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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
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正体なんてそんなもの



 全体的に白い女を見て十字架を握りしめながらぶるぶる震えているハンス、そんなハンスを微笑ましげに見て笑う女。

 ハンスがもうちょっと幼い子であればまぁ微笑ましい気もするけれど、残念ハンスはもう大人。微笑ましさは正直なところこれっぽっちもない。


「旦那、旦那嘘でしょそいつ幽霊じゃないの!? じゃあ何!? 何だってぇのよッ!?」

 うっそやっだ信じらんない! と叫ぶハンスに、俺は一言告げた。


「こいつ妖精」

「うっそやぁん!」

「やだ失礼しちゃう」


 指さすのは流石に失礼だなと思って手のひらで指し示したわけだが、ハンスはそんな俺の言葉を信用しちゃくれなかった。あまりにも即答で否定されたせいで女も肩を竦めてプンプン、なんて感じの反応だ。

 この妖精さては普段からそんな反応されてて慣れてるな? とは思った。


 俺も前世の記憶だけなら妖精の言葉だけで想像したらきっと同じような反応をしたかもしれないが、いかんせん記憶を思い返してみるとこの世界、妖精と一言で言っても色んな種類がいる。

 前世で割とメジャーな感じの妖精といえばサイズは小さめ、精々人間の肩とかにちょこんと座れる程度のサイズ。それでいて羽が生えてて飛んだりするやつ。アニメとかなら飛ぶ時にシャラシャラいう感じの涼やかな音とかしそうなやつが恐らくはハンスも想像している妖精像だろうか。


 ところがこっちの世界、妖精と一言でいってもホント色んな種類がいる。

 パッと見人間とそう変わらないのだっているくらいだ。

 羽だって普段から見えるようにしているわけでもなく、しまい込む事もできる種族だっている。

 しまう事ができなくても魔法の力で見えないようにしている者だっている。

 勿論ハンスが想像してるような妖精もいるにはいるが、多分そういうのは人里とはまた違った場所で暮らしてるから人前に姿を見せる事は少ないかもしれない。


「妖精族なのは本当だぞ。こいつは多分……ニュクス族とかそこら辺だと」

「あら、正解♪ まさか一度で正解するとは思わなかったわ」

 他に該当しそうなのがいくつかあったけど、どうやら合っていたらしい。


「ニュクス族……? え、幽霊じゃない……?」

「幽霊じゃないわよ生きてるもの」

「ホントに!? ホントに生きてる!?」

「生きてるってば」


 信じないぞとばかりにしつこく確認してくるハンスに、ニュクス族の女は苦笑しつつも答える。


 全体的に白く発光しているニュクス族は、昼間はさておき夜に見るととても目立つ。何かぼんやり光ってるから目立つのは当然か。昼は……暗がりじゃなければ日の光の方が明るいし薄っすら光っててもそこまで気にするものでもないんだが。


 ニュクス族に関してのそのあたりをハンスに説明すると、ようやく理解が追いついたのだろうか。「はぇ……」なんて声をあげつつも怯えた様子はなくなりつつあった。


「あっ、いやでも壁すり抜けたりしたのは!? 他にも何か急に消えたりだとか!」


「壁をすり抜けたのは魔法。急に消えたりっていうのも魔法ね」

 あっさり答えられたそれに、真実なんてそんなもんだよなと思う。


 魔法とかない前世ならともかく、この世界じゃ魔法は普通に存在してるし精霊の力を借りる事ができなくても魔力がそれなりにあれば魔術で魔法に近い芸当はできる。

 すり抜けたのは極小の空間転移あたりだろうし、急に消えたりっていうのも転移か、もしくは周辺の光の屈折率を変えて視界に映らないようにしただけの可能性もある。


 やろうと思えば俺もできなくはない。やる意味がわからないからやらないけど。

 空間転移とか望んだ場所に正確に移動できればいいけど、精霊の気分次第で変なとこに跳ぶ可能性もあるから正直やるのは最終手段だと思っている。ゲームみたいに一度行った場所になら自由に移動可能、みたいなやつなら良かったんだけど。

