ロクでもない冒険譚
今までの話の流れで残されたのはエードラムのみとなった。
それを本人も理解しているのだろう。
イシュケの話を聞きつつも飲んでいたソーダのグラスが丁度空になったので、エードラムはそっとグラスをコースターの上に置いた。
まさかこの精霊がルーカスに憑いた精霊の中で新参だったと思わなかったプリムは、表に出しこそしなかったがそれでも内心では驚いていたのだ。
何というか、精霊を見る事のないヒトが想像する精霊の姿、という一般的な外見とでもいうのだろうか。
どこか浮世離れしていて、それでいて綺麗なモノ。
人間種族から見ればそういった異種族はそれこそたくさんいるけれど、異種族からも想像されるようなどこかヒトとは一線を画す――そんな存在。
外見だけならアリファーンやハウと似たような感じではあるのだが、こちらはまだ俗世寄りだ。
けれども同じような外見のくせにエードラムは雰囲気が明らかに違うのだ。
実体化しているのをこうしてプリムは目の当たりにしているわけだが、何かが違うというその感覚だけは常に存在している。
何というか六名の中でリーダー的な立ち位置にいるのは誰? となった時、恐らくはエードラムがそうなのでは、ときっとプリム以外も思うに違いない。
そう思えるだけの何かがエードラムにはあった。
だからこそ、なんというかルーカスと最初に出会った精霊がエードラムであったというのであればきっと何とも思わなかっただろう。最初に出会ったが故に、そのまま他の精霊たちを纏める立場にでもいるのだろうと素直に納得していたに違いない。
けれども実際はその逆で。
「そうか、そういや最後だったな」
エードラム本人も何かもう最初からいましたけど? みたいなつもりでいたのか、そんな事を言っている。
「とはいっても、こちらも特に何があったわけでもない。ただ、ルーカスは迷い込んだだけだ」
そんな風に始まったエードラムの話は、何があったわけでもない、とは? とプリムに思わせるには充分な代物だった。
まずエードラムは名前忘れたけど何か山の上にあった国にいたらしい。
精霊だけあって別にヒトが暮らす町や村の名前だとか国の名前など知った事ではないというのがハッキリしていた。山の上、と言われてプリムが思い浮かべた国はいくつかあるが、そのどれもが行くだけでもそれなりに苦労するような場所である事は言うまでもない。
旅人が訪れるにしても行くだけで大変なのだから、戦争なんてものがあったとして、そこに攻め込むのは中々に骨が折れるだろうと思えるような場所ばかりだ。
けれどもエードラムは言った。
既にその国滅んでるんだけど、と。
実際にそれが何百年前の話であるのかをエードラムは語らなかった。精霊からすれば時間なんてあってないようなものだし、気持ち的にはほんのつい最近の出来事のつもりでいるから言う必要がないと思っているのかもしれない。ルアハ族もそれなりに長寿なので気持ちはわからなくもない。とはいえ、山の上の方にある国で、既に滅んでいるという情報からプリムが思い浮かべたのはそれでも二つ程存在していた。
どっちだろう……とは思ったものの、まぁどちらであっても大して変わりはしないだろう。
どちらにしても百年以上昔の話である事に変わりはない。
「滅んだ国に、唯一いた生き残りは国を復興させようとしていた」
その言葉にふむ、王族が一名かろうじて生き残ったのだろうか、とプリムは思った。口には出さない。出す必要はないと思っていたし、そもそもたった一人で復興させるにしたって明らかに無理がある。
国民がどうなったかにもよるな、とも考えた。
滅んだ経緯はさておき、滅ぶ直前に国民の一部が国から脱出出来ていれば、そんな彼らが戻ってくればまぁ、復興のチャンスはある。けれどももし逃げる間もなく滅びたのであれば、復興させるにしてもどうやって、となるのだ。王族一人生き残ったとして、外に出て伴侶を見つけたとしても。
