幽霊の噂
前世、俺はどちらかというとアウトドアが好きなタイプだったが、いかんせんリアルラックの低さゆえか事故に巻き込まれたりした結果、足にちょっとした怪我を負う事になった。そのせいで元気いっぱい走ったり飛び回ったりができなくなってしまった。怪我そのものが治っても、似たような事故にまた巻き込まれるのではないか……? そんな両親の不安は口に出されこそしなかったけれど態度で何となく感じ取っていたし、実際自分でも何かまた巻き込まれそうだな、と嫌な予感というものでもないけれどそう思っていた。
今回の怪我は軽度でどうにかなったけど、もしまた似たような事故に巻き込まれたら今度こそ下半身が動かなくなるかもしれない。
そう考えるとあまり意味もなく外を出歩くのはやめた方がいいのでは、なんて考えた結果自然とインドアへと転向する形になってしまったわけだ。
学生時代は夏休みとか家族と一緒にキャンプに行ったりはしたけれど、冬はウインタースポーツとか怪我したら大惨事だからやめてほしいとか言われたしな。まぁ俺も実際もし行ってたら誰かと接触事故とか起こして骨の一本や二本折ってたかもしれない、とは思う。
けれどもそれはあくまでも前世の話で今は関係ないはずだ。
現に道を歩いていても自転車――はないから暴走した馬車とか――に轢かれるような事もないし、上から植木鉢とか看板が落ちてくる様子もない。
わけのわからん宗教に勧誘される事もないし、特に必要性を感じないツボだとか絵画を買いませんかと声をかけられる事もない。
ちょっと前に何か襲撃された事はあるけれど、それだってそう頻繁に起こる事でもない。
ともあれめちゃんこ安全に道を移動する事ができている……! と改めて感動に打ち震えながらも、俺はハンスの情報にあった幽霊とやらを見に行く事にした。
アマンダの情報どうしたよ、とは確かに思うのだけれど、もしかしたらこの幽霊騒ぎとやらが解決した後でひょっこりアマンダと遭遇する可能性もある。
ほら、よくゲームとかである感じの。
インドアになるしかなかった時に幼馴染からもいくつかゲームや漫画を借りたりしていた。
ゲームとかだと大体目的の場所とか人に会うためにその前にいくつか本当にそれ必要か? みたいなお使いをさせられる事があったりする。
今回のこれがそのパターンだったら、とりあえずその幽霊とやらを探してみればアマンダの手がかりを得る事ができるかもしれない。
勿論ここがゲームの中だとは思っちゃいないので、全くの無駄足に終わる可能性もあるわけだが。
けどまぁ、他に情報がないならとりあえず、という感じだ。
というかアマンダに関する情報がびっくりするくらいに出てこない。ホントにこの街にいるのか? と疑う勢いで何にも出てこない。
俺もちょっと街中を適当に移動してそこら辺の連中の話に耳を傾けたりしたけど、完全にご近所さんの井戸端会議っぽい話とあとはこの街の噂話とかそういうやつとライゼ帝国の動向とかか。ライゼ帝国がいきなり攻めてこないとも限らないわけだし、そこら辺は確かに気になるところだろう。
さて、その幽霊、ゴースト、まぁどっちでも同じか。ともあれそいつは街のあちこちで目撃されている。
とはいえ別に悪さをするでもない。見た、という者の証言の大半は人がいたと思ったけどいざもう一度確認してみたらいなかった、だとか、人がいるなと思ったらそいつが壁をすり抜けていっただとか、夜遅くに人がいてこんな時間に……? なんてちょっと警戒して改めてまじまじと見てみようと思えばすっと消えたりだとか。
見た、と言った者のほとんどは本当に見ただけで危害を加えられたり加えようとしたわけでもない。
見たあとで何か事故に巻き込まれただとか、見る直前で何かおかしな出来事があっただとか、そういったものもない。
そして目撃情報があった場所は、見事にばらばらだった。
ティーシャの街の地図を簡単に描いてみたが、目撃情報があった場所に何らかの法則性を見出すのはちょっと難しい気がするな……
例えば出た、という場所を点で記していって、それらを繋いでみた結果何らかの文字、もしくは記号が浮かんだりなんて事もない。
地縛霊とかだと目撃する場所は大体同じだろうけれど、こうもあちこちふらふら移動しているのを見る限り地縛霊というよりは浮遊霊って言われた方がぴったりだろう。
時間帯によって出る場所が違うのだろうかと思ったが、目撃した人物からハンスが聞き込みした情報からそれもバラバラ。この時間にこの場所に来れば会える、というわけでもないらしい。
まぁ、そういうの確定してたら好奇心旺盛なお子様とかがね、お化け退治してやるぜ、とかね、怖いもの知らずな感じに突っ込んでくからね……幼い故の万能感って大人になってから考えるととんでもなく恐ろしいな!?
