準備以前の問題
数日は特に何もやる事がなかった。
というのもまず帝国内部を調べるための人材が来るまで俺たちはロクに動けなかったからというのもある。
合流地点は帝都近くの町、つまりは今現在俺たちが拠点にしている場所だが、そこに組織の連中がやってくるまでまだ時間がかかるらしい。
組織の連中だけならともかく、フロリア共和国からも数名使者が来るらしいので余計に時間がかかっているのではなかろうか。
組織だけならそう時間もかからないはずだけど、いかんせんフロリア共和国内で帝国の人間と思しき連中がことごとく黒い液体吐いたりして死んでるわけだし。
国境の警備をしていた兵士も同じく死んでるわけだし。
人知れずひっそり死んでました、とかならまだしも周囲に人がいる場所でいきなり死んだ奴とかいたみたいだしフロリア共和国ではそれなりに騒ぎにもなったらしい。
原因不明の病か、伝染病かと恐れられ一時期パニック状態になったとか。
ミリアが鳥でリーダーに連絡入れてそこから原因が判明したために一応その騒ぎはおさまったらしいが、じゃあ今帝国どうなってんのよ、とフロリア共和国側としては思うわけだ。
組織の連中と一緒に行くのは道中の魔物対策だろう。
ミリアが鳥を飛ばして確認とってみたようだけど、とりあえずあと十日以内には辿り着くらしい。道中何事もなければ。
そういうわけなのであと十日程はここで足止めというわけだ。
……正直に言おう。
とても暇である。
俺たち以外誰もいない町の中でどうしろと。
とりあえず店の商品とかで食料とかは回収させてもらったけど、流石に収納具に何もかも突っ込むわけにもいかない。というかリーダーからも武器や防具はこちらでもらい受けるとか言ってたらしいので……食料は放置しておくと腐るから事前に全回収が許されてる。
他の町や村の食料までは回収していないけれど、一つの町の食料全部回収すると結構な量になった。
まず売り物だけでもかなりの量だし、各ご家庭の備蓄食料などもいただいた。
流石に食べかけに手をつける気はないけれど、使いかけの調味料あたりは回収できそうなのは回収した。塩とか。
小麦粉もかなりの量回収できた。
腐るものではないからこれは組織側が回収するかなとも思ったけど、武器や防具といった物資を回収するとなると食料まで手が回らないだろう。
そもそも食料に関しては他の場所でも調達できているから急を要するものでもない。
帝国にもう誰もいないという状況だからとはいえ、やってる事がとても盗賊である。
いやでも食料大量放置は流石にいずれ腐ってそこで虫がわくとかされると……魔物と違って虫は繁殖する速度がヤバいから……魔物もポンポン増える種類はいるけれどもそれでも虫と比べるとマシな方だ。
食料を回収したといっても、結局の所作るのは俺たちだ。
店に行って金払ってあとはできた料理を食べるだけ、みたいなのはない。何せ人がいないから。
前に俺が料理できるという事を知らせてしまったが故に、俺も食事当番に組み込まれている。自分の気が向いた時に作るのはいいけど、強制されると途端やる気なくすよな?
まぁ流石に食べないと体に悪いのがわかってるから作るけど。
俺が料理を作ろうとするとディエリヴァも手伝ってくれるのである程度は楽だ。
俺が作ろうとする料理をディエリヴァはわかってないので下ごしらえくらいしか手伝ってもらってないけど。
「そういえばお父様」
「そういえばディエリヴァ」
「はい、何でしょう?」
「そのお父様っていうとても畏まった感じの呼び方どうにかならないか? 慣れてないからとてもムズムズする」
ルフトですら最後に言ったの父さんだぞ。あの時ルフトまでお父様とか言われてたら確実に次の行動に出るまでの時間がかなりかかっただろう。俺の脳内の処理が追い付かなくて。
「えぇと、それではお父さん?」
「あー、まぁそっちの方がまだマシだな。次からそれで」
「はい、お父さん」
まぁ父親らしい事何一つとしてした覚えがないのにお父さんって呼ばれるのもどうなんだろうとは思うんだけどな。今後何かそれらしい事ができるだろうか。
「それで、どうした?」
「あ、はい。えと、私たちがここを出るとして、最初に向かうのはどこですか?」
「言ってなかったな、クルメリア大陸だ」
「クルメリア大陸……ですか?」
おうむ返しに呟いて、ディエリヴァからすれば知らない土地なのだろう。ここから遠いのか近いのかすらもわからないらしく、首をかしげている。
「僕たちが今いるこの大陸がビニオス大陸。そこから大体南東に位置する大陸だな」
まぁ途中に島とかいくつか挟むけど。
「ここから近い、ですか?」
