悪い想像だけならどこまでも
「確証はない。が、恐らくはそうなんじゃないかなと思うのがこれだな。
ヴァルトとルーナが知り合いで、ヴァルトからルーカス、お前の話を聞いたルーナがヴァルトの体験した事を自分が体験した事だと思い込んでいる」
「………………はい」
その可能性はあった。
うっすらそんな気はしていた。
でも正直考えたくなくてそっと蓋をしていた。
だからこそ俺の口から出てきた「はい」は肯定としてのはいではなく、言葉にならない相槌としての「はい」だった。
人生はクソゲーとは前世であった言葉だ。
それ踏まえると前世の俺の人生は多分ちょっと運が悪い男のほのぼの日常コメディ、ただしラストはデッドエンドとかいう誰向けかわからんジャンルだったわけだが。
転生した俺の今度の人生のジャンル明らかにファンタジーだったじゃん!?
なんでここにきてサイコホラーみたいなのがするっと入ってくるんだろうね!?
まぁ? 前世でも似たような話はあった。
友人の話なんかで、この前どこそこ行ってきたとかいう話を聞いた別の奴が、自分はそこに行ってないのにさも自分が行ってきたみたいな風を装って話したりだとかな。
いやお前は行ってないだろって突っ込まれても本人なんでかきょとんとしてたり、逆切れしたり。
これも虚言癖の一種なんだろうか……と思いはすれど、まぁそういう相手との会話って疲れるから最終的に距離置くしかないんだよな。いちいち訂正しても疲れるだけだし。
言葉の通じる狂人との会話って素人にはちょっと重たすぎる案件なんだよな……
もしルーナがヴァルトと知り合いであり、ヴァルトから友人である俺の話を聞いたと仮定しよう。
この場合のパターンとして考えられるのは、ヴァルトが好きすぎて自分もヴァルトと同じようになろうとした。もしくはヴァルトから俺の話を聞いてるうちに何でか直接会った事のない俺に好意を抱きヴァルトの立ち位置に自分がおさまろうとした場合。大きく分けてこんなところだろうか。
前世の幼馴染との会話で今までふわっとしか知らなかった程度の話ではあるが、男女の好意の向け方は結構な差がある。好きな相手に好きっていう感情を向ける事に差があるとは……? と思っていたが、種類というか幅というか、ともかくそういったものがあるんだそうだ。
男の場合はまぁ、あわよくばエロい事したいっていう感情も出るわけだが、女の場合はエロが絡まない事が多いのだとか。
言われてみれば男同士でのスキンシップはそんなないけど、女同士の場合は割と距離が近かったりする。手をつなぐだとか抱き合うとか、そういった接触が多いのは確かに女子だったなと言われて気付いた。
とてもイヤな例を出されたのは確か、腐女子とかがホモのいちゃいちゃ見ても自分がそこに混ざりたいとは思わないけど、男の場合百合の間に混ざる事を想定してる奴は割といるとか。
言われてみれば誰それとのやり取りを見守るのに壁になりたいとか言ってる女子はいたが、自分がそこに混ざりたいとは言ってなかったなっていう納得とか、その発言で一部のガチ百合好き男子が百合は百合だからいいのであってそこに混ざる男とか異物でしかないんですけど!? と発狂した事を思い出す。
けどガチじゃない奴のうち何名かは混ざりたいと思ってたっぽい事は言ってたな……いや何話してるんだ学校でってなるけど。
それ以外にも、女子の場合はお揃いとか結構好きだから好きな相手と同じ物を身に着けたいとか割とあるけど男子の場合はあんまりないでしょ、って言われてまぁそうだなって納得したり。
とはいえ、そのお揃いだってなんでもいいわけじゃないとは言われたっけか。
だからキャラグッズって女性向けに割とキャラモチーフのアクセとかあるんだなって漠然と納得した覚えはある。好きなキャラが身に着けてるアクセサリーとか同じの売り出されたらお値段シャレになってなくても手を出す層が一定数いるのはそういう事かと理解はした。
でも男性の場合はそういったコンセプトのアイテムあまり出てないなとも。
いやまぁ、好きな女性キャラが身に着けてる下着デザインのやつとか男性向けに出されても困る以外のなにものでもないしな……指輪とかネックレスとかブレスレットとかもそもそも身に着ける男って大勢ってわけでもないし。腕時計ならまぁ……とは思うがそれだって何だかんだスマホとか携帯が普及されてからはわざわざ腕時計身に着けるの面倒ってやつ増えてきてたしな……
女性の場合は好きなキャラを身近に感じたいとかそういう理由でグッズに手をだしたり、後は推しに貢ぐとかか。男も割とアイドルに貢ぐ感覚で握手券欲しさにCD大量に買い込む奴はいるけど、方向性が違うのは大体そこで理解できた。
幼馴染曰く同化願望があるわけではないけれど、コスプレとかもどっちかっていうとやってるの女性の方が多いんじゃない? 統計だしてないから知らんけど、とか言われて、実際どうかは知らないけどまぁそうだなぁと俺も納得したんだよな。
男はどっちかっていうとカメラで撮影する側に回ってる事が多い気がする。あとコスプレするにしてもネタコスプレとか。
これらの事が全ての真理だ、とまでは言わないが、そういった事を踏まえて考えるとルーナはヴァルトになろうとしたか、成り代わろうとしたかが考えられてしまう。
ただ普通に俺の親友ポジションを狙うだけならまだしも、そこに恋心とかいう感情が混じった結果がもしかしてあの酒場での出来事であったのだとしたら。
…………いや普通に怖いな!?
