フェイクフェイク☆
階段からやって来たのは一見すれば冒険者風の男だった。全部で三名。
彼らはまさか俺たち――いや、誰かがここにいるだなんて思いもしなかったのだろう。
地下から地上に戻って来て早々に、驚いて足を止めた。
たまたまこの遺跡が気になって調べに来た冒険者、事前にミリアがここで誰かを見ただとかそういう情報一切無しで、俺たちも街道を行かずここを単に突っ切るために通っただけで、何となくここに立ち寄った、とかであればそんな風に言われれば信じたかもしれない。
けれども彼らはこちらを見てにこやかに、などではなくどこか悪だくみをするような笑みを浮かべた。
笑顔が凶悪犯みたいに見える奴、という何かそれだけで損してるってのは前世でもいたけど、こいつらは違うと感覚的に察する。
笑みを浮かべたのは、明らかに俺とルフト――見た目ですぐさま人間種族ではないとわかる奴を見た時だったからだ。
言葉を交わして油断させるなんて間もなく奴らは武器を手に襲い掛かって来た。人間は殺して構わない。そこのエルフは生け捕れ。女は……まぁついでだ生かそう。使い道はある。
そんな事を言っていた。
ミリアも異種族ではあるのだが、見た目でわかりやすい特徴があるでもない。こちらは人間だと思われたのだろう。しかし……人間は殺して構わない、とは……?
彼らがライゼ帝国側の人間だとして、だとしたら人間を殺すというのはおかしな話だ。
とりあえず迎撃して無効化させてから聞けばいいかと思いこちらも応戦したわけだが。
「よっっっっっっっわ!!」
ハンス、渾身の叫び。
いや、見た目厳つかったし、一見すれば冒険者の中でももう長年そうやって暮らしてますよみたいな熟練感すらあったからこっちもかなり警戒していたとはいえ、彼らはあまりにも弱すぎた。
むしろなんでこれで俺たちをどうにかできると思ってしまったんだと問いたい。
ルフトだってあまりの弱さに「え……これで終わり……?」みたいな反応して戸惑ってるし、ミリアもその肩に乗ってる鳥精霊もお互い顔を見合わせるようにきょとんとしている。
その様子を見ればミリアや鳥精霊が事前に彼らに何かをして弱体化させたというわけでもなさそうだ。
なんていうか、だ。
こんな場所にいるくらいだから、多分それなりの実力を持ってると思っていた。
ここはまだフロリア共和国だし、帝国の人間がそっと潜入するくらいならともかく堂々と行動はできないだろうから。大勢で固まって行動すればそれだけで目立つし、だからこその少人数。
その上で魔物が出ると言われている遺跡にやって来たのだから、それなりの実力者だと思うのは仕方ないというかある意味当然の流れだ。
遺跡周辺はさておき、遺跡の中に迷い込んだりした魔物とかだって普通にいそうなのに見えなかったのは、てっきり彼らが事前に退治してしまったからかとも思ったのだが。
これじゃきっと魔物が出ても果たしてまともに対処できていたかどうか……と思えるくらいに彼らは弱かった。
てっきりもっと強いのだろうと想定していた。その予想はあっさりと外れたけれど、そのせいで三人いた男のうち二人はあっさりと死んでしまった。いや、これくらいの攻撃なら相手も避けるか武器で受け流すかするだろうと思っていたのにそれをする間もなくあっさりととかこっちも予想外すぎるわ。
唯一生き残ったのは、ハンスが相手をしていた男だ。
俺とルフトが相手をしたのはうっかり死んでしまったが、こっちはまだ生きてる。
生きてるとはいえ虫の息みたいだが。
「傷を……いや……あれ、何で……?」
かろうじて生きている相手は、魔法で傷を治そうとしたようだった。
しかし魔法が発動する様子がなく、困惑している。
「無理。傷は治らない。この子がそれを許さない」
ミリアの言葉に肩に乗ってる鳥精霊は首を僅かに上げて、まるで「ふふん」と笑うように顔を傾けた。
「え、どゆこと?」
とハンスもわかってないらしいので、ミリアのかわりに俺が説明する。
「精霊は人を助ける。必ずしも相手の意図を完全に汲んでくれるわけじゃないが、精霊の手助けによって魔法が使える。ここまではいいな」
「それは、はい」
「精霊は基本的に目に見えない。魔法が使える事でそこにいるというのを実感するだけだ。
けれど、例外として人の目でも見える精霊がいる」
「ミリアさんの肩にいる鳥がそうでしたね」
ハンスが言いながらミリアの方へ視線を向ければ鳥精霊は「そうだぞ」とばかりに頷く。
「普段から目に見えない精霊と、人の目にも見える精霊、力が強いのはどっちだ」
「それは……見える方?」
ほんの少し考えていたハンスだが、鳥精霊がじっと凝視しているのを感じ取って答える。決まってんだろ、みたいな圧が強い。ハンスの答えに満足したのか、鳥精霊は鷹揚に頷いた。
