野宿でも困らない食生活ではあるけれど
前世の俺成分が多めに出る以前の俺は、とても物静かな奴だった。前世の記憶がなんとなく頭の中にあって、それを忘れないようにしていたのだ、と今ならわかる。
新しい情報ばんばん取り入れてくと古い情報って忘れてくものだからな。
多分、いつか役に立つはず、とでも思っていたのだろう。まぁ役に立ってる。
その前世の記憶というか知識的に役立つものの一つに、料理も存在した。
こっちの世界も前世とそこまで変わらないような気はするんだ。けど、店に行ってもなんでもかんでもあるわけじゃない。この大陸のちょっと大きな人里で食べられる料理は洋食が多いけれど、別の大陸では和食っぽいものだとかもあるにはあった。中華料理、イタリア料理、フランス料理、それに近い料理だって他の大陸ではそれが当たり前のように出ていた。逆に言えば、そういった料理を食べたいのであればそこまで行くしかない。
その点は前世と比べると面倒だなと思う。
食べ放題のバイキングとかそういうのもないわけだから、色々食べたい、なんて時は自分で作らなければその願いは叶わないわけで。
ちなみに魔法で料理を出す、というのもできなくはないが正直な話とても疲れる事であると言わせていただこう。
自分が食べた事のないものは魔法で料理を出しても見た目はともかく味がしない。何せ食べた事がないからどういう味なのかがわからないので。何となくレシピ見て味の想像が何となくできる料理であったとしても実際食べた事のないやつはふわっとした味しかしない。
精霊も力を貸すにしたって見た事も聞いた事もないようなものを作るわけだから、そこはこちらの想像力だとか精霊にこれこれこういう物を作りたいとか正確に伝えられなければどうしたって微妙な味のものになる。
料理ならまだこの程度で済むけれど、薬を魔法で作る、もしくはその効能と同じ効果の魔法を発動させるとなれば難易度が上がる。作る際に魔法でちょっと手を加える、とかならまだいいが、何か前に飲んだ薬でめっちゃ効いたやつと同じの作りたい! とかいう意思だけでやらかしたとしても、じゃあその薬の材料は何なのか、とかそこら辺わからなければ精霊もいや漠然としすぎてて無理だわ、となってしまう。
薬とかならまだ、うん、物によってはとんでもない被害が出るけど魔法で何かを作り出すというのは思っている以上に大変なのだ。
ところで俺には先程も言ったが前世の記憶がある。
例えば唐突に和食が食べたい、となったとしよう。いや、実際過去にあったんだが。
けれども自分がその時いたのはこことは別の大陸だけど、そこもどちらかと言えば洋食が主流、みたいなところで和食なんてものは当然無い。
無いなら自作するしかない。米に関しては涙ぐましいくらいの努力の末品種改良を精霊に手伝ってもらった。醤油や味噌といった調味料も前世でマトモに作った事はないが製法はおぼろげに覚えていたので思考錯誤しつつ熟成とか発酵とか精霊に手伝ってもらった。成長促進とかそういう系統は使いこなせれば便利だった。
けれどもそれだって最初のうちは失敗したのだ。一番簡単だったのは塩です。
岩塩とかはさておき、海がある場所へ行けば海水は手に入る。魔法で海水から塩だけ分離させたい、とか精霊に頼めば塩はどっさり手に入った。
でも手持ちの調味料が塩だけってのも味気ないし和食作るには難しいじゃん? 大豆は意外と簡単に手に入ったからそこから精霊に手助けしてもらいつつ大豆を量産しまくって醤油と味噌に着手して、海に行った時点でにがりも手に入ったからと豆腐作ったりもした。
一時期俺の身体は大豆で構成されていたといっても過言ではない。
ところで今現在の俺の気分としては、餃子食べたい、に限る。
ロジー集落の皆さんが用意してくれた食料は果物がほとんどであとは申し訳程度の干し肉。だが俺の口は今とても餃子の気分である。
果物だけで腹いっぱいになったとしても、きっと物足りないと嘆く事になるのだろう。
例えば朝、学校に行くとき親から今日の夕飯はカレーよ、とかハンバーグだよ、とか言われたらそれはそれで楽しみにするだろ? で、ウキウキしながら家に帰って出された夕飯が素麺だった時どう思うよ?
いや、素麺嫌いじゃないけど、カレーとかハンバーグとかのがっつりメニューの気分で胃も口もそうだと信じていたところに素麺だと物足りなさ過ぎるだろ!?