とはいえ、出没した場所を見ていくうちに何となく気付いた事もある。
「ハンス、そっちじゃない。こっちだ」
「えっ、旦那? そっちは……」
怪訝そうな声をあげるハンスだが、俺がさっさと進んでいくと流石についてくることにしたらしい。
街のそこかしこで目撃情報が出ている幽霊ではあるが、見た、という人がいない場所も当然ある。俺が進んだ先はまさにそういった場所だった。
「旦那、こっちは目撃情報一件も出てこなかった場所ですよぉ、ここにはいないんじゃないですか?」
ハンスの言葉に俺は特に否定も肯定もせずに周囲を見回す。
人の気配なんてものはほとんどなくて、何かが潜んでいそうな雰囲気だけはたっぷりとある。
俺たちがやってきたのは、この街にある旧時計塔だった。
何年か前までは現役だった旧時計塔だが、数年前にここよりも更に街の中心部にこれよりも立派な時計塔が建てられた。ティーシャの街に時間を告げる役目は新時計塔へと移り、こちらの時計塔からは時計も外され今は単なる古びた塔だ。
そもそも老朽化しつつあるから、という事もあって新しく時計塔を作ったのだろう。
いくら大事に手入れして末永く使っていこうと思ったって、どうしたって限界はくる。
魔法で直せたとしても、こういった建物の例えば壁の一部に亀裂が、みたいなのを修復する程度ならどうにかなるかもしれないが、全体的な老朽化を新品同様に戻すとなれば精霊に頼んだとしても魔法を使う人間側だって魔力の消耗が激しい。
例えば魔力を多く持つ種族がいたとしても一度に全体を修復するとなるとかなり消耗するだろうな。土台部分からちまちま修復していけばまぁ、いつかそのうちどうにかなるかもしれないけど、そんなに時間をかけてまで修復するくらいなら新しく建てた方がきっと早い。
それに……旧時計塔があった時代はまだこの街もそこまで大きなものじゃなかったはずだ。
それが徐々に発展していって、周囲の建物も大分増えた。結果としてこの旧時計塔は他の建物から見えない事もあった。
例え綺麗に直せたとしても、街全体に時間を知らせる役目は果たせそうもない――のであれば役目を終わらせる方向性になったとしても仕方がない。
一応時計塔自体が老朽化しているのは事実だし、だからこそうっかり誰かが忍び込んだりしないように立ち入り禁止の立札と、あとは塔の中に入れる場所は完全に封鎖されている。
ちょっとした冒険心で忍び込もうとする子らも、例えば家をなくして一時的に雨風しのげる場所を、と忍び込もうと目論む者も、まぁ入るのはちょっと面倒というか手間がかかるというか、そのくせ入ったとしても大したものがなさそうなので労力的に考えるとデメリットの方が大きいというか……
とりあえず無謀にも忍び込もうという相手がいないだろう事はいい事なのだろう。多分。
時計塔の管理をしている者も今は新しい時計塔の方へ移った事だし、こちらは完全に誰の気配もない。
街中ではあるけれど、何というかここいら周辺だけ完全に廃墟の空気が漂っている。
廃墟……廃墟か……写真で見るのは好きだけど直接出向くのはちょっとな……ってのが個人的な感想なんで……正直気は進まない。
確かに昔はちゃんとした建物でそれなりに使われていたんだろうなって思える建物が、今では誰の手もかけられず放置され、周辺は勝手に伸びて育つ雑草やらその他草木やらで覆われてったり、っていう廃墟とかはね? 何かこう、時間の流れとか色々と思う部分もあるから見るのはホントに嫌いではないんだ。
