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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
終章 とある誰かの話
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そして日々は変わりなく



 昨夜の時点でミリアにも連絡を入れていたのでミリアが既に店にいるのはわからないでもない。

「ハンスは?」

「最近仕事根詰めすぎて声かけてきたけど多分気付いてない」

「置いてきたのか……」

「ミリアさんはお腹が空いているのでご飯を優先する!」


 ババン、という効果音でも聞こえてきそうな勢いでのたまうミリアだったが、いや、それもそれでどうなんだ……? と思わずにはいられなかった。

 いや、けどよく考えたら一応声かけてきたんだろ? じゃあ僕も同じように自分の食欲優先させてるな……と思ってしまったのでミリアにはあまり強く言えなかった。


 宿の主人経由で貸し切りにしてもらった店の店主は最初団体客と言うわりにそこまで大人数でもない事にちょっとだけ眉を寄せていたが、開幕全メニュー制覇するぞ! とばかりにあれこれ頼み始めたアリファーンたち精霊陣が初っ端からフルスロットルだったので今では休む間もなく料理を運び、厨房に引っ込んでは調理するという事になってしまっている。

 一応他にも給仕がいるが、そちらはひたすら出来上がった料理をテーブルへ運んでは空いた皿を回収するというエンドレスループに突入している。多分厨房も地獄だろうな。


 ロクシスの妻――エミリアはまだそこまでお腹空いてないからちょっとそこら辺先に見てきますね、なんて言ってたしロクシスはじゃあついでにちょっと組織の方行ってハンスくんの様子見てくるわ、とか言い出していたので店内の客という意味では即減ったものの、全く減った感じがしないのは言うまでもなく精霊たちが原因だろう。


 あいつら凄い食うな……とアリファーンたちの食欲に慄きつつも俺たちも注文したしちまちまとではあったが出された皿の上の料理を摘まんでいく。

 精霊って別に実体化できるからといって食事が必ずしも必要というわけではなかったくせに、ここぞとばかりに食うな……と見ている方に比率が傾いて、気付いたら俺はあまり食べてなかった。

 大食いチャレンジとか普通に完食しそうな勢い。

 なんというか、前世のゲームキャラのピンク色のまるいやつを思い出した。吸引力がなんかもう完全にそれ。流石に皿まで食うとかはしてないけど、アリファーンたちがいるテーブルと厨房をひたすら往復してる給仕さんたち見てると無限ループって怖くね? とかいう言葉すら浮かんできた。


 俺は今こうして他人事のように眺めてるけど、実際料理を運んでる給仕さんたちからすれば終わりが見えない作業になってるんだろうなぁ。それは厨房で料理作ってる人も同じかもしれんけど。


 店主は状況に応じてどちらもやってるっぽいが、何かもう店主がどっち手伝っててもあまり変わらないんじゃないかって気がしてきた。


 この勢いだと下手したら店の食材全部食い尽くすんじゃないかな、とか思っていると店のドアが開いた。

 本日貸し切り、と店の看板にはあるので流石にここで知らない誰かがやってくるという事はない。

 見ればエミリアが戻ってきていた。けどその後ろからロクシスが姿を見せる事はなかった。


「先に戻っててって言われちゃった」

「そうか。何か食べるか? とはいえ注文したものが出てくるか疑わしくなってきたが」

 アリファーンたちのテーブルを見ながら言えば、エミリアも同じくそちらに視線を向けて……

「見てるだけでなんだかお腹いっぱいになりそうね」

「そうだな」

 そっと首を横に振って、エミリアはとりあえず飲み物だけ注文した。



 それから時間にしてそこまで経過していないうちに、ロクシスも戻ってきた。背後にハンスとルフトを連れて。


 聞けば歩きたいと言い出したリリーを歩かせていたが、途中でふらっとはぐれてしまいその先でリリーを保護していたのがハンスだったとか。

 ロクシスは元はプリムおねーさんだ。だから口先だけで見てるとか言って実際は見てすらいないなんて事はしていなかったと思うが、それでもほんの一瞬の隙をついてリリーはロクシスの目から離れてしまったらしい。あぁうん、時々とんでもなお転婆披露するからな、あのお嬢ちゃん。


