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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
二章 ある男女の話
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親切の種



 ミズー集落に辿り着いた時点で時間はそこそこ遅くなっていた。

 これから飲み会です、というならまぁ妥当な時間かなと言えるがそうではなく普通に遊びに来たというのであれば正直今から!? と言われそうな時間帯。集落の住人も外を出歩いている者は少なく、どころか既に大半の家はもう眠りについているのでは……といった感じだった。


 ぶっちゃけ夜遅い時間まで起きててもする事ないもんな。

 ネットはおろかテレビもラジオもないような世界だ。魔法で明るくするのは可能であってもする事もないのに魔力だけ消費するのは無駄でしかないし、魔法ではなく蝋燭などの道具で、というのもまた無駄な消費にしかならない。暗くなったらさっさと寝て朝早くに起きて行動した方が燃料などの無駄遣いにならない分効率的ではあるのだろう。


「……ルーカス? ルーカスか?」

「あぁ」


 たまたま外を出歩いていたエルフの一人がこちらに気付き声をかけてくる。


「久しぶりじゃないか。どうした?」

「長老に聞きたい事ができた」

「……流石にもう寝てるぞ。とりあえず宿がわりに空き家貸すから今日はそこで休め」

「悪いな」


 まぁ、流石にこの時間じゃあ起きてないか。

 俺も流石に寝てる相手を叩き起こしてまで大急ぎで聞かなきゃいけないというわけでもないし、言われるままに空き家に案内された。


「ところでそっちは?」

「娘だ」


 視線が自分に向けられた事に気付いたのか、ディエリヴァはそっと頭だけを下げた。


「娘……お前いつ所帯持ったんだ?」

「ちょっと事情が込み入ってて……」


 生憎所帯を持った覚えがこれっぽっちもないから困る。

 いや、こんだけ顔がそっくりだから自分の子じゃないとまで言う気はないが、それでも知り合ったのつい最近だぞ我が子。


 言いにくそうにしている俺を見て勝手に何かを察したのかそれ以上追究はされなかった。



 ――ミズー集落は森の中に存在しているというのは今更だが、集落は上から見れば大体円になっていると思う。

 では森の上を魔法で飛んで上から見ればぽっかりとそこだけ穴が開いているように見えるかと言うと、多分それは違う。

 確かに空いてる空間はあるけれど、それでも上は大樹の枝葉が覆っているのでミズー集落からはあまり空が見えない。それでも所々見えるので全く見えないわけではないが、これでは魔法で飛んだとしても集落に気付けるはずもない。

 昼間は晴れてれば木漏れ日とか入ってきて明るいからあまり気にならないんだよな。森を覆うようにしていた霧も集落の中では存在してないし。


 各家の置かれた場所がどうにも不規則ではあるが、これもまた上から見れば何となくわかる。

 集落が円の形をしてその中の家がある紋様を刻む。要は、この集落そのものが魔法陣となっている。

 とはいえ別に精霊を呼ぶだとかそういったものじゃない。

 集落の外で響く鈴の音、魔物を寄せ付けない効果。つまりは結界。


 この里のエルフがこちらに危害を加えるつもりがあるならともかく、そんな事もない。


 魔物がうろつく森の中とはいえ、ここは驚く程安全な場所だ。



「――お父さんの話はわかりました。つまりここは安全。

 でも、魔物はともかく虫が出ないというわけじゃなかったわけですよね?」


 案内された空き家で、早々に虫を発見してしまい半狂乱になったディエリヴァを宥めたものの、あまり効果はないようだった。ちなみに虫は即座に魔法で外に出した。


「入り込んでる、一匹いた以上それ以上隠れてると思うのが常識……無理、ホント無理……何かもう足がわしゃわしゃしてるのも無理だし触覚とかも無理。複眼とか勘弁してほしいし羽も何か無理。透明でも色がついてても何か無理……動きが予想できないのも無理……それでもお腹の部分とかちゃんと呼吸してますよみたいによく見ると動いてるのホント無理……あと何考えてるかわかんないのも無理……話が通じそうにないのも無理……未知の生命体すぎて無理……」


 両手で顔を覆ってしくしく嘆くディエリヴァにどう言葉をかけるべきだっただろう。

 俺も確かにそこまで虫が得意というわけじゃないから、何となく理解できる部分はある。

 確かにちょっと何考えてるかわからないってのは困る要素の一つだ。

 でも、得意ではないけれど自分に被害がない場所で眺める分にはそこまでではない。

 カブトムシとかクワガタとか捕獲する気はまったくないけど見る分には平気だしな。

 カブトムシの雌は平気だが台所などに出没するGと呼ばれるアレは俺も無理だ。あれパッと見似てると思うけど、何であんな嫌悪感違い過ぎるんだろうな……遺伝子に何か刻まれてるんじゃないだろうか。


