一応こいつは相棒です
ところで朝起きて若干皺になった服を魔法使って何事もなかったかのように戻した事に関して、やっぱり魔法って便利だなーと思うと同時にそんな下らん事にいちいち魔法使うなよって自分で突っ込みを入れたわけだが。
こんなしょーもない事にまで力貸してくれるとか精霊寛大すぎんか?
大丈夫? この世界何気に精霊によってダメ人間量産されてたりしない??
とか思ったけど、ある意味魔法ってギャンブルみたいな部分あるんだよな。
前は力を貸してくれた精霊が次もいるとは限らない。何せ精霊はそこらを好き勝手移動して漂い揺蕩いしてる存在だから。
なので前は使えた魔法が不発に終わる、なんて事もあり得る。
そう考えるとこんなしょーもない事にホント魔法使ってごめんな? って気が余計にするわけだが、やっちまったものは仕方ない。
色々テンパっていたので次からは気を付けようと思う。
ところで今世の俺が反帝国組織に所属しているという事実は昨日の時点で確認済みなわけだが。
俺が着ている服を姿見で確認して、え、これ、ホントに大丈夫か……? という気が凄いするんだ。
軍服。
えっ、こんな堂々と目立つ服装だったの俺!? と昨日はそこまで気にしてなかった部分に目がいったわ。
昨日はあまりそっちに注目してなかったけど、何か学生服っぽい感じだなとか思ってただけだったんだよ。前世の自分中学も高校も制服はブレザーだったから、学ランタイプの服とかちょっとした憧れもあったんだよ。だからあまり気にしてなかったともいう。
しかしこうして朝起きて冷静に確認してみれば、これ、目立つのでは……? という気がしてきた。
ライゼ帝国がある大陸で、そこと対立してる組織の制服みたいなものを着て行動するのって、私は敵ですよ! って全力で宣言してるも同然なのでは……?
いやあの、真っ向から勝負するみたいな所ならそれはそれでわかりやすいんだけど、俺一応情報収集メインなんだよな? スパイとかそういう感じのやつなんだよな?
こんな見た目で主張したら駄目なのでは!?
もっとこう、見た目地味に目立たずどこにいても不自然じゃないくらいの一般市民くらいの見た目でいるべきなのでは……あ、いや、俺の美貌がそれを許さないか……エルフ、見た目、大体整ってる。
くっ、つまりどう足掻いても目立つなら今更だろみたいな感じでこの服着てるわけだな!?
むしろホントこの状態でどうやって情報収集とかやってたの!? ってなるんだが。
まぁ……うん、多分アレだろ。他のお仲間からもらった情報とかでもって異種族解放とかやってたんだろきっと……一応記憶の片隅に何かそういう感じの光景もあったし。
実の所荷物の中には軍帽もあったんだが、移動中にうっかり落っことしそうだという理由で荷物の奥底にしまい込まれていた。気持ちはわかる。風が強い日とかじゃなしに、戦闘中とか絶対落っことすだろってなるからな……
軍服だと思わなければ時代考証的に大正あたりの学生さんを想像してたわ……大正時代にエルフいないから瞬時にその可能性潰えたけど。
ちなみに俺の見た目からして荷物どこにしまっとんねん、って話だけど、マントを留めてる部分の石がそれ。見た目綺麗な宝石だと思ってたらまさかのアイテム収納庫。これも魔法の力によるものなんで、ファンタジーってすごいなぁという他ない。しかもどうやらこれ精霊の加護がついてるらしいので、仮に盗まれても俺の手元に戻ってくる仕様らしい。便利だけど、なんか実はとんでもない物を持っているのでは……?
俺の持ち物の中で一番高価なの間違いなくこれでは……?
ともあれ色々と現状把握に努めた結果、いつまでも宿の一室でごろごろうだうだしているわけにもいかないなという結論に辿り着く。
正直自室に引きこもりたくはあるけれど、何せこの世界の俺には家がない。自室とか夢幻のごとくなり! っていうくらい遠い存在なんだわ。根無し草にも程がある。
いやうん、本当に、もっと早くにあっ、転生してるわ! って思い出せていればな……今までの俺何となく違和感あるなと思いながらも流されるままに生きてきましたって感じだったし。
身支度はすっかり終わっているので一先ず荷物まとめて……つっても壁に立てかけておいた剣くらいしか持つものないんだが、部屋を出る。それ以外の荷物は身に着けてあるといっても過言ではない。
今までは何かもう雨風しのげればそれでいいです、みたいなボロい宿ばかり選んでいたけれど今回はちょっと落ち着いてあれこれ考えたかった事もあって、今までの宿とは全く別の、そう、一階に酒場と兼用された食堂がある宿屋を選んだ。
いや、こういう宿屋って泊まった事あんまないけど案外どうにかなるものだな……前世は温泉宿とかはたまに家族で行った覚えはあるけどああいった観光地の宿屋とはまたこっちの宿は全然違うものだし。
とりあえず食堂に行って、メニューから適当に注文する。メニューを見る限りここで出される食事は家庭的な感じのものが多い。
少し待たされた後で出された料理を食べ始めていると、ドバンと大きな音を立てて宿の扉が開かれた。あまりの音の大きさに思わずそちらへと視線を向ける。
借金取りか地上げ屋だと言われても違和感ないくらい大きな音を立てていたので、扉が蹴破られでもしたのかと思ってしまったが扉はちゃんとくっついたままだし壊れてもいないらしい。
きゃあ、という小さな悲鳴とちょっと、と何かを咎めるような声がしたものの、やってきたであろう誰かは意に介する事もなくずかずかと踏み入ってきたようだ。
生憎俺がいる場所からは見えないので音だけで得た情報だ。
その足音はこちらへと近づいて――
「旦那ぁぁぁぁぁああああ! やっと見つけましたよおおおおお!」
何かすっごい勢いで俺の足下にしがみついた。
……え? 何事?
