大幅ショートカット
結局ディエリヴァは抱えて走った。
結果として予想していた通りの日程で帝国の国境を抜けてフロリア共和国へとたどり着いた。
あれからそう日は経っていないはずなのに、妙に懐かしささえ感じる。
とは言うものの、この辺りはそもそも立ち寄った事すらないんだが。
もし帝国と戦争になった場合、最初の防衛ラインになったであろう街、モーシュヒェン。
ディエリヴァ用の道具とかはここで買いそろえる事にした。
ディエリヴァ自身収納具を持っているならこれから先旅をするしないに関わらず一通りの日用品なんかはあって困る事もないだろう。
野宿の際のテントに関しては流石に一緒に、というわけにもいかなかったので俺のテントにディエリヴァを寝かせ、俺は外で寝袋に入って寝ていた。
しかし流石にこれからもずっとそう、というのも厳しいのでディエリヴァ用のテントなんかも必要だろう。
万一帝国と戦争になった場合の最前線、という事もあってか、この街はそれなりに物資が豊富に用意されている。いざという時のために備えているのもあるし、人材もかなり揃っているのか店の数も共和国内の他の町や村と比べるとやや多い。
ディエリヴァ個人が気に入る物があるかどうかはわからないが、なかったとしても気に入る物が見つかるまでの間に合わせと考えて買い揃えるつもりであるのはディエリヴァ本人にも伝えてある。
最初は遠慮していたが、流石にずっと俺の持ってる道具から間に合わせるわけにもいかない。
流石に早々はぐれるつもりもないけれど、もし離れ離れになるような事態に陥った場合。すぐに合流が叶わなかった時の事を考えるとやはりディエリヴァにも最低限道具は持たせておくべきだ。
絶対に無いとは言えない最悪の展開を考えれば、じゃあこのままでいいか、とは思えなかった。
半分くらい説得するようなものだったが、だからこそというべきかディエリヴァも納得したらしくとても真剣な表情で店の中を見ている。
いやあの、バザーで古美術品漁るとかじゃないんだからそんな真剣な目をせんでも……と思ったが本人大真面目っぽいので口を挟むのもやめた。もうとりあえず本人が納得のいく物を見つけられればいいんじゃないかな。
そんなディエリヴァの様子を見守りつつ、俺もまた自分用に買う物を見繕っていた。
今まで買おう買おうと思っていたにも関わらず買う機会が中々なかった寝具もそろえた。
ベッドも買った。頑丈でしっかりした造りの、寝転んでみてもかなりいい感じのがあったので値札見る間もないうちに購入を決めた。
思った以上の出費になったがそれでもいい買い物だったと言える。
寝具は健康体なら多少安くて質が悪いものでもどうにかなるけど、ちょっと体にガタがくるようになると合わないベッドとかマットレスとか枕とか、一晩寝ただけで次の日ダメージ大きいからな。どれか一つが合わないとかならまだしも、全部が合わないともう地獄。下手したら起きた時点で体がギシギシするし寝違えてたりもするし腰痛発症したりしてどれだけ爽やかな朝だろうと最悪の一日の始まりだったりする。
ベッドより布団の方がマシだったりするんだけど、足とか腰を痛めた状態だと布団を上げ下げするの重労働なんだよな。ずっと敷いたまま、というのは流石にちょっと……部屋広いならともかく狭いとあれこれ荷物が侵食するから……
前世の親戚がそんな感じの事を言っていた。
布団を敷いたままにした状態でうっかり飲み物ぶちまけて大惨事になった話とか、スナック菓子の袋開けようとして失敗して中身布団の上にぶちまけた結果じゃりじゃりするようになった話とか。
親戚がちょっと生活にルーズなだけだと思うが、それにしても寝床がじゃりじゃりするとかちょっと勘弁してほしい。飲み物も物によるな。水とかならまだしもジュースとか酒だった場合虫が寄ってきそう。
他の寝具を色々と見ているうちに、どうやらディエリヴァの方も買い物を済ませたようだ。
買った物は既に収納具の中のようだが、事前に渡しておいた金の余りを返されそうになる。
「それは持っておけ」
「え、でも」
「少ないが無いよりマシだ。何かあった時にあるのとないのとでは違ってくる」
とりあえずディエリヴァを連れての旅は、道中で魔物退治しつつ資金を稼ぐつもりではいるが、それはあくまでもついでの話だ。
正直な話昔色々やって貯まってるから稼ぐ必要はない。とはいえ、働く様子もなくディエリヴァ的に散財を繰り返すというのも心苦しくなるだろう。
途中で稼ぎながら行けばまぁ、その稼ぎで今日は少し豪勢な食事にしてもそこまで罪悪感はないんじゃないかなぁ……という悪あがきだ。
「は、はい。それじゃあ預かっておきますね」
「必要な時に使って構わない」
「はい、それでもです」
うーん、お小遣いみたいなものとして渡したつもりなんだが……まぁ、渡したら渡した分だけ全部使い切るよりマシか……?
