決着をつけるための
呼び出されたアリファーンは先程まで拘束されていた事実なんてなかったかのように普段通りに現れて、ついでに俺たちが座っているテーブル席の空いた場所に当たり前のように腰かけた。
いきなり現れたアリファーンに驚いたように肩を跳ねさせるハンス。
いやお前が今言ったんだろうが……と思ったがこいつ普段目視できる精霊見る機会少ないわけだから、それはそれで仕方がないのかもしれない。
ミリアもまた同じように一瞬だけ動きを止めて、ぱちくりとその目を瞬かせていた。
「ルーカスにも精霊、いつもついてた?」
「そうだな。わざわざ言う必要がないから言わなかったが」
「そう」
ミリアの方はそれで納得したらしい。
「えっと、何か他にもいませんでしたっけ? ほら、えっと」
「ハウとエードラムか。そいつらも呼ぶか? 話の内容がそれで厚みを増すかと言われればそんな事はないと断言できるが」
「そうですね。呼ばれましてもあまりお役には立たないかと」
「あまりこういうの得意じゃありませんもんねぇ」
「うひゃあ!?」
俺が呼んだ、というよりはとりあえず名前が出てきたから一応姿見せました、みたいな感じでハンスの後ろに二人が現れる。つい先ほど何もない場所から現れたアリファーンという精霊がいるにも関わらず、全くこういった事態を予測していなかったハンスは盛大に椅子の上で飛び跳ねた。座ったまま垂直に数センチ飛ぶとか器用なとこあるよな。
「わぁ、いい反応」
向かい側に座っていたアリファーンがそれを見てくすりと笑った。
「驚かせるのは程々にな」
多分言うだけ無駄だろうなと思いつつも一応言うだけ言っておく。一応注意だけはしたぞという完全なるパフォーマンスだ。
少し離れた場所から椅子を持ってきて、ハウとエードラムはアリファーンを挟むようにして座った。
「あの、三つ子の方とかです?」
「精霊にそういう概念あるか知らんけど、少なくとも血縁とかではないぞ」
並んで座る三名をまじまじと見てそんな疑問を口にしたハンスに、とりあえず答えておく。
確かに似ていない事もない。
男か女かわからない外見。身長や身体つきを見てもどちらにも見えてしまう。
声もまた、男でも女でもどっちでも通じるような感じなのでハンスからすれば余計にわからないのかもしれない。ぶっちゃけ胸のあたりを見れば一発じゃないか? と思うかもだが胸のあたりがわかりにくい服装のせいか、生憎と胸元を凝視したくらいじゃ性別は判断できそうにない。
そもそも精霊に性別ってあるのか、とかあったとして意味があるのか、という疑問もあるわけだが。
アリファーンの髪は赤いが、ハウとエードラムは違う。
ハウの方は緑色の髪をしているし、エードラムは金色だ。
けれども目の色は全員金色だった。
全体的な雰囲気も似通っているせいで、ただ区別するために髪の色だけ染めました、とでも言われればハンスはあっさりと納得するだろう。
「それで、なんだっけ。話? って言われてもそんな大した内容じゃないよ」
「あぁ、でも一つだけご報告が」
「あいつには逃げられました」
あまりにもあっさりと言われて、一瞬何の話だ? と俺が首を傾げそうになったのは言うまでもない。
あいつ、逃げられた。その言葉から浮かぶのは一つだけだ。
「逃げられた!? お前ら揃っていながら!?」
「うわ、旦那が声荒げるの珍し」
普段ハンスに対してテンション低い応対しかしてなかったのは事実だが、俺だって驚けば声くらい上げる。
「待て。俺たちがあの場から離脱した後、何があった?」
穴の中にぴょーいと落ちた後はひたすら落ちるだけで、当然ながら城部分で起きた事など見えるはずもない。魔法を使えば見えたかもしれないが、そもそもあの時点で上から降ってくる瓦礫を防ぐために魔法を使っていたし、状況を確認するような余裕もなかった。
その後は城も帝都も何もかも崩壊してるようなものだったし、てっきりあの場で終わったものだとばかり思ったとしても仕方のない話だと思う。
