崩壊するも他人事
ごきっとかぼきっとか、そういった音が内側からしたような気がした。渦巻く風は強さを増して弱まる気配が全くない。それでもまだ人を巻き上げていく程の強さじゃない。いっそもっと強ければ、ルフトは落ちなかっただろうか。
魔法でどうにか折れただろう骨を治しつつ立ち上がる。
「そこの精霊を取り込んで、わたしはさらに力を得る! そうすれば、ルーナ、いずれはきみに届くはずだ!」
両手で顔を覆うようにしていたそいつが弾かれたように顔を上げ、手をばっと広げる。
それは舞台で役者がやるような大仰な動きではあった。あと多分その言葉はこっちに言ってるわけじゃないんだろう。この場にいないルーナとやらに向けての言葉だ。
そういうのもあって余計に何だか三流演劇を見せられた気分になる。
ハンスはこの室内だというのに反則的な強風の中、飛ばされないように床にナイフを突き刺してそこにしがみつくようにしている。正直あれも気休めだろう。この風の威力がもっと強くなればあっさりと飛んでいくのかもしれない。
ビキッ、という音が連続して響き渡る。
城はもうこれそろそろ駄目だろ、と言わんばかりにそこらじゅうひび割れていて正直今すぐにでも崩壊していないのが不思議なほどだ。
「アリファーン」
本来ならば声を張り上げでもしないと聞こえないだろう声量だが、しかしアリファーンの耳には届いていたらしい。ろくに身動きもとれない中で、それでも視線はこっちを向いた。
「あと少しだけ、持ちこたえられるか?」
「ほんとにあとちょっとだけだよ。あいつ、なんでかしらないけど精霊取り込んでるんだから」
「ホントに何なんだろうな、あいつ」
「さぁね」
口調は軽いものだが、正直これ以上のんびりもしていられなさそうだ。
このままではアリファーンがあいつに取り込まれるらしいし、そうなれば流石にアリファーンも無事でいられるはずがない。
バンボラの身体に寄生していたというべきそいつは、精霊だと思う。しかし自分を人間だと言ったりしているし、挙句そいつ以外の精霊の力を取り込んでいるらしい。
さっき溶けて消えた柱になっていた彼ら、彼女らを同胞と呼んでいた事も気にかかるがまさかあれも精霊だとでも……?
本人に聞こうにも、最早こっちの言葉なんか聞いちゃいないだろうそいつは、自分の中での区切りでもついたのかようやくそこでのろのろと視線をアリファーンへと向けた。
「嗚呼、あぁそうだ。お前はわたしの糧となってもらう。そうしたら次は新たな器だ。ルーナへ至るための器。何、無駄に抵抗しなければ極力痛みはなくそうとも」
アリファーンから俺へと視線が移動する。新たな器。その言葉が意味するのは考えるまでもない。さっきまでのバンボラ。
「疾く、駆けよ」
大人しくしてそんな未来を選ぶつもりはこれっぽっちもないので、俺は魔法を発動させて一気にそいつへと距離を詰める。収納具から投げナイフを取り出してそいつへと投げ放つ。自然現象ではない魔法による風が吹いている中で、それはすぐさま落下するかと思われたが意外にもそうはならなかった。
とはいえそいつに命中する事なくナイフは掠めただけだった。
「無駄な抵抗はやめておけ。苦痛が長引くだけになるぞ」
「そう言われてはいそうします、なんて言う馬鹿がいると思うか?」
そいつに近づいた事で床にぽっかりと開いた大穴にも近づく事になったため、ほんの一瞬そちらへも視線を向けた。既にルフトの姿は見えない。というか穴の底が見えない。生きているかも疑わしい状況に舌打ちが漏れた。
ぼこっという音とともに更に床の穴が広がる。このままだとそのうちハンスも穴に落っこちそうだ。
「お前が皇帝じゃないって事は理解した。どこの誰かまでは知らないが、決着をつけようじゃないか」
見逃すなんて選択肢はお互いに存在しない。
向こうは俺が狙いだし、こっちも例え見逃した所で後日改めて襲いに来ましたなんて事になれば面倒極まりない。
