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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
二章 ある男女の話
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話の腰を折る以前の話



 ――というわけで一夜明け、俺とディエリヴァはミズー集落の長老の家にお邪魔していた。

 ディエリヴァを連れてくる必要があったかはわからんが、一晩借りた家の中で虫と遭遇した事から虫よけスプレーだとか虫よけの香だとかがあっても一人で留守番するのはイヤだと言われたので連れてくるしかなかったというべきか……


 いや、一晩明けたわけだから、虫よけの香の効果とかあって大分安全地帯になったと思うんだけどな……

 むしろそういった物を使ってないだろう長老の家の方が逆に遭遇率上がるんじゃないだろうか。

 一応そう伝えたもののディエリヴァはいくら虫よけの効果があったとしても、一人でいた時にそれでもなお虫と遭遇した時の事を考えるとお父さんと一緒にいますと言い出したので俺が諦める結果となった。

 万一虫と一人で遭遇した時より俺と一緒にいたらとりあえず虫をどうにかしてもらえるという完全なる打算。存外女って強かだよな。いや女に限った話じゃないけど。


 長老、と呼ばれてはいるが見た目はそこまで年を取っているようには見えない。

 エルフだから、というよりもそもそも長老本人がまだ若い方だからだ。


 若いといっても俺よりは確実に年上なんだが、人間の見た目年齢で表現するなら大体四十から五十代くらいか。

長老という言葉から想像すると案外若いと思うのもある意味で当然だった。

 実際長老って言葉から何かもう鼻から下全部白いお鬚に覆われて目とかも真っ白な眉毛で隠れてるいかにも仙人です系ビジュアルで想像しがちになっても仕方ないと思う。木でできたシンプルな杖とか手に持ってたりな。


「ルーカス、よく来た。そっちの娘も」

「俺たちが来るのは知ってたって事か」

「朝起きてすぐにな」

「そうか」


 ところでこの長老、俺と同じで精霊の声を聞く事ができる。

 以前俺がこの集落に辿り着いた時、たまたま集落内でトラブルが発生しててその原因がお前か!? みたいな疑いをかけられたことがあったのだが、長老が精霊の話を聞いて俺は無関係で無罪だという事実を告げてくれた、という事があった。

 その時に俺も精霊から話を聞いていたから事件の真相は知ってたけど下手に口を出せばやっぱりお前が犯人か! みたいになりかねなかったので黙ってたわけだが。いくら魔法の力があるからって言っても大半は精霊の声なんて聞こえないから事件の真相について詳しいとかそりゃ当事者だと疑われても仕方がない。


 考えてもみてほしい。

 探偵物ジャンルで真犯人しか知り得ない情報を全然関係ないモブが口に出した場合、探偵側からはお前が犯人かと疑われ、犯人だとしてアリバイがある……では共犯者か? みたいな疑いも確実に持たれる。

 そして真犯人からすれば知るはずのない情報を全然関係のない奴が知ってる。どこかでへまをして目撃されたか……? よし殺そう。そんな流れになるのは目に見えている。

 更に被害者が複数いてまだ犯人の犯行が終わっていない場合、被害者グループからはあいつが怪しい、犯人に違いない。殺される前にらなきゃ! となってしまうわけだ。


 今の俺の人生探偵物ジャンルじゃないとは思うが、それでも余計な事は口に出さないに限る。

 探偵物ジャンルだったらとっくに俺どの陣営からも怪しまれて死亡フラグがあちこち乱立してる状態だし次の瞬間には死んでる可能性すらある。


 まぁともあれ、かつてミズー集落で起きたトラブルは無事に解決したし、その後は俺も精霊の声が聞けるという事を長老が知ったのでそこからなんやかんや話をして気が合った、とでもいうのだろうか。

 とりあえず長老に気に入られてはいる。


 何ならここで暮らすか? と聞かれこっちが答える前にさっさと新しい家を建てたくらいだ。ちなみにその家が借りた空き家です。俺がこの集落で暮らすとなったらあの空き家、確実に俺の家になるんだぜ……

 気が向いたらいつでも来い、とか社交辞令みたいな事言われてたけどガチだった。


 いやまって、確かに前世の記憶思い出す前の俺にしては話弾んでたけど、そこまで好かれるような事は言ってないんだが。好感度上がるのちょろすぎやしないか長老。


 ともあれ、長老は起きてすぐに俺が来た事を精霊から聞いて知っていた、と。

 話が早くて助かるーぅ! とか思ってないとやってられない。


「それで、ルーカスの娘。名は」

「ディ、ディエリヴァです……」

「うむ。まぁゆっくりしていけ」

「え、あの、でも私……」


「この里別にハーフエルフに関してはどうとも思わん相手ばかりだからな」

「は、はぁ……」


 それもあって俺も気安くディエリヴァを連れてきたわけだが。

 仮にとても有益な情報を持ってるだろう事が確定してる相手であっても、そいつがエルフ以外の種族を認めない派閥だと、ディエリヴァがとても肩身の狭い思いをする事になる。

 というか下手したらエルフじゃないってだけで里の中に入るな! とかいう強硬派みたいな所もあるからな。俺はエルフだから問題ないけどその場合ディエリヴァを連れて入る事ができない。無理に入ったとして、そうなるとディエリヴァだけでなく俺までその里の連中と敵対する事になるからな。


