表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
34/172

蟲毒実験場



「名乗るのが遅れたな。わたしはセオドア。この館の住人だ」

「いや、そりゃ住人だろうけど……」


 むしろお前みたいな化け物が普通に外の世界で闊歩されてたまるか、という話でもあるんだが。

 そんな考えが表情に浮かんでしまったのだろう。セオドアと名乗った人面蜘蛛は、これまた器用に前脚の一つを軽く振ってみせた。


「いや、そうだけどそうじゃなくてな。人間だった頃からここの住人だった」

「人間だったのか……」

「何だと思っておった」

「化け物」

「まぁ否定はできぬ」


 セオドアが場所を移動すると言って案内したのは、確かに何もない部屋ではあった。

 応接室のような内装。最低限家具はあったけれど流石にソファーに座りたくはない。何せ埃も積もっていたし、ましてや咄嗟に何かあった時にすぐさま動けないような状況にはしたくない。

 とはいえ罠のようなものがあるわけでもなく、またセオドア以外の化け物とかクリーチャーとしか言いようのない生命体もいなかったので、一応聞く耳は持ち合わせてもいいか、といったところだ。


「ま、人間がそんなメタモルフォーゼするとは思えないし、そうなると……合成獣キメラか」

「そうだな。恐らくその表現が適切なのだろうよ。不本意だがな」


「この館、何なんだ。倫理観を捨て去った背徳の館とかそういうアレなのか?」

 もっとこう、やっていい事と悪い事の区別をハッキリさせるべきでは。というか、この館でそんな事しでかした奴にまず道徳と倫理の教科書を叩きつけるべきでは。

 これならまだクローン技術とかの方が良心的に思えるレベル。何だよ人とそれ以外の生命の融合合体って。ロボットなら合体とか血沸き肉躍る感じの鉄板展開で安心できるのにこの館で出くわしたの、どれもこれも生理的に無理とかそれ以外の感想出てこないんだが。


 戦隊もので人間とそれ以外の動物の力が合わさってどうこう、みたいなのでももうちょっとマシな見た目になるぞ。てかこんなん敵でもクレームくるわ。主役がこれなら打ち切り確実どころか、企画通した奴の首が飛ぶ。


「背徳の館……か。言い得て妙ではあるな」

「いや納得されましても」

 そこ何上手い事言ったなみたいな顔してんだ。全然上手い事言ってないわ。


「外は、どうなっておる? この館について知られている事は?」

「外? 村に関しては誰もいない。数年前に村人が出ていっただろうなってのはわかった。館については……テオの館、と呼ばれてたんだったか?」

 ルフトに確認するように聞けば、ルフトは小さく頷いた。視線は決して上げない。セオドアを視界に入れないようにしている。


「……ふむ。そうか。それ以外の外については? ここの事はどれくらい知られている?」

「生憎ルフトが前にこの近くで魔物退治の依頼を請けた時にテオの館の名前がちらっと出ただけで、驚くくらいここの情報は他の町や村には流れていない」

 この館の実情が知れ渡れば、それこそ冒険者ギルドで討伐隊を組むとか、どっかの領主やらが騎士を派遣して討伐するとか、対処されてないとおかしいわけだが。

 しかしこの館については驚くほど情報がなかった。俺たちだってルフトがテオの館なんて言葉を言わなければここの事は知らないまま、それこそテレシアの町から街道を行って次の町か村あたりに移動していたはずだ。


 それを聞くとセオドアは「そうか」とだけ言って頷いた。

 そうしてこちらが更に何か言う前に、滔々と語りだした。


 この村はある意味で隠れ里だった。

 あからさまに犯罪を犯したわけではないけれど、地元にいられなくなった者たちが集まってできた集落。それが少しずつ大きくなって村にまで発展。

 住民は脛に傷を持つ者が多数とはいえ、概ね平和であった。


 他の村や町と交流するでもない、基本的に自給自足の村。

 とはいえ畑を作るでもなく、大抵はすぐ近くの山で食料を得る事ができていた。

 山の中には川もあるらしく、山で暮らす動物や魚、そして食べられる植物などが潤沢にあったので狩りを失敗させてばかり、なんて事じゃなければ食べていく事に関しては困る事がなかったとか。

 この村を作ったのは、セオドアの身内――曾祖父にあたる人物だとか。

 その頃はまだこんな館を建てたりはしなかったが、祖父の代で他の場所から流れてきた新たな村人が大工や建築業に携わっていたらしく、村長的立場の祖父の家を豪華にしよう、なんて事になったらしい。


 とりあえず完全に浮いてると思う。村長の家として考えると。


 まぁ、外では上手くやれない連中であっても、同じ村の連中は自分と似たような境遇であると考えればそれなりに上手くやっていたらしい。

 セオドアたちが生まれるまでは。


 セオドアには弟がいた。名をテオドア。

 テオの館と呼ばれているのは恐らくそこからだろう、とセオドアは言うが、こういう場合普通兄の名が出ないか?


