改めて考えたところで駄目なものは駄目
はい、そういうわけで村だった場所で堂々とテント設置して野宿するのはちょっと気持ち的にもどうかと思ったのでそこから少し離れた場所、具体的に言うならルフトが吹っ飛んでったあたり――で野宿を開始した俺です。ルフトは骨が何本か折れてたみたいだけど魔法で治したので今は元気いっぱいです。魔法って便利ね。
いや、確かに便利だけどだからってまた骨折れるような怪我をしても大丈夫☆ とかは思えないわ。痛いもんは痛いし。そう考えると昔の少年漫画で七つ集めたらどんな願いも叶うとかいう作品で、死んでもまた生き返れるとか言っちゃった主人公さんすげぇなと思うわ。
寿命でぽっくりとか寝てる間に一瞬苦しんでぽっくりとかならともかく、それ以外の死因だと生き返れるって言われてもまたあの痛みを体験したら……とか普通考えるような気がするしね。
肉体的ダメージをものともしない戦闘民族って凄い。俺そういう種族に転生してなくて良かった。
そういう種族に転生してたら間違いなくおちこぼれてたわ。主人公も同じおちこぼれ枠だったみたいだけど間違いなく俺なら最初から最後までおちこぼれ。それどころか完全なモブに徹していた。
異世界転生したけど知ってるゲーム作品とか漫画作品とかともかく何か前世で知ってる話とほぼ同じ世界に、みたいなやつじゃなくて良かった。特にバトルもの。
まぁそれはそれとして俺が今こうしている世界も割と大概だけどな。
「大丈夫か?」
「え? あぁ、はい。それはもう」
倒れていた時に仮面外れてたらどうしようと思っていたが、ルフトの仮面が外れたりしていたなんてハプニングもなく、どころか普通に吹っ飛んでいってそこから更に受け身もとれないまま地面に着地して転がってったせいで全体的にズタボロだったので多分仮面が外れてたとしてもそれどころじゃなかったと思っている。
今は魔法で服も綺麗にしてあるけど、見つけた時は酷かった。
骨が折れて、それが内臓にちょっとダメージを与えてしまったのか血を吐いてたし、ろくに身動きも取れなかったみたいだし。即死してなかったのが奇跡みたいなものだった。
恐らく無意識だろうけど、咄嗟に身体を魔力で覆ってガードしていたんだろう。じゃなきゃ間違いなく死んでる。
こうして考えてみると、あの吊り橋でミリアとハンスと別れてしまっていたのは正解だったかもしれないと思えてくる。
ミリアはまだいい。鳥精霊がいるからいざとなっても身を守るのは可能だ。
けれどハンスは。
もしあの突進をハンスが受けていたならば。まず間違いなく死んでいたと言える。
案外悪運が強いハンスだからもしかしたら生きてる可能性はあるけれど、それでもルフトよりももっと酷い怪我を負っていたに違いない。
これは……思った以上に帝国内での行動は厳しいかもしれないな。
俺の場合は何故か存在を知られているようなので余計に身動きがとりにくくなっている。もしその事実だけでも知っていたら、ミリアは俺たちで潜入しようなんて言い出さなかっただろう。
ひとまずはテントを設置して、焚火を熾してそこで簡単な料理を作って食事を済ませる。
正直食べる気分ではなかったけれど、食べなければいざという時力も出せないだろうからな……ちょっと具合悪いから家の中で大人しく寝てる、とかいう方法が使えない状況下だ。最低限食べられる物を口にしておかないと、本当にいざという時に困るだろう事は考えるまでもない。
ルフトも似たようなものだったようだが、俺がそれでも無理にでも食べているのを見て同じように少しずつではあるが食べていた。
ヒキュラ洞窟の中にいた時はそもそも時間の感覚がなくなりかけていて、何となくお腹空いたら休憩の時に何かしら食べるようにしていたし、疲れてきたらとりあえずここで休もう、みたいにしていたけれどそれでも実際に洞窟の中にいた時間と体内時計が狂って一致していなかったせいで、二週間ほどいたわりに食事と睡眠をとった回数が普通に二週間生活する時より少なかった。
