廃墟ゆえの見落とし
なんでいるの、というのは流石にどうかと思う。
そんな事言われてカチンとこない奴もいないだろう。
「なんでも何も、指示書が来たからですけど」
だからこそルフトも思わずムッとした感じで答えていた。
そう、これが指示書も何もなく一緒に行動してるならいつの間に? とかそういう意味を込めて聞かれるのもわからなくもない。どこで知り合って一緒に行動するようになったのか、とかまぁちょっとくらい気になったりもするだろう。
けどルフトにこっちと一緒に行動しろって指示書出しといて何でいるのは流石に喧嘩売ってると思われても仕方がないと思う。
「あ、あの、ルフトくん、ミリアさんには困ったことに悪気が一切ないみたいなんですけど、ちょっと聞いてあげて下さい弁明的なやつを」
「ハンス、お前この中で一番年下の奴に大人の対応しろっていうのも無茶振りがすぎないか?」
この場合逆では?
俺やミリアがそういう対応しろって言うならわかるけど、この中で最年少にやれってのはどうなんだろうか。まずこっちが手本見せろって話にならないか?
「うー、ごめん。言葉が悪かった。失敗失敗。
そもそもね、わたし、ルーカスと一緒に行動しろなんていう指示書、出した覚えがない」
「そうみたいなんです、えぇえっと……」
戸惑いつつもハンスがミリアのかわりとばかりに話し始める。
俺たちが探索している間に、ハンス達も反対側を調べていた。
俺たちと違って向こうは結構色々と話をしていたらしく、最初は帝国側の思惑だとかを推察したり真面目な話をしていたらしいのだが、帝国側の考えなんて考察してみたところで正解が出るわけじゃない。すぐに別に話題に移って、世間話やらお互いその時々の気分で話していたらしい。
ハンスもミリアもお互い話が弾めば結構色々話すタイプだから、それこそ延々と会話をしていたのは想像できる。
で、その流れでそういやルフトってどうして一緒に行動してるの? とミリアが問いかけたらしい。
それに対していやいやいや、だってそういう指示書出したでしょ? とハンス。
その言葉にミリアは思わずきょとんとして、そんな指示書出した覚えはないと言ったそうだ。
そうなると一瞬でも偽造、という言葉がよぎったりするが、ルフトが持っていた指示書は間違いなく俺もハンスも確認している。そもそも指示書はそう簡単に偽造されないように注意を払っているはずだ。リーダーの指示をミリアが鳥を使って出しているが、指示書にはきちんとリーダーが使っている刻印がしっかりばっちり記されていた。
下手な偽造書でこちらをどうにかしようという帝国側の策があったとしても、そう簡単に偽造できるものではない。というか、偽造したそれを届けるにしても、届けるのはあくまでもミリアの精霊が生み出した鳥だ。
無理がある。
指示書偽造がどうにかなったとしても、鳥まで偽装するのは無理だろう。
俺とハンスもルフトと出会った時にその指示書を確認していると言えば、ミリアはうーんと考え込んで、そういやちょっと前に忙しすぎた時期があったなと思い返し、もしかしたらその時に間違って出してしまったものかもしれない……となったそうだ。
出した覚えがないものだから、そもそもどういった理由で行動しろなんて指示を出したのかもわからない。
ミリアのなんでいるの? はつまりそこら辺含めて詳しく聞きたいとの事だった……らしい。
「圧倒的に言葉が足りないな?」
「そこは反省。ごめんね?」
「……いえ」
両手を合わせてごめーんと謝るミリアに、ルフトはややしばしの沈黙の後そっと首を横に振った。
何を言ってもどうしようもないと判断したのだろう。文句の一つも言いたい気持ちはあるかもしれないが、言ったところでどうにもなりそうにない。
ミリア本人が謝っているのもあって、怒るに怒れないというのもあるかもしれない。
「って事は、その指示書は無効で、ルフトくんはまた単独行動に戻れって話になるの?」
「うーん、そこは本人の意思による」
腕を組んで目を閉じてミリアはしばし考えていたが、ややあって首を振った。
「例えば潜入しろ、とか単独任務みたいなのがあればそうしてもらうかもだけど、それ以外では別に誰と行動するのもそこまで制限してないのが正しいところ」
「それはそうだろうな。俺としては単独で行動しているつもりだが、ハンスが勝手についてきてるわけだし」
「旦那ぁ、それはないっすよぉ。オレは旦那に恩を返すまでついていきますからね!」
「……とまぁ、普段はハンスの意思が反映されてるっぽいかもだが、これがもし俺一人で帝国に潜入してこいとかになるとお前は置いてくからな」
「それは……ぅぐ、まぁ、足手まといになって旦那の迷惑になるようなら流石にオレだって弁えますよ」
例えば指示書の指令を単独でこなすのが困難な場合、他の誰かと手を組んで行動する事だってある。
こいつとだけは行動するな、みたいな制限は無いし、一緒に行動するのは駄目、なんていう指示もない。
とはいえ、無関係の相手を巻き込むようであればそこはきっちり止められるだろうが。