 俺たちが思った疑問をセオドアは当然だとばかりに頷いて、話を続ける。


 セオドアもテオドアも、生まれつき身体が弱かった。かろうじてテオドアの方がまだマシ、くらいであったが冷静な目で見ればどっちもどっちだったとか。

 セオドアの母はテオドアを産んだ時点で亡くなり、父は頭を抱えたそうだ。跡取りがどちらを選んでも虚弱ではこの家はもう自分の代で途絶えたも同然だ、と。


 そもそもそんな何かを遺すだけの家か? という気がしなくもない。

 いや、ここら一帯を治めている領主の家だとかならまだわかるけど、隠れ里の中の村長的立場ってだけで、身分がどうとかいうわけでもない。別に、セオドアの親が自分たちの家はここで終わりだと思ったとしても、村を代わりに治めていく相手だっていたのではなかろうか。


 ここまで聞けばまぁ、ちょっと不幸な一家のお話で終わるわけだが。


 セオドアの家は、いや、一族はというべきか。元々はライゼ帝国の出身だったそうだ。

 とはいえ国を捨てて逃げてきた。亡命と言えばいいのだろうか。

 そんな状況下で、セオドアの父はある日息子のための薬を購入するべく他の町へ。そこで、潜入していた帝国側の人間と遭遇。

 その場面にセオドアもテオドアも居合わせたりはできなかったが、後の会話を思い返すにあたって、恐らくここで父は帝国側に再び戻る決意をした……可能性が高い。


 とはいえ一家がライゼ帝国へ戻る事はなく。村を帝国兵の隠れ蓑として提供する事にしたそうだ。その対価としてセオドアとテオドアに与える薬などの提供がされた。

 ちょっとした事で体調を悪くしていた二人も、その薬である程度マシになったらしい。


 ここまでは良かった。いや、帝国兵がここを隠れ蓑としてあれこれ活動しているというのを考えるとこっちからすれば全然良くはないけれど、セオドアからすれば人並みに行動できるようになった身体、というのは喜ぶべき部分だろう。


 帝国兵も村にいた時はあからさまな武装をしていたわけでもなく、村の一員のように溶け込んでいたようだし、村を物々しく武装させるような事もしていない。こちらの国に潜入するにあたって、まぁ丁度いい拠点の一つみたいな扱いだったんだろう。村人は周囲の人里と積極的に交流を持っていたわけではないので、外に情報が流れる事も滅多にない。時折道に迷った旅人がやって来た事もあったらしいが、そういう時は上手く騙せそうならそれで、何か不都合があれば殺して処分してしまえばいい。


 闇深い村だな、と思う。


 いやもしかして人里から離れた集落ってこんなものなのか? いや流石にそれはない……と思いたい。


 変化があったのは、セオドアの父が死んでからだった。その頃にはこの館に数名の帝国兵が当たり前のように生活をするようになっていたし、だからこそ最初はその変化に気付けなかったらしい。

 ある日、見知らぬ男が館の中にいた。

 新たに村にやって来た新参者というわけでもない。男は既にいた帝国兵たちに指示を出し顎で使っていたので、こちらも帝国の人間だろうと理解はできた。


 この時点で父の跡を継いだのは弟のテオだ。二人ともそれなりに健康体になりつつあったけれど、それでもやはりテオの方がよりそう見えてしまっていたので、それに関しては父の遺志でもあった。そのことに関してはセオドアは何も思わなかった。昔からそうだったのだ。だからこそテオが新たな村長となってもだろうなとしか思わなかった。


 いつの間にやって来たのかわからない男とテオは何やら二人きりで話し込み、そうしてすっかりテオは男に心酔してしまったのだ。何があったのかと問いただしても兄さんには関係ないの一言。テオは男に媚びへつらい、男の言うがままに行動するようになっていた。

 その頃にはセオドアの体調もあまり良くない状態になっていて、だからこそ余計に気付けなかった。

 村人がいつの間にかほとんど姿を消してしまっていた事に。


 数日後、どうにか体調が回復して久々に外に出てみれば、村の住人が見当たらない。悪いと思いながらも家の中を見てみれば、すっかり何もなくなっている。

 どういう事だ。村人が全員出ていってしまったという事か。何故。

 そんな疑問を抱いてセオドアは館へ戻り、テオへ話をした――ところでセオドアは一度意識を失ったそうだ。


「そうして気付いたらこんな姿になっとった」

「いや雑。起承転結の結部分雑すぎる」

「そう言われてもな……意識を失って恐らく数年は経っていたようだし、その間に何があったのか本当に理解に苦しむ状況すぎてこっちも困り果ててしまってな」


 なんだっけ、前世の文学とかで何か気付いたら虫になってた男の話とかあったような気がするけど、あれはある日起きたら虫になってたのが冒頭だったか。

 とはいえそちらの話では主人公は大きくとも姿は完全に虫だったはず。セオドアのような顔だけ人間のものではなかったはずだ。

 言葉を交わせていたらあの話はまた別の展開になっていた……ような気がする。いや、細部を覚えてないから知らんけど。


 あの話は何が原因でこうなってしまったのか、とかそういうのさっぱりだったはずだけど、セオドアの件に関しては間違いなくテオドア、並びに帝国の人間が関わってる気しかしない。


「さて、その後どうにかあれこれ調べた結果、これがテオが心酔していた男の仕業であると確信したわけだが」

「あ、やっぱ続くんだな」


 これで気付いたら虫になってたしどうしてこうなったのかわかんない、とか言われたら突っ込みどころ多すぎてどうしようかと思ったわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