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来世に期待とかいうレベルじゃなかった  作者: 猫宮蒼
終章 とある誰かの話
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思い出話



「まぁ、そこで出会ったのがルーカスだったんだけどさぁ」

「えー、それでそれで?」

 青いソーダの中に星の形になったゼリーが沈んでたり浮かんでたりするのを飲んで、プリムは精霊の話に相槌をうった。


 少し前にやって来たご近所さんの知り合い。その中の一人が精霊に身体を貸したらしくて、慌てて運び込まれたのはプリムの記憶にも新しい。なんだってそんな無茶を……と思ったし、あの時他の仲間たちも精霊に対して警戒だってしていた。

 身体を精霊に貸して無事だった話は思った以上に少ない。だからこそ、あのルーカスって子ももしかしたら危ないかもねぇ……なんて思いながらもそれでもルーナの思い人らしかったので余計な事は言わないようにして島から見送ったのだ。

 次にルーナが戻ってくるときはもうあの子いないんじゃないかしら、なんて考えて。


 ところが思った以上に早くに戻ってきたのでプリムのその予想はあっさりと外れたわけだ。

 そもそも自分の身体を他者に明け渡すというのは思った以上の負担がかかる。けれども戻ってきたばかりのルーカスは別に体調が悪化したとかそういうわけでもなく、まぁ色々あったからちょっとしばらくここに置いてもらう事にした、なんて言っていたけれど。


 そうなると彼に憑いてる精霊たちもここに来るというのは当然の流れだった。


 身体を乗っ取った精霊もいる、という点で最初の方こそプリムだって警戒したけれど、何というかザラームはどうしても身体を欲しているというわけではなさそうで。というか実体化できるようなので、わざわざ身体を乗っ取る必要がない。

 だったらどうして? そう思うのも無理はない。

 だからこそ、何かすっかり顔馴染みになってしまって遊びにきた精霊たちに聞いてみたのだ。


 そして語られた話は、なんというか……


 重い。

 ただただ重い。


 プリムは最初ゼリー入りのソーダなんて洒落たものじゃなくコーヒーを淹れて飲んでいたのだが、途中から何か気分を変えたくなって少しでもすっきりした感じのやつにしよう、と改めてソーダを用意したくらいだ。


 だって何。

 ルーカスの身体を乗っ取ったこの精霊、ザラーム。

 元は人間だって話だ。


 それも出身はサグラス島から目と鼻の先くらいの距離の群島諸国。ご近所さん。


 あの周辺は精霊の数が少なくて、魔法を使うには不便で。だからこそ人工精霊を作り出そうとした。

 プリムがその話を知ったのは最近だ。ここを出て向こう側の様子を確認しに行った時には既に廃墟群島と呼ばれてすっかり滅んでいたけれど、その時点ではまぁそんな事もあらぁな、くらいのノリでいた。

 しかし実際は。

 数百年単位で前にはもう滅びの一途を辿っていたとの事なのだから笑えない。


 精霊の数が少ないのは知っていた。

 だってサグラス島にはルアハ族がいる。だからこそ精霊はあまり近づかなかった。別に仲が悪いとかではなく、ルアハ族は基本的に魔法を使うにしても自分の力だけで事足りるから、ただそれだけの話だ。


 しかしそのせいで近所に暮らす異種族が暮らしに困るなど、思ってもみなかった。

 精霊は基本的に力を使う事で成長していく。ただ己のためだけに使うのではなく人の手助けをする形で使う方が成長しやすいので、人が多く暮らす場所に集まりやすい。あくまで集まりやすいだけで、必ずしもいるというわけではないのだが……

 いくら人がいるからといっても、近くにルアハ族がいるのであればそこでの成長は見込めない。


 ただそれだけの話だったが、それを精霊と言葉を交わせるわけでもない者が知るはずもない。

 魔法に頼らない生活をしていたとしても、それだって限度がある。

 だからこそ、人工精霊を作ろうなんていうとんでもな話が出てしまったのだろう。


 もしルアハ族が空間の裏側に居を構えるでもなく普通にサグラス島で暮らしていたら、きっと群島諸国は異種族狩りと称してこちらに目をつけていたに違いない。成功するかどうかもわからない実験を繰り返すよりも、精霊に近く力をそれなりに扱えるルアハ族をどうにかして数名捕まえる事ができれば当面はどうとでもなりそうなのだから。

 とはいえその時点で既にルアハ族は空間の裏側にて暮らしていた。その存在を明るみに出してはいなかったので、群島諸国が目を付ける事もなく。


 結果として人体実験が延々と繰り返されるに至ったのだろう。


 ザラームは元は人間で、群島諸国に暮らしていたらしい。

 親を病気で失い、日々の暮らしは同じ村の住人からの助けでどうにかなっていた。とはいえ、それだってギリギリの生活だったようだが。

 ある日別の島で畑の収穫作業を手伝う仕事をしないかと言われ、報酬が良かったので引き受けた。

 これで数日はどうにか暮らしていける……そう思っていた矢先の出来事だった。


 研究施設へと捕らわれてしまったのは。


 魔法がほとんど使えないこの島で、少しでも生活を楽にするためにはやはり魔法が必要で。

 だからこそ、精霊がいるのだと言われ――ザラームは無理矢理実験体となってしまった。

 実験の内容はほぼ覚えちゃいない。最初の時点で痛すぎて気を失ってしまったからだ。


 けれども、その実験は実は成功していたようで。


 気付いた時には見知らぬ場所にいた。


 最初は精霊になったなんて自覚はなかった。

 ただ、死んで幽霊にでもなってしまったのだろうと思っていた。何せ通りすがりの旅人の目に見えていないようであったし、声をかけても聞こえなかったようだしで自分の存在に気付いてくれなかったから。

