堂々巡り
人間至上主義を謳う国。
ライゼ帝国。
そういった人間こそが最も優れたる種族である、と謳う国は他にもあるし、そういった国が他の種族の扱いを軽んじる事は多々あった。今反帝国組織として活動してる俺が所属している組織は、もっとずっと前からあったしそういった国で迫害を受けている異種族を助けるための活動なんかもしていた。
別に、自分の種族が一番凄い! と思うくらいは別にいい。
実際にちょっと何か凄い事してどうだすごいだろうえっへん! なんて事を言うのだって別に構わない。
けれどもそれが行き過ぎると、今度は周囲を貶しはじめてしまうのは、どの種族であってもそう変わらないのかもしれない。
何かを持ち上げるのに周囲を貶める真似をするのは、正直争いの種にしかならない。過去にもそういった行き過ぎた結果種族間同士の争いに発展した事柄はそれこそ数えきれない程度には存在している。
ライゼ帝国の人間至上主義もだからこそ最初のうちからそれなりに警戒されていた。
そうして異種族を奴隷に、なんて話が出てきて実際に連れ去られた者が出てきたあたりで、下手したら周辺諸国との戦争も避けられないだろうな……と思われていたのだ。
しかしいざ帝国へ足を運んでみれば、他に存在している人間至上主義国家とはどうにも毛色が違う気がする。
奴隷として使われてるだろう異種族の姿は帝国内のどの町や村でも見かける事はなかったし、帝国の中心とも言える帝都ですら見かけなかった。
それだけじゃない。いくら中心部とはいえ王に該当する立場の者やその下、貴族だけが存在しているわけではない。当然平民も暮らしている。
だというのに、パッと見た限り帝都ではそういった身分の差があるのかどうかもわからなかった。
貴族と言ってもその中にだって位は存在する。平たく下級中級上級、みたいに分ける事もあるが、男爵だとか伯爵だとか侯爵だとかは割とよく耳にする言葉かもしれない。
貴族と一言で言っても流石に全部が全部同じはずもない。
けれども帝都では、そういった差が視覚的にわかるような感じでは一切なかったのだ。
犯罪者に対しても厳しい国だとルフトは言っていたが、それも何やら行き過ぎている気がする。
何とも言えないおかしな部分はまだあるような気がしたが、今の俺には言語化できる感じがしなかった。何か他にもおかしいなと思う部分はあるはずなのに、何というか喉に引っかかったように痞えている。
酔っぱらった男が連れていかれた先の建物から城に繋がってる可能性がある、なんてルフトから言われた時は正直まさかだろうと思っていた。
人間至上主義を謳うわりに、あの酔った男も人間種族なのだから、という思いもあった。
けれども辺境に該当する村でみた光景を思い返す。
人間種族だから安全かと問われると、俺には正直答えられない。
そう。ルフトの言葉通り、まさか本当に城に繋がる通路が存在していたのを発見してしまった俺が、果たして何を言えただろうか。
っていうかマジで繋がってるとかどういう事だよ……
建物の中は石造りで殺風景なもので、そこまで頑丈じゃなさそうな牢屋がいくつか。
この時点でやっぱここ留置所みたいなものかな、と思いはしたんだ。やっぱここで一晩頭冷やせコースってだけだったんじゃないか。そう、思ってたんだが。
見える範囲には先程連れていかれた男の姿がどこにもない。
それどころか見張りらしき者の姿もない。
これがあの酔った男が実は常習犯でそこらに見える牢屋に突っ込んでもすぐに脱走できるような相手だった、って事で奥にあるだろうもうちょっと頑丈な牢屋とかに突っ込まれてるってオチも期待したんだがなぁ……実際は地下に続く通路見つけて、そこから進んでいったら隠し通路を発見。
そこを進んでいったら明らかにさっきまでの建物の中とは違う場所に出ちゃって人に見つからないようにそっと移動していったら、明らかに城だった、って流れがまさに今! なう!
