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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
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ここにきて手詰まり



 帝国内部の移動をほぼずっと女装したままという冷静に考えて何かの罰ゲームか? みたいな状態も、そろそろ終わりが見えてきたと思いたい。

 そう、見えてきたのだ。帝都が。


 異種族として追われる事もなく普通に移動できていたのでどこかの森とかダンジョンぽいものに身を隠したりすることもなく、移動はとてもスムーズだったからこそなのだが、それでもかなりの日数が経過していた。


 今まではどっかの町とか村とかで潜入して女装してちょっとそこから立ち去ってしまえば元の姿に戻る感じだったんだけど、そういうのができない状態だったからな……

 最近なんかもう普通に化粧とかしてるし胸に詰め物仕込んでるし、当たり前のように日常化しつつあるのどうかと思う我ながら。


 元に戻った時にこれらが生活の一部として組み込まれてたらどうしよ……って割と思う。


 いや、一応自分の性別は自覚できてるから大丈夫だと信じたいんだけど、無意識で準備した時にそういうのがぽろっと出ないとも限らないしな。

 ほら、今まで家族の分も食事作ってたお母さんがお子さんが独り立ちして家を出てった後ついうっかりでいつものようにご飯作っちゃった、みたいなノリで。



 道中トラブルめいた事はそこまでなかった。

 精々魔物と遭遇したことが何度かあるくらいか。


 中には丁度討伐に出てきていた帝国兵と遭遇したこともあったが、そこで特に疑われたりすることもなく、むしろ行き先が同じだったために一緒についてきてくれたりもした。

 ……そこだけ見ると帝国兵とてもいい人……ってなるんだけど、ここでだからといって絆されたりなどはするはずもなく。


 いやだってなぁ……こっち来る前に見た帝国兵とかも思い出すとどうしたってなぁ……?


 帝国兵といえば俺が今まで見てきたのは冒険者風の連中とか、あとはもう全身鎧のガッチガチコーデの奴らばかりだったんだが、その時の帝国兵は全身鎧などではなく軽鎧だった。

 とはいえ帝国の紋章が刻まれた武具を身に着けていたので、こいつらも下っ端とかではないんだろうなと思える。


 こちらが女性の姿であるからか、声をかけてきた帝国兵は親切にあれこれあの村の名産が美味しいとか向こうの町は今度祭りをやるのだとか教えてくれたりもした事もあって、俺もだからつい聞いてしまったのだ。


 以前見た帝国兵の方々と、装備が違うのは何か意味があるのですか? と。

 一瞬だけ空気が重苦しくなった気がして、あ、これは質問まずったかなと思ったけれど、親切な帝国兵はちなみにどういった感じの方を見かけたのかを聞いてきた。だからこそ、俺としても普通にそういった動きやすい装備ではなくもっとこう、移動するだけでも大変そうな全身鎧の方々を遠目でお見かけした事があります、と直接関わったわけではありませんよというのを前面に押し出して伝えた。


 直接関わったわけではないというのが良かったのか、一瞬重苦しくなった空気もすぐに何て事のない感じに戻ったとはいえ、あの全身鎧の帝国兵ってじゃあなんだ、と思ってしまう。

 軽鎧の帝国兵は少しだけ声を潜めて、あまり大っぴらに言えないのですが、と前置いて教えてくれた。


 どうやらあの全身鎧の帝国兵というのは基本的に帝国兵の中でもエリートなのだそうだ。

 エリート、と言われても正直ピンとこない。


 いや、仮にそうだとして、だったらもっとこう、国の象徴とまでいかずとも客寄せパンダみたいに全面的に国民の前に出したりする事もあるんじゃないか? と思ったのだ。

 そうする事で将来は自分もああいう風になりたい、と思わせるようにするように誘導くらいはするのでは、と考えたわけなのだが。

 しかし全身鎧、誰が誰だかさっぱりわからない。

 仮にその中で一番の剣の使い手、とかいうのがいたとしても、まず誰が誰だかわからない。

 鎧は全部同じデザインだし、個別に認識できるかと問われると正直誰が誰だか状態なのは言うまでもない。身長で多少の区別はつけられるかもしれないが、それだってほんの少しだ。

