気付きたくなかった共通点
俺が探してる友人――今更だが名をヴァルトという。
彼は物静かな人物であった。口数はそう多い方でもない。前世の記憶を完全に思い出す前の俺と一緒にいても会話が弾んだりするような事はあまりなかった。
けれども興が乗ればそれなりに話をする。内なるパッションが止められず弾けた時はこちらのテンションを置き去りにして熱く語る男であったが、そんな事になるのは滅多にない。
普段はお互い物静かに語り、行動を共にする事もあったが概ね傍から見た印象はきっと日向ぼっこする年寄りとかそんな感じだったに違いないと今の俺は思っている。
初めての出会いは覚えていない。
ヴァルト曰く、俺に命を救われたそうなのだが、俺にその記憶はない。
だからこそ最初は人違いではないか。そんな覚えはまるでないと伝えたのだが間違いないのだとヴァルトはそのたびに告げてきたので毎回否定するのも面倒になって根負けした。
ヴァルトは前世の俺と同じくらいの身長か、それよりもちょっとだけ高いかもしれないくらいには背が高くて、今世の俺からすれば普段は少しだけ視線を上にしないと目もロクに合わない男だった。
俺はあまり人の顔をじっと見る癖がなかったけれど、それでも時々ふと少し視線を上にしてヴァルトを見れば、彼はいつだってこちらを穏やかな表情で見ていた。
エルフだから、というのもあって体質もあるのだろう。鍛えても俺の身体に筋肉はゴリッゴリについたりしなかったが、ヴァルトは違う。
彼は俺よりも背が高く、そしてその体格も一目で鍛えられているというのがわかるほどだった。
とはいえゴリゴリにマッチョだったわけでもない。
何となくだが第一印象は美術の教科書に載ってそう、そんなだったと思う。
俺がたまに魔物退治の依頼を引き受けたりした時に、何故か自主的に手を貸してくれたりもしていた。それなりに戦えてはいたけれど、それでもあいつに戦場は似合わないなと思ったのも確かだ。
均整の取れた体格であったものの、どちらかといえば戦いの場にいるよりも図書館とかにいるのが似合うような……おとなしい雰囲気の男だった。
おとなしそう、とはいえ気弱そうというわけでもなく。
何というべきか……森の中の一際大きな大樹のような……そう、あいつからは確かに森の気配がした。
だからこそ、だったと思う。俺があいつを友人として共に行動していたのは。
必要以上にこちらを詮索するでもなく、ただ寄り添うように存在していた。故郷を失い独りだった俺にとって、少なからず彼の存在は救いになっていた……のだと思う。
前世の友人のようなバカ騒ぎをしたりという事はなかったけれど、それでも彼の存在は俺にとって確かに親友だった。
そんな彼がまるで懺悔するような言葉を吐いて俺の前から姿を消したのだ。もし俺と友人でいるのも嫌だというのであればそういった言葉を突き付けていたかもしれないが、それとは逆。まるでもう自分には友人でいる資格がないとでもいうような事を言っていなくなってしまったヴァルト。
もしかしたら俺が知らぬ間に彼に対して何かをして、けれどそれを言うのを躊躇った結果、という事も考えたけれど実際答なんてわかるはずもない。
いなくなる直前の、追い詰められたような、それでいて絶望したような彼の表情が忘れられない。
何かがあった事は確かだろう。助けになれるなら助けになりたい。そう思える程度には俺にとってもヴァルトの存在は大きかった。それに……ヴァルトがいなくなったのはちょうど帝国の異種族狩りが激しくなった頃だ。心配にならない方がどうかしている。
さて、そんな俺の友人であるヴァルトと、たった一度しか会った覚えのないルーナ。
この二人の共通点はあくまでも髪の色、肌の色、目の色、この三つだ。
それだけならきっと同じ共通点を持つ相手なんていくらでもいる。
これで身長や体格、顔立ちまでも似ているとなれば血縁を疑う事もあるけれど、ヴァルトは男でルーナは女だ。身長や体格が似ているという事はない。
顔立ちは……どうだろう。俺の記憶にあるヴァルトは常に穏やかな表情だったがルーナの顔を思い出してみても泣いて謝って俺に跨っていた部分しか覚えてないので似てるかと聞かれるととても困る。
酒場で最初に出会った時の顔を思い出せればよかったのだがいかんせんインパクトが強すぎてそっちは思い出そうとしても思い出せない。なんてこった。
長老はしかしこの二人に繋がりがあるのではないかと言う。
髪や目の色、肌の色が同じであれば同じ種族である可能性はあるだろう。種族が違ったとしても同じ大陸出身とかそういう可能性もある。
北の方だと肌の色が白かったりするのが多いし、逆に南へ行けば肌の色が黒くなってる者が多いわけだし。
けどそれだけだ。それだけで繋がりがあると断じるのは早計すぎる。同じ大陸出身だからって全員が全員知り合いであるはずもない。
「だが、なぁ。むしろ気付かんか? ルーカスよ。
