人知れず知る事になったもの
エードラムはもともとその国の王家を観察対象としていた。
興味深いというよりは理解に苦しむという感じであったもので。
山の上。
普通に暮らすにしても不便である事は否めない。
外敵から身を守るため、というのであればある程度自然の要塞めいた部分もあるとはいえ、そもそもその国の周辺に敵となるようなものがあったようにはエードラムには思えなかった。
山の麓にも村だとか町だとかといったものはあったけれど、それはその国の領地といった感じで攻め入ろうという雰囲気はなかったし、関係も悪くはなかったように思える。
それ以外の、となるとそもそもそこに攻め入るにしてもメリットがなかったのかもしれない。エードラムは精霊で人間種族やそれ以外の異種族とはまた微妙に考え方が異なっているのは自覚している。その上で、あの国の周辺には敵国と呼べるようなものはなかったと思えるのだ。
そもそも攻め入るのであれば、その国を奪うだけのメリットがなければ意味がない。
戦争をする際の主な原因は資源だろうか。例えば食料が上手く育たない土地が国を飢えさせないために豊かな土地に攻め入るだとか、貴重な金属が採掘できる山を狙ってだとか、エードラムがかつて見た戦争の原因はそんな感じで攻め込む側が何らかの目的をもっていた。
何かむしゃくしゃしたからあの国滅ぼすわ、みたいなのもなかったわけじゃないけれど、それだって攻め入る側の不興を買った、と考えればわからないでもない。
けれどもその国は周辺の国とはそこそこ関りがあったけれど、別に喧嘩売るようなものでもないし、売られる程のものもない。異種族狩り、とかいうものがたまに起きたようではあるけれど、それだって直接国に関わっていたようでもない。
というか、あの国自体が異端のようなものだった。
精霊、それもエードラムと同じく実体化できるほどに力をつけたのが五体もいるという事実にエードラムの興味は確実にルーカスへと移っていた。
既に観察対象の王家は滅んでしまったし、更には唯一の生き残りだった研究員もとっくに亡くなっている。
であれば、生者に興味の対象が移るのは仕方のない事だと言える。
国民だったもののほとんどは研究者が素材にしてしまった。
そして器となったそれらは先程全てが焼き払われた。
器の中に入っていた精霊たちはどうなっただろう。運が良ければそのまま逃げたかもしれないけれど、もしかしたら一緒に焼却されてしまったかもしれない。
精霊同士で傷つけあうのはあまり得策とはいえないし、やろうとも思わなかったけれど憑いてる相手が危険に晒されたと判断すればそりゃあ守ろうとして動く事もある。
いくら器を手に入れたからといってもそれは与えられたもので、自分本来のものではない。実体を得て強くなった気分でいたとしても、実力的には全く変わりはないのであれば、実体化できる精霊相手にした場合の結果は見えていた。
折角だからとエードラムは自分が今まで観察していた王家のいた場所を案内する事にした。
もしかしたらヒトからすれば面白みはないかもしれないけれど、なんて言いつつ城へ行く。
研究者は死体を使う事はあっても金目の物には目もくれていなかった。食料あたりは多少手をつけたけれど、金目の物は換金するためには麓の町や村へ行かなければならないし、流石にそれだけの体力や元気まではなかったのかもしれない。幸いにも畑があったからあの研究員は食べ物には困らなかった。
城の中を案内し、観察しているときに何度も見た隠し通路へと進む。
暗い通路を進み、その先にあった礼拝堂のような場所。
そこは、何とも禍々しい場所であった。
神に祈りを捧げる、という行為をヒトがやる事はエードラムだって知っていた。
神様というものが本当にいるかはエードラムにもわからないけれど。
もしかしたら世界のどこかにいるかもしれないし、異種族としてしれっとそこらに紛れ込んでいる可能性もあるかもしれない。けれども、実際に見た事なんてないからわかりようがない。
それでもヒトは祈るのだ。
いるかどうかもわからない不確かなものに。
それ自体は別にどうでもよかった。
ただ、祈りを捧げる存在にしては、この礼拝堂に存在する神の姿を模したと思えるものは――
「この国のヒト、神様がいると仮定したとしてもこんなヘンテコな姿にしなくてもいいのにね」
それとももしかしてこれは一般的なんだろうか。エードラムにはわからなかった。
わざわざ他の場所に行ってまで確認しようという程のものではなかったもので。
どこからどう見ても禍々しいそれを見て、ルーカスは眉一つ動かさなかったものの、
「ここもか……」
と呟いていたのでやはり他の場所でもこういったものが当たり前なのかもしれない。
エードラムはそう思っていたが、後々あれは邪教とかそういったもので世間一般では受け入れられない思想のものだと教えられた。
道理で神に祈るにしてはおかしな儀式もあったものだと思ったものだ。