 暑くも寒くもなくて、毎日ひもじい思いをしていたはずなのにお腹も空く事がなくて。

 あぁ、楽になれたのだな、とザラームは自分が死んだ事実を案外あっさりと受け入れた。

 最後に酷い目に遭ったけれど、いつまでもあの島で村の他の人たちの世話になってばかりもいられなかっただろうし、これで良かったのだと思った程だ。


 だってまだ小さいうちはともかく、もっと大きくなったら……多分、望まぬ相手に嫁ぐ事になっていたかもしれない。生きていくには仕方のないことかもしれなかったが、今以上に窮屈な暮らしになるのは確かだったはずだ。


 死んで、しばらくしてからふと気づいたのは、死んで誰にも見えないこの身体、性別自体が消えているようなのだ。もともと貧相なものだったけど、それでも生きてた時は性別がわかる程度には特徴があったはずなのに。

 とはいえ誰が見るでもない。じゃあ必要のないものかとザラームはあっさりと納得していた。


 誰からも認識されないと思った世界は、実は同じような仲間がいた。

 とはいえ人の形をしたものやそうでないものがそこらを漂っていて、最初は何事かと思ったものだ。

 けれども同じような存在を認識した事で、そこでようやく自分は幽霊ではなく精霊になったのだと理解した。

 精霊となれたのならば、あの島に戻るべきだろうか、とも思ったのだが、行こうとすると身体が上手く動かなくなった。行って、そして? どうする? あんな目に遭わせた人たちの暮らしの手伝いをする?

 今はまだいい。でも、もし自分の姿が見えるような人がいたら。また、あの時のように捕まったら。

 今度は酷い目に遭わない? もっと力をと望んで、休みなく働かされるのでは?


 自分を助けてくれた人の助けになるならいいけれど、そうじゃない人のためにまで頑張れない。


 行こうとしてもどうしても身体が動いてくれない。

 折角楽になれたのだから、わざわざ辛い思いをしたくない。


 その頃にはザラームは他の精霊から何となく精霊としての生き方を教わっていたし、あの島に戻るよりは別の場所で誰かの手助けをしていた方がマシ、と思うようになっていた。

 足は、どうしたってあの島の事を考えると動かなかった。


 慣れないながらも精霊なりに過ごしていって少しずつ力を身に着けていくうちに、精霊の声を聞ける者と遭遇したり、実体化する以前にこちらを見る事ができる者とも出会った。

 そういった者たちとの短い交流。元が人間だったせいか、そのせいでやけに人恋しくなった。


 そこからはまたせっせと人の手助けをして過ごす日々。


 どれだけの時間が経過したか、まではわからなかった。季節の移り変わりは感じていたが、暑さも寒さも感じなくなってからはあまり意味をなさなくなっていたので。


 そうこうしているうちに、気付けば実体化できるまで力を得ていた。

 これで人の中に紛れて生きていける。

 寂しさはなくなる。


 そう思っていたのだが。


 ザラームが精霊だと知られると、どうにか手元に引き留めようとする者が増えた。

 力で屈服させようとする相手であればまだいい。こちらも対抗するしそれだけの力はあった。

 ただ、そうじゃない相手の方が面倒だった。


 貴方にここで助けてもらえなければもう死ぬしかない。お願い助けて。


 そんな風に、見捨てたこちらが酷いのだというような言い回し。

 人間だった頃に、自分だってあの村で助けてもらいながら生きてきた。

 あの時に見捨てられていたなら、こうはなっていなかっただろう。

 それが良い事なのか悪い事なのかはわからないけれど、それでも助けられた事を思えば見捨てるのはなんだかとても酷い事のように思えてしまって。


 だからこそ乞われるままに魔法を使う。

 無理のない範囲であればそれは自分の力を増す事になるが、度を越して力を使い過ぎれば今度は自分が消滅しかねない。けれども、一度助けたら前は助けてくれたのに、ここで見捨てるの? と言われてしまえば断れなくて。

 そうやってずるずると、続いてしまった。


 限界が訪れたのは案外すぐだった。


 魔法を使おうとしても上手く力が使えない。

 そう告げれば相手は手のひらを返したように詰った。


 役立たず! 役立たず! 役立たず!!


 力を使いたくないための嘘だと思われたのか、顔面に何かを振り下ろされて怪我をした。実体化を解いてしまえばよかっただけの話なのに、そんな事すらザラームの頭の中から消えていた。

 姿を消して、そしてそこから逃げてしまえば相手だって力を使い過ぎて死んで消滅してしまったのだと思っただろうに。


 結果としてザラームの片目は潰され、そこでぴくりとも動けなくなったザラームは打ち捨てられた。

 このままここにいたら、今度こそ死ねるだろうか……

 そんな風に考えたものの、考えただけだ。死にたいなんて思えなかった。あの島で、恐らく自分は死んだはずだ。けれども、死ぬ、となればあの島での出来事を嫌でも思い出すし、あの時と同じようなことになるのでは、とも。あの島での死にざまよりはマシかもしれないが、それでも死ぬ事への恐怖が薄れるわけでもない。


 最後の力を振り絞って、どうにか移動して。


 ここならきっと自分を脅かすものは存在しない。

 少し休もう……もう、疲れちゃった……

 知らずそんな言葉が口から漏れていて、あぁそうか自分は疲れていたのだなと自覚する。わかってたはずなのにわかってなかった。


 目を閉じようとしたその時、かさりと草葉が踏まれる音がしてそちらに意識を向ける。


 これが、ザラームが冒頭で述べたルーカスとの出会いであった。

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