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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
一章 ある親子の話
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ほんの少しの疑惑



 日が昇ったばかりの朝。早朝と言ってもいいくらいに起きて、それから村へと戻る。


 それでも村に戻る頃には昼とまではいかないが朝というにもちょっと……という時間帯になっていた。

 俺としてはこの後どこに行くというアテがあるでもないし、指示書もそう立て続けに届けられる事もないので、少しばかりゆっくりしたいなと思っていたが、ケーネス村でゆっくりするつもりもない。

 ここが温泉街とかならまだしも、見渡すばかりの畑が広がる場所だもんな……


 次の目的地に関してもまぁゆっくり考えるか……なんて思いながら村へと戻ってくれば、村長への報告はハンスが行くと言ったので遠慮なくお言葉に甘えた。ハンスはついでとばかりにルフトも連れていったし、ルフトはそれに対して苦情を述べていたけれど、魔物に関して直接見たわけじゃないハンスだけが行くのも説得力に欠ける部分があるからだろうと俺が言えば諦めたように大人しくなったので、報告は二人に任せる。


 そうして宿に戻って二度寝でもするか……なんて思って軽くひと眠りした後。


「……何があった?」


 帰ってきた二人を見て思わずそう問いかけていた。


 ハンスは別に何も問題ない。普段通りだ。

 しかしルフトは――


 何でか知らないが魔物と戦った時ですら汚れ一つつかなかった彼の純白ともいえる軍服は泥汚れで真っ黒になっている。


 転んだ、にしてはなんというか……


「あー、それが、その、ちょっと転んで……」

 答えたのはルフトではなくハンスだった。

 肝心のルフト本人は視線をそらして何も聞かれてませんけど? みたいな反応をしている。なんだろう、高いところから着地失敗したのを誤魔化す猫みたいだな。えっ、何も失敗してませんけど!? みたいな雰囲気を発している。


「転んで、そんな汚れつくことあるか?」


 確かに転んだ際に服が汚れる事はある。あるけど、なんていうか……ちょっと豪快すぎやしないだろうか。

 転んだのが前方なら膝や肘あたりをぶつける事もあるから、その辺が汚れるのはわかる。びたんといっても案外胴体はそこまで汚れない。大体は咄嗟に手を出したりするから。

 反対に後ろ側に転んだ場合は尻から背中にかけてべちゃっと汚れる事はある。


 自分がまさか転ぶとは思わなかった、みたいな状態でノーガードころん、の場合は全体的に汚れるかもしれないが、そんなのは余程ぼんやりしている奴か、もう思った通りに身体が動いてくれないお年寄りとかだろう。

 ルフトならいくら眠くてぼんやりしてた、なんて状態でもここまでいくか? と思えてしまう。


 戦闘中の動きを思い返すと余計に。

 戦闘時だけは凄い動けるけどそれ以外はぽんこつ、とかいうオチなんだろうかそれとも。


 見れば軍服だけではなく、顔の方も泥汚れがついていた。白い部分にガッツリ汚れがついてるせいでそっちにばかり目がいって気付くのが遅れたけど、これちょっと転んだどころか地面のたうちまわるとかしないと無理では?


「それで? 何があった?」

 何かないとこんな事になってないだろう。ハンスが若干言葉を濁したあたりから緊急事態とか切羽詰まったものでないのはわかる。そんな状況だったら言葉を濁していられる余裕もないだろうから。

 けど何もないなら何もないでわざわざこんな汚れた状態で戻ってくる必要もない。

 魔法でぱぱっと汚れを落としてしまえばいいのだから。


「あのですね、戻って来て報告に行ったわけじゃないですか」

 どうしたものかと悩みつつもハンスは話す事にしたらしい。とはいえ気まずさはあるのか、そっと耳打ちするようにしてくる。

 ……正直耳打ちするのも意味はあるのか、と思わなくもないが。

 何せこの場にいるのはエルフである俺と、ハーフエルフのルフトだ。

 ハンスがいくら声を潜めて俺だけに聞こえるように耳打ちしたとしても、多分ルフトにも聞こえていると思われる。


「その帰りに、作物を荒らす魔物について話してくれた他の村の人と会いまして」

 ごにょごにょと語られる内容は、別に何があるでもない。あ、そうなんだ。で終わるような内容だ。


「畑から帰る途中だったその人と少しだけ話してたんですが、収穫した作物に虫が止まりまして。それがその、結構な大きさで、その人が手でぱしーんと弾いたら一度地面に落下した虫が勢いよく飛び跳ねてルフト君の方にいっちゃって」

 ……なんとなく想像はついたが、コントかな?


「顔面でキャッチするのを避けるように回避しようとしたら、こう、あんなことに……」

 それは素直に虫を顔面キャッチした方が良かったのでは。いや、虫が嫌いな人からすれば顔面キャッチの方が避けたい事柄なのか?

 ともあれ結果として洗濯するとなるととても面倒な汚れ方をしたと。


「ルフトくんの避け方もなんていうかこう、ダイナミック? な感じで、ぎゅるるんって回転しつつだったので余計に汚れが酷く」


 ハンスが小声で言っているものの、やはりルフトにも聞こえているらしい。見れば頬を膨らませている。あっ、これ拗ねてるな。


「でもオレも流石に手の平大の虫が顔面きたら叫んで転がって回避するだろうから、仕方ないといえば仕方ないと思うんですよ」


 手の平大……!?

