いらないお届け物
戦闘はかなり手こずった。俺が全力で魔法を使おうとすれば間違いなく周囲を巻き込むし、ミリアの鳥精霊もそうなのだろう。自分以外はどうなってもいいから、とミリアが言えば鳥精霊は俺たちごと木端微塵にしていたかもしれないが、ミリアがそれを望むはずもない。反帝国組織はそれなりに人数がいるとはいえ、人材をポンポン使い捨てられる程余裕があるわけでもない。というかそんな手段を当たり前のように選択してたら帝国と反帝国組織に対抗する第三の組織が出来上がるに違いない。
全力を出さずに加減して攻撃するにしても魔法の威力を絶妙に調整するのって中々に難しくてだな……俺とハンスが連携してじわじわと相手弱らせたりしてるのと同じようにミリアの方も鳥精霊と頑張ってくれてたわけだ。
ルフトは何か普通に戦ってた。あいつ俺と同じで細っこいし武器だって俺と同じようなものなのに何か普通に相手の武器ぶった斬ってたわ。強い。
……あいつ前に魔法は使えない、みたいに言ってたけど、剣に魔力を宿してるから細身の武器でもそれだけの威力を出せるのはわからなくもないんだ。あれ意識してやってるのかそれとも無意識なのか微妙に判断つかないけど。
ともあれ、戦闘そのものは俺たちの勝利で幕を下ろした。
敵に該当する連中は全員死んでしまったので情報を引き出すも何もあったもんじゃないが。
「地下を調べるか」
ここでこうしていても仕方がない。冒険者らしき男たちはこの地下で何かをした。帝国からの依頼で。
そしてその時点でいないはずの帝国兵が地下から出てきた。
……これもう大体何があるかわかってるけど、わかってるからこそ放置はできないっていうか……うん。行くしかないんだよな。
「旦那、地下調べるのは構わないんですけど、そんな気軽に行っちゃって大丈夫なんですか?」
「あまり時間をおいてから行く方が危ない。何があるか大体予想はついてる」
俺がそう言えばハンスもそれ以上何かを言う様子はなかった。
とはいえ今しがたの戦闘で疲れてるだろうから、何ならここで休んでてもいいぞとハンスに言えばハンスはついてきますよと即座に返してきた。
俺の予想があっているならハンスはここで休んでいても何も問題がないんだが……まぁそれ言うのも流石にどうかと思ったので、ついてくるなら好きにすればいいかと思う事にする。
ハンスだけではなくミリアもルフトも地下へ行くつもりらしく、結局は全員で行く事になった。
階段はそう長いものでもなく、普通に地下一階程度の距離だった。これが延々続くくっそ長い階段で推定地下三階とか五階くらいの長さだったら面倒すぎてもうこの通路壊そうぜってなってたけど、あまり雑に処置するのも後々困りそうなのでそういう意味では有難いと思うべきか……
地下は、元はこれ一体何をするために作ったんだろう? と思うくらいに簡素だった。
地下への階段、終着点、扉、開けたら六畳くらいの広さの部屋が一つだけ。
物置か何かか? いや、それなら普通に一階か二階のどっかの部屋をそうした方がいいだろうと思えてしまう。物置にしたって広さが広さだ。置ける物は限られているし、何よりあまり重たい物はここに運ぶのも面倒な気がする。運ぶのはさておき持ち出す時とか、足下気を付けないといけないし。
ちなみに部屋の四隅には燭台が置かれ、恐らく先程の冒険者たちが点けたのだろう。蝋燭の炎が揺らめいていた。
そしてその内側には魔法陣。
「やはりか……」
うっわー、こってこてーぇ!