 体格……例えばめっちゃ痩せてるとかめっちゃ太ってる、とかの幅で見分けをつけようにも、それだけでハッキリとこの人だ! と分かるほど特徴的なやつはいなかった。少なくとも俺が今まで見てきた奴は。


 どちらかといえばこっちの軽鎧の帝国兵の方が動きも身軽そうだし顔もハッキリ出ているしで、こういった相手が活躍した場を見れば帝国内のお子様が将来自分も帝国兵になるー! とか言い出しそうではある。


 正直あの全身鎧の帝国兵がいくらエリートであったとしても、ずらっと並んだ光景を見てもきっとカッコイイとか思う以前に威圧感しか感じられない。

 お子様が憧れて将来のなりたい職業として選ぶ感じではない。


 戦隊ものとか変身ヒーローもので素顔を隠すタイプのやつに憧れを抱けるタイプならもしかして、というのもあるけれど、この世界にそんな日曜の朝にやってそうな戦隊ものとか変身ヒーローものとかないからね!

 というかまずテレビがないわけで。


 ともあれ軽鎧の帝国兵が言うには、あの全身鎧の帝国兵はエリートで、それでいて精霊の加護を得ているらしい。

 貴方は加護を得ていないのですか? と問えば加護を得る事など無理なのだとか。


 どうして、と深く踏み込んで問いたかったがその言葉と表情から、何だかこれ以上踏み込んではいけない気がして聞くに聞けなかった。


「まぁ、オレたちは雑兵みたいなもので、向こうは騎士だからな」


 そうぽつりと言われ、あ、あれ騎士だったのか……と内心で思う。

 いや待って。騎士がわざわざ辺境に出向いてあんな地獄を形成してるの? そういうのって普通下っ端とかの役目じゃないの?

 何かもう俺の常識というか知識がおかしいのかな……前世の漫画やゲームで得た知識とかもあるからそこから間違ってんのか……?

 ともあれ帝国がよくわからない。


 そうこうしているうちに、帝都に到着した。


 帝国の中心部と言ってもいい帝都なだけあって、途中滞在した大きめの街などとは比べ物にならない……が、妙な威圧感すら漂っているように感じられるのは俺が異種族だからだろうか。

 明確にというわけではないが、何というか暗に拒絶されているような空気があるような気がしてならない。


 道案内をしてくれた軽鎧の帝国兵たちと別れ、まずは宿をとる事にする。


 帝都は広いがあまり人の出入りが多くないのか、宿はそこまで多くなかった。

 それでも他の街からやってくる貴族のような身分ある立場の人がとるような宿から、行商人、冒険者といった者たち向けの宿がないわけでもない。


 ないのは俺が前世の記憶をしっかり取り戻す以前に、かろうじて雨風をしのげるかなー? といったおんぼろ宿くらいだろうか。流石に帝都にそんなのがあったら景観的に問題があるのかもしれない。

 まぁ……あったらあったであまりのボロさに逆に目立ってしまいそうだな。仮にも皇帝のお膝元、と考えるとそんな悪目立ちする建物があるのは不都合って事か……



 値段は気にせず防犯面もしっかりしてそうな宿を選び、そこで部屋を二つとる。

 ここが異種族を奴隷として扱おうとか考えてる国じゃなければ、ゆっくりと観光に洒落込みたいなと思える街並みなんだがな……


「それにしても……異種族の姿を全くといっていいほど見かけないな」

 窓から見える街並みを眺めつつも、ずっと思っていた事を呟く。


 他の町や村でも異種族らしい異種族は全くといっていいほど見かけなかった。

 排他主義であればそうだろうなとわかるのだが、異種族を奴隷として扱うとのたまってる国だ。大半の異種族がこの帝国から脱出したとしても、全くいないというのもおかしな気がする。

 前にも他の場所でそんな事を考えた気がするが、その時はたまたまだろうと思っていた。表で見る事はなくとも裏側で存在しているのだろうと。


 奴隷として扱うとかのたまってるんだから、てっきりそこら辺で鎖に繋がれてるとか足枷つけて歩かされてるとか、一目で奴隷として扱われているのがわかるような存在がいるものだと思っていたが、一切見かけていない。例えば人目につかない裏側で労働させられていると考えても、そういった感じじゃないのだ。