 どうやらルフトも戻って来ていたらしく、運よく合流したらしい。


 とりあえず好きなもの頼んでいいぞーと伝えたものの、ハンスは俺を見るなり、

「旦那ぁぁぁぁああああ! お久しぶりですうううう! っていうか十年ぶりに会ったってーのに何でそんな軽いノリなの!? 旦那がいない間にオレ所帯もってるんですけど!?」

 とか言い出した。

「えっ、ハンス結婚したの? てっきり生涯独身かと思ってた」

 料理を食べる手を止めて言葉のナイフをぐっさり刺してきたのはハウだった。

 いやうん、まぁ、確かにそうなんだけどな? 俺に恩を返すとか言って延々付きまとってたあの頃を思い返すと出会いがあってもフラグへし折ってた感すらあったもんな? けどそれを本人に言っちゃうの、どうかと思う。


「というか、戻ってきたならまず連絡くださいよ」

「見ないうちに大きくなったな」

「話聞いてます?」


 というか、一応ミリアには連絡したけどその時点でルフトはここにいないって言われてたから……

 俺が言うと余計に何か角が立ちそうだと思ったのか、ルーナがやんわりと説明していた。


「もしかしてボクが戻ってこなかったらそのまま放置でした?」

「放置というか、事後報告」

「それもどうかと思うんですが。まぁいいです、こっちも色々あってお腹空いてるんで便乗して頼んでいいんですよね?」

「あぁ、食べるなら食べるといい。僕はあれを見ているうちに何だかもう満腹になった気分だ」

 あれ、と言いながら顎でアリファーンたちがいるテーブルを示せば、ルフトもそちらへ視線を向けて一瞬動きが止まった。


「なんです、あれ。大食い対決?」

「いや、十年前の打ち上げ」

「……今!?」

「まぁずっと島にいたから打ち上げするにしてもな、って話だったし」


 そう言えばそれもそうかと納得したらしく、ルフトはルーナの隣ではなく俺の隣に座ってきた。

 てっきりルーナを挟む形で座るものだと思っていたが、そうならなかった事実にあれ? とは思った。

 思ったけれど、ルフトもそれなりに年を重ねたわけだし、いつまでも母親にべったり、というわけでもないのだろう。

 今までの事を思い返せばもうちょっとべったりしてても許されるような気もするんだけどな。



「ところで父さん。ちょっと、いいですか?」

「なんだ」


 ルフトがそう切り出してきたのは、ある程度食べ終わってからだった。

 声を掛けられたついでにそちらに視線を向ければ、前から割と俺に似てるなと思ってた外見はますます俺に似てきたなと思えるもので。

 十年前は髪なんて肩までしかなかったのに、今は大分伸びてしかも後ろで一つに結んでるのもあってほとんど俺と同じだ。

 素面だからまだしも、もし酒飲んで酔っ払ってたらこんな所に鏡がある、とか思っただろうな、と思えるくらいにルフトは俺そっくりになっていた。


「ジャスミン、ロザリア、ミレーヌ、サンディ、イヴ、フィリシア……まぁこの辺でいいか。

 これらの名前に覚え、当然ありますよね?」


 指折り数えて女性の名前を挙げていくルフトの表情は、目は笑っていないくせに声だけはやたらにこやかだった。


 普通に考えれば浮気相手の名前か!? とか思いそうではあるが、そもそも俺は浮気とかする以前に付き合ってる相手とかいなかった。いや、その時点でルーナの存在はいなかったりいても正体不明の謎の女みたいな扱いだったし。