何かもうここまでお手本のような魔法陣とか一周回って感動……あ、いややっぱしないわ。痛々しいわ。遅れてやってきた中二病か? って思うわ。
これをさっきの冒険者三人組が大真面目に展開してたのかと思うと余計にアイタタタ……な気持ちになってくる。
いやうん、いいんだ。別に。魔法陣って別にこの世界じゃそこまでおかしなものじゃないし。魔法があるから尚更ね。
ただ、基本的には精霊と交信するために使われるのであって、それ以外の事に使われるっていうのはあまりない。
魔法陣使って何か召喚する、みたいなのもないわけじゃないけどぶっちゃけ魔法は精霊に頼む事が前提だから、交信するのに使うのであればまだしもそれ以外の何かを呼び寄せるために使うとなると成功率は低い。
というのも魔法を使う相手と精霊にもよるからだ。
例えばちょっと離れた町や村に届け物をしたい、とかいう理由で魔法陣を使うにしても、送る側と受け取る側にないと話にならない。何かの拍子にどちらかの魔法陣が破損したら勿論効果はなくなるし、新たに描きなおすにしても中々に面倒。
人が多く出入りするような場所に魔法陣描いちゃうと、あっという間に劣化する。
しかも普通のインクとかだと全く意味がない。魔法陣を描く練習で、とかならまだしも実践するならある程度の材料が必要だし、何よりインクに魔力を込めなければならない。そうして特殊なインクで描かれた魔法陣を使うわけだが、物を送る方は更に魔力を消費するわけで、中々に疲れるのだ。
インクがしっかり乾いていればそう簡単に魔法陣がかき消されたりしないだろうけど、まだ乾ききってない時に何か物を送ったり送られたりした場合、その物によってインクがちょっとかすれただとか、滲んだだとかすれば使えなくなる。描きなおさないといけない。
うっかりお子さんたちが走り回るような空間に描いたら魔法陣のどこかが擦れてしまうとか、もしくはこどもがその魔方陣に新たな落書きを加えてしまう可能性も出る。勿論そうなると使えない。
床に直接描くのが駄目なら紙に描いて使えばいい、とか思うだろ?
小さな魔方陣ならまぁそれでもいいんだが、物を送ったりするような奴だと結構大きめの魔法陣を描かなければならない。そうなると紙に描くにもその紙だって結構な大きさを求められる。
終わった後で丸めたり折りたたむのもNGだ。
丸めた方はまだそうでもないが、折りたたんだ場合は折り目がつくので次から使えなくなる。
丸めた方もそのうち皺とかつくから結局は使えなくなる。
とても丁重な扱いを求められるのが魔法陣だ。面倒だろ?
長年使ってない魔法陣とか埃かぶったりしても使えないから掃除しないといけないわけだが、インクがあまりにも色あせてしまっていても使えない。
長期的に使うのに向いていないのは確かだし、使うたびに毎回描くとなるととても面倒くさい。
なので魔法陣そのものに関しては魔法よりもマイナーだ。
中には魔法陣の造形美がどうとか言って好き好んで率先して使う種族もいるが、そんなのは極一部だ。
エルフとか割と魔法をよく使う種族とかでも魔法陣に関しては話に聞くけどわざわざ使う事ってあまりないなぁ、みたいな認識だから人間種族の場合は魔法陣って聞いた事はあるけどお目にかかった事がまずない、本当にそんなんあるの? っていうか使えるの? とか思ってる奴の方が多いのではなかろうか。
現にハンスも「え、魔法陣……え?」と訳の分からない顔をしている。
「移送方陣……」
「あぁ、面倒だな」
むぅ、と眉間に皺を寄せながら言うミリアに俺も同意した。
「移送方陣? 何です?」
「この魔法陣の名称って言えばいいか? ともかく、ここともう一方を繋いで色々送ったりできる魔法陣だ。召喚の応用とでも思えば」
「え、便利ですね」
まぁ普通に考えればそうなんだけどさ。手間を考えなければとても便利なんだけどさ。距離とか関係なく送れるわけだし。前世で考えると通販した直後に商品届いてるようなもんだし。配送業者廃業するような代物だな。
「まぁ、移送方陣の中にもいくつか種類はあるけどこれは人間とかの生物を送りこめるようになってる。魔法陣に描かれたここ、術式がそうなってるわけだが」
「は~、すいませんそこは見ても全然わかんないっす旦那」
「だろうな」
「でも、人が送れるって事はさっきの帝国兵は」
「ここからだろうさ」
「って事は、こっちからオレたちが帝国に行けるって事ですか?」
「いや、それは無理だ。こっちの部分に記された部分で選別されてる。こっちの魔法陣には書かれてなくても恐らく対になってる方には条件が記されてるだろうから、それに該当してなければ使用できない」
