洞窟探索の結果
明かりで照らしたので洞窟内は特に問題なく移動できた。ごつごつとした岩肌をトカゲっぽい生き物が光から逃げるように移動していく。
入ってすぐに道が分かれてる、なんてこともなくぐねぐねと曲がりくねったりしてはいたが、基本的には一本道だ。
見たとこ人工物ではない。自然由来の洞窟なんだな、と思える。トンネルみたいに開通させるにしても、人工的なものならもうちょっと通路を整えるはずだ。可能性として低くはあるが、人工物に見えないように意図的にやったなんて事がないとは言えない。
キィキィと小さな音。
咄嗟に音のした方へ視線を向ければ、こちらもやはり光を避けるようにして暗がりの方へ移動する蝙蝠の姿。
熊とか出ないだろうな……魔物はよっぽどの事情がない限り人里に近づく事はないけれど、動物はそうでもないからな……熊の寝床とかあったらどうしよう。
そんな事を考えながらも先へ先へと進んでいくと、ある地点から明らかに変わった。
空気が、とかそんなんではない。
壁も床も天井も、明らかに人の手が入ったと思えるものに変わっているのだ。
ハンスもその変化に気付いたらしい。
「旦那、ここから先って……」
「あぁ、明らかにこっちは人の手が入っている。ライゼ帝国側からトンネルでも開通させようとしていたら自然に広がってたこっちの洞窟とくっついた、なんて可能性は考えられる」
そのうちこっち側に侵攻しようと考えて、わかりやすい所からくる部隊とは別に奇襲部隊とかそういうのを送るとか考えた場合、確かに魔物の巣がそこかしこにあるらしい山の上ルートからくるよりはいっそ山に穴開けて開通させてしまおうとかいう方が時間はかかるが現実的な気がしなくもない。時間がかかるとはいえ、こっちの方がまだ安全に穴を開けるだけなので魔物と命のやりとりするよりは……という考えになる、かも?
もしくは異種族を捕えてライゼ帝国側に送るのにこっそりと、というのもこういう場所からだと俺たちも発見が遅れるだろうし、そうなると助け出せずにみすみす向こう側に連れていかれてしまうだろう。
……どういう目的であれ、ここは後で塞いでおくべきなのかもしれないな。
今は魔物がここを通ってやってくるとかそういう話しか聞かないが、もし魔物をどうにかできた後はここは向こうからしても都合のいい通路でしかない。
ケーネス村にもそれなりに人間以外の種族が暮らしているので、そうなると今度は畑を魔物に荒らされた、なんて話じゃなく村人が忽然と姿を消した、なんて事になりかねない。
「っ、旦那、今何か聞こえたんだけどっ!?」
今何か聞こえたな、と思ったのと同時にハンスが小声で悲鳴を上げるとかいう器用な事をしてのける。音が聞こえたのはこの先、確かめるためには進むしかない。というか、一本道同然なので嫌でも進めば音の原因とは出くわすだろう。
「そうだな」
「相変わらず冷静すぎんだろ……何でそんな落ち着いてられんの旦那はよぉ……」
いや俺も一応ちょっとは驚いたんだが。
でもいきなり目の前に出てきたとかではなく音だけだったし。
聞こえてきたのはキィ、という少し甲高い音だった。
動物か魔物の鳴き声か何かか? と思えるようなものだったが、ただ鳴いたというよりはこちらも悲鳴のように聞こえなくもない。念の為すぐに武器に手をやれるようにしつつ進む。
進むにつれて先程聞こえてきた音と同じような音がもっとはっきりと聞こえるようになってきた。
明かりを先行させて照らす。通路は先程よりも広くなり、天井も高くなっていっている。
ここをライゼ帝国側の誰かが開通させようとしたと考えて、単に異種族を攫って連れ去るだけならここまで通路を広くとる必要も、天井を高くする必要もなさそうではある。となると、こちらからも部隊を進軍させる予定でもあったのかもしれない。
向こう側、俺たちがこれから行こうとしている方向から蝙蝠が逃げるように飛んでくる。一匹二匹なんてかわいいものじゃなく集団だったので、咄嗟に魔法で自分の周囲を風で覆ってしまった。
「うわわわわっ、なん、コウモリィ!?」
さながら黒い嵐のようなそれをハンスも咄嗟に身を屈めて回避した。突っ立ったままだと多分顔にぶつかられていたことだろう。ルフトは、と思って振り返ればこちらもすっと身を屈めて難を逃れたようだ。
「いやーぁ、何かこの先進みたくねんだけど、行かなきゃ駄目よね……」
俺が纏った風に弾かれた蝙蝠をうっかりキャッチしてしまったハンスはどうしたものかとしばらく見ていたが、どうにかするより先によろよろと身を起こした蝙蝠はそそくさと逃げていく。俺たちが来た方へ逃げていくのを見て蝙蝠が来た方へと視線を向けるハンスの声はやや引きつっていた。
「ま、蝙蝠が逃げて来てるって事は向こうは明らかに今危険な状況だって事だからな」
俺だって正直行きたくないけど、行かないとこの後ケーネス村が大惨事とかになったら目も当てられない。最初から最後まで自分が関わってない所で起きた悲惨な事故とかそういうのならともかく、自分が関わっておいて結果が最悪とかになったらそれこそ目覚めも悪くなろうというものだ。
遠くの方からはまだ何かの鳴き声が聞こえてきている。逃げてきたのは蝙蝠だけだが、この先には他の動物か魔物がいるのだろう。
警戒しつつも進んでいく。進んでいくうちに、聞こえてくる音が徐々に大きくなっていった。
プギィ!