「――なんなんですか今までとは全然違う宿とるとか予想外もいいとこですよおかげでこっちが探すのにどれだけ苦労したかと……聞いてます旦那ァ!?」
いやうるっさいな。
とは思ったものの、口の中に食べ物入ってるからもぐもぐしつつ迷惑だろ、とばかりに視線を向ける。
俺を旦那と呼んで縋りついてきたこいつは、落ち着いて見れば見覚えがあった。
名をハンス。反帝国組織に所属している人間で、俺のサポート役とかまぁそういった役割で共に行動している相手だ。
人間至上主義を謳うライゼ帝国に反抗の意を示す反帝国組織に所属しているのは当然ながら人間以外の種族が多い。とはいえ、人間もいないわけではない。
こいつは確か――ちょっと前に助けたんだったか。そしたら懐いてついて回って、反帝国組織に仲間入りしたんだったか。
もうじき三十になる年齢なんだし、わざわざ反帝国組織とかに入らんでもどっか適当な場所で幸せに暮らしていれば良かったのでは……と思ったが、本人が好きで選んだ道ならば何も言うまい。
そういや旦那が一人で知らない場所で死ぬかもしれない事を考えたら幸せになんてなれるわけないでしょーが! なんて言ってたっけ。案外義理堅いなこいつ。助けたのは確かこいつがまだ小さい頃だったのにそれから十数年、よくもまぁ……人生棒に振ってるんじゃなかろうか。
とはいえ本人の強い意志があるので俺もあまり無茶は言えない。
言わないかわりに危険な場所に行く時はさっさと先進んでおいてったりしてたな。一緒に行くよりはそっちのが確実にこいつが危険な目に遭わないだろうと思っての事だが、何だかんだこいつはついてくる。うん、なんてとてつもないガッツの持ち主よ……
「もう旦那に今更言っても聞いちゃくれないと思ってますけどねぇ、それでも言うしかないわけですよ。こないだなんて置いてかれた後どうなったと思います!? あの後ジャスミンちゃんはどこだとかまるでオレが誘拐したみたいな言われ方されたんですからね!?」
流石に押しかけてきて何も注文しないのも迷惑だろうと思ったのか、ハンスは頼んだ料理の皿からひょいひょい摘まみながらもこちらに対しての文句は止める気配がない。
いや、口を閉じれば多分店の迷惑にならないんじゃないかなと思うんだけど、これは今俺が余計な事を言うと余計火に油注ぐ感じのやつだ。
ちなみにジャスミンちゃんというのは俺が前の町で潜入した際に女装して使った偽名だ。
案外バレないものなんだよな、女装。俺の身長、女性でもまぁいないことはないな、と思える程度の身長だし体格も男としては困った事にあまり筋肉がついてるように見えない華奢……っていうかもやし体型、顔はエルフなんで言うまでもなく、ちょっと頑張って女装してみたら割とガチで美人なのが笑えない。
実を言うと荷物の中には女装道具一式が入っているのも笑えない。女物の服が何着かと、装飾品。ついでに化粧道具まであるときた。
……俺は一体何を目指してどこへ行こうというのだろうか……?
いやまぁ使える手段は使うけども。こんないかにも軍に所属してますみたいな見た目より女装の方はそれはそれで目立つけど軍服ほどでもないし。時と場合によっては軍服じゃない服着て行動する事もあるけど、なんていうのかな……機能性とか防御力が違うんだよな……前にそこらの村人とそう変わらない服のまま戦闘になった事があったけど、終わったあとはまぁ酷いもんだったからな。服びりびり。
ハンスの愚痴を聞き流しながら、食後の温かいお茶を啜る。今までの経験上そろそろ愚痴も終わるはずだ。
「ところで旦那、上からの鳥が次の目的地だって指示書届けてきたんですけど」
あ、愚痴終わったな、とか思ってるとハンスは懐からその指示書とやらを取り出して見せた。
「ティーシャの街で行方くらましたアマンダってのを探せ、ですってよ」
指示書にはアマンダとやらの特徴らしきものが記されているものの、詳しいとは言い難い。
とりあえずティーシャの街ってのはここからそう遠くないし、近くにいる奴に指示出したってだけなんだろうな。
「そうか、じゃあ行くかハンス」
食事も終わったし、さっさと席を立って会計を済ませる。
零れ落ちそうなくらい目を見開いてこっちを見ていたハンスは、俺が宿から出る直前になってまたもや叫んだ。
「だ、旦那がオレの名前呼んだぁぁぁぁぁああああ!?」
いちいちうるさい奴だな、と思ったが、言われてみれば今の今までこいつの名前呼んだ事なかったかもしれないな、と思い出す。
……前世の俺の自我がはっきりくっきり出る前の俺、ホントどうやって周囲のやつらとコミュニケーションとってたんだろうか……思い返してみてもいまいちよくわからなかった。