 ちなみに今長老はあえてディエリヴァの名を聞いたけど、俺たちがミズー集落に来たという話を精霊から聞いた時点でディエリヴァの名前も知っていたと断言できる。じゃあ何で聞いたかって? 単なるポーズだ。


「ルーカスの娘というのなら、ワシの孫も同然じゃて。さ、ディエリヴァ、お小遣いをあげような」

「待て。いくらなんでも長老の息子になった覚えはないんだが」

「細かい事を気にするでない。正直最近金の使い道がないからこういう口実でもって消費しようという魂胆だ。ワシの所で金を止めて経済を回さないのはどうかと思うしな」


 もっともらしい事言ってるけど、この集落の中では基本的に物々交換だったはずでは……まぁたまに外からやって来た旅人相手だと物々交換ができない場合は普通に商品を売る、という形でやってるわけだから、金がないわけではない。


「えっえっ、あの、ちょっと待ってください流石に今日初めて会った方からいきなりこんなお金をもらうわけには」

「何考えてんだ多すぎだせめてもうちょっとお小遣いの範疇に留めろ!」

「何、遠慮するな正直あっても使わないから持て余している。若いうちは色んな欲があるわけだから、その分金も使う事が多々あるだろう。そういうわけで持っていけ」

「いやあのでも」

「はっはっは」


 有無を言わさぬ笑顔で人間の頭がすっぽり入りそうなサイズの袋を押し付ける。

 長老が手にしているその袋をディエリヴァに押しつけようとして、ディエリヴァも流石に困惑しつつ断ろうとしていたが最終的にほぼ強制的にずしりとした重さの袋はディエリヴァの手にあった。

 酷いごり押しをみた。

 場合によっては何かこう、援助交際とかパパ活って言葉がよぎるんだが……いや、長老にそういった下心がないのは確かなんだ。それはわかってるんだけど、それでもどうしてもそういう光景に見えなくもない。……俺の心が薄汚れてるんだろうなきっと。


 ずっしりとした重さの袋を両手で抱えて、ディエリヴァは途方に暮れたように俺を見た。


 お小遣いをあげよう、わーいやったぁ! で済む範囲じゃないもんな明らかに。


「お、お父さん……」

「諦めろ……受け取る前ならまだしも受け取った後の返品……いや、返金はどうあっても受け付けないぞ」

「足りぬというならもっと増やすが」

「止めろ。出会って早々うちの娘の金銭感覚を崩壊させようとするんじゃない」


 贅沢って一度覚えたら今度は生活のランクを下げるの中々難しくなるんだぞ。ソースは前世の親戚。

 勿論たまの贅沢ならまだしも、生活水準を徐々に上げていって今までの生活と比べて生活ランクのレベルが1とか2くらいならまだ戻れなくもない。けど決まったメーカーの物しか買わない、とか使わない、とかになってくると、そうじゃなかった頃に戻るのは中々に大変だったりする。


 スーパーで安売りしてる肉で生活してたのが、いつの間にか精肉店でグラム千円越えの高級肉が当たり前みたいになってみろ。元の生活に戻すのが大変だぞどう考えても。


「お父さん、これ、当面の私の生活費にあてて下さい」

「いやそこは自分で管理とかじゃないのか」

「流石に大金すぎて自分で持つの怖いですから」


 どうあっても返金は受け付けないという長老の頑なな態度は流石にディエリヴァも諦めるしかなかったようで、もっともらしい事を言って金貨の入った袋を俺に押し付けてきた。

 収納具にぶち込むなら俺の収納具だろうとディエリヴァ本人の収納具だろうとどっちでもいいのでは、と思うのだが。むしろ何故俺に押し付けるんだ。確かにとんでもない大金だから自分で持つのが怖いというのは理解できるけれども。


 とはいえここでディエリヴァに持ったままにしておけと言ってもディエリヴァだって困り切っているし、どう考えてもこれは俺が預かる流れ。


「とりあえず預かるだけだから、必要な時にちゃんと言ってくれよ」

「わかりました!」


 とってもいい返事だけどこれ、下手したらいつまでも俺の手元に残り続ける予感しかしないんだが。



 おかしいな。俺の予定ではとっくに話の本題に入ってるはずだったのに。

 そう思って諸悪の根源である長老を見ると、ディエリヴァではなく俺の手に金が渡ったというのにとても満足そうな表情をしていた。うわぁ。

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