言葉が足りない
ミリアとハンスとは逆の方向へ進んで調べてみたものの、特にこれといったものはなかった。
通路の先にはいくつかの小部屋が存在していたが、全部を見る事ができたわけではない。入口部分が崩れて中に入る事はおろか中を確認すらできないようなのが二つ程、それ以外だと入口は塞がっていなかったが入ってすぐの部分に穴が開いてそれ以上立ち入れない部屋が三つ程。まともに確認できたのは精々二部屋程度だった。
部屋の広さはそこまでではなかったので、中を確認できる状態であればわざわざ入らなくてもいいような感じではあった。それでも中に入って確認したのは、天井部分が崩れて瓦礫となって落ちていたその先が見えにくくなっていたとかそういうのがあったからだ。そういうのすらないのであれば部屋の中をちょっと見るだけで済ませていたと思う。
遺跡、と言われているこの建物の中はやはり何というべきか住処というよりは施設のような感じがした。
この辺りにある部屋は小会議室だとかもしくは病院の診察室のようにも思えてくる。
……とはいえ、ここにそんな建物がぽつんとあるのもおかしな話になるのできっと違うだろうけれど。
他にこの建物以外に誰かが住んでたであろう建物だとかがいくつかあって、ここはかつて人が住んでた、みたいなのがあればまだしも、そういうのがなくこれだけというのがな……
仮に俺の想像が当たっていたとしても、人里から離れた場所に病院とか無理があるだろ。具合が悪くて病院行くのに途中で魔物と遭遇するかもしれないとか命がけすぎるわ。
病院ではなくなんとかホールみたいなイベント会場にもなりますよ系建物だとして、それもわざわざ人里から離れて? という気はする。
そんなところでわざわざ何をするというのだ。悪だくみなら人のいない場所を選ぶのもわかるが、それ以外であえて人里ではない場所にこんな建物を作る意味とは……?
実は他にも建物はあったけどこれだけ残った説もなくはないが、それにしたってこれ以外の建物の痕跡とかなんにもなかったしなぁ。
ゲームだったら小部屋の中に何かの仕掛けとか宝箱とかあっただろうに、生憎と何にもなかった。
「戻るか」
一階は調べた。次はミリアたちと一度合流したら二階を調べる事になりそうだ。
「それにしても、人の痕跡はともかく魔物も見かけないな」
戻る途中でルフトがそんな事を呟いた。
確かに言われてみれば、ここに来るまでに何度か戦闘になる事も想定していたが、戦闘どころか姿を見かける事もなかった。おかげで遺跡まではスムーズに移動できたとも言えるわけだが……
「そもそも彼女、組織にとって有用な人物ですよね。いくら気になったからってそうホイホイ簡単に単独行動できるものなんですか?」
「ま、確かに今の組織はあいつの力無しではまともに機能しない部分はあるけど、あいつだってそこまで考え無しじゃないさ」
そう返したものの、ルフトは納得していないらしい。
確かにミリアに何かあって万一彼女が死んだ場合、組織での連絡手段は今まで以上に時間のかかるものになる。そうなれば何か行動を起こすにしてももっとずっと時間がかかって、最悪帝国側に先制される可能性も出てくる。まぁ今でも後手に回ってる感じはあるけど。
けどミリアも独断で行動しているわけではないし、リーダーが許可を出したからこそこうしてここにやって来たはずだ。……独断じゃないよな? そこ確認してないけど独断じゃないと信じたい。
「貴方に会いたくて来た、とかじゃないんですか?」
「は? それはないだろう。あいつと会ったのなんてそれこそ俺がこの組織に入った直後に一度きりであって、そこから先は指示書のやり取りくらいしかないし、わざわざ俺に会いに来る理由がない」
確かにあいつは俺の事を妙に信頼している節はあるが、それだって過去にやらかしたあれこれからくるものだ。指示書を無視した事は確かに何度もある。けど無視した分、それなりの成果も出してきた。その結果もあっての事だと思っている。
あとは単純に、俺ならそう簡単に死にそうにないとか思ってるとかじゃなかろうか。実際反帝国組織として活動している者の中には運悪く命を落とした者だってそれなりにいる。
捕らえられ帝国へ連れられる途中の異種族を解放するべく戦いを挑んだ時、はたまた情報を得るために帝国へ踏みこんだが生還が叶わなかった者、そういった者は少なからずいる。考え無しにやらかしたわけでもないが、絶対安全というわけでもないのだから、そうなったとしても仕方がない部分はあるのだが、そういう意味では好き勝手やってる割に死にそうにないのが俺だ。
思えばこの組織に身を置いてから、俺も結構な古株になってるんだよな……