 今まで立ち寄った人里でもきっと人目につかない裏側でこき使われてる異種族がいるのでは、と思っていたのにそういった気配が全くない。

 宿に泊まった時だって、掃除とかそういった雑用をさせられている異種族というのは見かけなかった。普通に宿の人間が掃除していたし、料理も作っていた。次の場所へ移動する前に他にもそういった奴隷がいそうな場所を覗いてみた事もあったが、俺が予想していた光景は一度たりとも見かけていない。


 ここまで来ると逆に不自然だった。


 フロリア共和国でも異種族が捕らえられて帝国に連れ去られてしまったという事はあった。

 ある程度は阻止できたと思うけれど、自分がいない遠くの町や村でそういった事が行われ、組織の連中の救助も間に合わないような事というのは残念ながら何度かあったはずだ。だからこそ帝国に異種族が全くいないというのは考えにくい。


 ……考えたくはないが、もしあの辺境と帝国が見ていた村で行われていたような事が既に実行されていたとしたら、異種族が見えないのもだろうな、と思わなくもない。考えたくないけど。


 あとで隣の部屋にいるルフトにでも聞いてみるか……と思っていると、唐突に外が騒がしくなる。

 窓から見える通りで、何かをやらかしただろう男が警備兵らしき者に引きずられていくところだった。

 男の叫びは何やら支離滅裂で、ひょっとして酒でも飲んで酔っているのだろうか、と思えるようなものだ。所々呂律が回っていない。

 軽鎧の帝国兵とはまた違うものの、自警団とも違う雰囲気の武装した連中に連れ去られていくのを眺める。


 動きからしてそれなりに訓練を受けた感じの動きなので、あれも帝国兵なのだろう。


 軽鎧の帝国兵から聞いた話から察するなら、恐らくは階級ごとに装備が違うとか配属先で装備が違うとかそういう感じなのだと思う。

 バン、と勢いよくドアが開く音がした。

 俺のいる部屋ではない。隣の部屋だろう。


 俺がとった部屋は真ん中で、片方はルフトがいるが反対側は知らない誰かの部屋だ。

 帝国に戻る事そのものは仕方ないと思っているにしても、目立つ行動はしないようにしているルフトが乱暴にドアを開け閉めするとも考えにくい。

 だからこそ、反対側の知らない誰かだろうと思っていたのだが。

 パタパタと廊下を駆ける音がして、それもすぐに聞こえなくなる。


 何となくそのまま窓から外を見ていると、とても見覚えのある後ろ姿が宿から出てきたのが見えた。


「……ルフト……?」


 え、じゃあさっきのちょっと乱暴に開けた感じのドアの音と廊下を走っていった音もあれルフトか……?


 魔法で髪が黒くなっているとはいえ、それ以外のほとんどは変更していないルフトを見間違えるはずもない。先程連行されていった男の後を追うように走っていくルフトを見て悩んだのは一瞬だった。


「どのみちここで大人しくしてても何もわかるはずもないしな……」


 帝都まで来た。それはいい。けれどこれから先どうするかは全くといっていいほど何も考えていなかった。

 あの種を作ってるであろう研究施設とか、合成獣に関する施設とか、そういったものがわかりやすく存在していればまだしもそういった感じでもない。

 異種族がいるのであればそちらから情報を得る事も可能ではないかと思っていたが、驚く程に見かけられない。


 帝都の人間に聞き込みをするしかないわけだが、下手に踏み込み過ぎれば不信感を植え付けかねない。こういう時こそハンスの出番ではと思っていたものの、肝心のハンスはミリアと一緒に未だ合流できてすらいない。


 ここまで来ておきながら、ここから先は全くといっていいほどどうするべきか決まっていなかった。


 であれば、何でか行動に出たルフトを追う事にした方がいいだろう。

 部屋を出て宿の出入り口へ行くのももどかしいが、だからといって窓から飛び降りるわけにもいかない。


 幸いにも部屋をとってから特に服を脱ぎすてたりだとか、変装をやめたわけでもないのでこのまま外に出て急げば追いつくだろう。



 そういうわけで俺はルフトを追う事にした。

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