お前の友であるヴァルトと体験した事と、ルーナとやらが子に語った父との思い出、ほぼ同じではないか」
「……え……?」
長老の言葉を理解するまでに残念な事に数十秒くらい要した。
何を言っているのか理解できなかったというのもある。
理解するまでに時間がかかって、ようやく理解した時には何故だろう。背中に氷の塊でも突っ込まれたような気分になった。
ルフトが残してあった手記、あれをハンスから見せられた時に母から語られた父の話というのも確かに記されていた。一つ一つのエピソードはそう変わったものでもない。日常の些細な出来事。絶対に無いと言い切れないような、どこにでも転がってるようなありふれた話。
相手の事を知らなくても、まぁそういった事はあるだろうなと思えるような内容。
けれどそれはルフトが俺の事を知る前であったから信じたわけだし、ディエリヴァも同じだろう。
ただ俺だけが、それを有り得ないものと見ていた。
だってそうだろう。ルーナとは一度しか会った事がないのだ。そんな日々のあれこれがあるはずもない。
だから俺はその時点でありもしない妄想だと切り捨てた。
あるいは、別の誰かとの思い出を俺とすり替えて語り、騙っているのだと。
要はその時点で俺の思考は停止していたとも言える。
けれど長老に指摘された通り、一つ一つの出来事を思い返してみればそれは確かに俺がヴァルトと体験した出来事であると言える。
「ヴァルトとルーナが同一人物である可能性を考えたとしても、それは無理があるな。いくら魔法で外見を変化させるにしても、それはあくまでも一時的なもの。我々エルフなら髪や目の色、それから耳の部分を誤魔化したりするのに魔法を使う事もあるが、それは周囲の目を誤魔化すだけで実際にそうなっているわけではない。
ワシらが人間そっくりの外見に魔法で見た目を変えたとして、中身まで人間になるという事ではない。あくまでも一時的な変化。永遠にそうなるというのはとても難しい。力ある精霊の助力を得たとしてもな」
長老の言葉に俺もまた頷く。
確かに魔法で外見を変える事は可能だが、あくまでも一時的なものだ。
俺がどこそこに忍び込んだりするのに女装するのは目を誤魔化すというのもあるが、魔法でそれをやると常に魔法を使ってる状態だからいざという時に他の魔法を使える余力がないなんて事になりえる、というのもある。
耳の部分だけを誤魔化すだけなら数日単位でいけるけれど、全体を誤魔化すのであれば流石にそれをずっと続けるのは難しい。
例えばエルフである俺がどうしても人間になりたいと願ったとする。
その場合見た目だけ人間に見えるようにするのであればまぁ、それは耳の部分だけを誤魔化すのと大差ないかもしれない。けれど本当に人間になろうとするならそれは、中身まで変えなければならない、という事だ。
身体の構造も内臓の位置もそう変わらないはずだが、それでも人間とエルフでは内包する魔力の量が違うし寿命だって異なる。
それすら人間と同じにするとなれば、それは恐らく遺伝子ごと変換するという事だ。
……控えめにいって死ぬよね。
表面だけ取り繕うならいざ知らず、中身全部チェンジするとなるとなると負担がどれだけになるかもわからないし、めちゃくちゃ激痛にのた打ち回って死ぬか、痛みはないけど何が起きたか理解する間もなく死ぬかの二択になりそう。
そもそも俺は前世で多少学んだ知識があるから遺伝子に変更加えるとかヤバいだろうなそれ、ってのがわかるけど、こっちの世界遺伝子がどうこうとかDNAとかヒトゲノムとかそういうの理解してる奴どれくらいいるかもわからないんだよな。
親子だから似てる、とかそういう意味で遺伝という言葉はあるけど、遺伝子がどうこうとかそういう仕組みについてまで詳しい奴が果たしてどれくらいいる事やら。
魔法ってのはこういう事をしたいというのを精霊に伝えて力を借りて発動するもののわけだが、意思の疎通が上手くいかなければ当然失敗する。
失敗の度合いが可愛らしいものであればまだしも、最悪のレベルになると術者が死ぬ事だってある。
例えの話で俺が人間になりたいと願ったやつだって、前世で人間だった俺ならもしかしたら上手くいくかもしれない。けど、今この状態で人間になったら間違いなく死ぬ。
人間は三百年も生きたりしないのだから、人間になった時点でとっくに寿命迎えて死ぬ。
遺伝子を若返らせつつ、とかすればどうにかなるかもしれないけれど、生憎俺も遺伝子に関して詳しいわけじゃないからな……
種族を変化させるのではなく性転換であればまだどうにかなるような気もするが、どっちにしても無理だろう。これは推測ではなく過去にそういった事をやらかして失敗した者が大勢いたからこそ言える事実だ。
となるともう一つの可能性が出るわけだが……正直聞きたくないな。
実は人間が一番怖いホラーとか今望んでないんだけど、そんな俺の内心に気付く事なく長老は言葉を続けた。