古代の浪漫をぶった切る
あの時、もし鳥の羽ばたきなんてものを気にしなければ。
そう思ってみたが恐らくその場合、直接宿にミリアがやって来ていたに違いない。
なのでそこはもういい。ミリアと出会うのが数時間早いか遅いかの違いだ。その違いだけで、結果が変わるはずもない。
とりあえずいつまでも路地裏にいるのもどうかと思ったので場所を移動した。宿――ではなく、酒場へ。
俺たちが泊っている宿ではなく、そっちはミリアが泊っている宿らしかったのでそちらで話を聞いておこうというだけで、酒場がメインではない。あと、俺たちの宿の方に行くと、帰りにこいつ一人で歩かせる事になるし……仮にも女性。一人で帰れというわけにもいかないが、かといって見送るとか届けるとかこの中で誰がやるってなったら間違いなく俺だよ。じゃあ最初からこいつが泊ってる宿の方で話だけ聞いてこっちが帰れば良くね? という結論に至ったわけだ。俺一人夜道を行くのもなんとなくアレだし。ミリア宿に届けてそこから帰るまでの道のり今度は俺が一人だぞ。いや別にそれは構わないんだが、その間ハンスやルフトが一足先にすやぁしてると考えるとそれはそれで何かこう、俺の睡眠時間が削られた気がしなくもないだろう!?
というとてもみみっちい理由は流石に口には出していない。
とりあえずミリアが泊っていた宿は俺たちの宿と比べると客がほぼいないのか、酒場も貸し切りみたいなものだった。ミリアがとった部屋は流石に一人部屋なので、俺たちが押し掛けるととんでもなく狭くなるので人がほぼいない酒場というのはある意味で好都合だった。
ちなみにほぼ、と言っているのはつまるところ、宿の人間しかいないからだ。ついでにミリア曰く、ここの宿で働いてる奴は基本的に組織の協力者でもあるらしい。であれば、話を聞かれたとしても特に問題はない。
ミリアの話というのは、ある意味でとても単純な話だった。
この先にある遺跡調査。平たく言えばそんなもの。
フロリア共和国に存在する町や村などは、基本的に街道を歩けば大抵は辿り着けるようになっている。道に迷う事はまずないと言っていい。とはいえ、その街道は決して最短距離を行くというわけでもない。
俺たちがここに来るまでに通ってきたいくつかの場所も、街道を行かずに道なき道を進むルートで行った方が明らかに手っ取り早い、なんて場所もそれなりにあった。ティーシャの街以前に立ち寄っていた村などは街道を行くと逆に遠回りになるからこそ、俺は街道を無視して進んでいたようなものだ。
まぁ、その途中で襲われたんですけどね。そしてそこであっれー俺転生してませんかー!? みたいになったわけなんだけどね……人生何があるかわかったもんじゃない。
実際にティーシャの街からケーネス村へ行ったけど、ケーネス村は街道を少し外れた場所にある。最初から場所を把握できていれば街道沿いを進んでそこからケーネス村へ行くよりも、街道を行かずに真っ直ぐ目的地へ向かった方が多少は早く着いていたはずだ。
ケーネス村に立ち寄らずに街道を道なりに進んでいけばこのイミルアの町にはもっと早くについていたことだろう。
さて、ここから次の町がある場所へ行く街道もまた、ある意味で遠回りルートと言ってもいい。ティーシャの街がある方とは反対側、そちらを次の町として、そちらへ行くには大きく迂回するような感じで街道は続いている。こちらも正直突っ切って真っ直ぐ進めば恐らくは数日、時間を短縮できるはずだ。
だがしかしこの辺りを行き来している行商人がそれをする事はまず無いと言ってもいい。
真っ直ぐ行くと、途中に遺跡があるからだ。次の町はその遺跡を超えたあたりに位置している。突っ切れば早いのにそうしないのは、その遺跡がある場所、時折だが魔物が出るとの事。
護衛を雇っている行商人がいたとして、それだって基本的には山賊だとか盗賊に対する護衛だ。わざわざ魔物が出ると言われる場所に行くために雇っている者はそう多くないだろう。
何故って、ただ魔物がそこに出没するだけならいいが、万一巣でもあれば危険度は二倍どころの話じゃない。これが街道沿いを行く商人や旅人狙いの盗賊なんかが相手ならいざとなれば逃げる事もできるけれど、自分から魔物の巣に飛び込むような真似をした場合簡単に逃げられる保証はどこにもない。
魔物退治をするのが目的の冒険者がいたとしても、まずどれくらいの危険度か調べてからじゃないとそう気軽に立ち寄ったりもしないだろう。死ねばそれまでだからな。
ある程度自分たちの戦力と、相手がどれくらいの数なのか、そしてそれがどれくらいの戦力になるのかがわかっていればいいが、未知の状態で行くとかそれはもう単なる自殺行為でしかない。
遺跡付近に近づかなければ魔物と遭遇する事は滅多にないし、ならわざわざ危険だとわかってる場所に行かずとも最初からちょっと迂回すればいいだけの話だ。
その場所に討伐隊などが組まれたりしない原因はこれに尽きるだろう。
「何故、その遺跡を?」
遺跡と言えば何となく夢や浪漫溢れる言葉に聞こえるが、実際のところは大規模な廃墟と言っても過言ではない。かつての古代人が住んでいた居住区だとか、はたまた異種族が作った何らかの施設であっただとか、遺跡と呼ばれるものの大半はそういった物だ。
かつて人が暮らしていた痕跡があったとして、そこを今調べる必要はないように思える。これが数千年前の、もう今では伝説でしか語り継がれていない種族が住んでた場所だとかならまだしも。仮にそういった場所であったとしても、それをわざわざミリアが調べる必要性があるとは俺には全く思えないが。