そういうわけで今日の夕食は俺の一存で餃子です。
でもハンスに餃子食べたいとか言っても多分ハンス、餃子食べた事あるか? っていう疑問があるので作ってとか言ったところで俺の思い描いた餃子が出てくる確率はきっと低い。
ミリアは……どうだろう? もしかしたら食べた事くらいはあるかもしれないけれど、こいつが料理してる所見た事ないから無茶振りはできない。今までの野宿だとかの時は簡単な手伝いくらいはしてくれてたけど、多分あまり料理作るの慣れてない感じだったんだよな……
ルフトはどうだか知らん。
こいつも野宿の時は手伝いに回ってメインにならない側だから。
とはいえたまに動物を狩ってくる事はあった。捌くのは上手かったけど調理はハンスに丸投げだったんだよな。ここまでやったんだから後は任せる、なのか料理作れないから手を出さない、なのか判断に微妙に悩む感じだ。
ハンスは作り方を教えれば多分するっと覚えると思うが、いかんせんこの台所、台所って言っていいか微妙なところだからな……流石にこんな場所で料理教室するつもりもない。
必要な道具を出して、材料を確認する。
……肉に関しては前に狩った動物の肉がいくつか保存されていたので、充分だろう。キャベツもあるし、ニラは……うぅん、匂いが気になるかもしれないから今回は省こう。その代わり生姜入れるか。
餃子の皮については以前宿の厨房を一時的に借りて延々と作成したので問題ない。
肉をひき肉にするべく風の魔法でミンチにする。
ついでに他の材料もみじん切りにするやつは魔法で済ませた。
フードプロセッサーがわりに魔法使うとかちょっと魔法の使い方おかしいなと思わなくもないが、便利なので良し!
タネを少し休ませてる間に鍋を取り出して米を炊く事にする。
米もホント……普通に畑で作ろうなんて考えてたら土地どんだけ必要なんだってなったけど、精霊に頼んでめっちゃ育ててもらったからな。小さなスペースで。
コンロも何もないので火を使うのは無理そうだが、これも魔法でどうにかなる。とはいえ調理台として使ってる所にそのまま魔法で火を出すのもうっかり他に燃え移る可能性があって危険なので、収納具から一緒に出しておいた魔法陣が描かれた紙を取り出した。
そこに鍋を置いて火をつける。
移送方陣とちがってこちらの魔法陣は精霊にこの上に乗せた物だけ加熱してくれと頼んであるだけの物なので、インクが擦れただとか紙にシワだとか折り目がついていようと問題ない。
ついでにこちらも精霊に頼んでちょっと時間を早めてもらいつつ炊いているので、普通に炊くより半分くらいの時間で炊きあがるはずだ。
……今ではすっかり慣れた願い事だから、精霊の手際も良く感じる。
ついでにと他に出した野菜を適当に刻んで別の鍋に入れてスープを作る事にする。一通り終わった後で出た洗い物をざっと洗ってその時に出た水はやはり魔法で家の外に排水する。外は相変わらずの雨だしロジー集落の住民も普段は木の上を移動しているので、今捨てた水を頭からかぶった、なんていう被害者はいないはずだ。
ところで醤油とか味噌以外にも調味料というか、出汁を魔法で加工して出汁の素みたいにしたのもある。
……これも、何度か失敗したけど今では前世で使ってたやつと変わらない感じになったからなぁ……料理の時には欠かせない。スープの中にも鶏ダシの素とか入れた。コンソメも一度手間暇かけてスープとして作った後精霊に頼んで顆粒コンソメとコンソメキューブにしてもらった。
ちなみに一度完成してしまえば次からは材料さえ用意すればスープとしなくてもコンソメになるのでこちらも何だかんだ自分で料理を作る時にはよく多用している。
出汁……それは合法のお薬……とか言われても俺は納得するぞ……!
寝かせておいたタネを皮で包んでいってそれをそのままフライパンに並べて油入れて焼き始める。
醤油ができた時点で更に欲をかいてポン酢も作成したしめんつゆもあるし……万全では……?
焼いてる途中で米も炊きあがったようだ。
いやもう今日の夕飯我ながら食べる前から絶対美味しいってわかるやつだな……なんて自画自賛しつつ皿に盛りつけてテーブルに並べたわけだが。
「だ、旦那が……マトモな料理を作っている……? 貴方料理できたんですか……!?」
「わー、なんだかとっても美味しそう」
「ハンスじゃないけど、貴方料理できたんですか……」
若干二名程ちょっと俺に対して失礼では? という反応をされた。いや、俺料理できなかったらハンスに会う前とかどうやって生きてきたと思ってるんだ……
テーブルの上に醤油と酢、ついでにラー油を置いて小皿を並べる。
ちなみに俺は面倒だからポン酢で食べる事にした。醤油と酢を絶妙な配合で混ぜる手間すら惜しい!
全員分のご飯とスープを並べたし、餃子は大皿にたっぷり。俺はさっさと席について「いただきます」と言った後は他の連中の反応を一切気にせず無心で食べた。
もう……作ってる時からお腹減って……
ちなみに食べ終わった後にハンスが、
「旦那……料理できたならできるって言ってくださいよぉ!」
と絶叫したし、ルフトもなんだかとても複雑そうな表情をしていた。なんでだ。