金銭感覚しっかりしてて俺からすれば有難い限りだ。
思い返すとルフトもそういう部分はしっかりしてたっけな。
母親の教育の成果か。父親である俺は正直今の今まで何もしてないもんな。
これがまさかルーナがいなくなった後、面倒を見ていたクロムートの教育のおかげです、とかなったらそれはそれでどうしたものか。いや、ルフトの手記を見る限り母親の教育だと信じたい。信じよう。うん。
――ところで本来ならばここから港町の方へ移動する事になるはずなのだが。
素直に港町へ行って船に乗るととてもじゃないくらいに日数がかかるのでここからはショートカットする必要がある。
一体どうやって……? とディエリヴァには聞かれたが、大体の手段は魔法だ。
一度行った場所に瞬時にワープできるような魔法があれば良かったんだが、生憎精霊に頼むのも難しい。
世界を漂う精霊とはいえ、世界中の地理を把握してるわけじゃないからな。
俺にはずっとくっついてる精霊がいるから頼めばどうにかなるかもしれないが、同行者も一緒に飛ばすとなると難しいみたいな事を昔言われた。
まぁ、そんな急遽大急ぎで、みたいな移動、必要に駆られる事滅多にないんだけどな。
買い物を済ませた後は宿でのんびり――するわけでもなくそのまま出発した。
近くを流れる川へ行く。
「お父さん、こっちは街道じゃないですけど……?」
ディエリヴァの心配ももっともだ。街道を行くならそこまで魔物との遭遇は少ない。街道以外の場所と比べれば。それをこうもあっさりと外れて移動してるわけだから、いつ魔物と遭遇してもおかしくない状況なわけで。
「あぁ、でもこっちの方が近いんだ」
「近い、って……えと、別の大陸に行くんでしたよね? 港から船に乗るのでは?」
ディエリヴァにはクルメリア大陸へ行くとしか告げていない。とはいえ他の大陸へ行く方法くらいは流石にわかっているようで、思い切り困惑している。
「まぁ、見ればわかる」
言いつつも川へとたどり着いた。向こう岸までが結構ある川幅で、橋がなければここを通ろうだなんて思いもしないだろう。流れは穏やかな方だが雨とかで増水した場合ヤバくなりそうな川だ。
「まさかここから泳ぐとか言いませんよね……? 私少ししか泳げませんよお父さん」
「流石に次の大陸まで泳ぐってどんだけだよ。案外ぶっ飛んだ事言うなぁ」
というか、ちょっと歩くだけでも体力的に厳しいくせに全身運動ともいえる水泳で次の大陸までなとかそれ控えめに言って死刑宣告じゃないか?
流石の俺もそこまで言わんぞ。
ともあれ俺は川に近づいて、魔法を使うべく言葉を発する。
「大将、いつもの」
正直誰が聞いても魔法だと思わないような言葉。どっか常連の店での注文だとしか思えないそれは、しかし確かに魔法を発動させるためのものだった。
「え、えぇ!?」
ディエリヴァが驚きに目を見開く。
川の上には巨大な竜がいた。
とはいえ、本物ではない。水でできた竜。西洋のドラゴンというよりは東洋のそれ。
前世のアニメで昔話のオープニングに出てきたようなやつだ。俺は乗るからといってだがしかしでんでん太鼓を持ってはいないのだが。
「乗ってくれ」
「え、えぇっ!? 乗る、これに!?」
恐る恐るといった具合に竜の身体に手を触れる。本来は水なのだからそのままずぶりと沈み込むはずだが、しかし魔法で構成されているので見た目に反して中に沈み込むような事にはならなかった。
むしろぽよんとした感触はどちらかというとウォーターベッド。寝床に文句が出る場合正直これで寝るのも有りかと思うくらいなのだが、生憎寝具としての活用は推奨されていないので……
乗れ、と言われても掴まるような場所もないなら乗るだけでも一苦労だろうと思って先に乗って手を差し出す。ディエリヴァは何度か俺の手と地面とを見比べて、やがて覚悟を決めたように俺の手を掴んだ。
不安定極まりないかと思われがちだが案外安定感があるので乗ってさえしまえばそうそう落ちる事もない。わざと落ちるのであればそりゃ落ちるわけだが。
借りてきた猫のように身動き一つしないディエリヴァは、しかしそれでも乗って座るといつもより高い視界に物珍しそうに首だけを動かして周囲を見回した。
「わぁ」
「じゃ、行くぞ。一応そのあたり掴まろうと思えば掴めるから、もし危ないなと思ったら掴まるように」
「はい」
そうして水でできた竜は進みだす。
うん、昔はよくこれで移動してたからな。水路は、という制限はあるけど。
船だと時間がかかるから、つい。あとうっかり魔物が出たりする事もあると、船の場合戦闘に駆り出されるし。こいつに乗ってる時は大体魔物と遭遇してもスピード出して逃げる事も可能だし、移動短縮、魔物との戦闘も回避となればどうしたってこっちを重用するのは仕方のない話だ。
ま、以前ハンスを一度これに乗せた時はたまたま運が悪く魔物とのエンカウント多すぎて全速力で離脱しまくった結果、ハンスは素直に船にしましょうとか言ってたけど。
ともあれ、まずは海へ出てそこから次の目的地であるクルメリア大陸へ行く。
普通に船で行けばかなりの時間がかかる事になるが、こいつで飛ばせば半日で行けるだろう。
「ディエリヴァ、スピード出すから気を付けろよ」
「は、はいっ!」
てっきり悲鳴が上がるかと思ったが、驚いたのは最初だけのようで後は結構楽しそうにはしゃいでいた。
……案外こいつも大物だよな。