その疑問は勿論俺だけじゃなくハンスも、ルフトも思っていたようだ。
「その遺跡に何かあるの……?」
とハンスが。
「そこは今調べないといけない重要な場所なのですか?」
とルフトが。
ある意味で当然とも言える疑問を投げかけていた。
店の人間以外に俺たちしかいない酒場という事もあって、ミリアは特に声を潜めるでもなく、唇のあたりに指をあてつつ「んー」とどう説明すべきかを少しばかり考えた末に口を開く。
「魔物がいるって話は前からなんだけど、なんかね、最近そこでライゼ帝国の人かな、見たって報告届いたから」
足をぶらぶらと揺らしながら、ミリアは尚も言葉を続ける。
「ライゼ帝国は人間種族至上主義を謳ってるけど、全ての人間がライゼ帝国側にいるわけじゃない。これはそこのハンスとか、他の仲間を見ればわかる。でも、組織にいない人間みんながライゼ帝国側かって言われたらそれは違う違うなの。
だからね、そういう意味で敵か味方かはっきりしないのって、人間種族なんだよー」
「あー、確かにその言葉はそうなんだけど……」
ハンスが何とも言えない表情で眉を下げた。
ライゼ帝国は人間至上主義を謳い、異種族を奴隷にしようとしている。世間の認識はそれだし、反帝国組織の認識もそれで大体間違っていない。
とはいえ、全ての人間がそれに賛同しているわけでもない。損得を考えて、そうした方が旨味がある、と思っている者はそれなりにいるかもしれないが、面と向かってそんな事を言えば人間以外の種族を敵に回す。だからこそ他の国は面と向かってライゼ帝国に賛同しないし、しかしもしライゼ帝国がそうした場合の事を考えて表立って反帝国組織側につくでもない。
人間種族の多くはどちらに転んでも構わない、と思っているかもしれない。勿論自分の親しい間柄の者の中に異種族がいて、もしその人が帝国によって酷い目に遭わされたら、を考えてハッキリとその主張に異を唱える者も中にはいるが、特にそうでもない人間種族からすればそれはある意味で対岸の火事も同然だろう。
反感を持つのはライゼ帝国の好きにした結果被害を被るのが目に見えている人間以外の種族くらいだ。
とはいえ、そういった種族も皆が一丸となって反帝国組織にいるかと問われればそんな事もないのだが。
異種族がライゼ帝国側につく事はまず無いと言っていい。
であれば注意するのは基本的に人間種族だ。
けれど人間種族全てが帝国側というわけでもないし、帝国側の人間だったとしてもぱっと見ではわからない。俺のように組織に所属していますよと言わんばかりに軍服とかで主張してるならともかく、そうじゃないからだ。
ライゼ帝国内であれば騎士が身に着ける鎧だとか、こっちみたいに軍服だとか、まぁ何かしら見た目で身分を証明するようなものがあるかもしれない。けど、帝国の外に出た場合にそんなわかりやすい姿でいるかとなると、答えは否だ。敵国の人間ですよと堂々と主張するとか馬鹿の所業。
普通に考えて各地を移動してる冒険者の振りでもするか、あとはやはり各地を移動していてもおかしく思われない行商人あたりに扮するだろう。
そういう意味ではこの町で見かけた冒険者とか行商人の中にそういったのが混じっていてもおかしくはない。人里から人里へ行くだけなら行商人の姿でいいが、それ以外の場所へ行くのであれば冒険者の方が都合がいい。
魔物が出るかどうかはさておき、街道から外れた場所を行くのであれば行商人よりも言い訳がきく。
「帝国側じゃなくて、普通にただの冒険者である可能性は? 遺跡に出る魔物も放置でいいとは思うが、どこかの町で依頼された調査の可能性もあるんだろう?」
「あの遺跡に関して調査してほしい、なんて依頼だすの、ここか向こうの町くらい。でもどっちもそんな依頼出してないし何よりこの子の目で見てもらったけど、何かおかしいって言ってたから」
この子、と肩に乗ってる鳥を指す。結構大きな鳥に見えるが精霊だからか、見た目よりは重くないのだろう。ミリアは重さを感じていないようにひょいと肩をすくめてみせた。
「おかしい、とは?」
「そこまではわからないから調べるんだよー。でも何がどうわからないのかわからない以上、誰かに頼むのも難しいからこうしてミリアさんが直接確かめに行く事にしたの、でも一人はとっても心配心配」
「だから僕か……」
「そ。ルーカスと一緒ならとっても心強いからね☆ 相手が何であったとしても、安心安心」
随分と信頼されている。というか、高く買われている。
いやあの、正直俺何かあっても大丈夫だとか言えるほどどうにかできる自信は全くないんですが。
一応多少の危機的状況は切り抜けられると思ってるけど、それでも限度ってものがあるわけで。
しかしもし本当にその遺跡で目撃された奴が帝国側の人間なら放置は困る。
わざわざ遺跡に何の用かは知らないが、意味もなくそこにいるというわけでもないだろうから。
というか、まず本当に人間種族なのだろうか?
魔物が出る場所に気軽に行くとは思えないし、見た目で人間種族と区別のつかない異種族の可能性もある。けれど、帝国側だと言われる程度にはおかしいと思われる何かがあったみたいだし、そうなると人間種族と考えていいのか……
確かにこうして考えるとおかしな点しかない。素直に調べた方が手っ取り早いな。
「出発は明日の朝。がんばって起きてねー」
「……その言葉、そっくり返す」
「むー」
ぷぅと頬を膨らませたミリアは、大丈夫だもん起きれるもんと言っているし何なら先に起きてこっちが起こしに行くんだから! なんて言っている。
寝起きドッキリは流石に勘弁してほしい。