とはいえルーカスの反応も気になったので聞いてみれば以前にも似たような状況に見舞われたことがあったので、と言われ成程と頷いた。
世間から見て一般的ではないものの、それでもごく少数、何故だかこういったものに傾倒する者は存在しているとの事。
そうか、狂ったように太鼓打ち鳴らして踊り狂うお祈りは普通じゃないのか。
一つ常識を知ったエードラムであった。
長らくこの国にいたため、エードラムはすっかりそれ以外の外の国の事なんてわからなくなっていた。
だからこそ、世界各地を巡っているルーカスに憑いて行く事にした。要約すればそれだけの話だ。
隠し部屋の礼拝堂にあった魔法陣はきっちり破壊して、それからエードラムはこの国を後にした。
別に一人であちこち移動したっていいのだけれど、やはり今まで誰かしら観察対象にしていたので一人でいるよりは誰かと行動したい。
それに、他にも精霊がいるのであれば退屈もしなさそうだ。
エードラムがルーカスに憑くのを決めたのは、そんな軽い理由だった。
そんな感じで締めくくられたのを聞いて、プリムは「そうだったのね」と相槌を打ちはしたものの。
まさか王族で邪教信仰してるとか……どこの国よそれ、と内心で思っていた。
いや、確かに何か黒魔術とかそういうのに傾倒するようなのってある程度地位とかある奴が多いらしいけれども。これ王族だけが信仰してたのかそれとも国全体だったかでヤバさの度合いがかわってくる。
かといってエードラムに改めて確認したいとまでは思えない。
既に滅んだ国の事だ。エードラムの興味もとっくにその国からは薄れているようだし、わざわざ藪を突く必要もないだろう。
救いと呼べる部分があるのであれば、エードラムがその王家を観察対象としていただけで別段手を貸してあげようと思わなかった事だろうか。
精霊は神にはなれないけれど、それでも人の祈りや願いに応えようとする事がないわけではない。というかそういうのがなければまず魔法が発動する事がない。
世間一般でありがちな神様へのお祈りで、今日も一日平和でありますように、だとか家族の誰かが怪我とか病気とかした場合の早く治りますように、とかそういった願いであればまだいい。
けれども邪教と呼ばれるようなものの場合願いはもっと欲望に満ち満ちている。
そういったものにもし精霊が手を貸した場合、とんでもない事になりかねない。
ましてやエードラムのような力ある精霊が手を貸した場合、その周囲にいた他の精霊も便乗して、なんて事だって有り得たのだ。むしろエードラムがその国にいなければ別の精霊がうっかり手を貸したかもしれないが、そういう意味では抑止力となっていたと言えなくもない。
いや、下手をしたら。
もしエードラムがもっと乗り気であったのであれば。
最悪異教の神となり果てた可能性もないわけではない。
人の願いに応えようとした結果、それが行き過ぎて己の存在を変質させるモノが無いとも言い切れない。イシュケの場合は自分の知らないうちに勝手に、という状況だったから本人もお怒りであったが、そこでイシュケがそれを受け入れていたらそうなっていた可能性も普通に有り得た。
エードラムは知らずそういった存在に祭り上げられる事もなければそうなってやろうという意思もなかったので何も問題はなかったけれど。
実体化できる精霊六体も憑いてる時点でルーカスに対して色々と思う部分はあったけれど、こうも考えられる。
ルーカスが精霊を回収したからこそ、これ以上の大事にならずに済んだのでは、と。
イシュケに関しては特にそう思う。
もしそこにルーカスが行かなければ。
きっといつか精霊だったイシュケは知らず己の存在を変質されてとんでもないナニカになっていたかもしれない。大きな災厄となり果てた可能性だってある。
ただの精霊と比べて扱いがそれ以上に厄介な気もしなくはないが、元人間でもあるザラームもいる事だし、やりとりに関してはいきなりヤバい部分を踏む事もないと思いたい。
けれども何というべきか……
確かにここに引きこもろうって考えは正解だったのかもしれないな、とプリムは人知れず思っていた。
精霊憑きである事は遅かれ早かれいずれ誰かの耳に入る事だっただろう。
ただの精霊であればまだしも、聞けば何となく他の精霊と比べて危険度が高いように思える。
けれどもそれを知らずただの精霊憑きだと思った第三者がルーカスを利用しようと考えたのであれば。
いつか、とんでもない大惨事に見舞われる事になっても何もおかしな話ではなくなってしまうのだ。
普通そんな精霊がくっついているなら気が気じゃなくなっても不思議ではないのだが、ルーカスは案外けろっとしている。だからこそ、うまくやっていけてるのだろう。
「なんていうか、濃ゆい出会いだったわけね……」
遊びに来たついでのちょっとした世間話のつもりで話を振っただけなのに。
なんだか深淵を覗きこんでしまったかのような。
そんな気持ちになったのは言うまでもない。