そもそも精霊が三体、三人? まぁ三人でいいか。実体を持つのがそんだけいたら大抵の事はどうとでもなるはずなんだが。
「あいつにこっちの力少し盗られた。そのせいだと思う。じゃなきゃあの場で決着つけてた」
アリファーンが言う。
まぁ、あの時はアリファーンを呼んだのが逆に、って感じだったからこれはもう仕方がない。こうなるってわかってたら呼ばなかったけど、そもそもそんな事が事前にわかるはずもない。やらかしたのは俺のミスだ。完全に取り込まれるとかいう展開にならなかっただけでも充分だろう。
「そもそもあいつ、何? 精霊? 同胞っぽい力は確かにあったけど、何か違った。人の気配もしたから、ちょっと躊躇ったのは認める」
ハウが言う。
本来ならばあの城の中に吹き荒れていたあいつが起こしただろう暴風を逆にこちらが操ってずたずたに引き裂くつもりだったのだが、あいつからあいつ以外の気配を感じてしまいそこでちょっとだけ力を緩めてしまったのだと。
精霊は本来人を助けるために力を使う。やむを得ない状況で他者を傷つける事もあるにはあるが、だからといって無関係な人間を巻き込む事は正直良しとしない。
あいつ以外の気配を感じてしまった、というのであればそれはそれで仕方がない。
「二人がこんなだったから、逃げられる前にと思って一気に力を解放したんだけど……間一髪で逃げられたみたい。思ってたより力を隠してたようだ」
エードラムが言う。
確かに見た目だけなら正直強そうには到底見えなかった。むしろ骨と皮状態になってた皇帝バンボラよりもひょろっとしてたしあっちもあっちで大概だなとか思ったのは否定しない。
治安の悪い場所にでも足を運ぼうものなら確実に金目の物を巻き上げようと絡みにいくゴロツキが後を絶たないレベル。
その見た目と同じく力を行使できてもそこまで強そうには見えなかった。とはいえ、相手からも精霊の力を感じていたからこそ大きな油断はしなかった。
もしそこで油断をしていたらきっとアリファーンは今頃取り込まれていただろうし、残る二人もどうなっていた事やら……という状況に陥っていたかもしれない。
そうじゃなかっただけでも良かったと思うべきだが、相手の力が思った以上にあった、という誤算にはどうしたものかという気分だ。
「逃げた先とかわかりそうか?」
「さぁ? 姿も気配も巧妙に隠してたから。逃げ切る前に周囲もろとも、って思ったんだけど……本当にギリギリで逃げられてしまったから」
「そうか」
帝都が崩壊した理由は決してこいつらが力の加減を間違ったとかでもなければ、名も知らぬあいつが最後の嫌がらせに、とかいうのでもないというのはわかったが……
つまりそれって、あいつが俺を狙っているっていう事実は解決してないって事だよな。
「それでも大分力を使い果たしただろうから、しばらくは大人しくしてると思うよ」
エードラムの言葉は最早気休めでしかない。
つまりそれってしっかり休んで回復したらまた何かやらかすって事だろ?
あいつはルーナに執着している。そうしてルーナが執着してるらしい俺を狙っている。
なんだこの、三角関係っぽいけど全く実感のないやつ。
自分もそこに組み込まれてるはずなのに他人事にしか思えないのは、それぞれの関係が希薄極まりないからだろうな。
男女比が2:1とかの幼馴染で年齢とともにお互いを異性として認識し始めて、みたいな昔からありがちな恋愛漫画の展開とかならまだ、長年の付き合いもあってかわからなくもないんだがこの三角関係っぽいのって、ルーナがルフトの母であるなら俺とルーナはたった一度しか出会っていないし、あいつとルーナの関係性はわからないがどうやらルーナはしばらくは帝都に身を置いて世話になっていたらしいが何らかの事態によって出ていってしまっている。
ルーナがどうしているのかはわからないが、ルフトが聞かされたという死んだという部分は明らかに嘘だった。その嘘が一体何のために吐かれたものなのかがわからないが、精神的に揺さぶる事で何らかの情報が出る事を期待したか……?