「その割には親しげでしたけど」
「あいつ割と誰にでもあんなんだぞ。指示書にはあいつの性格が反映されてないからそう思えないかもしれないけど」
思えば初対面の時もあんなんだった。基本的に指示書の文面は簡潔でそこに誰かの感情が反映されたようには思えないものだが、時折、本当に極まれにではあるがミリア本人から手紙が来ないわけでもなかった。
初めて手紙が届けられた時は何だこれと思った記憶もある。
誰彼構わず手紙を出しているわけではない。組織の中にももしかしたら帝国側のスパイが紛れ込んでないとも限らないし、もしそういった相手がいたとして、それにミリアの存在をハッキリ知らしめるのはよろしくない。
ミリアが個人的に手紙を出しているのは恐らくある程度信用できると判断した者だけだろう。あとは……多分ではあるがリーダーの意向もあると思われる。
「ルフトはあいつから手紙来た事はまだなさそうだな」
「……えぇ、指示書は何度か」
「じゃあそのうち本人からも手紙が来るんじゃないか。今回こうして直接会った事もあるし」
あいつが直接その目で確認してこいつは信頼できると思えば、ある日唐突に手紙が届けられるかもしれない。
「指示書と違って手紙の方があいつの人格がもろに出るから、あいつと直接顔を合わせた事がない奴からすると何事かと思うらしい」
「それは……そうでしょうね」
指示書の固い文面と違って本人あのままの状態で手紙が届くのであれば、確かに何事だろうと思うのも無理はない。実際俺も最初のうちは何だこれ、とか思って手紙に返事すらしなかったしな。
まぁ何度目かの手紙でお返事ちょうだい! って要求されて、しかも返事書くまで帰らねぇぞとばかりに鳥がずっとついて回って仕方なしに返事を書いた覚えがある。
手紙が来るのは多くない。最初の頃は返事がこないせいかやたら頻繁に来たけれど、それでも数か月に一通くるか、そうでなければ一年に一度、もっと長い場合で三年から五年に一度だった、なんて事もあった。
今回会う以前、最後に個人的に手紙が来たのは去年だったか?
その時の内容は別になんて事もない。今まで食わず嫌いで避けてた食べ物がいざ食べてみたら美味しかっただとか、そんな内容だった気がする。それに対する俺の返事は「そうか、良かったな」だ。
簡潔すぎて返事が短いだとか文句がくるかと思ったが、来ないよりはマシだと思われたらしく特に何事もないままこうして会うに至る。
戻る時もこれといって何事もなかったので、ホールへ戻るのにそう時間はかからなかった。向こう側から悲鳴だとかが聞こえたわけでもない。向こうもきっと何もなかったんだろう。
とはいえこちらと違いあっちはミリアとハンスが何やら会話をしながらの移動だったのか、俺たちが戻って来た時まだ姿は見えなかったが、こちらに戻ってきているだろう事がわかる程度に話し声はしていた。
「いやそれ、間違ったとかじゃないんですか?」
「うーん、そうかも。忙しくていっぱいいっぱいだった時あるから、否定はできない。うっかり?」
「うっかり、っていうか……え、じゃあ。あ、旦那。戻りました! こっちには何もありませんでしたよ」
こちらの姿を確認したからか、会話を中断してそう告げてくる。
とはいえ途中から聞こえていた内容が、軽い世間話のようにも思えず俺はつい問いかけていた。
「何の話だ?」
その問いに、すぐに答えが返って来たわけではない。
ただ、何だか微妙に気まずそうに、ハンスはルフトへ視線を向けていた。
それからそっと隣にいるミリアを肘でつつく。ほら、言っちゃった方がいいんじゃないですか? 口に出してはいないが、目がそう訴えていた。
ミリアもまた一度ルフトへ視線を向けて、すぐにそらす。けれどもハンスがせっつくように肘でつんつんしているせいか、いつまでもだんまりではいられないと思ったのだろう。
もう一度視線がルフトへ戻される。
流石にそんな反応をされれば、今しがたしていた話が自分の事だとわかったのだろう。
「何の話ですか?」
とはいえ、ハンスの態度からとても深刻そうなものだとも思えない。だからこそルフトは特に気負うでもなく問いかける。その声からは呆れているだとか、怒っているだとかの感情は混ざっていない。話の内容がわからないうちから呆れたり怒ったりするのが無理というだけだろうけれど、
「えっとね」
けれども本当にただ聞き返しただけ、といったルフトに、ミリアはややほっとしたように口を開いた。
「えっと、何でいるの?」
だがしかしその質問は、ちょっとどうかと思うものだった。あ、隣のハンスが固まってる。
いやまぁ、いきなり何でいるのは俺もどうかと思う。