出会い新たに
視界に広がるのはぽっかりと開いた大穴。帝都があった場所が全体的にそうなのだから、穴の規模がとんでもない。もしこの穴ができた時点でまだあいつの影響も何もない状態だった人間がいたとして、そっちは黒い液体に関わらないとはいえ普通に死んでるだろう。
城があったあたりを空の上から見ても何もわからない。
とりあえず魔法を発動させて宙に浮いたままその穴の底へ降りてみるが、かなり深い最深部まで行ってもそこには何もなかった。
城だった瓦礫の山も、帝都だったであろう事がわかるような物も何一つ。
あまりに深すぎる穴に、何かもう何年も昔からこの穴は存在しているとか言われた方がまだ納得できそうな気がする程だ。大自然の力ってすげー、みたいな言葉でさくっと纏められれば良かったのだが生憎この穴ができたのはつい最近だ。しかもこの穴の作成には自分も関わっていると考えると頭が痛い。
他の町や村は一応原型留めた状態で残ってるとはいえ、帝国に関するあれこれはほぼ帝都に集められていたはずだ。歴代皇帝が残した歴史書だとか、彼らが何を成したのか、といったものはほぼ城の図書館とかにでもあったのではないだろうか。
そう考えると後の世に残せる情報も綺麗さっぱりだ。これが土地を掘ったら当時の土器が出土しました、みたいになればまだしも残されたのはこの大穴だけ、では何もわかりようがない。
穴の最下層に辿り着いたものの、本気で何も残っていない。上を見上げると空が随分と遠く感じた。
こんな所にまかり間違ってうっかり落っこちたらまぁ普通は死ぬわけだが、仮に生きてたとしても果たしてマトモに脱出できるかも疑わしい。
俺は問題ないがただの人間なら落ちた時点で死んでるだろうし、どうにか生きてたとしても大怪我は確定、魔法を使って脱出しようにも地上までが随分と遠い。
ここは冥界ではないけれど、ある意味で冥界に繋がっている穴のようなものだ。落ちたら最後、戻ってこられない、と考えれば。
魔法で明かりを作り出して周囲を見ても、本当に何もない。
あの時城に開いた穴に落ちていったルフトの手がかりも何も。
死んだ、と思う。けれど死んだと認めたくない。
魔法を使えないと言っていたが、もしかしたら、と思ってしまう。
剣に魔力を纏わせて威力を底上げするとかいう方法はできていたのだから、あの時咄嗟に火事場の馬鹿力みたいな感じで魔法が発動して上手い事脱出できていたのではないか……そんな都合のよい考えがどうしても頭をよぎる。
認めるしかない状況にあればまだしも、決定打がないために認めたくなかった。
正直俺の子だとか言われても全くこれっぽっちも実感ないんだが、それでもあの一瞬、ルフトの素顔を見てしまった以上俺の子じゃないなんて言えなかった。びっくりするくらいそっくりだった。目の色は違ったけど。多分目の色は母親の方に似たんだと思う。
……そういえば、かつて酒場で俺の酒に薬盛って部屋に戻った俺を拘束して襲ってきたあの女の目もあんな色だったな……と思い出す。
黒髪、褐色の肌、あのあたりでは見かけないようなエキゾチック系美女、といえばそうなんだろうけど……何かが引っかかった気がした。
母親に似た部分が目の色しかないとかそれ以外全部俺似だから俺も信じるしかないわけだが、もし母親側に似ていたら多分俺は言われても気付けたかどうか……
こっちDNA鑑定とかあったっけ……魔法使って調べるのは確かできたと思うけど、精度どうだったかな……
まぁあんだけ俺に似ていて実は俺の子じゃありませんでしたっていう方が驚きだ。
世の中には自分に似た人間が三人いるって話もあるけど、それにしたってだ。
俺に似た誰かの子が親にそっくりな容姿で生まれてそこで全然関係ない似ただけの俺を親だと思い込む、っていう展開まず無くないか?
顔だけ似た誰かがいたとして、種族までドンピシャって滅多にないぞ?
ともあれいつまでも穴の中にいてもこれ以上目ぼしい情報があるわけでもないし、ルフトがいる痕跡も見つからなさそうだったので穴から出る。
大丈夫かなこの穴。そのうち何かゴミ捨て場みたいな扱いされない? そのうちそうやって何かヤバいウイルスとか突然変異で生まれたりしないか?
