古株
プリムはザラームの話を聞いて、何というか……と言葉を失いかけていた。
精霊の生まれる瞬間というのは知らない。
世界中に存在している魔力。人が持つものとは違って自然の中で生成される魔力、魔素と呼ばれるそれらにある日唐突に意思が宿ったもの。それが精霊だとされている。
それを人工的に作ろうと考えるのもどうかと思うが、その実験の何が成功に結び付いたかも内容を詳しく説明されたわけじゃないのでプリムには理解できない。
ただ、群島諸国にだって精霊は全くいないわけではなかった。とても少ないけれど。
そんな精霊たちが、自分たちと同じ存在を増やそうとしている廃墟群島の人たちを見ていないはずもない。
人工精霊が出来上がった一端には、その数少ない精霊の手助けもあったのではないか? とプリムは踏んでいる。
しかし流石にそれを多用できるほどの力を持つ精霊がいたはずもないだろうし、恐らくは。
ここで力を使うより別の場所へ行こうとした可能性の方が高い。最初はそれこそ同情か何かで手を貸したとしても、精霊からしてもこんなことに何度も手を貸したいとは思えない。
そもそも精霊を生み出す手助けをしたとして、手を貸した精霊がそれで力を得るとは思えない。どちらかといえば己が生命を削る行為だったのではないか。
だからこそ、精霊たちは群島諸国から更に数を減らしたのではないか。
真相はわからないままだが、プリムはそう思っている。
本来の精霊は基本的に手を貸したければ貸すしそうじゃなければ貸さない。
そりゃあ、人の手助けをする事で己の成長にも繋がるとはいえ、やる気がない時に無理をしてまでやらないのだ。
けれどザラームはそうじゃなかった。
元が人間であったから、頼まれたらイヤと言えずついずるずると……そんな事になった挙句存在消滅一歩手前くらいまでになってしまったのだろう。
そしてそこで出会ったのがルーカスだと言っていた。
ルーカスはまだザラームが精霊ではなく人間だと思っていたようで、だからこそザラームの負った怪我を見て魔法を使ってしまった。
……ザラームの話に相槌を打ちながらもプリムは思う。
周囲を漂ってた精霊もさぞ困ったでしょうね、と。
力を使うにしてもそれは精霊の気分次第というのもある。
自分の力を越えた状態で力を使えとなればそれは自分の死を意味するからだ。助けてあげたいけど自分の命を犠牲にしてまで助けたいとは思わない。まぁ精霊じゃなくても大抵のヒトからしてもそれはそうだろう。プリムだって自分の身を犠牲にしてまで助けたいと思う相手は数える程度にしかいない。それ以外の奴にいくら懇願されたって、自分を犠牲にするつもりはこれっぽっちもなかった。例えその結果人でなしと罵られようとも。
むしろそういった相手からは罵られた方がとても楽だ。
その人でなしに救いを求めるしかないあんたはなんなの? と切り捨てる事ができる。
けれどもザラームが捕まってしまった相手はそういった部分で相手を罵る事はせず、あえて良心に訴えるような物言いをしていたのだろう。だからこそ、ザラームも消滅寸前までずるずると続いてしまった。
普通の精霊であればもっと早くに見捨てて他に行ったでしょうに……とは思ったが、ザラームを捕まえていた相手もまさか元人間の精霊だと思わず、使い勝手のいい道具くらいに思っていたのではないか。
多分他の精霊もこんな感じでどうにかなる、なんて思っていたら別の精霊から手痛いしっぺ返しを食らってそうではあるが、そこはさておき。
ルーカスはザラームを助けたいと願って魔法を使った。
ルーカスに悪気はない。ただ目の前で苦しんでいる相手を放っておけなかっただけだ。
しかも当時の年齢を聞けばエルフとしてはまだ幼子。
プリムからすれば親御さんの教育裏目にでちゃったー! としか思えない。
精霊も別の精霊を癒すために力を使うとなれば最悪こっちが消滅しかねないし、そういう意味ではお断り案件なのだが、ザラームは最初から精霊だったわけじゃない。元は人間だ。それもあって見捨てるに見捨てられなかったのではないか。
自分が消滅しないギリギリくらいまで力を貸すつもりが、失敗したのかそれともある程度回復したザラームが無意識にその魔力ごと精霊を取り込んでしまったかまではわからない。
けれども、それが原因で幼いルーカスが暮らしていた周辺の精霊はそれなりの数が犠牲になった。
地獄への道は善意でできている、とは言われているものの、これはまた違った意味で善意が事故を起こした結果だわね、とプリムは声に出さずに嘆息した。
ある程度回復したとはいえ、それでもまだ休む必要があったザラームがルーカスの中に潜り込んでしばらくそこで休む事になった。
その後はある程度治ったものの、何か居心地よくてついずるずると……みたいな事をザラームは言っていた。
まぁ、元人間だからそのまま憑く事になっても大惨事にはならなかった、と。
危険な時に身体借りて危地を乗り越えたりもしていた、と聞けば、案外お互い上手くやれてるようだし、だからルーカスはそこまであの時危機感覚えてなかったんだな、と理解はした。
