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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
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無実を訴える



 ハンスが取り出したその本を俺は手にしてやや躊躇ったものの、中身を見ない事には話が始まらないと言い聞かせ開いた。

 ハンスがどうやって城に潜入したのか、正直そこも気になったんだが……考えてみるとハンスも潜入とかそういった事に関してかなり凄くないか? 俺よりも向いてる。とはいえ、内部で敵と遭遇した場合一人だけでどうにかできない可能性があるから本当に忍び込むだけ、みたいな感じなのかもしれんが。


 ともあれ俺は本を開き、その中に書かれた文字に目を通した。


 ……日記だな。


 他人の日記勝手に見るのって何かすんごい罪悪感があるんだが。

 しかも今の話の流れからこれルフトの日記って事にならんか?

 えっ、勝手に見ていいのかこれ……


 数秒、恐らく今までの人生の中でもここまで葛藤した事あったか? ってくらい悩んだ気がしたが、もう開いてるし少しとはいえ中身見ちゃったしで、開き直って読む事にした。



 最初の方は母親から渡された事、ここに母から教わった事を記していく事などが綴られて、実際その通り数ページはそういったあれこれが記されていた。

 日記というよりは覚書と言われた方がしっくりくる内容だ。


 旅に出た際にあったら便利な道具だとか、魔法を使わずに火を熾す方法とか、飲み水の確保の仕方だとか。食べられる植物だとか、簡単なサバイバル知識といった感じの内容が数ページ。

 食べられる物の次に、怪我をした際に使える薬草に関してだとかの情報。


 簡単な料理の仕方。調理法。いくつかのレシピ。


 そんな内容が本の半分ほどまで綴られていた。

 ここまでなら見てもそこまで悪いなと思えるような感じはしない。


 けれどそこから先、父親に関して聞いたであろう話がまとめられていた。

 母の父に対する想い。他人の恋愛話を覗き見てるような感じで、じっくり目を通してはいない。それでも見えてしまった内容から、ルフトの母……ルーナだったか、彼女が本当に夫にあたる人物を愛しているのは伝わるような内容だった。子を宿す前のいくつかの話をちらっと見たが、それなりに長い付き合いがあったのではないか、と思えるような内容。

 ルフトがハーフエルフなので、父親はエルフだ。長い付き合いで子を宿すような事になったのであれば、お互い合意の上だろうと思えるがルーナはルフトを産む前にはエルフの前から姿を消している。

 どうしてそうなったのか、という部分は書かれてなかったのでわからない。


 その後はルフトが父親に対する疑問とかをつらつらと書いたのだろう。日記というよりは考察みたいな内容がさらっと書かれている。

 母に事情があったとはいえ、どうして父の前から姿を消さなければならなかったのか、とか答が出るようなものではない。

 その次のページには一行だけ、母が連れていかれた。とだけ書かれている。

 その次のページからは、日付も書かれていないが延々と辛いとか苦しいとかそういった意味合いの言葉が並んでいた。


 最初のページと比べると字がかなり上達しているので、もらって数年は経過しているはずだ。

 ルフトの話では母と一緒に居たのは七歳まで。という事はこの愚痴というか行き場のないストレスをどうにか発散させようとしている文字の羅列は七歳から先。

 どうして母が連れていかれたのか。一人だけという孤独。しばらくは母の知り合いが面倒を見てくれていたと言っていたが、日記の中ではあの人、としか書かれていない。名前を出さなかったのは、日記を見られた時に言い訳ができるような状態にしておこうと思ったのか、単純に名前を書きたくないというだけの話か……


 途中からは生まれてから会った事のない父に対する愚痴めいた文。


 母が父と最初からずっと一緒にいたのであれば。

 もし、そうであったなら自分は今どんな暮らしをしていたのだろうか。

 そういった空想めいたもしもの話。

 現実逃避であるのは明らかだ。けれど、そうする事で精神の均衡を保っていたのかもしれない。


 パラパラとページを捲る。

 日記もそろそろ最後の方に差し掛かってきた。


 まだ数ページ余裕はありそうだったが、日記は唐突に終わりを迎えた。


 あの人から話を持ち掛けられた。

 父を連れて来る事ができたら母の居場所を教えてくれると。

 やはり母は死んでいなかった。母さんは生きてる。

 じゃあやるべきことは決まっている。父を――ルーカスを連れてくる。


 そこから先は白紙だった。

 何度見直してもその先はない。


 何度か確認して、これ以上確認しても意味がないと理解してそこでようやく俺は日記を閉じた。


 うん、待って?


 父の名前何度見ても俺の名前なんだが?


 俺が読み終わった事を確認して、ハンスは真顔で問いかけた。


「それで、ヤリ逃げ野郎。どういう事か説明してもらえますよね?」

「まて。ホント待て」


 俺にとって驚愕の事実。

 えっ、ルフトって俺の子だったの……?


 あいつ確か年齢十五になったばっかとか言ってたよな……って事はそれより前……あ、あー、もしかして。


 思い当たる節はあった。

 いや、しかしヤリ逃げ野郎というのはどうかと思う。


「一応言っておくが。ヤられたのは俺の方だ」


 前世、俺は彼女いない歴年齢だった。清い体のまま死んだわけだが。

 前世の記憶を取り戻すより前にこっちじゃ既に童貞卒業していたという事実。とはいうものの、それは決して自慢できるようなものでもない。


「この期に及んで言い逃れか?」


 ハンスの声に鋭さが増す。

 いやでもな、この場合被害者俺だぞ。

 俺が俺の意思で女弄んでやり捨てましたとかいうならわかるけど。


「心当たりがないわけではない。が、酒に薬混ぜられて意識朦朧としてる俺をご丁寧に縛って上に跨った女に関して被害者って呼ぶのは妥当ではないと俺は断言する」

 むしろ俺がヤられてんじゃん!