前世で何かそんな話見たからちょっと心配だな……かといって埋めるには俺一人では厳しい。
穴の底には何もなかったとはいえ、そもそも勝手に俺の独断で埋めるわけにもいかないだろう。
まぁそこら辺は帝国が滅んだという事実確認とかその他調査に来るだろう連中に任せよう。
そうして穴から出て周囲を見回す。
帝都があった時は遮られて見えなかっただろう向こう側もよく見えた。
ものすごくうっすらではあるが、ハンスに助けられて一度拠点扱いしていた村も見えた。とはいえ本当にうっすらすぎて気のせいかな? と思える程度のものだが。
もっと暑い場所で砂漠とかなら間違いなく蜃気楼を疑うレベル。
そこから視線を横へ移せば森があるのがわかった。俺とルフトが帝都へ行く際に通っていないルートだし、帝都から一度外に出て周囲を見回そうなんて事なかったからこんな事になっていなければ気付かないままだっただろう。
本当に、何となくだった。
今の俺はエルフというのもあって、森の中とか割と落ち着くんだよな。森林浴とか前世じゃこれっぽっちも縁がなかったくせに。すべての生命は海から生まれた、みたいなのもあったからとりあえず海も嫌いじゃないけどそこは今はどうでもいい。
これから先の事を考えるにしても、流石にこんな大穴ぽっかり開いたところで突っ立ったまま、というのも微妙な気がして魔法でまた空を飛んで森へと移動する。
普通に徒歩で移動すればきっとあの村と同じくらいの時間がかかったに違いないが、制限速度なんてものも気にせず空をかっ飛んだので到着するのは五分とかからなかったのではなかろうか。
そんな速度で移動するから安全バー無しのジェットコースターもどきになるんだろ、って言われると否定できない。
ともあれちょっと落ち着いた場所でゆっくりしたいな、と思ったわけだ。
森の中に足を踏み入れてみれば、別に鬱蒼として昼でも暗い、みたいな感じではなくむしろ木漏れ日が降り注いで適度に明るい森だった。
魔物の気配もなさそうだし、ちょっと散策するにはうってつけ、といった感じか。
サクサクと草を踏む自分の足音を聞きながら適当に進んでいく。空から見た限りそこまで広い感じでもない小さな森だ。迷ったとしても空へ出れば問題ない。
だからこそ気が向くままにふらふらと移動していた。
「――ん?」
適当に進んだ結果、小屋を見つけた。世捨て人でも住んでたのだろうか。まぁ広い森でもないし人里からもそこまで離れてないから暮らそうと思えば暮らせるかもしれないが……これがもっと規模の大きな森だったなら下手をすれば魔物も棲みついている事があるでのこんな所で暮らすのは難しくなる。己の腕に余程の自信があれば話は別かもしれないが。
帝国に住んでいた人間が全て消えた今となってはこの小屋にも誰もいないだろう。
いや、もし、皇帝の身体を乗っ取っていたあいつも把握していないとかであればもしかしたら……とは思うが……そもそも帝国にいた精霊を管理していたとか言ってたくらいだ。帝都からそこまで離れた場所でもないここに仮に誰かが住んでいたとして、把握してないはずもないだろう。
多分誰もいないだろうな、と思ったので何の気なしに俺は小屋のドアに手をかけてそっと押した。
開いた。
「え……?」
あ、いや、もしかしたらこの小屋、誰かが住んでるとかじゃなくて山小屋みたいな休憩所的な……?
だとすればわからなくも……
「あの、どちら様ですか……?」
「誰か、いるのか……?」
中からまさかの人の声。
問いかけたまではいいが、俺としてもどうしたものかと思ってちょっとドアにかけた手を動かせなかった。
何せ中から聞こえてきた声は女の声だったので。このまま開けてしまって良いものかと考えた。
もしこのまま開けて中で着替え中だったとかいうオチだったらどうする!? そんなラブコメにありがちなハプニングを今ここで体験するような事になれば流石の俺もどういうリアクションをすればいいのかわからない。
まぁリアクションも何もその場合謝罪一択だが。
「このまま開けても?」
「えっ、はい」
確認されるとは思っていなかったのか、中から戸惑った声がするが許可はとった。
帝国の人間はもういない。帝都以外の町や村も。
だというのに帝都から程近い場所にいる誰か。ここで駄目だと言われても俺はドアを開けただろう。
そうして開けたドアの先、小屋の中は至って簡素な内装で。
人が住んでいるというよりはやはりちょっとした休憩所と言われた方が納得できるものだった。
けれどそこにいたのは旅人というわけでもなく。
「……ルフト……?」
「え、あの……?」
俺はそいつを、そいつは俺を凝視していた。
お互いに困惑しながら。