余程話はスムーズにいくと思うのだが……
いや、待て。
そういやディエリヴァを紹介した時息子じゃなくて? と言っていた。
という事はルフトの事も知ってる、と考えるべきか。
いや、むしろさっきの反応からしてルフトの事は知っていたようだがディエリヴァに関しては知らないようでもあった。
どういう事だ……?
帝国にいてルフトに近しい位置にいたならディエリヴァの事も知っているはずだが、ヴァルトは異種族。帝国に行くのは危険が伴う。
であれば、ルフトが帝国から出た後、フロリア共和国で接触した……? ルフトの顔は俺そっくりだったから、血縁関係疑ってもおかしくはない。とはいえルフトは仮面で顔の上半分を隠していた。アルト同様……いや、アルトよりはマシだったな。まだちゃんとした仮面だったし。こんな骨兜と一緒にするのは流石にルフトに失礼だろう。
俺が反帝国組織として行動しないといけない状況になってフロリア共和国に行った時、ヴァルトも実は同じ大陸にいた……?
可能性としてはゼロじゃない。ゼロじゃない……が、その後何をどうしてここに来る事になるんだ?
考えたところでさっぱりだった。
ディエリヴァの存在を知らないのであれば、帝国が滅んだ時にはもうあの大陸にはいなかったと考えるべきか。俺はその後ミズー集落で長老の話を聞いてここに来る事になったわけだが、ヴァルトが俺たちがミズー集落へ来る前に来ていてそこでここに行くように仕向けたのであれば……いや、それにしたってクロムートに関する情報があるかもしれない、っていう長老の言い分がおかしい。ヴァルト関連なら精霊に話聞いてそれっぽいのが廃墟群島に向かっていった、とか言われた方がよっぽど俺も廃墟群島に足を運ぶ流れに抵抗がなくなる。
長老は無関係で、本当に偶然ここで居合わせた……と考えるにしても、じゃあなんでそんな怪しい骨兜かぶってんだってなるんだよな~。
もうヤだ。そもそも俺そこまで頭いい方じゃないから考えたところで抜群の推理力がきらめいて「ハッ、わかったぞ!」みたいな事になるわけないからさぁ!
いやもうマジでどうすんのこれ……ヴァルトが俺と敵対する流れになる可能性は低いとはいえ、じゃあなんでこんな……って思考が無限ループに陥りそうになるし、困り果てた俺はどうしたものかとディエリヴァに視線を向けた。彼女が助けてくれるとは思わないが、もう自分の頭だけで考えるのも限界なんでいっそ彼女の意見も取り入れようという発想だ。
どうする……?
そうめっちゃ目で訴えてる俺に気付いたのだろうディエリヴァは、少しだけ考えるように視線を移動させて数秒。どうするべきかを考えたのだろう。
「他にこの廃墟群島に誰かがいる、というならともかく他にいないのであればこの方からお話を聞いてみてはいかがでしょうか、お父さん」
「念の為聞くがあんたの他にこの島の調査だかをしてる奴は?」
「いないね。私だけだ」
「話を聞ける相手がこいつしかいないのか……絶望的では?」
「おっと、辛辣」
おどけるように肩をすくめてみせているが、辛辣になるのも仕方ないと思うんだ。
バレバレの変装。初っ端から取り繕えてない態度。茶番にそれでも一応付き合ってやってるだけで相当俺の心って広いのでは……? と我ながら自画自賛するレベル。
というか島の調査……なぁ。考古学者自称するのはともかく、たった一人でっていうのも何かな。普通にこういうのって助手とかつけるだろ……そんな大規模な調査じゃなかったら個人で、とかもありだろうとは思うんだけど、廃墟群島全体的に調べるってなるとどう考えてもキャラバン形成されるくらいの人数でもおかしくないと思うんだよな。
俺とディエリヴァが廃墟群島に降り立ってさらっと見て回るだけならそう時間はかかっていなかったけど、これがもっとじっくり色々と調べながら行こうとしていたらこの島に来るまでもっと時間がかかっていただろうし。
最初のワイバーン便関係の建物だって全部を見たわけじゃない。大まかにさらっと、程度だ。それだってクロムートに関連しそうな情報がないから、というだけの理由であって、もし廃墟群島全体を調査するのが目的であったなら。
一つの島に一日どころの滞在で済むはずがない。
「……アルトは一体いつからこの廃墟群島に?」
「そう長い間じゃないさ。ここに辿り着くのに時間がかかってしまってね。追手を撒くのに思った以上に時間がかかって辿り着いたのは数か月前さ」
「追手」
「おっと、その件に関してはオフレコだ」
人差し指を口元にあてて「しー」なんてやってるが、いやお前ホント何してたの……?
俺と別れた後ホント何してたの……?
もしかしてマジで何かの犯罪やらかして逃げてたとかなの……?
その割に指名手配されたりはしてる感じじゃないようだけど、だから一応俺と面識はありませんよっていうのを装ってるとかなの……?
何かもうありとあらゆる可能性が出てきてもおかしくないので、考えれば考えただけ闇の深い考察になりそうな気がしてきた。
とりあえず俺たちが今ここでアルトを無視して島の中を調べて回るという選択肢もあるにはあるが、既にここに数か月滞在してるとかいう正直頭どうかしてるぜ状態のアルトに話を聞いた方が色々と手っ取り早いのも事実。
仕方なく。
本当に仕方なく俺は帝国での一件について話す事にした。