そんな音……声? ともかく聞こえてきたのは、俺たちが通路というよりは部屋のような広さの空間へ出た時だった。
「は……嘘、でしょ……?」
隣から呆然としたハンスの声がする。ハンスの視線は正面、よりやや上を向いていた。
そこにいたのは魔物だった。とはいえ、俺が想像していたものとは明らかに異なる。
作物を荒らす、というのだから、動物っぽい魔物がいるだろうなとは思っていた。事実それは目の前にいる。
いる、のだが……それは既に事切れていた。
何かから逃げている、という以上、追う側も当然いるわけで。恐らくはそれがそうなんだろうな、と理解はしたものの。
隣のハンスは俺が精霊から聞いた情報を全部知ってるわけじゃない。言ってないもんな。だからこそ、そんなのがいるとは思ってもみなかったのかもしれない。
ラミア、という魔物に似ている……と言えるだろうか。
ラミアは上半身が女性で、下半身は蛇という魔物だ。前世でもゲームで時折見る感じの敵だった。強さはゲームによって違いはするけれど、それでも決して雑魚と呼べる感じではない。そこそこに苦戦するタイプの敵だ。
長い尾で締め付ける攻撃は、ゲームによってはスタンや麻痺といった状態異常を追加する事もあり、対策ができないとあっという間に全滅する事だって有り得る。
スタンであればそのターンだけ行動不能になるけれど、麻痺となると回復させないと数ターンはろくに身動きがとれない。半分は蛇という事で弱点も氷属性あたりがあるので手も足も出ない敵、というほどではないがまぁ厄介であるのは事実だ。
目の前にいるそれは、そういう意味ではラミアに近い。下半身は蛇。
ただし上半身を見ればそれをラミアだなどとは到底呼べないだろう。
上半身は女性などではない。こちらもゲームで時折見かける悪魔のようなものだが、それが上半身である。レッサーデーモンとかそういう名前でゲームなんかでは見かける感じだけど、えっ、それと下半身蛇との融合とかちょっと自分の知識とか記憶にはないものすぎて何これ感が半端ない。
下半身が蛇なら氷系の魔法とかぶち当てれば効果ありそうだけど、デーモン系って割と魔法に強いイメージ。殴っても固いけど魔法でも効果薄い、みたいな敵が多い感じだよな悪魔系。
しかも大きさが思ってたよりある。
ラミアとかもゲームの主人公たちキャラの大きさと比べるとそこそこ大きい感じはするけど、これはそこから更に倍、くらいの大きさだ。ハンスの反応からもこんなんどうすれっていうのさ感があるのは当然と言える。
イノシシっぽい魔物を素手で握り殺したそいつは、じっとこちらを見ている。
周囲をざっと見渡せば、ここに逃げ込んだであろう魔物のほとんどが既に死んでいた。
思っているほど血の匂いがしないのは、そいつが握り殺した魔物の血を啜ったりしているからだろう。
えっ、生き血生絞りで飲むの……? ちょっとどうかと思うんだがそれ。
ともあれ、こんなん見た以上はどうにかするしかない。
くるっと背を向けて逃げるにしてもついてこられたらケーネス村が大惨事。それどころか他の町や村なんかもこいつの餌食になりかねない。こいつが魔物だけを餌として人間とかそれ以外の種族は食べませんけど? みたいなやつならともかく、そんな都合よくいくはずもない。
「だ、旦那……これどうすれば……」
「ハンス、お前は下がってろ」
うっかり捕まったらそのまま圧殺されかねない。ある程度の魔物ならハンスだって戦えるはずだが、流石にこれは規格外がすぎる。
「いやでも」
「というか足手まといだから戻れ」
「っ、わ、かりましたよ! でもちゃんと生きて戻って来て下さいね!?」
それだけ言うなりくるりと背を向けて来た道を戻っていく。
流石にこいつに関してはハンスの武器とかで対処できる気しないしなぁ……下手にあっちに狙いを向けられたりするとそれはそれで面倒だし、最初からいない方がいい。
「ルフト、お前も」
「ボクは残りますよ」
ハンスと一緒に引き返せ、と言おうとしたら遮られた。
後ろを歩いていたルフトだったが、今は俺の横に並んでいる。ついでにすっと腰に下げてあった剣を抜いた。
……俺の持つ剣も細身ではあるけれど、こいつの武器も似たような感じだ。絶対これ途中で折れるだろ……という予感しかしない。けれどもルフトは虚勢を張っているようでもなく、目の前の敵を当たり前のように認識し戦う意思を見せている。
……魔物退治専門だとか言ってたし、俺やハンスが思っている以上に実力はあるのかもしれない。
「無茶は、するなよ」
正直もしかして俺の方が足手まといになるんじゃないか、そう思いつつも仮にも年上なのでそれだけは言っておくことにした。