どう足掻いても因縁
「ルーナというのは、ボクの母です」
静かに語られた内容は、初っ端からクライマックス感溢れていた。
「母は、ボクを身籠った時に帝国ではなく別の場所へ行くつもりだったようでした。これはボクが四つか五つくらいの頃に聞いた覚えがあります。
本当は帝国じゃない別の場所に行くつもりだったみたいですが、体調が悪く本来予定していた場所に行く事は無理そうだ、となった時に知り合いが誘ってくれたとか」
「知り合い?」
「実際ボクが生まれるまで、母は面倒を見てもらっていたようですしボクが生まれてもそれは続きました。ただ、母は異種族。帝国は人間至上主義。いつまでもずっとそこで暮らすわけにはいかないと、母も思っていたようです」
確かに帝国の状況を考えると異種族が移住するには少し……いや、かなり危険ではないかと思える。
それでもルフトを産むまで、というか産んでしばらくしても一応暮らす事ができていたというのを考えると、ルフトの母は異種族であっても見た目は人間とそう変わらないのだろう。
あからさまに一目で異種族だとわかるような見た目なら、いくら知り合いがそれなりに帝国で顔が利くような奴であっても数年単位で普通に暮らせるはずもない。
「幼いボクに母は色々教えてくれました。とはいえ、それもボクが七つの時までです。
……母を、狙っていた人物がいました。ギムレーという男です。
彼は、強い生物を作る、という……平たく言えば合成獣製作者を名乗っていました。帝国の中でも兵器開発などに携わっていたはずです。
異種族同士を掛け合わせ、そこに魔物を組み合わせるなどして作られた彼の作品は、正気の沙汰ではありません。
その素材に、母は狙われていたんです」
ひぇっ、と小さな声が上がる。隣にいるハンスだった。
ミリアも先程とは違い、聞いちゃいけないもん聞いちまったな、みたいな顔をしている。
「ルフトくんのお母さんて七歳の時にどこかに連れてかれたって話でしょ? えっ、もしかしてそのギムレーに?」
「いえ、それよりも前に、ギムレーは身分を剥奪されてしまったので。今までは自由に使えていた帝国の研究室も監視がついたり研究にも色々と制限がされたりで、ろくに身動きが取れなくなっていた……はずです。
だからこそ、ああして隠れるように新たな研究所を確保したのでは、と思っている」
「何で身分を剥奪されたとかは?」
「流石にボクもそこまでは……とはいえ今までかなり好き勝手振舞ってたらしいので、上も見限ったとかじゃないです? 優秀であったとしても、それが手綱も何もない暴れ馬みたいなのだったらいつ味方も巻き込まれるかわかったものじゃないですから」
言い分としてはわからなくもない。
確かに優秀であっても上の言う事を聞かず好き勝手やらかすようでは、いつその矛先が自分たちに向けられるかわかったものじゃない。味方だから大丈夫、とか思ってると予想外の方向からさっくり、なんて事は普通にある話だ。むしろ、優秀だからこそ制御きかないとか危険すぎると思われてもおかしくない。
無能な役立たずなら処分も手間がかからないだろうけれど、優秀な相手だとどういう手段を用いて抵抗、もしくは反抗してくるか……予想がつかないし、そうなればこちら側も無事で済まない事もある。
……正直頭の良い奴も悪い奴も何しでかすかわからないって点では大差ないような気がするけど。
「てことは、ルフトの母が連れていかれたのは別件か」
「そうです。そこから母が死んだと聞かされるまで五年が経っています」
七歳で引き離されて、そこから五年……ミリアのさっきの話からこいつがこの組織に身を寄せたのは三年前、となると帝国から出てすぐさまって事か。ある意味行動力ありすぎでは。
「えっと、その、お母さんと引き離されてからの五年はどこで何を……?」
「母の知り合いのもとにいました。戻ってくると言っていた母が帰って来る事を信じていたので」
まぁ、年齢から考えてもそうだろう。戻ってくるつもりでいた母親。どこに行ったかわからないのであれば待つしかない。
「ん? でも前に聞いた話だと、お母さんが死んだって聞かされたけど生きてる可能性もあるって話だったよね? それはなんで? あ、答えられないなら……や、でも状況が状況だから聞かせてもらえると」
確かにあの時はルフトが帝国と多少なりとも関りがあったと知っていたわけじゃない。けれど今は違う。ルフトも前とは状況が変わっている事を理解しているのだろう。そうですね、と小さく呟くように相槌を返してくる。
「最初はすぐ戻ってくると思っていた母が中々戻ってこなかった事に、ボクもなんでどうしてとその知り合いに聞いたりしたんです。答えは返ってきませんでしたが。けど、納得も理解もできるはずないでしょ。どうして母は連れていかれたのか。どこに連れていかれたのか。帰ってくるとはいったがいつ帰ってくるかまでは言われていなかった。本当に帰ってくるのか。
不安は日に日に増す一方でした。
知り合いは、母が戻るまでの間にせめて勉強をしておけとか、自分の身を守る術は身に着けておけとかで色々と教えてはくれました。
ただ、母がいつ戻ってくるのかを除いては」
ぎりっという音がする。
音がした場所から察するに、ルフトがより一層拳に力を込めたようだ。当時の事を思い出しているのだろう。
まぁ確かに不安だな。そんな状況じゃ。
いつまでに帰ってくる、とか言われてればそれまでの間は我慢しようと思えるかもしれないが、いつ戻ってくるかもわからない中では勉強しろって言われても集中して学ぶのも難しい気がする。