だからこそ、外に出てからはなるべく調子の狂った体内時計を元に戻すようにしつつ休憩はしっかりとるつもりだったんだが……初っ端からこれでは先が思いやられる。
せめて、人里でマシな宿でもとる事ができていれば良かったんだが……
俺の事が知られているのであれば、下手に人里に近づくのは危険かもしれないな……
「聞かないんですか」
「何をだ」
どうにか食事を終えて、特にする事もなくぼうっと焚火を眺めていたルフトが口を開く。
「何、って……いくつかはあるでしょ」
「あー……こたえてくれるのか?」
「話せる範囲であれば」
自分の中であれこれ考えていたせいで、ルフトが何を思ってそんな事を言ったのか、すぐに気付けなかった。
けれども確かにそうだ。ルフトは帝国出身だ。本人が不本意であると思っていたとしても事実としてそうなのは確かなのだから。
「じゃあまず。あの村で起きていた事、あれは?」
思い返せばルフトはあれが何であるのかを知っているようだった。
だからこそ俺が動こうとした時にそれを止めるようにしていたわけだし、知らないでやったという事もないだろう。
帝国兵たちは間違いなく村の人間に何かをしていた。その何かがわからないのだが……
「テオの館であった出来事と似たようなもの、と言えばわかります?」
「……合成獣? しかしこの村で起きた出来事は」
「ギムレー博士が追いやられた後、勿論その後釜におさまった人がいるわけです。名前は知りませんけど……彼は確か、わざわざ別の生物のパーツを寄せ集めて作るのは効率が悪いと言っていた」
「言ってる事はわかるけど、何というか理解を示したくない話ではあるな」
これが例えば一部だけ悪い状態の健康な人と、一部分だけはどうにかなるけどもうそれ以外がどうしようもなくなってしまった人、という組み合わせで臓器移植とかいうのであればわからなくもない。
けれどあのテオの館で見た合成獣に関しては、何か適当なパーツを適当に組み合わせたらどうなるんだろう、みたいな好奇心があったかもわからない、単純に嫌がらせでやりましたと言われた方がまだわかるようなものばかりだった。
強い動物同士を掛け合わせて、とかそういう感じですらなかった。
正直人間が嫌いだからより一層苦しめようと思ったのとついでに好奇心を満たそうとしていた、とか言われたら確実にだろうなぁ、と納得していた。
「後任が合成獣が非効率的だと言ったとして、それでじゃあもう開発しません、とはならないんじゃ?」
倫理的な意味で言えばそれでハッピーエンドだと思うのだが、帝国のそういった研究をしていた側からすればそういうわけにもいかないだろう。
そこでじゃあやめまーす、なんて事になれば、今まで犠牲を出してしまった分の損害や、それらの研究にかかった費用、それ以外の何もかもが無駄になってしまうだけなのだから。
「えぇ、ですから、別の方法を作り出したんです」
ボクも前に一度見た事があるだけなのですが、と前置きしてルフトは語る。
「どうやったかは知りませんけど、魔素を集めてそれらに色々なものを付与した種を作ったんです、その後任は。そしてそれを摂取させた苗床から、新たな魔物を生み出す。それらをさらに改良して合成獣にする場合もあれば、そのまま使役する事もあるのだとか」
そういや何か村人に与えてたな、と思い返す。つまりはそれがそう、という事か。
「人に与える意味は?」
「さぁ? 普通に畑に蒔いて出てくるものなのかもしれませんが、人でそうした方が使えるものが生まれる、とかそういうのがあるのかもしれません。生憎そこまではボクには」
だろうな。
これで詳しく知ってたら逆になんでそこまで詳しいのか、となってしまう。