 ともあれ覚えがないとは言わない。勿論あるとも、とばかりに頷いた。


「そうだな。以前僕が女装していた時に名乗っていた偽名の数々だな」

 しれっと言ってのけた俺に、ルフトの笑みが深まった気がした。

「あっ」

 少し離れた位置で食事をしていたハンスが思い当たる事でもあったのか、やっべ、とか言い出しそうな雰囲気で声をあげる。


 今更ではある。

 以前俺は人里に紛れ込む際、場合によっては女装した事もあった。その時の偽名である事に間違いはない。

 ルフトにそれらを話した覚えはないけれど、ハンスは知っているしそこから話がいったのだろうか。

 別に俺が女装する事に対してどうこう、というのはないだろう。

 そもそももうずっと前の話になってしまうが、帝国に潜入した際に俺はルフトと二人で行動する時にしばらくは女装したままだった。


 思えばあの頃のルフトは何を思って実の父親の女装を見てたんだろうな。

 というかあの後で実の息子だって判明したわけだけど、よくそれで普通に父さんとか呼んだよな。

 難しい年頃だっただろうに。

 俺が思っている以上にルフトって心広いのかもしれない。


「それで、それがどうした?」


 今更その名前を出されても本当にどうしたとしか言いようがない。

 サグラス島に居た時は女装する事もなかったし、むしろ言われるまでちょっと忘れかけてたくらいだ。女装した時の偽名なんてその場の思い付きだからな。


「貴方達と離れて組織の活動手伝ってた時に、あちこち移動してたんですけど。

 ボクの姿を見てその名前で呼んで縋り付いてきた連中がいまして」

「ほう」

「人違いだと言ってもまぁしつこいしつこい。女装した時の偽名って過去の女からとったんじゃなかろうな、とか思ってた時期もありましたが、もはやそんな事はどうでもいいんですよ」

「偽名はその場の思い付きだな。そもそも僕が過去にそういった付き合いができるだけの甲斐性とかあるはずもない」

「えぇその疑問は即そのように思い至りました。ただ、その姿で人の中に紛れ込むのはまだいいんですけど、他の異種族まで虜にしてどうするんですか!?」


 ぎゃんっ! という効果音が聞こえてきそうな勢いでルフトが叫ぶ。


 まぁ、確かにかなり昔に使った偽名まで出てきてるもんな……下手したらハンスと出会う前に使ってた偽名もあるわ。ハンスが知りようのない名前まで……と思ったが長命の奴で知ってる奴がいたならそこから、ってのはまぁ、わからんでもない。


「虜にした覚えはこれっぽっちもないが……まぁなんだ。僕の女装姿が麗しいばかりに他の異種族の心を射止めてしまったのは不可抗力だ」

 そもそも積極的にハニートラップ仕掛けるような真似が俺にできるはずもないしな。何か勝手に向こう側で見初めて勝手に思い拗らせてたとか、流石にそこまで責任はとれん。というかとる気もない。


「本当に鬱陶しかったんですからね! 似てるから血縁関係疑われてそこから紹介してほしいとか延々……」

「親です、とか言わなかったのか? 流石にそんだけでかいコブついてりゃ大半は引き下がるだろ」

「引き下がらなかったのがいるからこうして申し立ててるんじゃないですか!」


 言ったのか……それでも尚引き下がらずに食い下がったのがいたのか……その執着心、逆に凄いな。


「それで? いっそ男だと暴露したのか?」

「ふ、ふふっ、いっそボクでも構わないとか言い出した奴が出始めたのであれが父さんですとか言っても無駄な気しかしませんよ……!」

「ルアハ族でもないのに相手男でもいいとか言い出したのか……末期だな」

「だから、そいつら全員叩きのめしてきましたよ」

「ルフト……」

「なんです」

「成長したんだな……」

「えぇ、誰かさんのおかげで」


 相変わらずその表情は笑っているものの目は笑ってない。


 うん、まあ、まさかそんな相手がいたとは思いもしなかったので。

 それに関してはちょっと悪かったかな、と思わなくもない。いや、ホントちょっとだけな。俺が過去にそういう相手を誘惑しまくったとかならまだしも、そんな事してないわけで。

 人間種族ならジャスミンと名乗った名前以外のやつはとっくに寿命迎えてそうだというのに長命種族までそこに含まれてたとかは俺も予想外だ。


「うん、しばらく見ないうちにルフト、成長したな」


 ルフトとは違ってこっちは目元も笑ってる状態でルーナが言う。それは純粋に我が子の成長を喜んでいる母親の姿ではあるのだが。

 俺とルーナとを見比べて、何故だかルフトは顔をひきつらせた。


「この……似た者夫婦め……!」


 いやそれは失礼だと思うぞ。

 俺の場合は何か知らんうちに勝手にそういう拗らせたのがいたってだけで、ルーナの場合はクロムートとか完全にそうなるだろって感じのやつだっただろ……


 そういう感じで反論したものの、質と量とで競い合うなと一蹴された。酷くないか?