 それは流石に俺も驚いて避けるわ。てかそんなん顔面キャッチとか無理だわ。小石くらいの大きさならともかく顔面ほぼ埋まるサイズの大きさとかは虫嫌いとか好き以前の問題だわ。

 虫が嫌いで悲鳴上げるタイプのお嬢さんとかなら悲鳴どころか絶叫、いや発狂してるレベル。


「……それは、災難だったな……?」

 なんだ虫かよとか一瞬でも思って申し訳ない感じになる。とはいえ。

「そのまま戻ってきたのは?」

 魔法で泥汚れ落とすくらいはしてきそうなものだと思ったのだが。


「それがその、ルフトくん、そういう魔法は使えないみたいで」

「……ん?」

 その言葉に思わず首を傾げた。


 え、魔法が使えない? いやそれは無いだろ。魔力量がとんでもなく少なくたって精霊は一応多少のレベルなら手助けはしてくれる。ルフトは別に魔力が少ないわけでもなさそうだし、何より半分はエルフなのだから使えないはずがない。


「使えないわけじゃないけど、上手く発動しないんですよ……」


 なんで? と問いかけるよりも早くルフトは苦々しげに答えた。上手く発動しない……? うーん、なんだろ、捻くれものの精霊にでも当たっちゃったか?

 汚れを落とすだけじゃなく制服の色までチェンジされたとかそういう過去でもあるんだろうか。いたずら好きな精霊だとやらかす事があるとは聞く。


 ともあれそれだけ泥汚れの範囲が大きい軍服を今から洗濯するよりは、魔法を使った方が圧倒的に早い。


「洗浄」


 だからこそ俺は魔法を発動させてルフトの軍服を真っ新な状態へと戻した。ついでとばかりに髪や顔についた泥も落としておく。

 顔はさておき髪は砂とか泥とかついたら洗い落とすのも中々に苦労するもんな。


 ともあれこれでケーネス村に関する事は一件落着という事でいいだろう。

 洞窟を再び開通させてライゼ帝国がこちらにやってくる可能性が無いとは言い切れないが、それについてもハンスが説明しておいたようだし、万一山の方からライゼ帝国の奴が来た場合何の対処もできないという事にもならないはずだ。知らなければ突然の出来事だが可能性であっても知っているならされるがままという事もないだろう。


 とりあえず今日は一日しっかり休んで、出発は明日にする事だけを告げる。今から出てもいいけど、山から戻って来て正直もう疲れた。むしろ今からまた出発して他の場所へとなると、下手したらまた野宿だし仮に町についたとしても店が開いてるか疑わしい。宿もそんなにたくさんあるわけでもないからな……


 そう言うとハンスはホッとした顔をして「じゃ、折角なんでしっかり休ませてもらいますわ」なんて言いながら部屋へと戻っていく。

 ルフトは戻らないのだろうか、と思っていたらこれまた苦々しい口調で、


「この借りは、いつか必ず……!」


 と何だか洞窟でも聞いたような言葉を吐いた。

「いやこんなんで借りとか言われてもな……」

 義理堅い、というよりは何かこう、一つとして貸しを作りたくないとかなんだろうか。いやでもな、今のなんて食卓でちょっとそこの醤油取って、くらいの気軽なやり取りだったんだが。そんなんでいちいち借りだの貸しだの言うか? 言わないだろ。


「とりあえず今日のところはゆっくり休め。疲れてなくてもな」


 それだけを言って部屋から追い出す。そうしないとまだ納得した様子のないルフトは延々部屋に居座りそうだったので。

 ルフトを追い出してドアを閉めて、うっかり戻ってこないように鍵をかけた。部屋の前ではまだ納得していないルフトがうろうろしている気配がしたが、それでもやがて諦めたのだろう。足音が遠ざかっていく。


 それにしても……


「魔法が使えない……ねぇ?」


 いや嘘だろ。だって洞窟で戦ってた時普通に使ってたはずなんだが……

 俺も自分の事で一杯一杯だったとはいえ、全く見ていなかったわけじゃない。ルフトの戦い方は、剣に魔力を纏わせていたし、魔力操作が下手、というわけでもないはずだ。

 とはいえ単純に魔力だけを纏って武器を強化していただけだ。本来ならそこに炎だとか氷だとか雷だとかを纏わせて、ゲームでいうところのいわゆる魔法剣みたいな感じにすれば更に威力は上がる。

 洞窟で見た魔物は下半身蛇だったし氷属性の攻撃はよく効いた。実際俺は魔法で相手を怯ませる時に氷の魔法を使っていたし。

 俺が魔法を使っていたのだから、あの場に精霊がいなかったわけでもない。


 何か理由があって魔法が使えないという事にしておきたいのか、それとも本当に何か事情があって使えないのか……


 なんでだ? なんて考えていたら、耳元で囁き声が聞こえてきた。


「ようすみ」

「あぶないから」


 それは紛れもなく精霊の声だった。


「様子見……危ないから……?」

 精霊が、力を貸すのを躊躇っている……?


 気分が乗らないから力を貸さない、なんていう精霊は見た事があるが、それとはまた違うみたいだ。


「一体何が危ないんだ……?」


 問いかけるように声に出してみたが。


 残念なことに精霊はそれ以上答えてくれなかった。

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