 短距離であれば精霊もそれなりにちゃんと手を貸してくれるけど、長距離は完全にギャンブル。精霊も悪気があっておかしな所に移動させるつもりはないみたいだが、途中で力が足りません、なんて事になった場合を考えるとやろうとする奴はそういないはずだ。


 まぁ、誰しも一度はやらかして失敗して学ぶんだけどな。

 俺も前世の意識が完全に芽生える前にやらかしたなぁ。あの時に今の俺になってたら確実に絶叫してた。

 何せめっちゃ高い木のてっぺんに出たもんなぁ……高所恐怖症なら一発KOするくらいのくらくらする高さだった。あんなとこから落ちたら確実に死ぬ、ってくらいの高さだったもんな。どうにか無事に下りたけど。


 ともあれ、種を明かせばそう大した話でもない。

 魔法、の一言で大体納得できるあたりこの世界はそういうとこだけは便利な気がする。

 どんなとんでも展開でも魔法ですの一言で納得されるもんな。まさに魔法の言葉。


「魔法で、ってのはわかりましたよ? けど、なんでそんな事してるんです? 住民おどかして何がしたいのあんた」

「趣味」

「うっそだろおい……」


 さっきまでぴーぴー喚いていたハンスが、すんっとした真顔になる。その表情の変化を楽しんだのか、女はくすくすと先程以上に笑いだした。


「嘘よウソウソ。確かに脅かしたら大抵は驚くしその反応見るのはとても楽しいけれど」

「完全に趣味だろそれ」

「でも、ちゃあんと理由だってあるのよ?」


 ニュクス族の女は人差し指を自分の唇に当てるようにしつつ、パチン、と片目を瞑ってみせる。そのポーズがなんとなくあからさまに作った感じが凄くて、ハンスは思わず半眼になった。一体どんな理由があるってんですかねぇ……と既に信じていない口調で呟いてすらいる。


「ここにね、近づいてほしくなかったのよ」

「だろうなとは思っていた」

 だからこそここに来たわけだし。


「え、旦那、どゆこと?」

「こいつが出没した場所を地図に印つけてったわけだが、出た場所は多岐にわたっている。そこまではいいな?」

 俺の言葉にこくん、とハンスは素直に頷く。


「この旧時計塔のあたりで目撃情報はなかった。けど、そうだな……ここを中心にしてこの外側では見受けられている」

 他にも出ていない場所はあるけれど、それはティーシャの街の地図全体で見れば限りなく街の外側だ。


 出没地帯はそれこそ結構あちこちにあるために規則性があるのかもわからない感じだが、そうだな……地図上、旧時計塔を中心にドーナツでも置けば大体そこが出没地域だ。

 ドーナツの穴部分にあたる旧時計塔では見かけられない。けれどドーナツそのものがある部分では目撃情報が多発している。ドーナツの外側、限りなく街の外側部分でも目撃情報はない。


 ドーナツ部分は本当に様々な場所で目撃情報があったせいで、共通点を探すのも一苦労だろう。


「ここに近づこうとした相手だけを追い払うのであれば、いずれはここに何かあると気付く奴が出てくる」

「そういう事。けど、ここに近づく人だけ追い払ってたらすぐに気づかれちゃうから、無関係の人の前にも姿を見せて攪乱したってわけ」


 旧時計塔に近づこうとした相手だけに姿を見せていたら、見た、という連中の中からここに行く時に見たなんて証言が遅かれ早かれ出る。そうなれば旧時計塔に何かがありますよと言っているも同然だ。結果として幽霊騒動を収めるためにここを調べようなんて奴が出るのは時間の問題だし、一人二人ならニュクス族も穏便に追い返すくらいはできるだろうけれど、徒党を組んでやってこられた場合は穏便な手段で済まない可能性が出てくる。