何で城かって、歴代皇帝の肖像画とか飾られてるし内装もあきらかに城っぽいし、これで実は城じゃなくてどっかの貴族のお家ですとかそれこそまさかだろって話だ。
あと警備してる兵士の数がそこそこ多いのも城判定した理由だ。
貴族の館も警備してる人間はいるだろうけれど、精々入口だとかに見張り置くくらいだろう。こんな建物の中を常に巡回して見回ってるようなのが常にいる貴族の館とか、それはそれで何か後ろ暗い事でもあるのか? という気になってくる。後ろ暗くなくとも何かとても貴重な何かがあるのか、と勘繰られるだろう。こんな警備の仕方では。
しかしここが城であるならば、まだわからなくもない。
……あっ、今通り過ぎたのもしかして謁見の間とかそういう……?
ますます城確定だなと思いつつも警備の兵の目を盗んで進む。
目的地はわからない。兵士の目に留まらないように隠れて移動しているわけだし、まずどこか人目につかない場所で一旦落ち着いてこれからの事を考えたいのだが……それも中々に難しい。
「やっぱり城に繋がってましたね……」
「言ってる場合か。これからどうする?」
周囲に誰もいないのを確認してほらね、とばかりに言うルフトに思わず突っ込む。
城に来たのはいい。けれどまさかこんなノープランのまま城に入り込めるとか思わなかったから、現状これからどうする状態なのは言うまでもない。
研究施設がある場所を見つけなければならないわけだが、今通った場所は恐らく城のそう奥とかでもないだろう。謁見の間っぽいのもあった事だし。
「研究施設がある場所はもっと奥の方になるかと思います」
「だろうな。何事もなく行ければいいんだが……」
理想としてはその目的地に辿り着いてそこを壊滅する事なわけだが。
その後無事に脱出しなければならない事も考えるとそう上手くいくだろうか、という気になってくる。
しかしここまで来た以上やるしかない。
合成獣はともかくあの明らか怪しい種は廃棄する以外の選択肢はない。あんなのうっかりそこらに出回ってみろ。お手軽に地獄が形成されるぞ。
合成獣に関してはある程度己の倫理観とか正気度とかないとできない気がするけど、あの種はもっと問題だ。相手が生きてようと死んでようと植えればいいだけなのだから、それこそナイフで刺し殺すよりも罪悪感もなくやらかしてしまえそうなのが何よりヤバい。
そういう意味では武器で例えるなら銃とかそういったものに近い。
鈍器で殴り殺す事よりも、刃物で刺し殺すよりも銃は引き金を引けばそれで終わる。鈍器を伝って自分の腕にやってくる肉を潰し骨を砕く感触も、刃物で刺した時の感覚もなしに殺せる武器と同じくらい気軽にやらかす事ができてしまう物だ。
これが弓矢であれば矢を番えて射るまでの行程で逡巡してしまう時間ができてしまうし、銃よりも葛藤とか出てきそうだからまだしも、あの種は口の中に突っ込むなり傷口に埋め込むなりすればいいだけだ。
これの何が怖いって、その種をそういうものと認識しないでやらかす事ができるって部分がある事なんだよな。
あの種がなんであるかを知った上でやらかすにしても割と気軽にできてしまえるけれど、何も知らない者を唆して実行させることもできてしまいかねないってのが何よりも性質が悪い。
やり方次第で自分の手を汚さずにやらかす事ができてしまえるというのが何より問題な気もする。
ここまで来てしまった以上、せめてアレは廃棄しなければならないなと思うわけだ。
正直一度退いて出直したい気持ちもあるんだが……何より準備不足な気がするし。しかし次もまたすんなり侵入できるかもわからないなら、行くしかない。
実の所見つからないように移動している間、ずっとこんな感じでぐだぐだとした事を考えていたわけだが。
その思考が止まったのは、困った事にいかにもな研究所っぽい場所に到着したからだった。




