何はなくとも腹ごしらえ
「多分、ですけど」
話が終わったと思った矢先、ルフトはぽつりと呟くように声を出した。
「前にケーネス村の洞窟で遭遇したあの魔物、あれ合成獣だと思うんですよね」
「……いや、ギムレーはその時点であの館にいたんだろ? その前、帝国にいた時に作ったやつ、とかか?」
「ギムレー博士のあとを継いで研究を引き継いだ人がいたので、恐らくはそちらが作ったものかと」
知りたくなかった情報だけど、知らないままでも後々大変な事になりそうな情報だったわ。
「そちらの方の名前までは知りません。でも、引き継いだ人がいるっていうのは確かです」
「は~、それ絶対ロクな奴じゃないでしょ。帝国からすれば多少制御できそうな人材だったとしてもそんな研究引き継いでる時点でどうかしてる」
ぶるるっと肩を震わせてハンスが思わずといった具合に自分の二の腕を摩り始める。
でもまぁロクな実験じゃないってのは同意する。
品種改良程度ならいざ知らず……花とか育てて新しい色の花が誕生しました、とかならまだ微笑ましいけれど合成獣の場合既存の生命体のパーツを組み合わせて全く別の生命体を作るって事だからな。
例えば腕を失ってしまった人に他の生命体の腕を移植手術する、とかならまだ理解できるかもしれないが、あの館で見た合成獣を思い返すと理解も納得もしたくない。
魔物レベルの力を持った従順な生命体を作る事で軍事力がどうこう、とかそういう考えであったとしても正直そんな化け物が闊歩してる国で暮らしたい住民いるか? と思える。
俺ならさっさとその国から逃げ出すわ。いつ自分がそうなるかわかったものじゃないし。
「ギムレー博士に関してはあの館で自分の野望を果たしたいがための実験を続けていたようですけれど、帝国の方は今どうなってるかわかりません。けれど、合成獣を作ってそれをこちらの国に差し向けるつもりではいるんだと思います。軍を率いて攻め入るにしても、流石に合成獣だけの部隊は指示系統に難がありそうだし、それに」
「そんなので一軍できる程度には合成獣がいる、なんて各国に知られたら表向き中立で内心帝国が勝ったら甘い汁吸えるとか思ってるところも流石に帝国に支持も賛同もできないだろうな。そうなれば今度は正義は我にありとばかりに帝国が色んな国から攻められる事になる」
「そう、ですね。だから当面は山とか森とか渓谷とか、そういう国境とはまた違うルートからこちらに来れそうな場所に解き放って混乱を招こうとしてる可能性はあります。
混乱が生じれば、その隙に既に潜んでる帝国兵が異種族を連れ去るのも容易になるでしょうし」
「う、うぅ~、何か思ってた以上にヤバい事になってるよ。物騒物騒! 急いでリーダーに連絡しなきゃなんだけど……雨が……!」
眉をへにゃりと下げてミリアは窓の外を見る。
雨は相変わらず。更には雷の音も先程より近づいている。
こんな中にいくら鳥精霊が生み出した、実際の鳥とは違うものを放ったとして流石に移動もままならないだろう。普通の鳥よりは動けるかもしれないが、やはりこの悪天候の中を行かせるには問題しかない。
「ま、少なくとも今日の所は無理だろうな。明日、天気が回復しなくても雨足が弱まればどうにかなるんじゃないか?」
「ルーカス、雨やませる事できない?」
「無茶言うな。ここいら周辺はどうにかできてもリーダーがいるだろうあたりの天気がどうなってるかまでは知らないし、そっちも雨なら鳥を出したとして結局は足止めされるだろ」
「だよねだよねぇ、知ってた……」
しゅんとなるミリアに肩の鳥精霊が「まぁ元気出せ」とばかりに羽を動かしている。もふもふとした羽毛から繰り出される頭ぽんぽんに多少気を持ち直したのか、鳥精霊にありがとうと伝え――
「よし! じゃあご飯にしよう! 今できる事そんなないし、じゃあしっかり食べてぐっすり寝る! できる事これくらい。ねっ?」
テーブルに手をついてミリアが勢いよく立ち上がった。
確かにこの家を借りてから、そのまますぐルフトの尋問みたいな事になってしまったわけだが、言われてみれば飯の時間といってもいい。というか、正直昼を食いっぱぐれたようなものなので、言われてみれば腹減ったなという実感が急激に襲ってきた。
一晩の宿として借りた家ではあるが、中はまぁわかりきった話ではあるがほぼワンルームだ。一応トイレと風呂に該当する小部屋も存在しているが、そちらを部屋とカウントするのはちょっと……となるのでそこは省く。とはいえトイレとか正直前世の日本の和式トイレよりも前時代的なんだが。まぁ木の上にある家だ。電気ガス水道なんかの光熱費が発生するようなあれそれが充実しているはずもない。
