着実に進んでいる
さてそういうわけでヒキュラ洞窟ではあるが。
正直洞窟内では特にこれといった事がなかったのでそこら辺は割愛させていただく。
途中でちょいちょい魔物と遭遇したし、分かれ道でちょっと悩んだりもした。
魔物に関しては俺たちからすれば難なく倒せるものだったので苦戦も特にはしていないし、分かれ道に関しては精霊に尋ねたりもした。
思っていた以上に順調で、だからこそ特に語るような事はない……のだが。
強いて言えば長い。進んでも進んでも終わりが見えない。
洞窟内は暗く、魔法で明かりを灯しながら進んでいったわけだが、まぁ長い。一度に洞窟全体を照らそうなんてしたらどれだけ魔力が消耗されていたことやら……いや、それ以前に精霊がそこまで手伝ってくれないかもしれないな。通路自体は横に三人並んで歩くのがやっと、といった広さなので、魔物が出てきた時は立ち回り方に気を付けないと通路に引っかかって身動きが取れないなんて事もあるわけだが、幸いな事にそう強い魔物は出てこなかったので俺が最前線に出て後ろからハンスがパチンコで、ミリアが魔法で援護してくれればどうにかなった。最後尾は万一分かれ道の方から他の魔物が来た時の事を考えてルフトに任せてある。ルフトは魔法が使えないと言っているので必然的にそうなった。
できればある程度の範囲は照らしておきたかったが、結構な広さの洞窟であるという事が早々に判明してしまったので魔法で作った明かりは俺を中心とした周囲に飛ばしてある。少し先はどうにか見えるがその程度だ。遠くに飛ばす明かりならそれなりに明るくしても問題ないが自分たちの周囲にとなるとあまり明るすぎてもよろしくない。
最悪眩しさに目が! 目があああああ! ってもんどりうつことになりかねないからな。流石にこんな場所で自滅とかシャレにならない。
進んでも進んでも終わりが見えないし、どんどん疲れてくるしで途中分かれ道の先が行き止まりになっていると精霊に教えてもらった場所を確認して、そこそこの広さがあったからテント出して休憩した。
見張りに関しては精霊に頼むという普段の野宿と大して変わりはないけれど、場所が場所だ。外なら魔物が出ても戦うなり逃げるなりできるけれど、洞窟の中、それも行き止まりでとなるともし魔物が来た場合逃げ場はない。
とはいえ通路で交替しながら休むのもどうかと思ったのでそこはもう仕方がないと割り切った。
魔物が出たら倒すしかない。幸いそこまで強いのと遭遇してはいないし、どうにかなるだろう。通路だとテント設置するにはちょっと微妙だったから仕方ないよな。
とはいうものの。
洞窟の中。昼も夜もわからん状態なので寝て起きても朝なのかまだ夜なのかもわからない。
魔物の強さはそうでもないし他の連中も帝国に行くとなればここはそれなりに使えるのではないかと思ったが、ちょっと考えを改めるべきかもしれない。
今の所俺たちも命の危険を感じたりはしていないが、正直終わりが見えてこないのが一番きつい。
外なら太陽や月で昼夜の確認はできるけれど、洞窟の中ではそれがない。
行けども行けども魔法で明るくしていなければ暗闇が続くので、景色がほぼ同じ。
外ならまだ変化もあるだろうけれど、これは……正直途中でメンタルにきそうな感じがする。
少人数で立ち入ろうものなら早々に気が滅入ってそうだな。
仲間がいるならまだ話をして一人じゃないと確認できるけれど、これ単身ここに来てたらもしかしたら途中で発狂してるんじゃなかろうか。うわ、怖。
ちなみに分かれ道があるたびに精霊に道を尋ねていったので今の所さんざん進んだ挙句行き止まりでした、なんて事にはなっていないがそれでも。
気持ち的にはもう数日ここで過ごしてる気がする。
まぁ、他のルートだと数か月かかったりするからな……ここも一日二日で行けるとは到底思ってないけど。
洞窟に入ってすぐの時は帝国行くならアジール大森林だとかメレーベ湖とかよりここのがマシかなとか思ってたけど、もしかして向こうの方がマシだったかもしれない気がしてきている。
もうね、明かりで照らしてるからまだ進んでるのわかるけど、もし明かりがない状態だったら真っ暗過ぎて本当に進んでるかどうかも疑わしくなってくるレベル。
あまり音をたてるのも魔物が近よる原因になるだろうから、と会話も最低限にしていたんだけど、これはまずい。何か気付いたら仲間いませんでした、とかはぐれてても気付けない可能性が出てきたし何より気分転換になりそうなものは他者との会話くらいしかない。