 男女逆だからまだしもこれ俺が女だったら完全にアウトじゃん! いやそもそも俺が男であってもアウトだと思うわけだが。


 思い当たる事に関しては、それだけだ。他に女とそういった行為をした事はない。

 記憶を思い返すと何というか、とても曖昧なのだが。

 あれは確かハンスと一時的に離れて行動していた時だ。あの当時ハンスは俺に恩を返すとか言いつつ纏わりついてきていたし、それに関して俺は正直鬱陶しいなと思いながら撒こうとしていた。

 あれはそんな、ハンスがいなかった時の話だ。


 小さな宿場町。

 たまたま入った酒場。

 宿も兼ねていたし、他の宿へ移動するのも面倒だったからそこで適当に注文していた俺の隣に勝手に座ってきた女。

 宿の人間ではなかったはずだ。

 思い返せばあの時店にいた客の中で、エルフという事もあり俺の顔面偏差値がずば抜けていたために恐らく女に目をつけられたのだろう。

 あまり飲まない酒を勧められ、しぶしぶ一杯だけ飲んだ。ここで断って食い下がられるのも面倒だと思ったんだったか。仮に毒などが混ぜられていたとしても、魔法で解毒はできるからと気にする事なく俺は女をあしらおうとして酒を飲んで――

 その後、酷く眠くなって早々に部屋に戻った。女はその時点で別れたはずだ。


 部屋に入って、どうにかベッドの上に寝転んで――俺の意識は一度そこで途絶えている。


 次に意識が浮上したのは、薬の効果が切れたのか、それとも酒の酔いから醒めたからなのか。ともあれ、人の気配というか物音で一気に、とまではいかずとも目は覚めた。


 そこで俺は腕を縛られているという事実に気付いた。

 強盗。物取り。その可能性はあった。けれどもまずその相手が先程の女であるという事実に気付いて、他に仲間がいるのではと疑った。けれども。

 徐々に意識がハッキリしてくるにつれて、そうじゃないというのは理解できた。


 聞こえてきたのは泣きながら謝罪の言葉を述べる声。しかしその合間合間で嬌声も混じっていた。

 自分が何をされているのか、理解した時にとても混乱したのを覚えている。


 ベッドに寝ていただけのはずの俺の腕は頭上で一まとめにされて縛られているし、服に関しては全部は脱がされていなかったけれど。

 でも明らかにお子様は見てはいけない展開が起きていたのは事実。

 人間と違ってエルフって別に常時発情してるわけじゃないから、恐らく薬を盛られていたんだろうなと理解したのはその時だ。もうびっくりするほどムラムラしない。前世も割とそういう欲は薄かったけど、それ以上に今世はなかった。仙人かな? ってくらいなかったのにそういう事実になってたって事はまぁ、薬盛られてたんだなっていう結論に至って当然かと。


 俺に跨って腰を振る女を呆然と見ていた記憶はある。

 魔法を使えば女をどうにかできたとは思う。

 けど、嬌声混じりとはいえ泣いて謝る女に対して、俺は確かに困惑していた。泣くくらいならなんでこんな事を……? そう思ったのは確かだ。

 この時点で前世の俺の意識がハッキリしていたら、もっと混乱していたに違いない。いや、今思い返してある意味で驚いてるんだけど。俺の意識がハッキリしてないうちに既に童貞じゃなくなってるとか俺が驚きだわ……

 ともあれ、女のその態度で俺は魔法でぶっ飛ばすとかそういう事も意識の外にいっていて、結局女が行為を終わらせるまでただ呆然としていただけだった。



 後にも先にも思い返してみれば性行為と呼ばれる事をしたのはそれだけだ。


 ルフトが俺の子であるというのであれば、あの女が母親なのだろう。

 一応時期的にも計算はあってると思う。

 だが――


「あの女とはたった一回、その時だけしか会っていない。この日記に書かれている母と父の思い出がもし事実であったとしても、だとすればそれは俺じゃない」


 ルフトの母が語った父との思い出全てが女の妄想である可能性もある。というか、俺以外の誰かを父として見ている可能性も。


 自分の子じゃないけど実の子として育てると言ってくれた度量の深い男がいたとして、そちらと女の思い出話の可能性もあるよな、でもその場合でも俺悪くなくないか?

 というか、本当にその女がルフトの母親かも疑わしい。


 ルーカスと名が出ている時点で、あとルフト自身父親がエルフと言ってたから、何か割と俺がそうって言われるとそういう気がしてくるけど、本当にルフトが俺の子であるかもわからん。


 俺が唯一そういった性行為をした経験談を明かしたら、ハンスはとてもしょっぱい顔をしていた。まぁ、俺がハンスの立場であってもしょっぱい顔する。

 これ俺が娼館とかで女買って、とかいうならまだしもプロかどうかもわからん女に一方的に奪われてるわけだからな、そりゃしょっぱい顔にもなるわ。


「いや、でも、ルフトくん、絶対旦那の子ですよ」


 ハンスの声は先程と比べると鋭さとかそういったものはない。けれども確かにそうなのだと断言される。


「だってルフトくんの顔、旦那そっくりでしたもん……」


 って事はあの女が妄想癖持ちって事か……そんなのに目をつけられたとか考えると今更ながらに軽い恐怖体験だな……

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