そこから国を復興させるのはとても先の長い話だ。
山の上の国、という点で生活も不便そう。国が国として機能していればまだしも、国民誰もいないただ土地だけがある場所で夫婦二人で暮らせ、なんてなったらとてもじゃないがやっていけるかどうか……
魔法である程度カバーするにしたって限度はある。
魔法は便利な力ではあるけれど、万能でも全能でもないのだ。
「果たして国は、復活した。いや、生まれ変わった」
「ん?」
あれ、国復興したっていう話は聞いた覚えがないんだけど、あれ? じゃあその国ってどこの話だろう。
山の上にあって滅んだ国、というのはプリムも一応二つ程知ってはいる。けれどもその国のどちらかが復興したなんて話はない。では、自分の知らない国の話だろうか。
「そこへ、ルーカスは迷い込んだ。組織とやらに言われて来たわけではない。ただ何となくその土地に足を運んで、なんとなく気になったから、といった感じだったらしい」
この時点でエードラムはまだルーカスと出会っていなかったわけだから、そこら辺については後から聞いたのだろう。組織の任務とやらがなくて、何となくで足を運んだ……まぁそういう事だってあるだろう。そうやって何となくで足を運んだ所に異種族狩りの拠点がこっそり存在していたりだとか、魔物の巣が、なんて事もあるかもしれないわけだし。
ふと見ればアリファーンがうんざりした表情を浮かべていた。あぁあれね、みたいな感じではあるものの、その反応からして楽しい話というわけではなかったのだろう。
何だか嫌な予感がした。
「あれを生まれ変わるって言っちゃうのどうかと思う」
「そうか? では何といえばいいのだろう」
ザラームまでそんな事を言い出して、エードラムはやや考えたようではあったが適切な言葉が浮かばなかったのだろう。その反応にザラームは、
「精霊基準で言えばそうかもしれないけど、あれ人間種族とかそういうのから見たら冒涜って言うやつ」
「そういうものか」
勉強になった、とか言い出しそうな雰囲気で頷くとエードラムは再び話し始めた。
元人間であったザラームがそう言うのだから、ロクな内容じゃないのはこの時点で察する他ない。
事実エードラムが語った話は、本当にロクでもなかった。
プリムは国に残った唯一の生き残りが王族だとばかり思っていたが、実際は違ったらしい。
既に王もその血族も滅んでいたらしく、それでは国を復興というのは難しいだろうとさえ思った。そこをどうにかしたとしても、それはもう新たな国を興したものと考えるべきだろう。
国にたった一人残されたのは一人の研究者。
彼は国を復活させようと、残されていた国民の死体を用いてどうにか復活させようと試みた……らしい。
とはいえ死者を蘇らせるなんて、魔法でだって不可能だ。ある程度不可能に見えるものでも魔法でどうにかできる事はあれど、死者蘇生はどう頑張っても精霊の手にも余る案件。実体化できる程に力をつけた精霊ですら無理なのだから、実体化すらまだできないようなそこらにいる精霊がいくら束になっても無理なものは無理。
結果として作り出されたものは、死体を使っての合成獣。
とはいえ死体を繋ぎ合わせただけでは動き出すはずもない。
そこに、研究者は肉体を持たない精霊たちを呼び込んで動かす事にしたらしい。
「うっわ……」
これにはプリムも流石にドン引きした。
いや、確かに自分の肉体が欲しい精霊とかたまにいるけど。実体化するまでにはまだまだ力をつけないといけないけどでも今すぐ実体が欲しい、みたいな精霊いるけど。
そういう存在に器を用意すればそりゃ精霊からすれば遠慮なく使わせてもらうね、とかそういうコトになるかもしれないけれども。
本来なら死んだヒトの魂を呼び寄せようとしていたらしいが、結果として入り込んだのは大した力を持たない精霊だったようだ。
一見すると死者の国みたいな事になってしまったそこを、果たして復活したと言っていいものかどうか。