トイレっていうかおまる? ツボ? ともあれ用を足したら最終的にそれらは別の場所に持って行って処理しなければならないわけだ。まぁそれも魔法でやるからまだいいけど。
ちなみに風呂の方は湯船につかってのんびり、なんてのも勿論できない。魔法でシャワーはどうにかできるけど、あとは洗い場とかだ。
この集落の連中はそれで普段生活してるから何の疑問も持ってないんだろうけど、前世の日本式風呂とか知ってる身としては、湯船に浸かれないとかマジか! となってしまう。
いや、生まれ変わってからというもの割とシャワーとか沐浴とか布で拭くだけとかっていうのもしてきたけど。でもやっぱり湯船とか温泉とかあるとホッとするよな……もう魂に刻まれてるといっても過言じゃない。
こんなんだから前世の俺海外旅行とかまず行けないなと常々思ってたもんな。いやまぁ、己の運の悪さを考えると海外とか死にに行くようなものでは!? としか思えなかったから行くつもりは最初からなかったけど。
前世の俺が海外とか行ってみろ。間違いなくスリとか強盗あたりに金とられるか、もしくは銃撃戦に巻き込まれるか、そうじゃなくても流れ弾が命中とか割かし命の危機に陥ってたに違いない。
……まぁ国内で死んでるから海外とか関係ないのでは? とか言われるとそうなんだけど。でも銃社会とかで生まれてたら多分もっと早々と死んでたと思う、我ながら。
ともあれ。
この借りた家の内装は基本的にはでっかいワンルームだ。
一枚板のテーブルが中央に。そこから離れた場所にはベッドが人数分。一応衝立があるからベッドのある場所は見えないようになってるので、着替える分には問題ないだろう。
いかんせんミリアがいるからな……年はどうあれ女性は女性。流石に寝てるところが普通に目視できる状況とか、着替える時とか視界に入り込む可能性とか、衝立がなかったらもっと色々気遣わねばならないところだった。
さて、そんな完全木造ハウスなわけで。そうなると火気厳禁だと思うだろ?
一応台所っぽいスペースもあるにはあるんだ。
とはいえ、コンロとかそういう火が出る調理器具はない。
ロジー集落の住人が普段食している物の大半が木々から採れる果物らしく、一応それらの食料がこの家にも用意されている。その他にも森の動物を狩って得ただろう肉を干したものだとかも、少量であるが見受けられた。いや栄養……種族的に彼らは問題ないんだろうなと思う事にする。
ほぼ調理せずともそのまま食べられるものがある、のは有難い。
有難いけど……
「仕方ない。今回は僕が振舞おう」
正直これもうほぼ保存食みたいな感じなんだよね!
野宿ならともかくこうして屋根がある家でまで保存食で済ませたいかってなるとそれは正直ヤだなぁ! って思うわけで。
台所っぽいスペースは多分あれだな。果物とか干し肉とか切ったりするくらいにしか集落の人も使ってないんじゃなかろうか。
まぁでも火とか水とかは魔法でどうとでもできるので、調理ができないわけじゃない。
「旦那が……調理を……ッ!?」
背景に稲妻でも背負ってそうな雰囲気でハンスが言うが、いやそこまで驚くほどか?
「えっ、ルーカスが……大丈夫?」
ミリアもまるで予想外の事を言われましたみたいに目を見開いている。どういう反応だそれ。
と思いはしたがよく考えてみると以前の俺はほとんど料理とかしてなかったからな。簡単な、それこそ材料切ったりするくらいは手伝った事もあるけれど、大半はハンスが用意していた。ハンスと出会う前は自分で用意してたんだけどな。ミリアはその頃の俺を知ってるわけでもないみたいだし、まぁ料理できないと思われてても仕方がないか。
不安ではあるもののハンスが「オレがやりましょうか?」とすぐさま言えないのはこの台所が台所として本当に機能してるわけじゃないからだろう。
普通の台所だったら多分ハンスが「オレがやりますから!」とか言ってたに違いない。
ともあれ、俺は収納具から包丁とまな板、それから鍋やフライパンといった調理器具を取り出していく。ついでに自分の手持ちの食材もいくつか。
それを見て俺が本気だと理解したのだろう。
ハンスもミリアも「えっ、マジで……!?」みたいな顔をしている。
そんな二人の反応を見て、ルフトも何かを悟ったのかもしれない。
「あの、本当に大丈夫ですか……? この家、燃えたりなんかは」
「するわけないだろう」
なんだその、帝国とのつながりとか疑いはとりあえず晴れたと思ったけどそうじゃなかったんですか……? みたいな反応は。というかその場合ハンスもミリアも巻き込まれる事になるわけで。
普段料理しない奴が料理するってだけでそこまで警戒しなくても……あ、いや、するか? する……かもしれない……うぅん、これどっちがおかしいんだろうな?