「勝つ気でいるのか? お前の精霊はそこで捕まり自由に動けず、ましてや今あの鎖を通して力は徐々に奪っている。ルーカス・シュトラール、じきにお前は魔法すら使えずにここで死ぬのだ」
フハハハハ、といかにもな悪役っぽい哄笑をしてそいつは魔法を発動させた。詠唱無しでの発動のせいでどういう魔法がくるかというのも予想しにくいがどうにか躱す。
「死ぬつもりはないさ。それに――」
収納具からもう一度投げナイフを取り出して投擲。これもまたあっさりと回避されてしまったがそれでいい。別にこのナイフで決着をつけようというわけじゃない。ほんの一瞬の隙を作れれば充分だった。
「ハウ! エードラム! 後は任せた!!」
「っ!? なんだと……!?」
叫ぶと同時、俺は穴に飛び込む。ついでに魔法でハンスを引き寄せて仲良く落下コースへと巻き込む。
「だ、旦那ああああああ!? ちょっとどうするつもりよこれええええええ!?」
「ええい耳元で喚くな騒々しい」
落下しつつ上を見れば、俺の呼び声に応えるように現れた二人はこちらに視線を寄越すとお互いにぐっと親指を立ててから行動に移る。
「そんな、他にも精霊が憑いていた……だと……!?」
そいつの困惑した声。精霊憑きというのはもともと少ない。その少ない精霊憑きの中で、複数の精霊が憑いているなんてのはもっと少ない。あいつは俺が精霊憑きであるという事を知ったまではともかく、その精霊が他にもいるという事まではわからなかったのだろう。帝国領以外であれば過去、アリファーン以外の精霊を呼んだ事もあったが帝国に踏み入った際に呼んだのはアリファーンだけ。
帝国外の事までは把握できていなかったのなら、俺がただの精霊憑きだと思い込んでも無理はない。
落ちて、落ちて、穴は随分上の方だ。ここからじゃもうあいつらの姿も見えやしない。
穴の中まで風が吹いているという事はなかったけれど、下は見えない。どこまであるんだこの穴……という不安が芽生える。ルフトが生きている確率がどんどん低くなってくるからあまり深すぎるのも困るんだが……
――と、遥か上の方で大爆発が巻き起こった。ハウとエードラムがいればあの状況をどうにかするのは余裕だろう。あんな爆発させる必要あるか? と思ったが恐らくは鎖から解放されたアリファーンも一枚噛んでる。
びりびりと空気が震える。
ぎゃあぎゃあ喚いていたハンスは気付けばすっかり静かになっていた。
……気を失っている。
流石に放置できるはずもないので、ハンスをしっかりと抱えた。
一瞬遅れて、雨のように……いや、雨の方がまだ可愛げがある勢いで城だった物が降り注いでくる。天井だったり壁だったり床だったりした物。底がどこなのかはまだわからないが、このままだと最終的に着地した直後に上から降ってくるものに押しつぶされるのは明白。
「守りの檻よ」
だからこそ頭上、穴を全体的に埋めるよう広範囲に魔法を発動させた。
ハンスの話では割とほとんどの帝国内の町や村で既に人が死んでるようだったが、だからといって全てが滅んだわけではないはずだ。帝都にだってちゃんとした人間はいたはずだし。
これ、いきなり城が崩壊したって事だし、帝都でも混乱が起こりそうだな……
下について、速やかにルフト見つけて脱出しないと……というか、ミリアはどうしてる事やら。流石に城が崩壊したら様子見に鳥寄越すとは思うんだけど……
城の中はもう誰もいないようなものだった。
帝国兵が大軍率いて、なんて事にはならなさそうだけど、それでもここから逃げるのは少しばかり骨が折れそうだなとまだ全てが解決したわけでもないのにそんな事を思う。
もう上を見る事はしていなかったがそれでも遥か上の方で、さらなる爆発でも起こしたのか眩い光が穴の中にまで降り注いだ。
……いやちょっと流石に張り切りすぎではないだろうか。あの精霊たち。
自分で呼び出しといてなんだけど、二人も呼ばないで一人だけにしておくべきだったかもしれない。




