表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
61/172

さよなら牢屋ライフ



 さて。

 俺が牢に突っ込まれてから三日が経過した。

 三日。


 その間に誰かが来たわけでもなければ、ここの見張りをしているであろう誰かがこちらの様子を確認するわけでもなく、ましてや捕まえた相手に対してせめて食事とか出すだろうと思っていたのにそういうのを届ける事もなく。


 三日。

 完全なる放置プレイである。


 えっ、これ俺これ怒っていい案件か?


 今のところ暴力をふるわれただとか何か酷い目に遭わされたとかいう事はないけど、でもこれぶっちゃけ戦争で捕虜になった相手より扱い軽くないか?

 放置プレイってどういう事だ。


 捕虜だって粗末だけど食事は出されるぞ。


 まぁ、収納具の中に食料たんまりいれてあるから別に三日くらい放置されたところで飢え死にしそうだとか思う事もなければ、魔法だって牢を破壊しようとしなければ多少は発動する。飲み水を確保する事もしたがって可能。


 まぁでも文句を言いたい部分と言えばトイレだよな。

 これで足せ、とばかりに隅っこに置かれてる壺を使うしかないから使ってるけど、このままずっと放置され続けたら壺の中一杯になるわけで。回収にくるような誰かも来ないからそりゃ溜まる一方なのは当たり前か。匂いを消す魔法を使ってなかったら今頃自分の出したもののにおいで気分悪くなってただろうよ。


 牢を壊す魔法に関しては全く使えないけどそれ以外はどうにかなってるっていう状況じゃなかったらとっくにぐったりしてる。

 壺の中身をどこか別の空間に捨てるような魔法は恐らく無理だ。牢屋の向こう側に出すにしてもこの牢屋に使われてる素材によって阻まれる。

 最悪牢屋内の別の場所に自分の糞尿をまき散らす結果になる。そんな事になったら流石にちょっと……

 いくらもとは自分が出したものって言われても汚いものは汚いわけだからな。


 ともあれ、三日が経過したというのに誰もここに来ない。

 俺の予想では何かこう、ルフトだとかあの皇帝だとかやってくるんじゃないかなぁ、とか思ってたんだけどな。その次にやってきそうなのが、拷問とか好きで牢屋の中にいる奴を痛めつけるのが趣味とかいうクソみたいな監守。抵抗できないようにした俺を容赦なく痛めつけるものだとばかり思っていたが、まずそもそも監守らしき奴も見ていない。


 俺がここに来て最初に向こうに監守とかいるんだろ、とか思ってた場所から漏れていた光はどうやら単純に燭台に明かりを灯しただけのものだったらしく、朝の時点で完全に蝋燭も燃え尽きたのだろう。その次の夜には明かりがつく事もなく暗いままだった。

 いや、監守とかもしかしていないのか……?

 いないとなると最終手段でどうにか監守こっちに呼び寄せて鍵を奪おうとか思ってた作戦はやる前から失敗したことになる。


 ……なんだろう、こういった時に実行しそうな手段を一つ一つ丁寧に潰されている気しかしない。


 俺がどんな不利な状況ですら引っくり返せるような奇策を即座に思い浮かべるような天才軍師とかだったとかいうならともかく、前世では特に何の取り得もない一般ピーポー。転生してエルフになってて長い間生きてるからって言っても、残念な事に前世と知能指数そこまで変わってないとしか思えないのでこの状況を華麗に打破できる案は今も浮かんでいなかった。


 いっそ大声で叫んでみるか……?

 命乞いとかしたらおやおや情けないですねぇとか余裕たっぷりな悪役ムーブかました誰かしら出てこないだろうか。


 というかだ。あの皇帝俺の事確かに餌って言ってたのにその餌放置ってどういう事なんだ。

 生け簀だって一応生きてる間は餌与えて飢えないようにしてるんだが。何も食べないままだと栄養とかなくなるし痩せこければ可食部分が減るわけだしでデメリットしかないと思うんだが。

 鮮度を保ちたいならいっそきゅっと絞めるとかでその場で仕留めて保存とかだと思うんだが。


 いや前向きに俺が食われる方向性を考えてる場合じゃない。


 ぶっちゃけ三日とはいえやる事なさすぎて考える事も何か段々くだらない事ばっかりになってきてる気がする。これはよくない。どうにかしないと。とはいえどうすればいいのかさっぱりだ。



 更に二日が経過して、放置プレイ五日目に突入した。


 おかしくない!?


