外に出る理由
長く引き留められるだろうな、と一応思ってはいたのだ。
けれどもルーカスがルーナの両親と思った以上にあっさり打ち解けてしまったせいか、両親もそこまでぐいぐい接する事がなかった。
ルーナとしてはあの強引に接触してこようとする両親の勢いが苦手であったため、てっきりルーカスもそうでだからこそあの家にいるのであればそれはもう構いたい両親VS構われたくないルーナとルーカス、という飼い主と猫みたいなものを想像していたというのに。
ルーカスが案外あっさり溶け込んだせいで、両親もそこまで強引にぐいぐいこなかった。
人付き合いは苦手だと言ってたくせにどこがだ、と思ったのは記憶に新しい。
とはいえルーカスがルーナの両親と馴染めたのは前世の両親に似ていたからという理由があったからだが、ルーナにはそんなもの、当然知る由もない。
そんなルーカスがふと、思い立ったように言ったのだ。
「そうだ、新居探そう」
サグラス島での暮らしは穏やかなものだった。
まぁたまに精霊たちがやらかしたりもする事はあったが、別段大きな事件と言う程のものでもない。
だからこそ思った以上に時間が流れていたと思い込んだのもあった。
ルーナの予想ではもっと長く引き留められるだろうと思っていたし、だからこそ次に外へ行くのはもっとずっと後の事になるだろうなとも。
けれども実際、あれから十年しか経過していなかった。
無論その間に何もなかったわけではない。
嵐で船が大破して、そこから流れ着いた漂流者を助けた事でプリムが運命の出会いを果たした。今までずっと生涯女性のままでいいかなーとか言ってたプリムはあっさりとロクシスの姿となって相手にアプローチ。
そんな様子を見て、思い立ったら一直線なのはルアハ族特有なのか? とルーカスが言っていたのは覚えている。
流石に全部が全部そう、というわけではないと思うがいかんせんルーカスの知るルアハ族は少ない。
そしてそういう馴れ初めみたいなのを知っているのは更に僅かだ。
そう思うのも無理はなかった。
ともあれ、ルーカスは村の外へ出る事を決めたらしい。
島での暮らしも悪くはないと言っていたが、とはいえずっとルーナの両親の家に住み続けるのも……と思っていたのも事実。仕事らしいものもあまりなく、日々だらだらゴロゴロする暮らし。
流石にどうかと思ったのだろう。ルーカスはあれで今までずっと組織の中で働いてきたようなものなのだから。
島の空いた場所に家でも建てるのかと思ったが、島のコンセプトがアレなのでとルーカスは外へ出る事にしたらしい。まぁ、ルーナも正直故郷を悪く言いたかないがたまに帰るならともかくずっといるのは目に厳しい。
目に、というか心に負担がある。
もう少し落ち着いた色合いの場所で暮らしたい。
要するに趣味ではない。
だからこそ新居を探すというルーカスの言葉には賛成した。
ここで外に出るという事を察した精霊たちが廃墟群島消滅させた時の打ち上げまだやってない! と騒ぎ始めた。
人間目線で言えばもう十年も前の話だぞ、と言いたいところだがこの場にいたのは精霊とエルフとルアハ族。十年とか割と最近の話だもんね、どころか下手したら昨日とか一昨日くらいの感覚でいる事もある。
ルーナの両親たちはもうちょっと居たらいいじゃない、と引き留めるかと思ったが案外あっさりと見送る事にしたようだ。ルーナが今回は随分あっさりね? と聞けば両親はそうだねぇ、と頷いていた。
なんでも、ルーナだけならいつ戻ってくるかわからないけど、ルーカスくんは何か節目節目でとりあえず連絡入れてくれる気がしたから、だそうだ。
一応ルーナもルフトを身籠った時に戻ってくるつもりであったのだが、この言われよう。次は孫にあたるルフトくんも連れてきてね、とか言っていたが新居が決まれば両親が逆に遊びにやってきそうだ。
ルフトと出会うのはサグラス島ではなくまだ見ぬ新居である可能性の方が圧倒的に高い。
新居探そう、はともかく、外に出るなら一先ず組織に連絡とって最低限ルフトにはサグラス島を発ったことを伝えておくべきだろう。ルーカスの言葉にルーナもそりゃそうだと頷いた。のっぴきならない事情があって急いで出ていったとかで連絡もできなかった、とかならまだしも連絡できる余裕があるのにしなかった場合、後々ルフトは絶対に怒る。
というかルーナもルフトの立場なら怒るだろうなぁと思っているのでその怒りは正当なものだ。
案外他人に無関心のように思えるルーカスではあるが、一応ルーナやルフトの事は身内と認識してくれているようだ。だからこそ、一つ連絡してくるか、となったのはルーナにとって嬉しい限りだった。
ここでルフトの事すら頭にないような相手であったら、そもそも自分はきっと惚れてなどいなかったと思うわけだが。
