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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
二章 ある男女の話
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この先要注意



「すっごく楽しかったです!」


 目をキラキラさせて言うディエリヴァに、そうかとだけ返す。

 いやうん、怖いとかきゃあきゃあ言われるよりはマシだな。

 ハンスなんて常に乙女のような悲鳴上げてたもんな。それと比べればマシだな。

 あの時の俺の耳は危うく死ぬところだったし。


 大地に降り立って水の竜を消す。


 そういうわけで半日ほどで目的地であるクルメリア大陸へと到着した。

 船だと危険な海域避けて航海するから短距離なら数日、それ以外なら数十日とか何か月単位で時間がかかるのでそれと比べるとホントにあっという間だと思う。


 ミリアの鳥での移動でも多分そこまで時間は変わらないと思うけど、空の方が魔物との遭遇率は低いから安全度合いでいけばミリアの鳥のがいいんだけどな。

 海とか川だと水の中から出てくる魔物とか気付くのに遅れる場合があるけど、空だと割とすぐにわかるから対処しやすいってのもあるし。


 俺も昔空の移動手段をどうにかできないかとあれこれやってみた事はあるが、正直あまりに高い場所だとちょっと視界がくらっとするし、あまり高度を上げると今度は寒いし、寒さを打ち消しつつとかやると中々に魔法の制御が難しかったので断念した。

 一応前にハウとあれこれ試してはみたんだけどな。どっちかっていうと宙に浮いて空を駆ける、みたいなのはできたけど、それよりさらに高度を上げての移動は俺の精神面でちょっと無理だった。


 高所恐怖症ってわけではないんだが、流石にあれは高過ぎた。

 地上の人間が豆粒サイズにしか見えない高さを生身で、っていうのはちょっと怖い。何かの拍子に落ちたらとか考えたらもうアウト。

 これはあれだ。前世、ウインタースポーツでスキーとかやった時に、思った以上に速度が出て止まろうとしてもすぐに止まれない時の恐怖感に似ていた気がする。

 足下見ながらバランスとってるんだけど、一面銀世界で速度上がって流れる景色は真っ白。凹凸もわからなくなるくらいの白さに視界がゲシュタルト崩壊起こしたみたいに感じて脳が一瞬とはいえ「あれ?」ってなるんだよな。そういう時に限って小さなコブができてる所に突撃してバランス崩しかけて転倒しかけるという恐ろしさよ……


 空では流石に障害物とかないからスキーに比べりゃマシだろと思うんだが、前世の不運っぷりを考えると今世でもうっかり更に上空から流れ星とか落ちてこないとも限らないしな。あまり高すぎる場所は行きたくない。

 俺は地に足をつけて生きていくんだ……


 ともあれ、目的地である大陸に到着はした。

 ディエリヴァも楽しんでいたようだし何よりだ。


「それでお父さん、クルメリア大陸に来たわけですけど、ここからどこに向かうんですか?」


 興奮冷めやらぬ、といった感じで聞いてくるディエリヴァにしかし俺はどうしたものかと悩む。

 いやうん、多分ここから先あまり面白い展開にならないだろうから……


「俺たちがこれから向かうのは、コルテリー大森林の中にあるミズー集落」

「コルテリー大森林、ミズー集落。えっと、そこに何が?」

「エルフの里だ。そこの長老に話を聞きに行く」


 これから向かう場所を口にして、ディエリヴァは至極当然の疑問を口にした。

 だからこそ俺も簡潔に答える。


「お父さんの故郷ですか?」

「いや、俺の故郷とは何一つ関係のない他のエルフの集落だ。俺の故郷は随分昔に滅びて今はもうない」

「あ、えっと……その、そこの長老様に、何を?」


 気まずそうな表情を浮かべたものの、そもそも俺の故郷に関してはもう本当に随分昔だ。今更すぎて俺としても滅んだというのは事実として告げるだけだ。これがまだ心の整理もできてないうちなら別だが、どんだけ昔の話だと思ってるんだ。大体二百七十年前だぞ。

 これ俺が憂いたっぷりな表情で言ってたらディエリヴァももっと気まずくなってたかもしれないが、あまりにも淡々としていたからか気まずいのは気まずいけどとりあえず話少しそらそう、みたいに思い直したらしい。


「あー……マトモな情報があるかはわからない。ただ、僕の知る中で一番博識な相手というだけだ」


 故郷が焼き払われて一人で生きていくしかなかったあの頃。土地を追われ、行き場を失い一度自分が暮らしていた大陸から出た。

 その後各地を転々として、自分以外のエルフが暮らす集落へ辿り着き、他のエルフたちの情報を得た。

 ミズー集落は、その中の一つだ。


 他所から来たエルフという事で最初は少し警戒されたりもしたが、何だかんだ最終的には受け入れてくれた。

 とはいえミズー集落に腰を据えるという事はなかったが、それでも何かあったらいつでも来いと言ってくれたのだから、有難いものだ。

 前世の記憶に助けられた事もあったけど、他人の親切もあったからこそこうして今の俺があるわけだ。

 まぁそう言ってもあんま積極的に関わるって事はしてなかったんだけどな。


「それで、ここからそのミズー集落まではどれくらいかかるんですか?」

 ディエリヴァが前方を見据えて問いかける。

 俺たちが降りた場所は海辺の小さな砂浜だ。


 海水浴場とかにありがちな広く続く砂浜というわけではなく、所々岩場がある中の、さながら猫の額くらい小さな砂浜。ここでキャンプしようとは思わんな……岩がゴロゴロしてるからテントとか張るにしても事前に地面均しに均しておかないと砂の下から岩がこんにちはしそうだし。