「とりあえず虫よけの香でも焚いとくからそれでいいか?」

「虫よけスプレーも念の為追加で下さい」


 こいつ一定時間ごとにしっかりスプレーかけなおしてたなそういや。

 人体に害があるものじゃないとはいえ、かけすぎもどうかと思う。


 渡すのは構わんがこれ以上噴射しても意味がないと伝えて虫よけの香も焚く。

 あれだ。前世でいう蚊取り線香みたいなやつ。これも精霊の力を借りて頑張って作った自信作だ。


 案内された空き家は部屋がいくつかあるので、俺とディエリヴァは当然別の部屋で寝る事になる。

 虫よけの香を焚いたのはディエリヴァが使う部屋だけだ。


 というか部屋に入って最初に発見した虫も別にこっちに危害を加えるタイプの虫でもなかったから魔法で外に追い出したけど、虫を発見するたびにこれからも発狂されるんだろうか……


「なぁアリファーン」

 俺も自分が使う部屋に入ってから何となく声をかける。

 呼び声に応えるようにアリファーンが姿を見せた。


「なに」

「ディエリヴァについてなんだが。あいつの視界に虫が入りそうになったら虫をどうにかしてもらえないだろうか」

「どうにか」

「えーっと、小さいやつなら弾き飛ばすとか、毒持ってるやつなら仕留めるとか。あ、ディエリヴァが気付かないまま背中にくっついた奴とかはそっと取り除くとかにして欲しい。うっかりディエリヴァごと焼かないように」

「ふむ。つまりあの娘に被害が及ばないように虫を遠ざければいい」

「そういう事だ」

「質問」

「なんだ」


 ぴっと片手を上げたアリファーンに、この話に質問されるような何かがあったか? と思いつつも聞き返す。


「割とよく聞く表現の悪い虫も同じ扱いで構いませんか」

「……それは一時的に保留で」

「なんだ。残念」

「いやお前うっかりヒトまで焼こうとするなよ……ちょっと前に帝国兵とか焼き尽くしただろうが」


 それ以前にどこかの町とかでディエリヴァが男引っかける……いや、この言い方もどうかと思うが、声かけられて付きまとわれたりした挙句そこから相手と恋仲になる、という展開が全く見えない。

 確かに顔は俺に似てとても美少女だが、そもそも人里に行くにしても長期滞在する事は今の時点では予定にない。出会って翌日にはもう結婚決めるくらいの相手が見つかる事って果たしてあるか?


「話は理解した。魔力は?」

「俺から。場合によってはディエリヴァから直接」

「了解」

 そこで話が終わった事を察したのかアリファーンの姿が消える。


 基本的な魔法の使い方は使おうとした時に、って感じだがこうやって話ができる精霊相手だと事前にこういった状況下になったらこういう感じで魔法使いたいです、とかいう感じでも使えるとか、多分世間の大半は知らないだろうな。


 皇帝と、というかクロムートと戦った時にも事前に精霊の手助けをあれこれ頼めばよかったのではないか? と思われがちだが、そもそもあの時点でどうなるかなんてまったく予想できていなかった。皇帝と戦う時に、という条件をつければ皇帝からクロムートが出た時点で事前内容の変更により終了しました、なんて事になるし万全の対応をしようと条件を広げれば俺の予想しないところで唐突に魔法が発動する可能性もある。


 だからこそ事前にこうこうこうしてくれ、とかいうのは便利ではあるけど使いどころも肝心だったりする。


 仮にあの戦いの時、あの場にいる人間だけを攻撃してくれ、なんて言っていたらハンスが来た時点でハンスもその攻撃対象に含まれてしまう。

 アリファーンや他の俺に憑いてる精霊はその時の気分によってはハンスは除外してくれるかもしれないが、余裕も何もない状況だった場合咄嗟にハンスも人間だから、で狙われる事もある。そうしてやらかしてから「いっけね☆」となるわけだ。



 今回俺が頼んだ内容を思い返して、まぁ大丈夫だろうと判断する。

 あくまでも虫だけだ。それもディエリヴァが発狂しないように視界に入らない程度に虫を遠ざけるなり始末するとかだから、とんでもない展開にはならないだろう。


 後の俺はこの時の事を思い返してこう思う。

 この時の俺、楽観的だったな……と。

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