 牢屋に突っ込んでおいてそのまま放置ってどういう事!?

 服役してる犯罪者とかならともかく別にそうじゃないはずだろ。というか服役してる囚人だって何か労働させられたりしてるはずだぞ。何でこんな放置プレイされてるんだ。


 脱走しようにも牢屋を破壊できる手段も方法もない。これが普通の牢屋だったら地道にスプーンだとかフォークだとかでどっか穴開けようとか思ったけど、っていうかまず武器没収されてないから剣でもってどっか削るように穴開けるべきなのかもしれないけど、多分そこら辺考えてるよな向こうも。


 これはもしかして持久戦かなぁ……と思ったので俺は暇な時間をひとまず筋トレとかスキンケアに費やした。他にやる事ないからな!

 ぶっちゃけ風呂にも入りたいが無いものは無いので魔法で水出して布で拭いてどうにかしてる。


 収納具の中の食料全部なくなるまで出てこないんじゃないだろうな……とか思ってしまったので、食事に関してあとどれくらいもつだろうかと確認してみたが、困った事に数か月は余裕で食べていける量がある。

 何かその頃には向こうも俺の事牢屋にぶち込んだ事忘れてそうじゃないか?


 なんて考えていた時期が俺にもありました。


 牢屋に突っ込まれてから五日目の夜。

 事態は動いた。


 とはいえ、俺が直接行動したわけじゃない。


 いつまでここで放置プレイするんだろうなと思いつつぼちぼち寝るか……なんて狭苦しいながらもそれなりの牢屋ライフを送っていたわけだが、ギィと小さな音がした。

 それは俺がここに連れてこられた時に通った扉が開く音で。


 おっ、もしかして監守か? それとも俺をどうにかしようとするべくやってきた兵士か? なんて思っていたが、俺の予想を裏切ってやってきたのは、


「旦那、大丈夫……?」

「ハンス……?」


 最初は兵士だと思ったのだが、全身鎧の兜を無造作に脱ぎ捨てたそこから出てきた顔は、紛れもなくハンスだった。


「大丈夫、といえばまぁ大丈夫だが」


 食事も何もないとはいえ、武器も道具も何も没収されなかったがために食事は自力で用意できてたからな。


「なら良かった。こっちも旦那が城にいるって聞いてなかったからすごくビックリしちゃった。……何があったか、を今ここで話してる余裕はないか。今、開けますね旦那」

「開けますね、はいいけど鍵は」

「そこにカギ穴がついてるならどうとでもなるってもんですよ……っと」


 監守がいるならそいつが鍵を持ってるだろうけれど、困った事にそういった人物はいなかった。ならどこかに保管されてるとは思うが、まさかその鍵を誰でも簡単に入手できるような場所には置いていないだろう。

 それでもハンスがその鍵を手に入れてきたのかと思いきや、ハンスは針金を取り出してあっという間に開けてしまう。

 魔法でどうにかしようとしても牢には魔法を防ぐ素材が使われている。だからこそ俺からすればどうしようもなかったわけだが、まさかこんな原始的な手段で開くとか思ってなかったな……


 まぁ、仮に俺がピッキングできたとしてもカギ穴がついてる場所は俺がいる牢屋側じゃなくて外側なんで上手く解除できてたかどうかは知らん。どのみち俺にピッキング技術などないのでもしこっち側にカギ穴があったとしても無理だったな。


 あっけない程あっさりと牢屋から出る。


「それでハンス、それは」

「あぁ、ちょっと失敬しました」


 言いつつも流石に全身鎧なんて装着したままは流石に動きにくいものがあるのだろう。遠慮も何もなく外せる部分から外していっている。


「流石に重くてマトモに動くのもやっとって感じでしたからね。悪いけどここから出るのにこれ着たままは無理だわ。帝国兵よくこんなの着て戦えるなって話ですよ。ま、中身がアレならそうかって話ですけど」


 最後の部分を脱ぎ捨てるとハンスはぐるぐると自分の肩を回し、あーしんど……と呟く。


「さて、それじゃ脱出しましょうか旦那」

「あ、あぁ」


 ちょっと待って何か今不穏な単語が出た気がするんだけど、どういう事だ。思わず問いかけたかったが、敵地でのんびり話なんてしてる余裕もないだろうし、今はとにかく脱出する事が先決といえばそうなのだろう。


 研究施設の無効化も何もできていないんだけどな……そう考えると俺何しに来たんだろうね? とっ捕まりに?


