何もかも燃えつくせ
最終的な結論から言うと、館は燃えた。
村も燃えた。
炎が広がって山火事になるんじゃないかと思ったがそこはどうにか抑えた。
それにしてもだ。
帝国ヤバいな、っていうのが俺の嘘偽りのない感想だった。
あの後セオドアに案内されて向かった先はまず移送方陣がある部屋だった。
よりにもよって移送方陣がある部屋は複数あり、一つが駄目になってもまだ他の部屋が、みたいな状態だったのが何とも嫌な感じだった。セオドアに案内されてなかったら、一つ破棄してこれで移送方陣に関しては解決したな、みたいに思ってしまったかもしれない。そもそも移送方陣自体が展開させるの面倒な代物なので一つしかないだろうなとか思うのも仕方ない話だと思う。
帝国から兵士がやってくる事の多い部屋。
物資が届けられる部屋。またはこちらから物を送る部屋。
帝国から死体処理として運ばれてくる部屋。
そんな感じに分けられていた。
いやまぁ、俺もさ、新鮮な食糧届けてもらったところと全く同じところから今度は死体が届きましたとかなったらイヤだけども。何か目に見えないけどヤバい菌とかついてないか? みたいに不安になるけども。
だからって移送方陣設置とか部屋分けして複数用意するのもどうかと思うよ。
帝国の連中頭おかしいんじゃないかな。
ともあれ、セオドアの案内で移送方陣は全部きっちり破棄できた。
これで向こうから何かが届く事はない。とはいえ、既にこっち側の国に潜入した帝国兵はどうしようもないが。
とはいえ、移送方陣を新たに展開させるにしても、潜入した帝国兵が何の手本もなく正確に描ける可能性は低いと思うのでそこはまぁ、うん、安心していい……はず。
いやどうしよう、何も見なくてももう手が勝手に移送方陣を描けるくらい練習しました、みたいなのいたら。
その時はその時だな。
その合間に遭遇した村の連中を倒していって、館の中はすっかり静かになった。
村の連中って言うと普通の人間ぽく聞こえるけど遭遇したのはどれもこれもクリーチャーなので倒す以外の選択肢はない。
これで全部か、と問いかければ、あとは弟が残っているというセオドア。
そういや何か人間の形っぽくなったとか言ってたっけ……これはさっきまで遭遇していた村の連中と比べてやりにくい事になりそうだな、なんて思っていたのだが。
この部屋の中に弟はいる、と言われた先は、恐らく館の主人の寝室にあたる部屋なのだろう。
開けたらそこには人型のテオドアが――いる事はなく、かわりに部屋の中にもこもこした泡のようなものが広がっていた。
泡、と表現しはしたが粘液のようなもの、といった方が正しいのかもしれない。
掃除や洗濯に使う際の石鹸や洗剤を泡立てました、みたいなもこもこ具合と違ってなんだろうな……なんかベタつきそうな感じのする泡だったんだよな。
これあれじゃないか。何か殺虫スプレーとかにありそうなやつ。とか思ったけどこちらの世界にそんなものはないので言っても誰にも理解されそうにない。泡で包んで泡ごと捨てる、みたいな殺虫剤あったよな、なんて思いつつも室内を見回せば、言われてみれば人間の顔に見えない事もない、かな? みたいなのがあった。
それも二つ。
一つはテオドアだろうと思えるのだが、もう一つはわからない。
けれどもその二つの顔はそれぞれが言いたいことを延々と垂れ流していた。お互いがお互いに話をしている、というよりはどう聞いても自分が言いたい事しか喋っていない。
テオドアは健康な体が手に入ると言っていたじゃないか、とか、兄と比べて適性があったというのはウソなのか、とか、折角手に入った身体なのに自由に動かせないなんて、とか、博士を信じた自分が馬鹿だった、とか。
後悔と怨嗟が延々と、といった感じだった。
対するもう一つの顔からも言葉は流れていた。
お前がワタシを取り込んだりしなければ今頃はちゃんとした身体になっていたはずです、だとか、お前のせいでマトモな研究ができなくなったじゃないですか、とか、折角こうして秘密裏に研究所を設ける事ができたというのに台無しですとか、こっちもこっちでロクな事喋ってなかった。
けれどもその言葉から、その顔はテオドアが心酔していたという研究者のものである事は理解できた。