エードラムからすれば一応復活の括りに入ったらしいが、ザラームの言う通り確かにこれは冒涜としか言いようがない。
とはいえ死体だって全部が全部綺麗に残ってたわけじゃない。使える部分、使えない部分、それらを継ぎ接いで形にしたのだから、最初にあった死体の数と比べて用意した器の数は当然減る。
そしてその研究者は魔法陣を用いて精霊との交信をしたらしく、器が欲しい精霊はそこに集まっていたそうだ。けれども既に器の数は足りない。
人の気配が感じられなくなったその場所に、徐々に魔物が集まり始めた。既に器を得た精霊たちが魔物を倒し、それらを新たな部品にと研究者へ差し出す。
そうして新たに出来上がった器は、当然と言えばそうなのだがヒトの形からはどんどん遠ざかっていく。
このまま放置しておいたら、そう遠くないうちに近隣の人里が阿鼻叫喚になるかもしれない光景。動く死体がうっかり山を下りて適当な人里へ足を運んでしまえば間違いなく騒ぎになる。
けれども、そういった意味では幸いな事に、研究者の寿命がそこでやってきた。まだまだ器を欲する精霊はいたけれど、研究者が死んでしまえばこれ以上器を増やせるはずもない。
精霊たちは自分たちの力で器を作ろうにも、自分たちのために力を使うのはあまり旨味がないのだ。
人の願いに応えるように力を使えば精霊たちの力にもなったりするが、自分の為に力を行使しても正直そこまで経験として力が蓄えられる事はない。
自分たちの力で器を用意するとなると、本当に労力として見合わないのだ。
ルーカスがそこへ訪れたのは研究者が亡くなってしばらくしてからだったらしい。
明らかに死体が動いている。言葉を交わせる者も中にはいたが、マトモな言葉にならない者ばかり。
それもそうだった。
元々使われていた器の素材は死体だ。時と共に腐り落ちてもおかしくはない。生きたままのパーツを使えばまだ合成獣としてもそれなりに長持ちするけれど、全部が全部死体からとなれば……しかもエードラムの話からして防腐処理もされていたかどうか怪しい。
実際ルーカスが訪れた時は既に動く死体、それも腐ったものが大半というどう足掻いても地獄絵図。
エードラムはその時点で実体化できたので別に器が欲しいわけではなかった。
ただ、一人残された生き残りが必死になって国を復活させようとしていたのを見守っていただけだ。
国が滅んだのは外からの侵略などではなく、単純に流行病によるもので、一人生き残った研究員は運が良かったにすぎなかった。普段から人前に出る事もなく、己の研究に没頭して人と関わる事は最小限。それがたまたま功を奏したに過ぎない。
元々エードラムはその国の別の場所にいたが、流行病で滅んだ結果そこにいても何もなくなってしまったが故にちょっと移動して、そして唯一の生き残りを見つけて観察していただけだった。
長持ちしそうにない器に入ってしまった精霊たちも、観察対象の一つに過ぎなかった。
訪れたルーカスを新たな器にしようと目論んだ彼らに襲い掛かられて、圧倒的火力でもって鎮圧した存在に興味を持った。エードラムの周囲にも興味を持った個体を観察するだけの精霊はいた。けれども、手を貸すまでの存在はいなかった。
炎を操っていた精霊は、何をもってして彼に手を貸しているのだろう。それだけの価値があるものなのだろうか?
興味本位だった。
すべてが灰と化したところに姿を見せれば若干警戒はされたが、話の通じる相手とみなされたようで攻撃するまでには至らなかった。
「それで、貴方の興味は満たされたのかしら?」
好奇心で近づいて今の今まで共にいたのであれば、ある程度お眼鏡にかなったという事ではあるのだろう。
他の精霊はともかくエードラムだけは飽きたりしたらある日ふらっといなくなっているのかもしれない。
そんな風に考えたものの。
意味深ににこりと笑うエードラムに、あっ、もしかしてこの話まだ続くのか? と思わず身構えた。