「はぁ……それはまぁ、用意周到といえばいいのか……」
「なんでもかんでも送れたら、それこそ向こうも困るだろうからね。そこは制限してなんぼ。こっちが上手くのっとって使えるなんてのは、甘い甘い考え」
そうなんだよな。そういう制限なしで送り合えるのもあるにはあるが、この先は確実に帝国のどこかに通じている。帝国側もこっちから乗り込まれるのは困るだろうし、制限をかけるのは当然の事だ。
その制限が何であるのかを知る事ができればこちらも使えるだろうけれど、この魔法陣にそういった条件は記されていない。帝国側にある魔法陣には確実に記されているだろう。
帝国兵は使う際にその条件を当然知っていなければならないわけだから、来るのは勿論帰る時も使えるはずだ。
ともあれ、ここに魔法陣がこうしてある以上いつまた帝国側から兵士が送りこまれるかわかったものではない。ミリアへと視線を向ければミリアもまたわかっていると頷いて、鳥精霊に魔法陣をどうにかしてくれと頼んでいる。
びきっという音がして、魔法陣が描かれた場所はこれでもかというほどバキバキに割れた。
「えっ、そこまでしちゃうの!? 魔法陣消せばオッケーじゃないの?」
「ただ消すだけならまた描きなおされる事もあるだろ。こうなれば新たに魔法陣を描きなおすのも無理だ」
こんだけヒビが入っていればこの上に魔法陣を描いたところでヒビが余計な異物と認識されて発動しない。
勿論魔法で直せば魔法陣を新たに描く事だってできるわけだが……先程の冒険者みたいなあまり魔法使うの得意そうじゃない、みたいなやつが実行するのは無理だろう。
落としたコップとかをすぐ直したい、とかなら人間種族も魔法でどうにかできるが、床一面のヒビを直したい、となればかなりの労力だ。
そうして直した後で魔法陣を描くとなれば、正直面倒極まりないと思う。
魔法陣てちょっとでも失敗してる部分あると全く反応しないからな。取扱注意とかいうレベルじゃない。
遺跡に侵入して誰も立ち入らないだろう地下室に魔法陣を描きこんでくる事、というのがあの冒険者たちにされた依頼だというのは今ならわかるが、よくそんな依頼請けたな……画材はともかくインクだけはきっちり指定されてこれを使え、みたいなやつだろうし、これと寸分違わぬように描け、と見本とかも紙に描いて渡されただろうけれど、インクの量が限られてるだろうしそうなれば失敗はできない。
……実はあいつら細かい作業とか得意なやつらだったんだろうか。人は見た目によらないってホントだな。
「ね、旦那。思ったんだけど、他にもこういう場所あったりしない?」
「……可能性はゼロじゃないな」
ハンスに言われるまで正直失念してたが、普通に考えれば有り得る。
人目につかない場所。そこにこういった移送方陣を展開されてしまえば帝国兵が侵入し放題。
「もしそうなら大変大変☆ 急いでリーダーにお知らせしないと!」
言いながらミリアは懐から紙を取り出し、そこにざっと文字を書いていく。そうして書き終わったそれを鳥精霊へと渡した。
鳥精霊はそれを受け取ると、ほんの数秒目を閉じた。次に目を開けた時にはミリアの前に一羽の鳥が姿を現す。鳥精霊が生み出した鳥にミリアが書いた手紙を渡すと鳥はそれを器用に加えて羽ばたき飛んでいった。
「……それじゃ、帰ろうか☆」
鳥が無事に遺跡から外に出た事を感じ取ったのか、ミリアが笑う。
「えっ、まだ二階調べてませんけどいいんです?」
思わず、といった形でハンスが声を上げたが、ミリアはそういや二階なんてのもあったね、みたいな反応だ。
あの冒険者たちが魔物がここに入らないようある程度倒したとか、もしくは魔物が寄ってこないようにあれこれした、なんて状況だったとしてもメインはこの地下室の魔法陣だ。まさか他の部屋にも描いてあるなんてのはないだろう。もしそうなら地下以外からも帝国兵が出てきていてもおかしくはない。
「無いとは思うが念の為調べるか……」
時間差で出てこられても困るので一応、一応調べる事にする。
全部終わったと思ったのに終わってないとかそれホラーとかにありがちな展開だけど、ホラーじゃないから大丈夫だろう、という慢心も何か後々自分の首を絞めるような気がするしな。
「ミリアは何もないと思うから、それじゃ少し休んでるね」
「では、ボクも」
乗り気でないのはミリアとルフトだけのようだ。
まぁ、二階に魔物がいるような感じでもなさそうだし、俺とハンスで手分けして探せばいいか。
ちなみに調べたけどマジで何もなかった。