我が身が一番可愛いので
「とはいえ別にルーカスと出会った時の話は面白いわけじゃない。ルーカスが湖の底で漂ってたわたしと出会って、なんとなくだ」
大将と呼べ、と言っていたイシュケとルーカスとの出会いは果たしてほかの精霊たちと比べれば何事もなく――とは到底言えなかった。
危うく聞き流しそうになったが、プリムは確かに聞いた。
湖の底を漂っていたイシュケと出会ったのだ、と。
湖がそこまで深くない、浅い場所であれば。もしくは湖が透明で底までハッキリ見えるのであれば。
可能性としては有りだろう。
けれどもルーカスは精霊の声を聞けども姿を見る事はできなかったはずだ。
その状態で出会ったというのであればそれは、精霊が実体化していた場合だ。
下手をすれば死体か何かと間違うのではないか。
面白さという意味ではそうなのかもしれないが、ショッキングな出会いではある。
「あー、そういやあの時はルーカス危うく溺死するところだったっけね」
ハウが思い出したかのように呟く。
その言葉で。
プリムはイヤでも理解するしかなかった。
出会った、の意味が文字通りそのままであるという事に。
「ちょっ……一体何がどうなってあの子湖の底に沈んでるわけ!?」
プリムはルーカスの事をそう多く知っているわけではない。
ルーナが好きになって、何が何でも添い遂げると決めた結果射止められてしまった相手。エルフで、精霊の声が聞こえて、実体化できるだけの力を持った精霊が六名ばかりついている、規格外の精霊憑き。
ルーカスがこちらにやって来てから直接言葉を交わした回数はそう多くない。
けれども、あまり自分から喋るタイプではなさそうというのは少し前から何となく察してはいる。
こちらから話しかければそれなりに会話は続く時もあるので、話をする事が苦手というわけでもない。
悪いヒトではないのだろう。
組織に所属して異種族狩りを積極的に止めに行くような奴だ。特定の種族に対して敵意をみなぎらせるようなものでもない。頭の固いエルフにありがちな他種族を見下すような事もない。
ザラームとの出会いを聞く限り、確かにやらかしたものの若気の至りで何かやらかすタイプにも思えない。
妹分だとか弟分として見ていたルーナの伴侶だ。プリムの中ではすっかりルーカスの事も同じく弟分のような括りに入ってしまっている。そんな彼が、一体何があってそんな事に……!?
「はめられたんだよ。組織絡みの依頼とかじゃなかったけど、なんていうかな……邪教っぽいやつ」
「あー、あれ。あったねそんなん」
なつかしー、なんて言いながらアリファーンとハウが盛り上がる。
いや、そこ、盛り上がっていい内容のやつ……?
プリムとしては内心そう思ったわけだが、現時点でキャッキャと盛り上がってる精霊からすれば既に終わった話で、だからこそ盛り上がっているのだろう。
とりあえず今こうして無事に存在しているのだから問題ないのはわかっているが、早く話の続きを話してほしい。そしてとっとと安心したい。
そんなプリムの思いを汲んだわけではないが、イシュケは話の続きを語り始める。
とある村。
山間のそこにあった小さな村の住人は、独特な宗教による教えに則った暮らしをしていた。
たまたま訪れたルーカスは運悪く村近くの湖に暮らすとされる神とやらの生贄に選ばれてしまった。
隙を突かれて意識を刈り取られ、その隙に湖に沈められた。
要約すればただそれだけの話だ。
しかし別に湖には神とやらは住んでいなかった。いたのはイシュケただ一人。
湖に沈められたルーカスを、今まで時々沈められていたヒトと同じように見ていたイシュケであったが、他の精霊の存在を感じ咄嗟に助けた。
助けた事は正解だったと思う。命の危機を感じてザラームがルーカスの身体を使って力を行使していたならば、あの湖は跡形もなく消失していただろうし、ついでにその場にいたイシュケもただでは済まなかったに違いないのだから。
今まではたまに沈んでいたヒトは、まぁそんな事もあるだろうで済ませていたイシュケだがその実本人の意思ではなく生贄として沈められていたと知って驚いたのだ。何に対する生贄なのかと。
湖に神なんていなくて、いるのはイシュケだけであればイシュケを神だと思われている可能性もある。
根城としてなんとなく居座ってた湖で今まで死んでたのは単なる事故だとかそういうやつだろうと思っていたのに、まさかの故意。定期的に殺人が行われる湖とか勘弁してほしい。
しかも放り込まれたのが精霊に身体貸して力を使おうとする物騒極まりない奴だ。
ただゴミを捨てるだけであれば、それもそれでどうかと思うがまぁまだしも、よりにもよって危険物を捨てるとは何事か。
一歩間違ってたらイシュケだってその存在が無事で済まなかったのだ。
ここで軽率にイシュケは切れた。切れ散らかした。
力を貸すからちょっとあんた、あの村滅ぼしなさい。
そんな感じでルーカスに強引に憑いた。
村を滅ぼすのは流石にどうかと思ったルーカスではあるが、他の精霊もやる気満々だったのでルーカスの意思などほとんど関係なくあれよあれよという間に事は進んでしまった。
人の出入りはほとんどない村。
その出入りする場所を完全に封鎖されて、湖の水を全部村へと流し込んだ。出入り口を封鎖といっても村全体を囲って封鎖したわけでもないので、村が沈んだというわけではないが濁流に飲み込まれ村の住人はあっという間に亡くなってしまった。