「いや、正規のルートで行こうとすれば遠い。南東にあるがまずは北にある大陸へ移動してそこから回り込むように移動しないといけない」
「それは……何だか随分遠回りになりませんか?」
ディエリヴァの言い分ももっともではある。
素直に南東に進めばいいだけだろ、と俺も思うのだが、普通に船に乗って行くとなるととても遠回りになってしまうのは、単純に最短ルートで行こうとすると途中の海域にある魔物の巣に突入する事になるからだ。
だからこそある程度安全なルートで船は進むために遠回りするしかない。
そう説明すればディエリヴァも納得したようだ。
「では、最初に北へ向かうのですか?」
「いや、東に行く」
俺の言葉にディエリヴァは何度か目を瞬いて「んん?」と理解していないだろう反応をした。
「船に乗っていくとかなりかかるからな。それこそ数か月単位で。けどあまりのんびりしてられないから、できる限りの最短ルートでいく」
「えっ、えっ、あの、でもそれ安全ですか?」
「あぁ。問題ない」
東にある島へと一度向かい、そこから南に向かえばとりあえず辿り着く。ギリギリで魔物の巣がある海域からは外れているし、問題はないはずだ。
「それより、出発まで大体あと十日だ。それまでに必要な荷物は纏めて……そういえばルフトは持っていたがディエリヴァは収納具はあるのか?」
もし持っていないというのであれば最低限の物は本人に持たせるにしても、それ以外の荷物は俺の収納具に入れるべきだろう。
「収納具はあります。大丈夫です。それよりも……私こういう時どういった荷物を用意すればいいのかわからなくて……最低限何を持てばいいでしょうか?」
言われてみればルフトはともかくディエリヴァはずっと帝国内にいたわけだから、いざ旅に出るとなっても何を持っていけばいいかをすぐさま理解して用意するというのは難しいか。
「極論を言えば着替えがあれば後はどうとでもなる。というか収納具があるならいっそ自分の持ち物は全部入れてしまった方がいいだろうな。恐らくもうここに戻ってくる事もないだろう」
「……あの、お父さん」
俺の言葉にしかしディエリヴァはとても気まずそうな表情を浮かべた。
「考えてみると、着替え、ないです」
「ない……? あ、あぁ、そうか」
そうだ。失念していた。
町の中であれこれ作業していた時は基本的に洗浄魔法で服ごと全体的に綺麗にしていたから着替えとかそこまで必要としていなかったけれど、よく考えれば着替えどころか私物すらもう回収不可能なのではなかろうか。
何せディエリヴァは帝都にいたはずなのだ。本来ならば。
帝都どころか城にいたはずだ。帝国を出る直前ルフトが魔法を使ってディエリヴァを眠らせていった、というところからしてほぼ幽閉同然な状態だった気がしないでもないし、それがどうして帝都近くの森の中の小屋に移動していたのかもわからないがそこはまぁ魔法の一言で片付けられる。
結果として一命をとりとめたみたいになってるけれど、本来であればディエリヴァはあの時城とともに消滅していてもおかしくない状況だったという事になってしまう。
本来自分がいたはずの部屋も何も残っちゃいないのだから、着替えとか私物とか以前の話だった。
「……一度フロリア共和国で買い物するか」
「あのでもお父さん、私お金持ってないです」
「それは俺が出すから構わない。流石に服を調達するにしても……この町洋品店は見かけなかったし、だからってそこらの家の中から適当な服を漁るわけにもいかないだろ……」
四の五の言ってる余裕がないくらいに今すぐ服を用意しないと! という状況なら最悪誰のかわからないけど着れるならそれでいいや、って感じで失敬する事もあるだろうけれど、現状はそこまででもない。
それならいっそある程度の着替えはフロリア共和国へ戻ってから用意した方がいいだろう。
どちらにしても一度帝国から出てフロリア共和国に足を運ぶ必要があるわけだし、ついでと考えれば何の問題もない。
「その、私の収納具、あまり物が入ってないから……もしかしたら他に必要な物があるって言われても用意できないかもしれません」
「……わかった。考えてみれば着の身着のままみたいなものだからな。収納具があるというだけでも収穫だ。他に何か必要な物が出てきた場合は僕の荷物からどうにかしよう」
小屋で出会った時にディエリヴァがパジャマだったりしていたらもっと早くにこの事実に気付いていたとは思うんだが……まぁ今判明して良かったと思うべきか。
これで完全にフロリア共和国からも出発して気軽に引き返せない状況下でこの事実に気付いていたら色々と大変な事になってただろうしな。