かつて異種族狩りに捕らえられていた時に救われたその勢いだけで惚れたわけではない。確かにあれは鮮烈なまでの恋であったけれど、あれだけならば憧れで終わる可能性だってあったのだ。
その後ヴァルトとして近づいて、彼と過ごした日々で思いは確固たるものへと変化した。
その結果が無理矢理既成事実作ったとかいうルーカスからしたら最低なオチになったわけだが。しかしルーナは後悔などこれっぽっちもしていない。結果オーライというやつである。
外に出る、という話を聞きつけてロクシスもじゃあちょっと出かけようかな、と便乗するような事を言い出した。娘のリリーに外の世界を見せてくる、とかいう名目もあったがどちらかというと遅くなってしまった新婚旅行、だそうだ。
折角だし知り合いに奥さんと子供を紹介しておこうとも思って、とか言ってたので途中までは一緒に行動することになった。
どちらにしても外の世界の情勢は今それなりに落ち着いているようだし、油断しまくるような事をしなければ大丈夫だろう。
ミリアに連絡を取ってみれば、今はガランド大陸のメシェントという街の拠点にいると言う。
サグラス島からは随分と離れた大陸であったが、道中何事もないままに目的地へ辿り着いた。
ハンスはミリアの手伝いをしているのでその街にいるのは確かだが、ルフトは任務で別の場所に出向いているのですぐに会えるかはわからない、とミリアの手紙には書かれていたがそう難しい任務でもないので数日待てば戻ってくる、とも書いてあったので、じゃあ数日そこで滞在しようかという話になって。
新居探しが目的でもあるので、ついでにメシェントの散策も決定された。
というか、住む場所を探すのだから人里はある程度滞在して良さそうなら決めるしそうじゃなければ他の場所へ、という事になるのはある意味で当然の流れだった。
ルーカスはかつて一度だけここに訪れた事があったらしく、昔とあまり変わってないな、と言っていた。
アリファーンに「いや結構変わってるよ見た事ないお店増えてるじゃん」と突っ込まれていたが。
「そりゃ店なんてある程度移り変わりあるんだから見知らぬ店くらいあるだろ」
「その時点で昔と変わってるって事でしょ」
「新しい店っていっても、食料売ってる店が衣料品店に変わってたりだとか、靴屋だったのが武器屋になってたりだとかだろ。どっちにしても生活に密接な関係の店なんだからそういう意味では変わってない」
「カテゴリ分け雑! その理屈でいったらルーカスの変わったなっていうレベルって、ヴェルンの街がミオホンテ総本山に変わるくらいじゃないと駄目って事じゃん!」
「そこまでなったら流石の僕も驚くな」
「驚かなかったらヤバいよ」
ルーカスとアリファーンとの会話を聞きながら、ルーナはどういう反応を示すのが最適なんだろう、と思わず考え込んでしまった。
食料品店が一つ潰れたとしても、そのうち別の所で新たな食料品店が開店したりはするだろう。生活に関わる店はなんだかんだ需要があるので。生活に関係していた店が全然生活に必要でもない店になっていたら変わったな、と思うというのもある意味でどうかと思いはする。
ちなみにアリファーンが言ったミオホンテ総本山というのは確か何かの武術を極めんとする集団がいる場所だったとルーナは記憶しているが、噂で聞いた程度で自分で直接見た事はない。
確かにヴェルンがある日そんな変化を遂げていたら驚く。方向性が真逆すぎて驚かないとか無理だ。
何はともあれ打ち上げしようぜ! の一声で宿をとるより先に打ち上げをする店を選ぶことになってしまった。
精霊一人だけごねてるならまだしも、六名全員が打ち上げやろうの勢いなので逆らうのも面倒になってきた。
多数決で決めようぜ、とかそういう展開になっても間違いなく負ける。
精霊六名は全員打ち上げするのに賛成してるし、反対するにしてもこちらはルーナとルーカス、ロクシスとその妻、そしてリリーだ。引き分けに持ち込もうにも一名足りない。
とはいえ流石にいきなり適当な店を選んで、というのも博打がすぎたのと、店を選んでるうちになんだかんだ遅い時間になってしまったのとで結局打ち上げは後日、という事になった。具体的には明日。
結局宿をとってそこで泊まって、ついでに宿の主人経由でいいお店ある? とかロクシスが聞いた結果お勧めの店を教えてもらったので宿の主人に金を握らせて貸し切りにしてもらえないか交渉した。
唐突すぎるとは思ったが、いかんせん参加者の中に精霊六名がいるので万が一の事を考えての事だった。
宿の主人を使い走りにしたのはどうかと思ったが、主人から話を聞いただけではどこの店か場所が具体的にわからなかったのでまぁ、やむなしとする。
そんなこんなで翌日。
朝一で、というわけには流石にいかなかったので昼からとなったわけだが。
そこまで団体客というわけでもなかったはずなのに、気付けば店内はかなりの騒々しさを極めていた。