あまりにも長期間戻ってこないんじゃ、もしかしたら事故にでもあっているんじゃないか、とか悪い方に想像力が働くだろうし。そんなもしかしたら既に死んでるかもしれない、みたいな最悪の展開を想像してしまえばよしお母さんが戻ってくるまでお勉強頑張るぞ! とか思えないだろ。安心感をよこせ。
我慢するにしても限度ってあるぞ。先が見えない中でそんなんやってたらいつかメンタルぶっ壊れるわ。
学校とかでテスト期間前に必死こいて勉強するにしてもあれだってテストが終われば、を目標にしてるけどテスト期間関係なしに毎日必死に全力で勉強しろってなると厳しいものがあるもんな。そんなに集中力って続かないぞ。息抜き大事。
けどルフトからすればその息抜きになるような状況もなかったのではなかろうか。
いやおま……十代半ばくらいの年齢の少年少女に世界の命運託すのとはまた違う意味で重たい。
一応母の知り合いが面倒見てるみたいだけど、母の知り合いとはいえ他人。母と同じように甘えられるはずもない。
俺がその立場だったら早々にストレスで吐きそう。てか吐いてるきっと。
「そんなある日、知り合いから母が死んだと聞かされました。けれど、すぐに信じられるはずもない。知り合いはずっとここにいてもいい、と言ってくれましたが、ボクは素直にその言葉に頷けませんでした。
知り合いが母に好意を寄せているのは知っていました。でも、だからってそれだけでボクの面倒を見るなんておかしいと思ったからです。ボクは……どちらかといえば父親似の外見なので。
だからずっといる、と応える事はせずに、ボクはここを出て行こうと決めていました。
とはいえ当時のボクはまだ十二歳……一人で外に出て働くにも難しい年齢です。冒険者とかも恐らく数年は駆け出し扱いのまま依頼もマトモに受け付けてもらえないでしょう。どこかの職人のもと住み込みで働くにしても、寝床と食事はさておき金を稼ぐには到底難しい状況。
それでも、出ていくという意志は変わりませんでした」
こうして聞いてる分にはルフトを預かっていた知り合いは、悪い奴に聞こえないんだよな。
母親に好意を寄せていたにしても、父親似の子であるルフトを虐待しているようでもないし、いない間にも勉強とか、異種族ゆえに身を守れるようにとか手段を教えていたようではあるし。
ルフトの事がどうでもよかったのであれば、わざわざそんな事をするはずもない。どうでもいい相手にかける手間や労力じゃない。母親に対するいい人アピールであったとしても、母がどこかに連れていかれた時点でそんなのする必要がなくなってしまう。ご近所の目を考えたとしても、もっともらしい理由をつける事ができればそれこそどうとでもなってしまう。
けれどもルフトの反応から、ルフトにとってはいい人ではなかったのだろうなとも思える。
だからこそ一緒にいるという選択肢はルフトの中に存在しなかった、という事か。
「ある日、知り合いと誰かが会っているのを目撃しました。普段なら気にしなかった。けど、何故だか気になってつい会話を盗み聞いてしまったんです。
ルーナはまだ見つからないのか、ボクがいるならいずれきっと姿を見せるはずだ、探せ。
そんな事を、言っていました。
だからボクは余計にすぐさまここを出るべきだ、と思って……飛び出したんです。後先考えずに」
「それって……え、どういう事? 死んだってじゃあ嘘?」
「恐らくは。だからボクは母を探したい。母も異種族なのだから、もし異種族狩りで捕まってしまえば、また帝国へ行くような事になれば。そうしたらもう二度と帝国から出る事は叶わなくなるかもしれない。
けど、ボクがずっとあの場所で待っていたら、いずれ母は引きずり出されるかもしれない。人質になるのはまっぴらだ。
……それに、ふと思い出したんです。もし母の身に何かあって離れ離れになった場合、あなたもとにかく逃げなさい。母と引き離される前に、そんな事を言われていたのを」
……こ。
こどもに背負わせていい案件じゃね~!!
色々ありすぎてその言葉を思い出すまでに時間かかるのもやむなしではあるけど、何かあった場合を想定してるならもうちょっとこう、教えるべきことはもっとあったんじゃないですかねぇ!?
いや、相手がこどもだからあれこれ言っても全部は覚えてられないだろうと思ったのかもしれないけど。そんでもって下手に手紙とか物で残した場合、それを見られたら困る相手の手に渡る可能性とかあるけれども!
えっ、何ルフトって実は主人公とかそういう!?
ゲームだったら何かもう主人公とかその仲間あたりのポジションでは?
どう考えてもモブとかのポジションじゃないのは確か。
前世幼馴染から借りたライトノベルの異世界転生ものとか、前世で遊んだゲームとそっくりそのままな世界でしたみたいなのあったけど、実はここなんかのゲームの世界か? っていう気がしてきた。
ともあれ、ルフトが生まれてからの数年間帝国にいたのは確かだとしても、この話が本当であれば帝国と内通してないだろ……って思えるわけだが。
俺はもともと最初からルフトの事は疑ってなかったけど、さてミリアはどうなんだろうなと思って見れば……
立場上仕方ないとはいえ何かすっごく聞いちゃダメな事聞いちゃった……みたいなのを隠す事なく表情に浮かべていた。っていうか、もしかしてちょっと半泣きになってないか?
年取ると涙もろく……いや、なんでもない。