多分、だけど。
食えば戻るとか言われた館の連中は、とりあえず手当たり次第に食べられそうなものはどんどん食べていった。最初は食料。けれども戻る兆しはなく、次にある食料といえば同じ目に遭ってしまった村の仲間。人の姿であれば同族食いなどやらないだろうけれど、それぞれの姿が姿なのでその頃にはもう理性とかなくしてる可能性もある。もしくは体の方にある本能に意識が引っ張られたとか。
テオドアもきっとそうしたのだろう。
その中で一人、彼だけが人に近い形を得る事ができた。できてしまった。
そこから更に色々取り込んでいけばきっともっと完璧な形になるに違いないと思い――身近にいただろう帝国兵はここを出る時は冒険者の恰好をするだろうけど、それ以外であれば周囲にいる存在を考えて全身鎧を見に纏っていた。多分それらを食い破る事まではできなかったのだろう。
そこで、何らかのチャンスがあったかして研究者を狙ったのではないだろうか。こいつを犠牲にすれば自分は元に戻れるのでは、そう信じて。
ところが結果として人の形を補強するどころか、泡のように室内に広がりロクに移動もままならなくなってしまった。もしくは最初の時点でどうにか移動できたけど、徐々に溶けてこうなったとか。
セオドア曰く、最初は部屋のドアも開いていたけれど、館の中をどこまでも広がっていかれたら困るので、体当たりしてドアを閉めたのだとか。蜘蛛の身体じゃ器用にドアノブ掴んで閉めるとかできないもんな。体当たりが適切だわ。
ちなみに部屋のドアを閉める前に部屋の中に入り込んでしまった村人だったものの姿は見えないので、恐らく取り込まれてしまったのだろうとも。
下手に触れたら取り込まれる可能性あるとか、安易に部屋の中に入らなくて正解だった。
これはもう部屋の中に入らないでここから魔法使って部屋の中を焼いた方がいいな、と思うが中途半端な火力でやるわけにもいかない。
ミリアが鳥精霊に視線を向けると、鳥精霊もわかってるとばかりに頷き返す。
「少しだけ時間ちょうだい」
と言ってミリアが集中し始めたので、俺たちは周囲の様子を警戒しながらミリアが魔法を使うのを待った。
聞こえてくるのは相も変わらずテオドアと研究者の男の言葉。テオドアの方はさておき、研究者が口にした言葉にルフトが反応した。
「折角本国の目を盗んでここを新たな研究所にできたのだからあとはルーナさえ、ルーナさえ手に入れば研究はもっと捗ったはずなのに……!」
セオドアの姿を視界に入らないように目を伏せていたルフトが弾かれたように顔をあげて室内を見る。
「こんがり燃えろー!」
それと同時に。
鳥精霊の力を借りて放たれたミリアの魔法が室内に炸裂した。
絶叫。
断末魔。
そんな言葉がしっくりくるような悲鳴の中室内が轟と音を立て燃える。
「世話になった」
セオドアはそう言うと燃え盛る室内へさも当たり前のように身を投じた。彼の悲鳴は聞こえなかった。
「よし、このまま館全部燃やしちゃうから、わたしたちは出口へゴーゴー☆」
絶対そんなテンションで言う事じゃないだろ、と思ったがお構いなしに次から次に魔法を発動させるミリアの後をついていく。このままここで一緒に焼け死ぬなんて冗談じゃないからだ。
そうして館を出た後、ミリアは更に村をも燃やし尽くした。もし館からかろうじて脱出した奴がいたとして、山の方に行くにしてもまずは村の中で様子見、なんて選択をした奴がいたとして。
どう足掻いても逃げ場がない。
仮に館から脱出してすぐさま山のほうに逃げたのであればワンチャン助かる道があるかもしれないが、そのうち魔物に遭遇したら負けると思うんだよなぁ。
館の中で出くわした時点で確かに驚いたけど、倒すのはそう難しい相手じゃなかったわけだし。
ともあれ村は燃えた。
館の中に入ってからそれなりに時間が経過していたようで、既に日は山の向こう側に沈んでいる。
暗くなった空が赤々と染まったその光景を見て。
ダイナミックキャンプファイヤー……なんて言葉が浮かんでしまったが俺は悪くない。
日が沈んだとはいえ、流石にここで野宿したいとは思えないので俺たちは火が消えたのを確認してからそっと村だった場所を後にするのだった。