「そんなのがいる状況で敵対するような真似をすれば、それは精霊にとっても危険極まりない。
勿論勝ち目があろうとなかろうと戦う、という選択肢を選ぶ精霊だって中にはいるがそうじゃないなら……つまりはそういうことだ」
「あぁ、そういう……」
納得がいったとばかりに声を出したのはハンスではなくルフトだった。とはいえハンスも理解はできたらしいので良し。
「てことは、ミリアさんの精霊がいるから下手に敵対したくない精霊はそいつの願いを叶えない……? で合ってるっすよ、ね……?」
「そうだな」
「そ……な」
倒れた状態で俺たちの会話を聞いていた唯一生き残った男は、そこでようやく事態を理解できたのだろう。絶望した声が漏れ出る。
「ミリア、そいつの怪我を最低限会話できる程度まで治してやれ」
「えー?」
「じゃなきゃ情報もまともに引き出せないだろ」
「うー、そりゃそうだけど。いい? うん、ありがと。じゃあお願い」
肩の鳥精霊は仕方ねぇなとばかりに頷いて、それから倒れている男の怪我が治っていく。
「下手なことは考えない方がいい。こちらはいつでもお前を殺せる」
何か最後の力を振り絞って、とかじゃないけどちょっと動けるようになったら隙をついてとか考えてそうだったので念の為釘をさしておく。
事実仲間二人はこっちも殺すつもりはなかったのにあっさり死んだので、やろうと思えばできなくもない。あんま進んで人殺したくないんだけども……前世の俺成分が強めに出る前までは極力不殺を貫いてきたけど、うっかり俺が転生してる!? なんて前世成分強めの俺の意識がひょっこり出てしまったばかりにマルグリテ平原で既にやっちゃってるから……
「それで、お前はここで何をしていた?」
単なる冒険者がまさかこっちを見るなり襲い掛かって来るはずもない。襲ってきた時点で帝国と関りがあるとみていいだろう。
「何って……おれは何もしちゃいねぇよ! ただ、依頼されただけだ! 魔物が出るって話だったけど魔物除け持ってきゃ比較的安全だって話だし、割のいい仕事だと思って……!」
「何を依頼された?」
「そ、れは……」
捲し立てるように言葉を吐き出した男に更に重ねて問いかけるが、流石にそれは簡単に吐くことはしなかった。途端言い淀んで、倒れたままの男はこちらに顔をそむけるように俯く。どうにかこの場を切り抜けられるような言葉を探しているのだろう、というのが手に取るようにわかる。
「ね、話して。話してくれたらここは見逃してあげてもいい」
だからこそ、そんな事を言い出したミリアに男は救いを見たとばかりに顔を上げた。
「そうやって期待させて裏切るんだろう!?」
「まさか。本当に見逃してあげる。ちゃんと怪我ももっとしっかり治してあげる。そしたら、あとは好きな所に行けるよ? 少なくともここで死ぬ事はない。いい話だと思う。ちゃんと考えてみて? ね?」
ミリアの表情は穏やかだ。少なくとも今、この場で誰かの命を握っているとは思えない程に。
ミリアの話し方が何だか小さなこどもが更に年下の弟や妹に言い聞かせるような感じのせいか、男もその言葉を全面否定しようにもできなくて「本当の、本当に……?」なんて意味のない質問をしている。
ハンスはそんな簡単に見逃していいのか、と思っているようだし、ルフトもミリアの提案にやや否定的なのか、口元がへの字に結ばれている。
ハンスとルフトがそんな様子だからか、男もミリアの言葉を信じつつある。
仲間が制止しようとしている雰囲気を感じ取って、それでミリアの言葉が本当なのだ、と。
そんなはずもないのにな。
そもそも最初に言ってるじゃないか。『ここは』見逃してあげてもいい、って。
それってつまりここを出たら後は見逃さないって事だぞ。
こいつはミリアがどういう奴かを知らないから、本当に単なる弱者だと思っているからこその憐れみか何かで見逃してもいいとか情報だけもらえれば後はどうにでもなるとか甘い事を考えてると思ってるだろうけれど。
ミリアの事を何だかんだ知ってる俺からすれば、これってつまりは、ここを出た後で他の組織の奴に指示書出して、帝国と繋がりのあるらしい男の確保または処分とかってオチだぞ。
リーダーの意思はそこにないが、ミリアが重要で緊急だと思えばある程度重要度合の高い指令書だって出せる。何よりそういったものは全てミリアの鳥が運ぶのだから、ミリアがこの場から離れる前に先に指示書を出す事も可能ではあるのだ。ミリアより先にここを出て逃げおおせれば後はどうとでもなる、なんて考えてるなら大間違いだ。
とはいえそれを教えてやる義理も義務もない。だからこそ俺は仕方ないなとミリアの我儘に付き合わされているような雰囲気だけ出して、そっと肩をすくめて男が何を言うのかを待ってます、みたいな態度を通す事にする。
……全くそんなそぶりは見せないけど、リーダーの近くに長年いるだけあって怖い女。