 海に背を向けて砂浜を移動すれば、緩やかではあるが坂になっていた。砂地や岩が転がっていたのが徐々に土多めの地面にかわり、そこからしばらくは山道のようになっていたが更に向こう側は緑色が広がっている。

 その緑が、俺たちが目指すコルテリー大森林だ。


「目的地は視認できているが、あの場所に着くまでそれなりにかかる。今日は途中で野宿だな」

「そうですね、もう日が沈みかけてますし……でもここで野宿ではありませんよね?」

「流石にここはどうかと。寝るにしても身体が休まる気がしない」

「それは、そうですね。ちょっと歩いただけで砂の下に埋まってる岩とか踏んで中々にビックリします」


 うっかり土踏まずのあたりにヒットすると驚くよな。あると思って歩いてないから余計に。

 最初から石たっぷりの河原とかならまだしも。

 うっかり海水浴気分で裸足で歩いたら確実に悶絶するやつ。まぁ流石にこんな岩がゴツゴツしてるの目に見えてる場所で裸足になろうなんて馬鹿はそういないと思うが。


 サクサクと砂を踏む音が徐々に固い土の地面に変わり、そこからちらほら草が生えた部分を踏むようになってきたあたりで、ディエリヴァが視線をやや上の方へ向ける。

「どうした」

「いえ、あの、何か今大きな虫が飛んでたような」

「あぁ、森だからな。虫くらいそりゃいるだろ」

「大丈夫、でしょうか……?」


 よく考えれば虫が好き、という女性は思ってるよりも少ないよなと思ったので収納具から昔作って保管しておいた虫よけを渡しておく。

「気になるようならそれ全体にスプレーしとくといい」

「はい、ありがとうございます!」


 吸血系の昆虫は大体寄ってこなくなるが、それ以外の虫はまぁ、半分くらい運も絡んでくる気がする。虫の種類によってはその虫よけ効果発揮しないからな……まぁ効果を発揮しないタイプの虫は魔法で仕留めるしかないわけだが。


「お父さんにも念の為しておきますね!」


 自分に虫よけしても俺がしていないとこっちに寄ってくるかもと思ったらしいディエリヴァはそれこそ真剣な表情で俺にも虫よけスプレーを噴射してきた。

 いやそこまでしなくても、ってくらい大量にスプレーされてそこでようやくディエリヴァの気は済んだようだ。


「先に言っとくが、その虫よけがきかないタイプもいるから気を付けろよ」

「……っ!?」


 俺がそう言うと目を見開いて何か軽率に絶望したみたいな顔をしていたが、いや、流石の俺も全ての虫を近づけないとかそういう万能系虫よけスプレーは作れなかったわ。

 というか前世の知識である程度こっちの世界にある虫よけよりちょっとマシ、くらいのができてるだけでもすごくないか?

 万能の虫よけが作れるくらいの知識が前世であったらそれこそそれ作って特許取ってると思うんだよね。


「気になるようなら念の為これでも羽織っておくといい」

 ディエリヴァの服装はエプロンドレスのままだ。服の色こそ違うが白うさぎを追いかけて穴に落ちて不思議の国へ行った少女の着ている服と似ている。

 露出が高いとは思わないが、それでも腕は出ているしスカートなので場合によっては虫が中に入り込まないとも言い切れない。飛んでるやつとか跳んでるやつとか色々いるからな、虫。

 服にとまられるのもイヤかもしれないが、虫が嫌いな相手が一番パニクるのが素肌に接触した時だと思う。

 腕とかならそれこそ大袈裟なまでに振り払い、足なら手で勢いよく弾くようにすっ飛ばす。

 顔面に来ようものなら悲鳴は上がるし、耳元なんかで羽音がしてみろ。やっぱり小さな悲鳴が上がる。


 帝国で何となく軍服を隠すようにしていたポンチョっぽいやつをディエリヴァに手渡すと、彼女はすぐさまそれを頭からかぶった。フードもついてるからいきなり頭の上に落ちてくるやつとかもまぁ、直接髪にくっつくよりはマシだろう。

 ディエリヴァに渡したのはルフトに貸してあったやつだった。すっぽりかぶっているのを見ると、余計にルフトと見分けがつかない気がする。


「あの、あの、お父さん。もしかして虫っぽい魔物とかもあの森出たりしますか……?」

「あー、まぁいたような気がする。そこまで強くないから対処は可能だ」


 俺の返答に「ぴっ」と何だか小さな鳴き声を上げたディエリヴァはそそくさと俺の隣に移動してきて、ぎゅっと手を握ってきた。

「おと、おとうさん、あの、この手は絶対に離さないでくださいね!?」


 そこまで虫が嫌いか。

 俺も正直そこまで得意じゃないけど。


「手を離すなというがな、そっちは僕の利き手だから魔物と戦闘になった場合使えないのは困る」


 俺がそう言うと凄まじい速度で反対側に移動して逆の手を握る。


 ……そんなにか。


 というかまだ森の中に到着してすらいないんだが。この辺りだとまだそこまで虫も出ないはずなんだが。


 そんな事をつい呟いたら、心の準備が必要ですと言われた。


 ……そんなにか。

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