「そうだハンス、ルフトだが」

「それもあと」


 まるで既にどういう状況なのか知ってるとばかりにぴしゃりと言葉を封じられた。


「ちょっとここからは時間との勝負なんで、急ぎますよっ」


 言うなりハンスは駆けだした。恐ろしい事に足音一つ立てずに、だ。えっ、俺にもまさかそれと同じ芸当をしろと? やろうと思えばできない事もないとは思うが……


 ハンスのように足音を消したままいきなり駆け出すなんて事は残念ながらできなかったので、最初の数歩は若干音が出てしまったが、それでもどうにかコツをつかんだのでこちらも足音をほぼ消した状態で走り出す。


 捕まってここに連れてこられた時に通った扉を抜けて、すぐ近くにあった階段をのぼる。

 牢屋の格子がついた小窓から見える景色から、ここがそれなりに城の上の方だというのはわかっていたが、だからこそ階段をおりるのだと思えばハンスは当たり前のように上へと進んでいった。


 それに口を出すべきかと思ったが、ハンスだってまさか考え無しに来たわけじゃないはずだ。むしろただ牢屋の中で五日もまったりライフ送ってた俺よりはもしかしたら現状を把握している可能性すらある。

 牢屋の中でただ何もしないまま過ごしたりせずに、ある程度身体を動かしていたのは無駄じゃなかった。じゃなかったら今頃ハンスを追いかけるだけでひぃひぃ言ってたに違いない。


 城の上の方、となると前世も今もぶっちゃけ庶民枠の俺にはよくわからんが、基本的に身分の高い人がいるイメージだ。となれば警備もかなり厳重なのでは……と思うのだが流石に階が違うとはいえ牢屋がすぐ近くにあった場所だ。思っていたより、というよりはむしろ驚くほどに誰もいなかった。


「見張りらしき人物が誰もいないというのも妙だな」

「いるはずがないんですよ」


 先導するハンスの言葉にどういう事だ? と聞きたかったが、走りながら会話とか疲れるしましてや俺はハンスが来る少し前に食事も済ませていた。何が言いたいかというと、走りながら話すと横っ腹痛くなるよねって話なわけだ。

 気になるけれど、とにかく脱出を優先させるしかないか。


 とはいえ、上に行っても果たして脱出ができるのか?

 ハンスは誰もいない通路を足音一つ立てないままに駆けていく。視界からハンスの姿が見えなくなればもうどこにいったか気配でどうにか探すしかなさそうなくらい、静かで。


 更に上の階へと移動して、人の気配も何も感じられないくらいしんとして、なんだかまるで廃墟にでも忍び込んだような気分にさせられる。

 走りながらもハンスはごそごそと何やら懐から取り出したようだ。後ろから見てるだけなんで何となくでしか察せないが。


「角度的に……そこっ!」


 唐突に足を止めたハンスは懐から取り出したパチンコに玉をセットし、俺が何を? と聞く前に速やかに行動に移っていた。



 ゴガァァァァアアアアン……!!


 ハンスが打ち出した玉が天井へ命中したのだろう。やや前方の天井は何かすんごい音をたてて爆発する。

 いや、何の為に足音消してここまで来たんだ。これもう確実に今の音で脱走したのバレただろ。脱走したのバレてなくても侵入者がいますよっていうのは発覚しただろ。


 っていうかそのパチンコから打ち出された玉そこまで大きなものじゃないはずなのに、そんな威力あるの? ヤバくない? 人体に命中したら人間木端微塵になる威力じゃない? え。何。怖。


 天井が崩れて、そこから空が見えた。煌々と輝く月。月明かりであまり見えないが、それでもいくつかは存在を主張する星の輝き。

 天井が崩壊させられたという事実がなければ、まぁとても綺麗な夜空であったと言えよう。


 そして月を背に、何やら黒い影がこちらに近寄って来るのが見えた。


 それは大きな翼をはためかせ――


 キュオオオオオオン!


 甲高い鳴き声が響く。鳥だ。俺が理解した時には餌は人間ですとか言いそうなレベルの大きな鳥は下手したら人間を八つ裂きにできそうな鋭い爪を持つ足で、俺とハンスを掴みあげていた。


「……え?」


 普段はどちらかといえば俺の方がハンスを振り回しているのかもしれない、とか思っていたが今回の事に関しては断言できる。俺今ハンスに振り回されてる――と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