こんな再会はイヤだ
三つ目の島も多分何もないんだろうな、とは思っていた。
実際にそこは観光地というよりは漁業で生計立ててるんだろうなというのが見てわかる感じの島で。
二つ目の島にあった城と比べると何かちょっと大きい村の村長の家、みたいなのが多分この島の城のようなものだったのだろう。
いくつかの小国が集まって、との事なのでこういった違いがあれこれ存在しているのは別におかしな事ではないが、二つ目の島の城を見た後だと何というか……とても……しょっぱいです。
三つ目の島は見る物がそこまでなかったので早々に次の島へと移動した。三つ目の島から四つ目の島へは橋がかかっていたためにワイバーンに乗らずとも移動できるようになっていたようだが、流れ着いた船の帆が突き刺さったらしく途中からは橋が崩れ渡れなくなっている。
とはいえ途中までは橋を渡って、そこからは魔法で飛べばいいだけなので何も問題はない。
そうして早々に四つ目の島まで移動したわけだが。
この島に残っている物はほとんどなかった。
建物もあったはずなのだが、他の島と比べてここはほとんど残っていない。どれもこれも倒壊、もしくは崩壊といった言葉がぴったりな有様だ。
最初にこの島に降り立っていたなら、廃墟群島という言葉にもすんなりと納得したに違いない。それくらいの廃墟っぷりだった。
見る物、という意味ではこの島はほとんど何もない。けれど、他の島と比べて明らかにここで何かがあったというのが明白だった。
「今までの島と比べて明らかにここだけ違いますね……?」
「群島諸国が滅んだ原因が何かはわからないが、恐らくはここが中心部だった……と言われれば納得はできるな」
今まで見た島では滅んだ原因らしきものは何もなかった。
けれどもここは、いかにも何かがあったと誰が見てもわかる。
島の中心部は地面が抉れ、クレーターのようなものができている。多分町の中心部でもあったのだろう。建物の残骸らしきものがそこかしこにある。原型を留めている建物はない。
クレーターができていない部分は草木が生い茂っていて、元の町の面影は完全になくなっていた。
人が育てなくても植物は案外たくましくすくすく育つものなんだな……と思いながらも町の奥になるだろう場所を魔法でちょっと上空に上がって確認してみる。
そっちにきっとこの島、小国の一つだった事を象徴する城があったのだろう。すっかり森に囲まれた、みたいになってるもののぽっかりと一か所だけここと同じようなクレーターができていた。
もしかしたら橋で繋がってた前の島は小国の一つではなくこの島の国の領土だったのかもしれない。ふとそんな事が思い浮かんだ。
あまり大きな島じゃない。本当に小さな島。町一つ城一つとか、ゲームならよくある形ではあるけれど実際に見ると何となくおかしな感じすらある。
前の島とかで見た城とは言えないけど城だったんだろうなぁ、みたいなのはもしかしたら本当に城ではなくて領主の家とかそういったものだったのではないだろうか。
前世で言うなら俺の住んでた国の都知事とか県知事とかそういうのに該当したかもしれない。
何というか小国の集まり、という割に今まで見てきた島を思い返すとその島一つだけで国として成り立てるか、という疑問が湧く。
実際は島々全体が一つの国だったのかもしれない。けれど外から見る側にはそういった部分が理解できず、小国の集まりという認識になった……可能性としてはゼロじゃないな。
ちょっと魔法で宙に浮いたままそんな事を考えていたが、前世の俺と比べて圧倒的に良すぎる視界がふと何かを捉えた。
「……ん? んん?」
それは城があったんだろうなーとかさっきまで考えてた場所だった。
気のせいかとも思ったし、なんなら何かの動物だろうかとも思ったがまぁ確かに動物っちゃ動物だった。
人間もエルフも他の異種族だって広義の意味では動物だよな。
城があっただろうクレーターの中心部で何やらやってる人物を見て、俺は無言のまま大地に降り立った。
「お父さん? 何かありましたか?」
ただ景色を見ていただけにしては妙な表情を浮かべていたせいで、ディエリヴァからもそう問いかけられる始末。
「いや、その、人がいた」
「人! この島に暮らす方でしょうか!?」
「そんなはずないだろ流石に」
「でも、いたんですよね?」
「……あぁ」
「行きますか!?」
「行くしかないだろ……」
正直気は進まないが。
群島諸国が廃墟群島と呼ばれるようになってから数年どころの話じゃない。船で行くにしても命がけ、他の手段で来る事ができたとしても帰りも果たして無事に、となるかは微妙なところだ。もし船が難破してここに流れ着いたのだとしても、ここで生活できるかとなると正直微妙な気がする。
魚を釣れば食料はどうにかなる。水もまぁ、今まで見てきた島で湧き水とかあったしそれもどうにか。
最悪魔法が使えればどうにかなるとは思うものの、この廃墟群島も帝国並みに精霊がいない。アリファーンたちが俺にはいるから魔法は使えるものの、そうでなければ魔法はほとんど使えないと言っても過言ではない。
自給自足の生活をするにしても、俺が見たのはたった一人。一人となれば時間なんていくらあっても足りないだろう。けれども、俺が見かけた人物は畑を耕すでも食べられそうな植物を採取するでもなく、多分城があったんじゃないかなぁってところのクレーターにいた。
作業合間の休憩にしたってよりにもよってそこ!? と言いたくなるような場所だ。