「……では、当分は行動を共にさせてもらおう」
「ん。りょーかい。それじゃ今後はそれを前提に指示書出す」
どうやら話はまるくおさまったようだ。
「しかし……いいのか?」
「えぇ、足手まといと行動するのはごめんですが、少なくともそうではありませんし。
それに、ケーネス村での魔物退治で見たああいうのとまた遭遇したら流石に一人は厳しい」
「あぁ、あれな……あんなんポンポン出てこられたら流石に帝国も異種族狩りとか言ってられないんじゃないかと思うが、こっちにもあんなのが大量に発生したら混乱が起きるかもしれない」
ケーネス村近くの山、というか洞窟の中で見た魔物を思い返す。
あんなのうっかり人里に出てみろ。集団パニックが余裕で起きるぞ。
しかも中々に倒すのだって苦労した。攻撃を避けるのはどうにかなったけど、戦うのに向いていない奴が出くわせばあの場にいた他の魔物みたいに餌になりかねない。
あの洞窟はライゼ帝国側と繋がっていたわけだし、ライゼ帝国へ近づけばその分ああいうのがまた出ないとも限らない。それを考えるとルフトがいるのは確かに心強い。
俺一人で対処できないわけじゃないが、確実に消耗する。連戦なんて事になったらどっかで死ぬ確率爆上がりするし、それは流石に遠慮したい。
「はー、良かったどうにかおさまって。さて、こっちはなぁんにもなかったわけだけど、旦那たちの方は?」
「こっちも特に何もなかった」
魔物と遭遇もしなかったし、それはハンス達の方も同じようだ。
ゲームのダンジョンにありがちな宝箱やらギミックなんてのも勿論なかった。
ここが異種族の使っていた建物だとしても、そんなポンポンギミックなんてものがあってたまるかって話だけど。宝箱ももしかしたら随分前にあった可能性もあるが、そんなもの最初に遺跡を調べた奴が持ち去ってる事だろう。
そう考えると他にも以前人が立ち入っていたであろうダンジョンに主人公たちが入った時に当たり前のようにある宝箱の方がおかしい……のかもしれない。
ハンス達の方でも本当に何もなかったみたいだ。
「次は二階か……」
この様子じゃ二階も何もなさそうだとは思うんだが。
「よーし、それじゃ張り切って二階も探索探索☆」
腕をあげて「おー」と声を上げているミリアだが、俺もルフトも同じようなリアクションをとる事はなかった。ついでにハンスもだ。こいつノリがいいように見せかけて悪い時あるからな。
てっきりハンスくらいはノッてくれるかと思っていたミリアがしょんぼりとした表情を浮かべハンスを見ている。
そんな顔で見られるとは思っていなかったハンスが僅かにたじろいだ。
二階へ続く階段は片方が使えないので、問題のなさそうな階段の方へ移動しようとしたその時――
ギギッ……コォン……!
錆びついた鉄の扉か何かを無理矢理開けたような音が響いた。
音の出どころはそう遠くない。どころか、今俺たちがいる場所から聞こえてきた。
一体どこから……と周囲を見回すが、そんな音を出すような物は見当たらない。
「旦那……」
ハンスが何かに気付いたように顎で指し示した。
同時にここが受付か何かだったらあのあたりに受付カウンターがありそうだな、と思っていた場所に積もっていた瓦礫の一部が崩れて落ちる。
パッと見ここには何もないだろうと思っていた。瓦礫が落ちていたのも建物が古いのだからそうなっていてもおかしくはないと思っていた。
だが――
俺は咄嗟にその瓦礫の方へ駆け出していた。そうしてその瓦礫を回り込むようにして裏側を見る。
そこにはぽっかりと開いた穴。いや、建物が老朽化したために開いたものではない、明らかに人工的に作られたそれは――
「隠し階段、ですね」
俺と同じようにやって来たルフトが呟く。
この建物の中に入った時に、瓦礫が積もっている場所は目にしていた。けれどその裏側までは気にもしなかった。もし瓦礫がなければ気付けただろうか。いや、今した音はきっとこれだ。入った時にはきっとなかったに違いない。
かつん、かつんと下から音が響いてくる。
「誰か来る」
俺の言葉にミリアとハンスも警戒しつつこちら側へとやって来た。
これから来るのは確実に人だ。
こちら側、反帝国組織にこの遺跡についての情報はほぼ無いと言える。知っていたならミリアがわざわざ調べに来るはずもない。
であれば、これからここにやってくるのはまず間違いなく帝国側の奴だろう。
まさかこの遺跡がある森を挟んだ二つの町どちらかの住人なんてオチだったらそれはそれでどうしようかと思うが、少なくともイミルアの町ではこの遺跡についてはあまり話題にもなっていなかったし、そもそも近づこうとしている者もいなかった。魔物が出ると言われているのであれば近づこうなんて考えない。
怖いもの知らずなこどもが探検がてら行くにしても、近いようでいざ行ってみれば結構な距離があるのだから、こどもが行ったのであればとっくに町の住人に行方不明になったかもしれないと騒ぎになっていてもおかしくはない。
何かあってもすぐに対処できるように身構える。
そうこうしているうちに階段を上がってくる足音は確実に近づいていた。