ただほら、直接行くとなるとさ、窓ガラスがあった場所は当然割れてたりするし、その割れたガラスは勿論その窓があっただろう近くに落ちてる可能性が高いけど、草木に覆われてすっかり見えなくなってる事も多くて、しかもその草とかに足をとられて転んだりする可能性を考えるとさ……俺ならそこで確実に転んでガラス片で手か足のどっちか切ってる確信があるから……運の悪さは俺もよく理解してたから……
中学の時にクラスメイトが冗談で仕掛けたバナナの皮に引っかかったのは俺です。俺が柔軟を日々こなしていたから軽傷で済んだけど、そうじゃなかったら股割れてた。
まぁ見たところ旧時計塔の窓とか所々にあるのは見えるけど今の所は割れたりなんてしてないから、余計な怪我はしないだろうと思いたい。
とりあえず、ここを調べてそれで何もなければまた情報を集めなおすしかないな……頑張れハンス、なんて思いながらも時計塔入口へ近づいてみる。
「――何しに来たの?」
声は案外近くから聞こえた。
「ひっ、だ、旦那ァ……後ろ、いや、上……っ!」
俺の後ろからついてきていたハンスには何がいるのかが見えているのだろう。あわわわわ……なんて言葉になりきれていない声がして、そのうち発狂でもするんじゃないかとすら思えてくる。
後ろかつ上、という事で俺はそのままくるりと振り返った。
「ちょっ、旦那、警戒しなさすぎぃ!」
ハンスの駄目出しはさておき、振り返った先で見たのはハンス……もそうなのだが、鼻先がぶつかりそうなくらいの至近距離に女が一人、逆さまで俺を見ていた。
全体的に白っぽい姿は、確かに遠目でみれば何となく幽霊っぽい気もする。けれども、至近距離にいる女の目を見る限りこれは確実に生きている奴の目だ。というか……ちょっと近すぎて視界がぼやけるので、俺はそのまま二歩程後ろに下がった。
「あら、案外冷静なのね。もっとこう、そっちのおにーさんみたいに怖がるリアクションとかしてほしいんだけど」
「生憎と驚く要素がない」
「いやいやいや旦那、充分あるでしょ驚くべきポイント! むしろ驚くしかないでしょこんなの!! えっ、幽霊!? ホントに幽霊いたの!? っていうかここ出たって話聞いてないから出るとか思ってなかったんですけどおおおおおお!?」
「ハンス、うるさい」
「あははっ、いいのいいの。あれくらい反応してくれるほうが面白いわ」
ひぃん、とか鳴き声を上げてるハンスを見て、白い女はきゃらきゃらと笑う。
「ひぃぃっ、悪霊退散悪霊退散……あっ、教会でお札買っておけばよかった!」
幽霊って他に何効いたっけ? とかぎゃあぎゃあわめきながら懐を漁っているハンスの表情は、心底必死だ。逆さまのまま宙に浮いている女は、くるりと身体の向きを変えてそのまますっと地面に降り立つ。ハンスが懐からちゃちな作りの十字架を出したあたりで、女はくすくすと笑いながら微笑ましい物を見る目を向けている。
「ハンス」
「なんですか旦那、ってかなんであんたそんな落ち着いてるんすか今の状況わかってますホントに!?」
よく見れば涙目になってるハンス。俺より年下ではあるけれど、人間種族として見れば彼はもう一人前の大人であるというのにこの情けなさ……これ、後々こいつの黒歴史になったりしないだろうか。
ともあれ、伝えなければならない事がある。
「ハンス、こいつな、幽霊じゃないぞ」
「嘘やぁん……!」
信じないぞ、とばかりに十字架を握ったままのハンスではあったが。
そもそも幽霊であったとしても多分その十字架は効かないと思う。