「――それで、思ったより早くこっちに来たのはどうしてです?」

 いくら世界情勢が落ち着きつつあるとはいえ、それでもまだ帝国が滅んだ事だとか廃墟群島が消滅した事だとか、完全に風化されたわけでもない。まだ人々の記憶には残っている以上、当事者がホイホイそこらをうろついて何かの拍子にその事実が明るみに出るのはどうかと思う、とばかりにルフトに言われたのは、ある程度言い合いをしてそろそろボキャブラリーも枯渇しかけた頃だった。


「あぁ、大した理由じゃないんだが」


 本当に大した理由ではないのでもったいぶる必要もなく、俺は何の気なしにこたえる。


「新居を探そうと思って」


 俺の言葉にルフトは咄嗟にルーナを見ていた。ルーナはといえば料理を摘まみつつもにこにこと俺とルフトのやりとりを見守っていた。


「ルーカスがいいなと思う場所であれば、何も問題はない」


 サグラス島で新居探しに行こうと思う、と伝えた時もルーナはそう言ってたので本心ではあるのだろう。

 俺がいればそれで良し、みたいな感じではあるけれど、俺だって住む場所はある程度快適さを求めるわけで。色彩的にもうちょっと目に優しくて落ち着いててシンプルな感じであればまぁ、うん。生活するにも余程不便な場所じゃなければ……奇を衒ったものではなく至って普通を選ぼうと思っているので、そこでルーナと意見が対立する事はなかった。


「はぁ!? そこなんでボクに言わないんですかなんですもう独り立ちした子だからとかいう理由ですか!?」

「ん? ルフトも興味あるのか?」

「逆になんで無いと思ってるんですか!? はぁ? ちょっとミリアさーん! 当面は何もないって言ってましたよねボクこれから父さんたちと一緒に新居探しに参加するのでしばらく組織の手伝いお休みしますけど構いませんよね駄目とかいっても休みますけど!」


「うい? んー、オケ。新居決まったら連絡くれれば全然オケオケ」


「そういうわけです」

「どういうわけだよ」


「はぁ!? 旦那新居とかえっ、オレの家からあまり遠くだと遊びにいけないんでなるべく近場でお願いしますよ!?」

「そこは知らん」


 口を挟んできたハンスに即答で返したが、そういやこいつ所帯持ったとか言ってたっけか……いや、こいつの家の近所で暮らすとか、下手したらハンス死んだあとハンス一族見守る流れになりそうだしな……流石にそこまではしたくないというか、終わりが見えなくなるというか……


「ちょっ……旦那相変わらずオレに対して冷たくありません!? どういうコトなの!?」

「むしろハンスはいい加減僕離れしろ。所帯持ったならそっち優先しておけばいいだろう」

「オレが旦那について語ったから奥さんも旦那の事気にしてるんですよぅ! 一度くらいはせめて会ってって下さいよチビもいるんで!」

「……考えとく」


 まぁ一回くらいは顔合わせておくか……じゃなきゃ家族でこっちに押しかけてきそうな勢いだしな……


「ボクは何言われてもついていきますからね」

 ハンスへの塩対応を見て何を思ったのか、ルフトは改めてそう宣言してきた。


「…………まぁ、家族で出かける事もそうなかったしな……荷物は?」

「収納具があるので常に」

「準備のいいことで……」


 まぁ俺たちも基本的な荷物は収納具に入れてるからいつでも旅に出れます状態なんだけども。



 ――かくして、任務だなんだといったものとは関係なく各地をぶらりと巡って新居探しの旅に出る事になったわけだが。

 相変わらず精霊たちも憑いたままなので時として騒がしく、時として思いも寄らぬトラブルに巻き込まれ、なんて感じの珍道中を繰り広げ、新居を見つけるまでに数年かかる事になるなんてのは。


 今はまだ知らぬ事なのである。



 ちなみに打ち上げと称して店の中で散々飲み食いした精霊たちによって、この店の食料は見事に食い尽くされた事だけはここに記しておく。俺が金貯めこんでなかったら危うく支払いできなくなるところだったわ……

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