それでもあの時はびっくりしたけど。
とはいえ、ルーカスの故郷周辺の精霊の大半が消滅した事で里の周囲にかけていた魔法が解けてしまったのは悲劇としか言いようがない。
ザラームが解除させたわけじゃない。ルーカスだって壊そうと思って壊したわけじゃない。
お互いに里を害そうという意思はなかった。異種族狩りそのものは昔から何故だか続いている。一つの組織を潰したとしても、気付けば別の国がやらかしていたりそちらをどうにかすれば今度は別の土地で、といった感じで発生する。その時はルーカスの故郷周辺でも異種族狩りが行われていたらしい。
とはいえ、普段は里から出なければ護りの魔法で問題などなかったのだが。
しかしその結界とも呼べる護りが消えて、そこに異種族狩りはやって来てしまった。
不幸な事故、と呼ぶには何とも微妙で。
「ホント、あの時はヒヤッとしたなー」
アリファーンが軽い口調で言う。
聞けばザラームと出会った後で次に遭遇した精霊がアリファーンだったらしい。
「もともとはね、別の人に憑いてたんだけど。そいつ異種族狩りするって事で森に暮らすエルフに目をつけてた。とはいえ護りの魔法がかけられてたからそう気軽に行ける感じじゃなかったんだけどさ。
でもある日、それが解けた」
「そういや嬉々として焼き払ってたな……おまえ」
当時の事を思い出したのか、ザラームが眉を顰めながらアリファーンにじとっとした視線を向けた。
「あの頃の自分は力を行使する事だけが目的だったからね。燃やせればなんでもよかった」
普通の人間なら思わず視線を逸らしてしまいそうなザラームのじっとりとした目を、しかしアリファーンは気にした様子もなく受け流す。
「自分もまさかちょっと身体借りて休もうとした矢先に強襲されて表に出る羽目になるとは思ってもみなかった」
「うんうんあの時はホント、死ぬかと思ったーあはは」
あははで済ませていい話なのだろうか、と思ったが、精霊の感性とかそういうのいくら精霊に近い種族とか言われても理解できないからな、とプリムは突っ込む事すらせずにスルーした。
とりあえず今の話で大体察した。
幼き日のルーカス少年は助けたはずの人が精霊だったとここで気付いたのだろう。ザラームが表に出る羽目になった、というのは間違いなくルーカスの身体を借りて出てきたという意味だろう。
当時のアリファーンは理性があったかも疑わしいただただ力を行使する事のみに重きを置いていたようだし、当時憑いていた相手は異種族狩りを実行していた人物。最悪な方向で利害が一致したわけだ。
けれど、精霊に身体を貸して抵抗したエルフによって、恐らくアリファーンもそれなりに追い詰められたに違いない。
そう考えた矢先にアリファーンが、
「本来だったら精霊同士で戦うって事まずできないのに、あの方法だと直接的に殺しにかかってくることができる、ってわかった時点でホントさー、もー」
なんて言っていたのでプリムの考えは当たっている。
精霊同士の戦い、という点では直接争う事はしないというかできないらしいというのも随分前にではあったがプリムも話としては聞いている。
それなら魔法が人を傷つける事はないと思われがちだが、例え目に見えない精霊同士だろうと実体化している精霊だろうと、同族で戦う事というのは余程の例外でもない限りはないらしい。
けれども魔法を使う相手を介した場合であればお互い戦う事もあるのだとか。
直接戦う事はしないが、魔法を使う誰か、という代理人を介してしまえば戦う事は問題ないらしい。
プリムにはよくわからないが、まぁ直接争うような事になればある日唐突に目に見えない精霊同士の戦いがそこらで発生した場合手に負えないのは明らかなので、余計な事を言うつもりはなかった。ここで下手に何かを伝えた結果、精霊同士で争う事ができるようになってみろ。世界が一気に危険な事になってしまう。
「そういやそこで憑いてた奴も死んじゃったし、だからルーカスに憑いてくことにしたんだよね」
あっけらかんと言っているが、それ、ルーカスはどう思ってるんだろう……? とプリムはここにはいない精霊たちが憑いてるエルフを思い浮かべた。
アリファーンの話を聞く限り、ザラームと同時期にルーカスに憑いたも同然なわけで。
付き合いはそれなりに長いはずだが、故郷を焼き払ったのは異種族狩りをした奴の発動させた魔法であれ、その力の源はアリファーンだ。異種族狩りをしていた奴が死んだとして、じゃあ、で気軽に憑いてこられるのもどうかと思う。
ザラームに関しては精霊だと気付いていなかったようだからまだしも、アリファーンに関しては精霊だと知らなかったなんて事もない。
しかも故郷を焼き払った精霊。
お人好しが過ぎるだけか、それとも何も考えていないのか……器が大きいと見るには少しばかり無理があるな、と思いはしたが。
流石に本人に「何考えてるの?」なんて聞くのもなとわかっているのでプリムはルーカスに対して思った事諸々をそっと胸の奥底にしまい込む事にした。
大体そういったあれこれは、あれを伴侶に選んだルーナの役目だろう。