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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
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下手なこと言えない



 旧時計塔。

 その中は元々時計の調整をするためだけの最低限の物しかなく、時計そのものがなくなった今となってはほぼ無意味な絡繰りだけが残されている。

 中はもっと暗いかと思っていたが、想像していたより三倍くらいは明るかった。てっきり薄闇に包まれているだろうと思っていたけれど、普通に周囲を見回す分には問題ない程度の明るさがある。


 そこには相も変わらず薄っすら発光しているはずのニュクス族の女と、塔の最上部、恐らくは時計の調整をするための場所だっただろうあたりにうずくまって震えている女。


「思ったより明るいんですねぇ……外から見たらそうは見えなかったのに」


 窓から明かりが漏れ出る、なんて事もなかったのでハンスがそう言うのはわからないでもない。

 けれどもそれも魔法でどうにかしていると考えれば別におかしな話でもない。


「きみが、アマンダか?」


 膝を抱えそこに頭をくっつけて丸まるようにして座りこみ、ガタガタ震えている女に声をかければ面白いくらいにその肩が跳ね上がった。

 アマンダ、と呼んだのは一応赤髪であったからだ。指示書に記載されていたアマンダの特徴の一つ、赤い髪。赤い髪の女なんてそれこそたくさんいるけれど、少なくともこのティーシャの街に関してはそう多くもない。

 ハンスがアマンダ以外の赤い髪の女に関してはそれなりに調べたらしいし。


「あ、あ……」


 消え入りそうな小さな声。それは単純に声を出しただけなのか、返事をしたのかはわからないが……ともあれアマンダらしき女はそっと顔をあげた。


 ふむ? 指示書に記されてたアマンダはもっとこう、気の強そうな女性であるとか書かれてたはずなんだが。少なくともこうして見る限り到底そうは思えなかった。

 どちらかといえば対人恐怖症とか言われた方が余程納得できる。


「レ、レミー、レミー……」

「大丈夫よアマンダ。この人たちは貴方と同じ組織に所属してるみたいだから。ほら」

 ちゃんと見て、とニュクス族の女――アマンダが呼んだ名が真実であればレミーか――は、言いながらも俺の方を指さした。


 反帝国組織に所属している者が着ている軍服。ハンスも同じく反帝国組織ではあるが、彼は潜入する事も多くまた人の中に溶けこむ事が多いためこちらはそうではないけれど。


 俺を見てアマンダはどこに焦点を当てているのか全く分からなかったその瞳を一度更に大きく揺らし、立ち上がるのも惜しいとばかりに膝立ちでこちらへと移動し縋りついた。


「お、おい……?」


 思った以上に力強くしがみつかれて、戸惑うなという方が無理な話だ。見た目から筋肉とかついていないようにしか見えない俺ではあるが、それでもないわけじゃない。だからこそ耐えているが、そうじゃなかったら今頃痣にでもなってるんじゃないかってくらいの力でしがみつかれている。


「違う、ちがうのごめんなさいあたしだって別に本気で裏切ろうなんておもってなかったでも帝国が人間至上主義だっていうなら、はたいろわるくなったらそっちにいけばいいかなって思っただけなのよ本気で考えたりなんてしてなかった」


 ガタガタ震えながらも早口で告げるアマンダに、一体どう声をかければいいのか。

 ライゼ帝国のやり方がいずれ世界中に広まろうものなら、困るのは人間以外の種族だ。今まで平和に暮らしていたものが壊れる者も多いだろうし、帝国から遠く離れた土地に住む者はまだ他人事だろうけれど、ライゼ帝国と同じ大陸で暮らしている者からすれば最悪の未来は案外すぐそこに迫っているようなもの。


 人間至上主義といえども、だからといって人間種族全てがライゼ帝国に賛同しているわけでもない。

 人間の中にも異種族と友好的にしている者は多くいるし、そういった暮らしが壊れてしまえば今までとは同じように暮らす事もできないだろう。人間と別の種族で婚姻する事だってそれなりにある。

 そういった人間はもしライゼ帝国がこの大陸全てを手中に収めた場合、最愛の伴侶を奴隷として連れていかれるだろうし、何より子は――純血の人間ではない。であれば異種族とみなされてそちらも奴隷とされる可能性はとても高い。


 妻、もしくは夫、そして子を連れていかれるかもしれない。しかも連れていかれた先で彼ら、彼女らが幸せになれる可能性はほぼ無いに等しいと考えれば……反帝国組織に所属する人間がいるのは大体こういった理由からだ。伴侶でなくとも友であったりだとか、それなりに近しい関係の者が明日には二度と会えない場所にいるかもしれない、そう考えれば戦う事を選ぶ者がいるのも別におかしな話でもない。


 けれども中にはそういった事情があって入ったわけでもない者だっている。

 何となく身の置き場に困って、特に深く考えてないけどとりあえず所属しとくか、みたいなのもいないわけではない。

 アマンダはもしかしたらそういった、特に理由はないけれど所属してみたタイプだったのだろうか?

