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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
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はじめましてさようなら



「――ぐぶっ!?」


 皇帝バンボラの背から出てきたそれが半狂乱と言っても過言じゃない反応でもって喚き叫びじたばたとしていたところで、唐突に血を吐いた。

 病気で、とかそういうやつじゃない。そいつの腹から剣が突き出ている。背後から誰かが突き刺したからこそそうなっている、というのを理解するのにほんの少しだけ時間がかかった。


 実行したのはどうにか立ち上がる事ができたらしい皇帝バンボラその人だった。腰に差してあった剣は俺が使っているものと似たような細さで、しかし装飾がついているあたりから実戦用というよりは儀礼用、かろうじて護身用にもなりますよ、といった代物だ。

 実際に何度か打ち合えば早々に駄目になりそうな気がしなくもない。


 真正面から攻撃を仕掛けていれば間違いなく回避されているか、魔法で武器、もしくはその身体を粉々にされていたかもしれない。

 背中から血をぼとぼとと滴らせながら、それでも確かにバンボラはそいつに剣を深々と突き刺していた。


「お、のれぇ……」

「父の仇……ッ、覚悟……ッ!!」


 血を吐くような声。いや、実際唇の端から血が流れている。背中が裂けている時点で重傷なのは言うまでもなく、本来ならばマトモに立ち上がる事も難しかったはずだ。

 けれどもバンボラの今の言葉から、何となく察する。ライゼ帝国先代皇帝アルデオもまた、バンボラと同じような事になっていたのだろう、と。


 確かに帝国はもともと人間種族が多く暮らしていた土地であったし、昔から人間至上主義を掲げていたとはいえ今程強引に異種族を連れ去ったりだとかしてはいなかった。帝国の動きが異種族視点で酷いと思えるようになってきたのは、比較的最近の話だ。

 先代皇帝アルデオが当時の皇帝として国を統治したあたりから、徐々にその動きが目立つようになっていた。先代が息を引き取ったという話はあまり大っぴらに知られてこそいなかったが、それでも次なる新皇帝としてバンボラがその地位におさまった以上、そこは察する他ない。


 死んだという事実こそ知ってはいたが、実際どういう死に方をしたかまでは知らなかった。


 けれど、なんとなくではあるが想像はつく。


 歴代皇帝の肖像画が飾られていた場所を思い出す。城の中にあったそれ。多少の美化はされているはずだろうけれど、それでも見た目の印象とかそういったものまで何もかもが嘘だというわけでもないはずだ。美化しまくって実際誰これ状態というのも恐らくはないだろう。


 その肖像画でバンボラの顔を確認した後で皇帝と遭遇した時点で、あまりのやつれっぷりに別人説すら疑ったがバンボラは本人だった。肖像画を描かれた時点ではきっとバンボラも絵に描かれたような顔立ちであったはずだ。

 しかしこいつが身体を乗っ取ったために、みるみるやつれていった。


 先代皇帝もきっと同じ目に遭っていたのではないか。

 恐らくバンボラがその事実に気付いたのは、先代、つまりは自分の父が死んだ時だったのかもしれない。そうしてその直後にこいつがバンボラの身体を乗っ取った。


 ……実際ホントかどうかは本人に聞かないとわからないだろうけれど、それを聞けるような状況でもなければそんな事を聞ける程の間柄というわけでもない。

 けれども推測だろうとこれはほぼ正解ではないかと思える。


 すっかりやつれて骨と皮だけの状態になっているバンボラの顔に笑みが浮かぶ。口の端から血を流しながらも、さらにぐっと踏み込んだらしく突き刺さっている剣からも血が滴り落ちていく。

 言葉を発する余裕があったなら、きっと「ざまあみろ」とでも言っていたに違いない。そんな表情だった。


 しかしそれもほんの僅かな間だけだった。


 剣が、まるで長年放置した書物のようにぼろっと崩れる。錆びる様子も何もなく形を維持するのが難しいとばかりに崩れた剣は、床に落ちる前に砂のように消え去っていった。次いで、そいつを中心にとんでもない衝撃が広がった。


 無防備に台風の日にうっかり外に出てしまった時のように、予想以上に強い衝撃が身体を吹き飛ばしかけた。

 俺はどうにかその場で踏み止まれたものの、突き刺した剣を半ば支えにしていたバンボラは支えを失った事であっさりと吹き飛ばされ壁に激突したし、ハンスもまたバランスを崩しその拍子に肩に抱えていたルフトも落下した。