現にルフトは俺を帝国へ連れていけば母の居場所を教えてやると言われていたようだし。
そこら辺の情報がぼやっとしてるのは、俺を帝国へ連れていくためにルフトが意図的に情報を錯綜させるつもりだったのかもしれない。
全部を馬鹿正直に言えるはずもないだろうしな。
ところでこの三角関係、俺完全に他人事なんだが。
ルーナとは一度会っただけ。
あいつはそもそも名前も知らない。
これでどうしろと。ゲームだってこんなんじゃフラグの立ちようがないだろうに。
ルーナが何を思ってルフトを置いて行ったのかはわからない。けれども何の理由もなしに行動したわけじゃないはずだ。
ルーナが俺に抱いている感情もよくわからん。そもそも酒場でたった一度会っただけの男だぞ。それで何がわかるというのか。
わかる事なんて視覚情報で俺がエルフであるが故に顔面偏差値高いって事くらいだぞ。
あいつとルーナは知り合いだった。だからこそ帝都で世話になっていた。
けれどもルーナがあいつの事をどう思っていたのかもわからない。
あいつはルーナに対して執着している。
むしろ行動原理のほとんどがルーナに関わっているのではないだろうか。
どこにいるかわからないルーナを探そうとしている。
そのために、ルーナが何らかの、プラスの意味での感情を持っている俺を利用しようと考えた。
……情報が少なすぎてどう足掻いても俺完全に巻き込まれた感凄くないか?
一応当事者だぞとか言われてもびっくりするくらい実感がない。
名前もしらないあいつがある程度力を使った事でしばらくは休んで回復しないといけないっていうのは理解できたが、力が回復したら次はどういう行動に移るのかもわからない。素直に俺を狙いにくるならいいが、もしまたどこかの国の権力者に狙いを定めてバンボラのように体を乗っ取るなんて事になれば、それはそれでまた面倒な事になるだろう。
できる事ならあいつの力が回復しきる前に見つけ出して決着つけるのがいいんだろうけど……
名前も知らない相手を探すのって、めちゃくちゃ大変なんだよな……外見の特徴とか言ったところでその頃には誰かの身体を利用してたら意味ないし……
下手に人を使って探してもらおうとしても場合によってはあいつの新しい身体として使われる可能性もある。それに……あの柱のような事になったら人間だろうと異種族だろうと大問題だ。
「あいつ、精霊色々取り込んでるから力は強いけどその分ぐちゃぐちゃ。だから回復には時間かかるかもね」
ハウが思い出したように呟く。
「精霊を取り込む……というのはそもそもできるものなんっすか?」
精霊三人をまじまじと眺めながらハンスが問いかける。その問いに三人は静かに首を振った。勿論横にだ。
「普通は無理。でもあれ、ちゃんとした精霊とは違う。だからこっちもよくわからない。ある意味で未知数」
未知数。その表現は確かに、と思えた。
あれが何であるのかわからない。未知なる存在。蓋を開ければもしかしたらもっと単純な代物である可能性はあるけれど、現状では未知の何かでしかないわけだ。
「探すのであれば人に尋ねるよりも精霊に聞くのがいい。あれは、精霊からしても同胞のようでありながらそれとは異なる何かだから」
まぁ確かに。人間は下手すればあいつの身体として使われる可能性もあるし、精霊は精霊で取り込まれる可能性もある。どっちにしてもあいつの存在は良いものではない。人間は身体に寄生されるようなものだが、精霊の場合は取り込まれると言っているところから完全に存在消滅のお知らせとかそういう危険度なんだろう。
とはいえ帝国内は精霊の数が圧倒的に少ない。それもきっとあいつが取り込んだかしたのだろう。
力を回復させるとなれば、他の場所でも同じ事をやる可能性は高い。
「……となれば次の行動は決まりだな」