 いや、もしそうならわざわざ敵地に潜入とか危険度の高い事をするはずがないとは思うのだが……


 縋りつかれながら俺はあれこれ考えていたが、その間にもアマンダはその口から言葉を発する事を止めていなかった。とはいえ聞こえてくるのは大体が自己弁護のようなあれこれだ。


 異種族じゃないから。もし帝国側が勝利した場合人間種族ならそちらへいけばいいとでも考えていた。

 まぁ、それに関しては別に何を言うでもない。異種族が根絶やしにされたとしても、人間であれば最悪殺されるまではいかないだろうと考えるのは仕方がない。とても甘い考えだとは思うけども。


 ……もしかしてアマンダ、先の事を考えるのが途轍もなく苦手なタイプか……?

 普通に考えれば対立組織の人間が潜入してそれが相手にバレた場合、いくら相手が人間至上主義だからといっても侵入者が人間だから見逃してあげようとか考えるはずもない。

 けれどももしアマンダが、でもあたし人間だから殺されるまではいかないよねっ☆ なんて考えだったら。


 アマンダを見下ろす。

 怪我をしているといった感じではない。

 とはいえ怪我だって魔法を使えばある程度は治る。

 その時の精霊と自分の魔力量にもよるけれど、ちょっとした欠損だって場合によっては治る。人間種族の平均的な魔力量と、その時その場にいる精霊が割と力を持つ者だったと仮定しても指の一本や二本程度の欠損ならどうにか治せるのではないだろうか。

 腕一本とかになると難易度跳ね上がりそうだけど。


 今見たところアマンダには怪我をしている様子もない。

 とはいえ、一切怪我などしなかったわけではないかもしれない。

 怪我が治ったとはいえ、怪我をした時に感じた痛み、その時に感じた恐怖などが綺麗さっぱり消えるわけでもない。トラウマになっていても何もおかしな話じゃない。


 とりあえず一度アマンダの口を閉じさせるべきだろうか、と考えていたが、自己弁護じみていた内容が変わり始めたせいで話を中断させるタイミングをまんまと逃した。


「て、帝国って人間至上主義じゃなかったの……? あんな、あんな扱いが人間に対して行われるなら、いやでも人間じゃなくてもどっちも同じようなものじゃない……! どっちだっていや、あたしイヤよどっちだってイヤぁ……!」


「え、あの、それは一体どういう事ですかぃ?」


 ハンスもアマンダの言葉を途中まで話半分くらいに聞き流していたのだろう。けれど、スルーしてしまうにはどうかと思うような言葉が出てきたせいで口を挟む。

 ハンスの声にアマンダはひぃっ!! と大袈裟なくらいの悲鳴を上げて、縋りついていた俺の足から離れて頭を抱えてイヤイヤとすさまじい勢いで振り始めた。


「何か知らんが帝国をどうにかしてしまえばその考えは杞憂に終わる」

「無理よぉあんなのにどうやって勝てっていうの!? 今はまだ付け入るスキがありそうだけどそれだって気の迷いみたいなものじゃない! 無理! 無理なの勝てるはずがないのよやだやだ助けてあたし何もしてないじゃない悪い事なんてなんにも! 人も、異種族もあんな末路を迎えるってなったら、あぁ、ああ! どうしようもないじゃないねぇ助けて! 助けてよ! 人でいるのも異種族になるのもいや!」

「ッ!? アマンダ、落ち着いて。落ち着きなさい、それ以上は駄目」

「いっそ、いっそあんなの関係のない物になりたい!! ねぇ、聞こえてるなら助けてよ!!」


「アマンダ――!!」


 レミーの叫びに、あ、もう手遅れだなと頭のどこかでそう思う。

 アマンダの言葉はある意味で単なる現実逃避みたいなものだったのだろう。前世、魔法なんて二次元の話としてしか存在しなかったような世界であればそれこそ鳥になりたいとかちょっとした空想の話で済んだものだ。

 けれどこの世界には精霊がいて、そいつらは人の手助けをする。アマンダの言葉に魔力が込められていなければ、その願いはただの戯言、空想上のちょっとしたジョークととられるだけのもののはずだった。


 けれども、アマンダの様子からして尋常ではなく、また言葉に若干の魔力が込められていたのも問題だった。


 アマンダも誰に助けを求めているのか、理解していたのだろうか。

 助けてよ、の声がこっちに向いていたようには思えない。多分目に見えない精霊に対して助けを求めた可能性が高い。

 レミーもそれを感じ取ったからこそ、彼女の言葉を中断させようとした。


 けれど、それは無意味だった。


 ざぁっ、とアマンダの身体が崩れ落ちる。アマンダだった痕跡は、彼女が着ていた服だけだ。彼女の髪も顔も体も余すところなく砂になって崩れ落ちる。

 静寂が満ちた。


「ア、アマンダ……?」


 目を見開いて、レミーがその場にへたり込んだ。膝が床について、痛そうな音をたてる。

 ハンスは何が起きたのか瞬時に理解できなかったのだろう。「へ……?」とどこか甲高い声を出してアマンダがいた場所を凝視していた。


 突如、ざぁっと塔の中だというのに風が吹く。不自然な風は旧時計塔の中で唯一開いていた窓の方へとアマンダだった砂を巻き上げていくと、何事もなかったかのように止まる。


「あ、あ、嘘、アマンダ……? ねぇ、何で、何でよアマンダ!?」


 旧時計塔の中で、レミーの絶叫が響き渡った。

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