 目撃情報が多ければ多いほど何らかの情報が得られるように思えるが、無関係の相手の前にも姿を見せていたのでは、旧時計塔に近づこうとした相手を追い払おうとしていた事実からは遠ざかる。

 俺としては出没地域見てこの辺りではよく出るらしいけど、そこ超えたこっちでは誰も見てないってのもおかしな話だなと思ったからこうして足を運んだわけだが……


「誰も、ここに近づいていないわけじゃないよな?」

「そうね……こっちの隙をついてここまで来た人は確かにいたわ。でも、旧時計塔は封鎖されてるし他には何があるわけでもない。さらっと見てここまで来た人もすぐに帰ってったわね」


 もしこの辺りでも目撃情報があったらここに何かあるのでは? と思う奴は出なかったかもしれない。けれどもそうなればこの辺りにも平気で誰かしらやってくる回数は増えただろう。もちろん彼女にとって不都合な何かが見られる可能性が出れば、出て行って妨害した可能性はあるわけだ。

 彼女の妨害が果たしてどれくらいのものになるかまではわからんが。


「旧時計塔の中に何か?」

「……そうね。ここにいる限り、あの子は安全。だって誰も入らないから」

「あの子? 誰かいるんですかぃ? あの中に……!?」


 頑丈に封鎖されている旧時計塔の中に誰かがいると言われても、ハンスはすぐに信じられないようだ。それは勿論俺もそうなんだが……


「……アマンダという女を探している。あの中にいるのがそうじゃないならこれ以上踏み込まない。けれど、もし本人なら会わせてほしい」

「…………会って、どうするの?」

「話を聞くだけだ。それ以上の事はしない」

「それはつまり、あの子を連れだしたりとかも?」

「本人が出る事を望むならともかくそうじゃないならするつもりはない」

「そ。わかった。いいわ」


 ニュクス族の女はあっさりと頷くとこっちよ、と軽やかに跳んだ。


 入口は封鎖されている。それらをいちいち取り外していたらとてもじゃないが時間がかかる。

 それ以前にあの入口を見る限り、何度も解除された形跡は一切ない。


 であればあの女は入口以外の場所から出入りしている。


 その結論に辿り着くのはそう難しい事でもなかったので、跳んだのを見ても特に驚かなかった。そもそも最初の時点であの女は宙に浮いて、逆さまの状態で俺たちの前……実際は俺の後ろだが……に現れた。

 それに相手は妖精族だ。別に宙に浮くのも跳ぶのも飛ぶのも何もおかしな話ではない。


「えっ、ちょっとあれどうやってついてけっていうんです!?」


 ニュクス族の女はあっという間に旧時計塔の頂上へとたどり着いていた。そこから唯一開いている小窓へするりと身を滑り込ませて中へ入っていった。

 ……開いているのが見えたとしても、あの場所から入ろうとは普通は考えないな。大抵は封鎖されてる入口をどうにかしようと考える。魔法で空を飛ぶにしても、流石にあの高さは気軽に飛んでいこうと思わないだろう。万一失敗すれば落下して大怪我コースだ。


 俺はとりあえずハンスの手を取る。

「疾く、駆けよ」

 そうして魔法を使って移動を開始した。

「ちょっ、旦那ぁぁぁぁぁああああああ!?」


 ちょっと空を飛ぶのは安定性に欠けるかなと思ったので旧時計塔の壁面を駆けあがる方法で頂上まで行ったわけだが、ハンスは俺が掴んだ方の腕、というか肩が悲鳴上げてるんですけどぉぉぉおおおお!? とか叫んで正直結構うるさかったので、多分次があったら別の方法をとろうと思う。もしくはこいつだけ置いてくか。


 そのまますとんと開いていた窓の中へ身を下ろすと、ハンスの悲鳴が聞こえていたのだろう。

「ちょっと、静かにしてくれる?」

 とても迷惑そうな顔でニュクス族の女はそう告げたのだった。

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