溺死で済めばいいが、場合によっては流された拍子にぶつかってその衝撃で、なんてのもあった。水が完全に引いた後、村で生きている者は一人としていなかった。
「うわ……」
そんな話のオチを聞かされて、プリムは軽率に引いた。
精霊は基本的に人を傷つける事はしない。魔法の使い方次第で傷つける事は確かに可能だし、何なら魔法の使い方を誤って自滅して死ぬとかいう話だってそれこそ山のようにあるが、精霊は別に人を率先して殺そうとは思っていない。
ただ、価値観の相違でもってやらかすだけだ。
魔法を使う際に手助けをするのだから、精霊からすれば一応多少なりとも好意はあるのだ。
なるべく寄り添おうという意思だってある。
だからこそ扱いに注意をしなければならないのだが。
言葉一つ間違えたら一瞬で破滅する事だって有り得るのが恐ろしいところだ。
イシュケが切れ散らかしたのは、別に自分がいた湖に時々生贄をドボンさせた事ではないだろう。
どちらかといえば、存在を変質されかけていた事に対してキレたのだと思われる。
精霊はヒトの願いに応えようとして力を使う。
けれども、精霊に人間になってそばにいて欲しいとかそういった願いは叶えられない。中には叶えようとするものもいるかもしれないが、精霊基準でその願いは叶えられるはずもない。
精霊としての力が使えるのはあくまで精霊であるからだ。それ以外のものになってしまえば、今まで得た力も失うかもしれない。
村の連中は、湖にいたイシュケを神と見做した。これが勝手に神様扱いして拝んだり祈る程度で済めば別にイシュケだってあいつら潰すなんて発想にならない。けれども、定期的に生贄を捧げて儀式を行っていたのであれば、それはいずれイシュケという存在が変異しかねない事になりかねなかった。
自分の知らないところで勝手に存在改造されかけたという事実にキレたのだ。
ルーカスはその時のイシュケの怒りを理解しきれていなかったけれど、他の精霊たちは理解できてしまっていた。元人間のザラームとてそれは同じだ。というかザラームは既に人間から精霊にさせられてしまっている。本人が望んでそうなったわけでもないし、勝手に存在を好き勝手いじられるという事をそう何度も赦すはずがない。
イシュケがそれを赦していたならともかく、そんなもの許可した覚えなんてこれっぽっちもなかったのだから、その怒りはもっともだと言えよう。
危うく精霊ではなくそれ以外の何かにさせられるところだったのだ。
しかも神なんて言っていたが、実際になれるはずもない。
イシュケはどこまでいっても精霊であったし、どれだけ力を得たとしたって精霊のままだ。たとえ世界で一番強い精霊になれたとしても、神に近い存在であるだけで神にはなれない。
それどころか下手に存在を変質させられていたら、精霊としての存在から外れ、かといって他の異種族のようになれるでもなく、最悪魔物のようなナニカになり果てていたことだろう。
そりゃキレるわ。プリムだってそう思う。
しかも生贄にと沈めてきた相手も悪い。
変質させられかけていたという事実を知ったのはその相手が生きていて、かつ精霊が憑いていたからこそなのだが、もしその事実を知らないままだったとしてもその時点で四名もの精霊が憑いてる相手とか状況によってはイシュケの存在が変質以前に消滅させられかねない。どちらにしてもイシュケ危機一髪。
村の連中は善意でやった事だが、やられた側からすれば悪意でやったとしか思えない所業。むしろ湖にいる精霊を追い出したくてやりましたとか言われた方がまだ納得できたくらいだ。
「ま、その後はなんだろ、湖にずっといるのもなー、って思ってルーカスに憑いてくことにしたんだわ」
「実際その時点でちょっと変質しかけてたもんね、イシュケ」
「今まで気づかなかったのがどうかしてるって思ったけど、指摘してくれる相手がいないんだからそりゃ気付けなくても無理からぬことよな」
「気を抜いてたらうっかり我こそは神……とか言い出しかねない感じになってたし、だから応急処置として自分の事を大将って呼ばせるようにしたんだっけ」
「実際それで変質してたの止まったからいいようなものの……そうじゃなかったらどうなることかと」
そんな話を聞きながら、プリムはこいつも実は何気にヤバい感じの精霊だったか……と内心で慄く。
確かに存在が変質した精霊とか色んな意味でヤバいなと思えるものではあるけれど。
よりにもよって神。
いや、ちょっと常に日々の生活支えてくれてありがとう精霊さん、とかそういう感じで敬われる分にはまだしも、神として崇め奉られるようになると流石に不味い。
そうあろうとした精霊が己の力量超えて力を使おうとして自滅したという事が、過去には恐らくあっただろうとされている。
何分精霊を見る事ができる者が少ないのであれは実は精霊が原因で起きた出来事ではないか、と言われていた事件でそれっぽいのがあったというだけの話ではあるが。
常に自分を上においた感じの認識も問題だが、あまりにも下位に置き過ぎても問題が出る。
だからこそ、気持ち的にちょっと上、くらいの部分で留め置こうとした……んでしょうねぇ……と雑にプリムは理解した。
けれども一度変質しかけた精霊とか、それもそれで危険度高いと思っている。
次にまた何か切欠があれば、今度は一気に……なんて事になりかねないからだ。
もしかして、とプリムは残されたエードラムへ視線を向けた。
もしかして、この精霊も何かヤバい事情抱えてたりしないでしょうね……と。