運悪く流れ着いた遭難者か、それともまさかの原住民か。いや言い方、とは思うがそもそも群島諸国が滅んでから何年経ってると思ってるんだ。第一島民とか言う以前の問題だぞ。
ともあれ俺とディエリヴァはこの島にいる住民かどうかもわからない人物がいたここじゃない方のクレーターへと向かう。距離にしてそれなりにあるために俺たちが向こうへ到着したらいない可能性もあるが、その時はその時で探せばいいだけの事。もしここで暮らしているならどっかに住居があるはずなわけで。
暮らしていないのであれば、この島の外から来たという事になるが、だとすればそれなりの移動手段のようなものがあるはずで。
海から来たなら船だろうけど、いきなりこの島に接岸するのは船の残骸や周囲の地形的に無理がある。では空から、と考えるももしそうならそれはそれですぐに気づくだろう。
思っていたよりも距離があったが、途中で息を切らし始めたディエリヴァの手を引きながらも進む。昔はあっただろう道は今では草に覆われて獣道にもならないような道だったがどうにか進むと、元は防風林みたいなやつだったんじゃないかなぁ、というような場所へと差し掛かった。規模がもう防風林とか言うレベルじゃなくて普通の森と言われた方が納得するレベルではあるが、大分目的の場所へ近づいてきた。
木々の間から唐突に城があっただろう場所、クレーターになっている場所が見えて、咄嗟に俺はディエリヴァから手を離していた。
「? あの、おとうさん……?」
「念の為ここにいろ」
森の中、というかそこかしこに木があるわけだから、隠れようと思えば何の問題もない。虫と遭遇する可能性のある場所にディエリヴァ一人を置いていくのもどうかと思ったが、今の今まで島を見て回った限りではコルテリー大森林で見かけたようなサイズの大きな虫はいないようだし、多分大丈夫なはず。
何が何だかわかっていないようなディエリヴァであったが、警戒した俺の様子からとりあえず小さく頷いて木の陰に隠れるように移動した。
木々の向こう側。そこには町の方にあったクレーターと同じような規模でクレーターがやはり広がっている。
気配を消して、足音も極力立てないように移動する。幸いにも相手は俺に対して背を向けていたので近づくのは容易だった。
しゃがみ込んで何かの作業をしているらしき男の首筋に、抜き放った剣を突き付ける。
「動くな」
「……っ、これは、何とも物騒なご挨拶だな」
相手の男は動揺して振り返って自滅するような事もなく、ただ声に僅かな驚きだけを乗せて返してきた。
「物騒? 至極マトモな挨拶のつもりだが。ここで何をしている。答えろ」
音声だけ聞けば俺の方がある意味物騒なのは仕方ないとしても、音声以外を確認できれば俺の行動はある意味で当然と言える。
何せここで何らかの作業をしていたこの男、顔を隠すように頭に動物の骨を被っているのだ。十人中十人が見ても不審者だと太鼓判を押す相手に警戒せずして何に警戒しろというのか。
俺が魔法で宙に浮いてこっち側のクレーターでこいつを見つけた時の何とも言えない反応は、致し方ない事と言えるだろう。正直関わりたくはないんだが、こんなところに人がいるという時点で関わるしかない。
念の為俺の心の中では既にここが邪教集団の秘密基地になってて怪しい儀式が執り行われる目前だという事になってても驚かないように精神を落ち着けてある。
いやでも流石にこの後いきなり似たような頭に動物の骨被った連中が取り囲んできたりしたら流石に焦るな。集団だったらどうしよう。俺も驚いてうっかり遠慮なく魔法をぶっ放すかもしれん。
落ち着けたはずの精神が万が一の展開を考えてちょっとばかり揺れたものの、幸いな事に俺を取り囲むようにいきなり怪しい集団が現れるという事はなかった。かわりにしゃがんだままロクに身動き取れない男が降参だとばかりに両手をそっと上げる。
「わかった、答えよう。そのかわりこの物騒なのをどうにかしてくれないか。この体勢のままずっとはキツイ」
「少しでも怪しい素振りを見せるならその時は容赦しない」
脅しでも何でもないと言わんばかりに一度剣先に火を灯す。ぼっという音をたて上がった炎は熱こそあれどしかし男を焼く事はなかった。ちなみに今のは魔術で発動させた。精霊だとうっかり火だるまにしかねないし。
剣先、男の目の前で上がった炎に身体を強張らせたものの、すぐに消えたそれにあからさまに安堵の息を漏らす。ゆっくりと剣を戻して男が立ち上がるのを待った。
いまだにおかしな事をするつもりはないと言わんばかりに両手を肩のあたりであげたまま、男は立ち上がりこちらに向き直る。
動物の骨を被っていたのは見えていた。けれども、ただそのまま被ったわけではないらしい。ぎゅっと隙間を埋めるように加工されているせいか、男の顔上半分は見えない。動物の骨……恐らく鹿かそれに近い動物だろうか、その骨もまた上あごまでしか使われていないようだ。
骨の側面からは立派なツノも生えている。正直森の中移動するにはそのツノ邪魔じゃないか? とも思ったが、まぁ自分で装着するわけじゃないからそこはどうでもいい。
それよりも――
「……ヴァルト……?」
顔の上半分が隠れているとはいえ、俺が見間違えるはずもない。
いや何してんのこんなとこでそんな姿で、というのが隠しきれるはずもなく、俺の声は大層呆れていたに違いない。ちょっと違う表現をするならドン引き、というやつだ。