「だが、帝国の民を犠牲にするのはどういう事だ? そんな事をしていたらむしろ反乱が起きるのでは」
人体実験をするにあたって、そういう時ってまず死んでも問題のない奴、例えば犯罪者とか、から使うにしてもだ。先程の村の住人が全員殺されて然るべき存在だとは到底思えなかった。
俺が見た時には既に生き残っていたのは極僅かだったものの、それでも何の変哲もないただの村人にしか見えなかった。
「昔はこのあたり、帝国じゃなくて別の国だったんでしょう? では、今帝国の領土となっていても帝国の言い分として、彼らは帝国民ではない。そういう事なんだと思いますよ」
なんだそれ。
いや、これっぽっちも理解できない、とまではいかないがそれにしてもだ。
じゃあ仮に、帝国が反帝国組織を打ち破ったり周辺諸国を手中におさめたとして。
最終的に世界全部を手に入れたとして、それでもまともな帝国民として認められる存在は限られた極一部という事でしかありえないわけで。
帝国以外の国から見るヒエラルキーとしては人間か異種族かの違いくらいだろう。まぁその中でも人間の中でまた階級とかありそうではあるが。
だからこそ、今の所はそこまで大っぴらに問題になっていないわけだ。事態を重く見ているのは異種族が多く、他国の人間からすれば仮に帝国が覇権を握ったとしても自分たちにそこまで害はないと考えているだろうなと思える部分はそれなりにある。
けれども実際のヒエラルキーは異種族が下にあるのは当然だろうけれど、帝国民以外の人間も異種族とそう変わらない扱いを受ける可能性が高い。
実際先程の村の人たちの事を思い返せば否定できる要素は少ない。
人間至上主義を謳う時点でどうかと思うが、恐らく周囲が考えているより帝国、ヤバい所なんじゃないだろうか。
「それに、帝国中心部でそんな事があれば間違いなく騒ぎになりますけど、こんな外れの場所でそんな事が起きたとなっても……果たしてどれだけの人が気付けると思います?」
……そういう事か。
帝都を中心としてそんな事があれば確かに阿鼻叫喚の騒ぎになってもおかしくはないが、元は別の国だった場所にある町や村はある意味帝国の外れ、辺境と呼ばれてもおかしくはない。フロリア共和国側ギリギリに位置しているにしても、山や森、川なんてもので区切られて簡単にそちらへ行けない場所で騒ぎが起きたとしても助けを求めて逃げるのも難しい。ましてや帝国兵は逃がすつもりなどさらさらないだろう。
そうして辺境で魔物として発生したそれらが逃げるように山や森、川の方へと移動して境界を越えて向こう側の国へ行けばそれはそれで帝国側の思い通りという事か。
人間至上主義という帝国の指し示す人間は、帝国の中心にいる存在だけを指している可能性がとても高くなってきた。とんだ選民思想だよ。
ギリ貴族あたりまでは人として認められてるかもしれないが、最悪平民は例え帝都に暮らしていても人間扱いされるかどうかが微妙なところだ。
……もしかしてアマンダは。
帝国へ潜入したアマンダは、先程の村のような有様を目撃したのかもしれない。
同じ人間であるはずなのにあのような目に遭わされるのであれば、それは確かに混乱もしよう。
混乱するだけで済めばいいが、彼女は確か旗色が悪くなったら向こうに鞍替えするつもりもあったような事を口にしていた。だが、向こうについたところで行きつく先がアレ、と考えればどう足掻いてもロクな事になるはずもない。
異種族であれば奴隷として。人間であれば魔物を生み出すだけの素材として。
そんな扱いをされるとなればそれは確かに異種族でも人間でもいたくないと思うのは当然の流れかもしれなかった。
唯一安全な立場なのは、どう考えても帝国内の貴族あたりから、となれば他国の人間で身分もそう高いわけではないアマンダなどはどちらに転んでも最悪の展開が待っているだけだ。
いや、うん。
改めて考えると、マジで帝国ヤバいところだな……?