 アリファーンを捕えていた鎖と共にくっついていた柱は、形を維持できなくなったとでもいうようにどろりと溶け始めていた。聞こえてくるのは悲鳴というよりは呻き声だったが、ぼとぼとと音を立てて零れ落ちた黒いそれらと一緒に彼ら、彼女らの姿も溶けていく。最後の方は消滅するという事実に助けを求める声よりも、これでようやく終われるといった安堵の声が混じっていたようにも思えた。

 しかし肝心の鎖だけはアリファーンに巻き付いたまま離れる様子がない。

 それでも今ならどうにか鎖を破壊できるのではないか……?

 そう思って魔法を発動させようとしたが、それよりも先にそいつが声を上げた。


「う……ぉ、おおおおおおあああああああああ!!」


 ただ叫んだというよりも獣の咆哮に近いそれ。

 びりびりと空気が震える。言葉にもなっていないけれど、それでも確かに魔法が発動した。

 城のそこかしこに亀裂が入る。城内だというのに風が吹き荒れる。嵐の日の海よりももっと酷い。


 天井の一部が崩れ落ち、咄嗟にそれから身を守るために魔法を発動させて、それからハンスやルフトはどうなっただろうかと視線を巡らせる。


 最初に目に入ったのはバンボラだった。彼は壁に激突したところから動ける様子もないまま落下してきた天井の一部に押しつぶされていた。これはもう助からない。

 次にハンス。こちらは強すぎる風に立っていられなくなったのか今は膝をついた状態で腕を伸ばしていた。伸ばされた先にはルフトが倒れている。

 びきっ、という亀裂が更に入るような音。

 天井が崩れ落ちてくるかと思って視線を上に移動させたが、ルフトの上の天井は今のところ無事だった。


「ルフトくん! 手!」

 ハンスの呼びかけにルフトもどうにか身体を動かそうとして腕を伸ばし始めたが、そこでルフトのいた床が崩れた。

「うわっ!?」

 いきなり全部が落ちたわけじゃない。けれどもルフトの身体の半分ほどはその開いた穴に飲み込まれるようになってしまい、伸ばした腕は咄嗟に残っている床部分を掴む事になってしまった。

 握り拳程の大きさの瓦礫が飛んできてルフトに命中する。


「ルフトくんッ!?」

 ハンスが叫ぶ。あんなのが顔にしろ頭にしろ命中したなら大怪我は確実だ。

 しかし運が良い事に、というべきか、瓦礫はルフトの仮面に命中しただけだったようだ。直接命中したわけじゃないためか、思っていたよりはダメージを負った感じでもない。

 けれどもその拍子に仮面が外れ、その仮面は風に煽られ開いてしまった穴へと落下していく。


 そうして俺も見た。見てしまった。

 以前ハンスが見たらしい、ルフトの素顔を。


 あぁ、俺に似てるな。


 こんな状況だっていうのに、最初に思ったのはまさしくそれだった。俺の故郷が焼き払われて、仕方なく一人で生きていかなきゃならなくなった時の俺とよく似ている。あの頃の顔立ちはこんなんだった。いや、今もそこまで変わっちゃいないけれども。


 成程これならハンスが俺の子だって断言するのも理解できる。それくらいにそっくりではあった。目の色以外は。


 仮面が外れてしまったルフトは俺を見ていた。どこか呆然としたように。


「父さん……」


 その言葉は言おうと思って言ったものではないのだろう。ただ、本当に無意識に口からこぼれ出たといった感じだった。そしてそれとほぼ同じくして、ルフトの手が床から離れる。


「ルフトッ!!」


 咄嗟にその手を掴みに行きたかったが、俺のいる場所からルフトのいる所までは多少距離があった。今から動いたところで間に合わない。だからこそ魔法でと思ったが、狙いすましたようにそいつが妨害してくる。落下した瓦礫を纏めて俺の方へとぶつけてきたせいで、俺もまた魔法を上手く発動させる事ができず、どころか横からきた衝撃に身体が耐え切れずにルフトがいた場所から更に遠のくようにして吹っ飛ぶ。


 その時点で見えたのは、穴に落下していくルフトの表情――などではなく。

 既にほぼ落下して最後に見えたのは指先だけだった。

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