俺以外の連中もそう思ったのだろう。
途中からはそれぞれが思いついた適当な話をするようになっていった。
とはいっても大体ハンスとミリアが喋ってるというのが実際のところだ。
そもそも俺は一体何を喋れと!? となってしまうし、ルフトも似たようなものだろう。
ハンスやミリアは単なる世間話であってもそこそこ話を膨らませていけるようだが、俺は何かうっかり余計な事とか言わないかちょっと不安あるし。
ルフトも多分そこまで話題にできる何かがあるでもないだろう。偏見かもしれんが、でももう大体の事は喋ったんじゃないかと思うんだよな。十五年生きてきて、母親と一緒だった時期、そこから引き離された時期、帝国から出てきてこっちについた頃、と今の所ルフトの人生は大まかに三分割できるわけだが、その中での世間話としてできそうな話題って、こっちの組織に入ってからとかそういうやつくらいじゃないだろうか。
帝国の情報集めたり魔物倒したりが大半だろうし多分ミリアはそこそこ把握してそうだから、改めて話すような内容かと考えた可能性は高い。
現に全くといっていいほど喋ってないのは俺とルフトだけだ。
とはいえ。
ハンスとミリアが話す内容もそれなりに限界が見えてきたらしく、だんだんと会話がぽつぽつ状態になって途絶えるようになってきたし、内容も段々と先が見えないとかいつになったら出られるんだろうとかネガティブなものに変化しつつあった。
……やっぱここ、一人で来てたら早々に発狂してるんじゃなかろうか。マトモな神経の奴とかだと特に。
「そういえば」
せめて話をして少しでも気分を盛り上げようとしていたハンスとミリアの雰囲気が段々と通夜か葬式みたいなテンションになってきたので、じゃあ代わりに俺が何か話すか、くらいのノリで口を開く。
「以前、別の大陸であった事なんだが」
あれは確か何十年前だったか……ハンスと出会う前の話だからそれなりに前の話だ。
「とある山道で、一人の旅人と出会った。そいつは魔物と遭遇し、囲まれかけたところをどうにか逃げ出してきたらしい。しかし魔法を使おうにも魔力はあまり高くなく、逃げる時にほぼ使い切った感じであった事もありどうにか逃げ延びた所で足を挫いていた事に気付いて立ち上がれなくなっていた」
当時の俺はまだ前世とかハッキリと自覚してなかったからな。そんな相手を見てもどうしました? 大丈夫ですか? とか声をかけるのもちょっと苦労したものだ。
「通りすがった僕は魔法でそいつの怪我を治し、旅人は礼を言った。それから、行く方向が同じようであったこともあり途中まで一緒に同行させてほしいと言ってきた」
「ま、まぁ、怪我とかしたわけだし、一人で行くのは不安だったって事ですか。気持ちはわかる」
唐突に話し始めた俺に戸惑いつつもハンスが相槌を打った。
「僕も別に反対する理由はなかったから、一緒に行く事にした。山道を進み、その先の山村に行く予定だったんだ。僕も、旅人も。
ところでその途中、道の端に座り込む少女がいた。山村の子だろうか、と思ったがそれにしては様子がおかしい」
「っていうか、魔物が出る山だったんでしょ? そんなところに女の子とか……えっ、その子大丈夫?」
ミリアとルフトは何も言っていないが、それでも視線がこちらに向けられているのを感じた。
「少女は山村の子で、こっそり村を抜け出したはいいがすっかり疲れ果ててしまって休んでいるのだと言う。旅人は目的地が同じならば、と少女を背負う事にした。
山道があるので基本的に迷う事はない。道なりに進めばいずれ山村に辿り着く。しかし霧が出てきた」
山の中で霧が出てくると結構困るんだよな。先が見えなくなってくると、それだけで何かもう迷子になった気分になるし。正解の道を進んでるはずなのになんでか間違ってる感じがする。前世幼馴染が真の方向音痴は一本道でも迷子になるって言ってたけど、当時の俺はそんな馬鹿な、とか鼻で嗤ってたっけ。今思えばあの言葉は割と真実だったのだなと理解できる……気がする。
「視界不良のために旅人はちょくちょく僕に話しかけてきていた。僕もその話に対して相槌を打っていた。気付けば隣にいるはずの旅人の姿すら見えないくらい霧は濃くなっていた」
姿は見えないのに声だけ聞こえるってのも正直ちょっと……って感じだよな。
「僕の相槌がほぼ似たようなパターンだったのが悪かったのかもしれない。そのうち旅人は、ずっと同じところを歩いている気がすると言い出した」