真相が現時点でハッキリしない推測だけのものだから余計に恐怖しかない。
ヴァルトがいなくなる前に言ってた俺と一緒にいる資格はないとかいう発言が、もしルーナが俺に目を付けた事によるものだったとして。
では姿を消したヴァルトはルーナの暴走をどうにかしようとしていた可能性もある。もし、もしそこでヴァルトとルーナが争い、結果としてヴァルトが負けたとして。
その後ルーナが俺の前に現れたが、当時の俺は行方をくらました友人を探していたしそれ以外の事は割とどうでもよかったのでルーナに対して塩対応。
時間をかけて俺との仲をどうにかするのは不可能とその時点で判断したルーナがあの一夜の凶行に及んだ……と考えると割とつじつまが合う気がしてしまう。
ルーナの心の向く先がヴァルトだった場合は俺が邪魔になるだろうから、俺を襲うにしても性的にとかではなく普通に命を狙っていたはずだ。
ちらりとディエリヴァを見る。
ディエリヴァは長老の推測を聞いていたものの、特になんとも思っていないようだ。ある意味母親の頭がおかしいと言われているにも関わらず、長老に対してちょっとでも負の感情を抱いた様子もない。
「ディエリヴァ、いいのか? 今僕と長老はきみの母親に対してかなり失礼な事を言っているわけだが」
例えば自分の世話をしたわけでもなく、暴力や暴言なんかが常、といった具合に虐待でもされていたなら幼いうちはさておき大きくなってから親はクソと思えるようになっていれば話は変わってくるが、少なくともルフトもディエリヴァも七歳までは母親と共にいて教育を受けていた。母親に対して悪い感情を持ち合わせていないのは明らかだ。
けれどその母親を今、推測とはいえ俺と長老は頭のおかしい女説なんてのを出しているわけで。
普通に考えればディエリヴァが機嫌を損ねるのは当然のはずだが、そういった感情が一切出ていないというのが不思議だった。
「え? でももし本当にそうだったとして、お父さんが母と出会った時、いきなり頭のおかしい女扱いしたりしないでしょう?」
「それはまぁ……そうだが」
「じゃあ別にいいかなって」
そんなあっさり。
確かにルーナともし出会ったとして、いきなり頭のおかしい女扱いはするつもりなんて勿論ない。
けれど、もしこの推察が当たっていたら話は別だ。ヴァルトに危害を加えていた場合は恐らく話し合う余地もないかもしれない。
こどもに罪はないとはよく言うが、もしルーナの行動や言動次第ではいくら俺に似ていたとしてルフトもディエリヴァもその存在自体俺が受け入れられなくなる可能性だってある。
それを考えるとルーナとは会わないままの方がいいのではないか……とすら思えてくるが、いかんせん状況が状況だ。クロムートの一件が片付いてしまえばそれもありかもしれないが、そうでなければいずれどこかで関わる可能性だってある。
「ま、どちらにしてもだ。
ヴァルトかルーナ本人か、最近そのどちらかと会った事がある、といった者でもいない限りこれ以上はどうにもならんじゃろうな」
「それもそうだな」
まさかヴァルトと共に行動したあれこれとルーナがルフトやディエリヴァに聞かせた父の話とのあれこれが一致しているなんて気付かなければここまで恐ろしい想像もしなかっただろうに。
ルフトやディエリヴァから聞いたルーナの印象が、この想像で一気に悪い方に傾いたもんな……実際どうかは知らないっていうのに。火のない所に煙は立たないっていうけど、今回のは率先して自分たちで火と煙出しちゃってるやつだからな……何とも複雑な気分になったのは言うまでもない。
いや、まだだ。まだ例えばヴァルトから俺の話を聞いたルーナが俺に好意を抱いた挙句勢い余って本人発見して咄嗟にコトに及んだ後で冷静さを取り戻して逃げてその後こども産まれたけど俺についての話とかヴァルトから聞いただけの情報しか知らなくてやむを得ず……とかその程度で済む話の可能性だってあるはずだ。
サイコパスホラーみたいな展開をカットして案外こんなオチでしたとかいうのを所望したい。是非。
それなら俺もルーナと歩み寄れる気がする。多分。