「え、それって……霧で見えないから同じところをぐるぐるーってまわってるって事?」
「時と場合によってはそういう事もあるだろうけれど、生憎ときちんと進んではいた。ほぼ視界不良状態だったが。けれど旅人はそんなはずはない、さっきもここを通ったはずだと言い出した」
山道一本道なのにそんな同じ場所ぐるぐるしてたらそのうち三半規管が誤作動起こして目でも回して滑落するんじゃないだろうか。確か当時の俺はそんな風に考えていたはずだ。
「旅人はしきりに同じ場所だ。さっきも通った。また同じ場所に出てきてしまったとわめきたてていた。ちなみにこの時点で僕は足を止めて隣にいるだろう旅人の声に耳を傾けているだけだったが、旅人もどうやら足を止めているようだった。でもさっきもあの木を見ただとか、そこに咲いてる花の位置からして間違いないだの言っていた。霧で見えないのにな」
「あの、旦那……?」
「何か様子がおかしいなと思った僕はとりあえず魔法で霧を吹っ飛ばしたわけだが、そしたら旅人が背負っていたはずの少女の姿はなく、旅人の頭に噛り付くようにしている一匹の小鬼がそこに。
咄嗟に殴った僕は悪くない」
ちなみに殴ったのは小鬼と旅人両方だ。
「殴られた弾みで地面に倒れた小鬼は剣でトドメを刺して、頭から血を流していた旅人は魔法で治した。正気を取り戻した旅人曰く、少女を背負ったところから記憶がないとの事だ。
ちなみにその後山村へ着いた時に一応確認してみたが、実際に村にいた少女の一人が行方不明になっていた。多分あの小鬼に食われたんだと思う」
「あの、旦那……」
「ところでこうして明かりで照らしているから霧が出たらわかるかもしれないが、もし何かの拍子に明かりをなくして真っ暗闇になった時、果たしてきちんと前に進めていると自覚できるだろうか」
「ちょっと旦那あああああ! なんでそういう不安を掻き立てるような事言っちゃったの!? っていうか、何でその話しようと思ったの!?」
なんで、と言われてもな。
本当にふと思い出しただけだし、それに何より……前世で幼馴染が貸してくれたゲームの中にも何か似たような話あったなって思ったってのもあるし、あとはそう……
「もしこの洞窟がずっと同じ場所をぐるぐるさせるような構造になっていたら……無限ループって怖くね? っていうオチになるよなって」
俺がそう言うとハンスは両手で顔を覆ってわっと泣き出した……あ、いや、泣いてないな。泣き真似か。
「もうヤだこの旦那! 旦那に人の心はわからないのよ!」
「失礼な」
前世人間だった俺に対してなんたる暴言。
だって考えてもみてほしい。前世のゲームで似た話があったなってやつだって別に魔法とかあるような感じのやつじゃなくて、どっちかっていうと怪談とかホラー系だったわけだ。それと似たような展開がまさか魔法とか精霊とか異種族とか普通に存在する異世界で発生するとか思わないだろ!? ふと思い出してそれはそれで変わってるというか、興味深いというか、みたいになって話しただけだというのに!
くそっ、異世界の話なんて理解しようがない現地人には俺のこの心は理解されないというのか……!
ハンスはぎゃあぎゃあと喚き散らすし、ミリアとルフトは「大丈夫? ホントにちゃんと前に進めてる……?」みたいな感じで不安そうにしはじめるし。いやちゃんと前に進んでるから。何でいきなりそんな不安そうになった?
うぅむ、この話がお気に召さなかったのは理解できた。何でお気に召さなかったかまではちょっとわからんが。
「他の話をしようか?」
「いい。やめて。結構です。旦那は前を向いてちゃんと歩いて」
「うん。お話はもういっぱいいっぱい。ここから先はミリアちゃんが何となく思いついた適当な曲を鼻歌で流すだけのオンステージにするから、お話はもうおしまい。ふんふふふーん、ふふんふーん♪」
本当に鼻歌で適当な曲を奏でだしたミリアに、どういう反応を返せばいいのか悩んだが……
「ハンス」
「何旦那」
「マラカスならあるぞ」
「旦那がオレに何を求めてるのかわかんないけど、とりあえずリズムに乗らなきゃいけないのは理解した」
正直魔物と遭遇しても俺一人でどうにかなりそうな気もするし、とりあえず収納具から出したマラカスを俺はそっとハンスに手渡した。
ハンスのここまで途方に暮れた顔とか久々に見たな。
とりあえずミリアが力尽きる直前まで鼻歌を奏で、ハンスがマラカスを振っていたことだけはお知らせしておく。